呆れかえるの頬被り

「呆れかえるの頬被り」という言葉がある。カエルは目玉が頭部の上についているので、頬被りをしてしまうと何も見えない。そこから、物事が見えていないことを表す。「驚き 桃の木、山椒の木」や「なんだ神田の涙橋」と同類のカケコトバだが、蛙が頬被りしている姿はメージしやすい。

「あの人は、何もものが見えていないで、あんなことを言うのだ。まったくもって、呆れカエルの頬被りだ」という具合に使う。あはははは。この言い回しは、まだ使ったことはない。悪口が悪口に聞こえないようになる洒落た葉だと思う。いつか使おうと思っているが、そう言っている間に、「まったく坊主は世間のことが見えていない。あきれかえるの頬被りだ」と、私が言われてしまそうな予感が・・・。うはははは。

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