赤い靴日記  (子宮頸がん ステージ3bから20年)

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句読点をつけるのって失礼なんだ?!

2019-09-04 00:20:59 | 考えたこと
年賀状の一言に、「旧年中は大変お世話になりました 本年もよろしくお願いいたします」
って書くとき、なんとなく句読点をつけていなかったけれど。
実は、句読点をつけた文を目上の人に出すのって、失礼になるらしい。

そもそも日本語には句読点はなくて、お習字の仮名の本なんかにも、確かにない。
読んでいる人に読みやすいようにと、句読点をつけるというのが本来の目的なんだと。

つまり、あなたは読むのが下手だから、読みやすいようにしておいてあげたわよ。っと。
句読点にはそういう意味合いがあるから、人生を積み、博識のある目上の人には、大きなお世話で嫌味ったらしい。
だから、失礼になるんだそうだ。

お仕事柄、古文でも問題文にある句読点は忘れずにつけよう!と言っているし。
漢文では、句読点も重要なポイント、句のまとまりを考えて問題文と同じ位置つけること!と言っているし。
現代文では、句読点のない文は読みにくい、意味のまとまりを考えて句読点をつけよう!なんて言っちゃってるし。

「金くれたのむ。」ってメモに書いてあったら、あなたならどう思う?
 誰かがお金をくれたので、そのお金でお酒を飲みに行くよ。と思うか?
 お金が無くなったから、お金をください頼みます。と思うか?

「ここではきものをぬぎましょう。」って看板に書いてあったら、あなたならどうする?
入り口はここか、玄関のここで、履いている靴を脱ぎましょうってことか、靴を脱ごう。
お風呂はここなのね、ここの脱衣所で着ている服を脱ぐのか、お風呂入ろうっと。

やっぱり、句読点って大事だよね。  
コメント (2)
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