赤い靴日記  (子宮頸がん ステージ3bから20年)

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病は気から 補足

2005-04-27 13:05:23 | がん
もなみの2001年9月18日の日記の補足です。

ガンを告知されて入院する前に
「もなちゃん、子宮ガンは治癒率が高いから、お友達もそうだったけど今は元気になったから大丈夫。
病は気からよ。」と言われたのが最初でした。
副作用でゲロゲロして点滴をしていた時にも その後も何人かに言われました。

多分最初は「うん、がんばってきます。」なんて空元気だったので 
励ましてくれたのだと思います。
入院してからは 見るからに生きる気力が無かったので、
「悩んでないで、生きる望みもいっぱいあるよ。」
と言っていてくれたのだと思います。
今思うと ありがたいな と思います。

でも、当時生存率をみて、助からない事を考えた方が早かったのです。
母が肺腺癌で亡くなった半年後だったので 最悪の場合ばかり想像していました。
患者さん同士病期の話をしている人もいましたが、みんな自分より良く見えて 
あの人は・・・、と言われているようで部屋から出られませんでした。
こんなになるまで放っておいたのは 自分の責任だと思っていました。
あの時受診していれば、あの時「ま、いいっか。」と思わなければ、と。

それでも、藁をもつかむ思いで、放射線でも抗がん剤でも 誰かもなみのガンを治して!
とも思っていました。
その時に「病は気から」という言葉は
気力が無い、他力本願、もなみが悪い、と聞こえて辛かったのです。

9月16日あるある大辞典
『免疫細胞(リンパ球)の場合にはドーパミンがつくと免疫活性があがる』
(東京理科大学諏訪短期大学 篠原菊紀講師)
という放送を見て、少しずつ考え方が変わってきました。自分で「気」を高めなくては、と。

19日はまだ混乱していた時期だと思います。
というか、こんな風に怒りを持ったのは鬱状態から抜け出たからではないかと思います。
それまでずっと、考えては泣いていましたから。

その後「もしかしたら治るのかもしれない。」と変わってきました。
気持ちが前向きになって、どんどん快復してきました。
「病は気から」ってこういうことなのかとわかるようになりました。

今は明るい環境を整えて、前向きに楽しいを心がけて 形だけじゃなくて 
人に言われてそう答えるのではなくて 
自分で「気」のパワーを活かそう、と思っています。

「生きるんだ」という「気」は目に見えないけれど、
ちゃんと体の内に作用してじっくり効果を発揮するのだそうです。
手を痛いところに乗せてじわ~っと温かみを感じる それが「手当て」の語源
と聞いた事があります。
入院中友達とやってみて、退院後も不安になるとじわ~を感じています。

でも、いまでも時々落ち込む事があります。
更年期障害かとも思いますが、どうしようもなく気力が出ないことがあります。
そんな時に「病は気から」を思い出すとやっぱり辛くなってしまうのです。
だから、病気の人とか落ち込んでいる人には言えないのです。

明るい雰囲気を作るとか・・・。
人に対しても自分に対しても見守る事しかできないかな。

いつも前向きでいることはできなくて、でも、トンネルには必ず出口があると思うのです。
出てくるまでずっと もなみは待っています。もなみの事も 待っていてね。

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コメント (2)
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