寒さ暑さの峠道
「暑さ寒さも彼岸まで」という常套句は、自分ではもう使うまい・・・と思っていながら、つまるところ
「お彼岸は、暑さ寒さの峠道っていいますからね」
と言い続けて3年目である。うははは、情けない話だ。
それでも、使い続けていると、同じ言葉でも愉快な展開をみせることがある。
頂戴する新米や、シャキシャキの梨・・・。
考えて見れば、暑さの峠の越えたところにある「峠の茶屋」で、一カ月以上の猛暑に疲れた体を一休み。
そこで新米のご飯やら、デザートの梨などを頬張るという寸法なのだと思う。
食欲の秋まぢかだ。
「寒さ暑さの峠道、越えて茶屋で一休み、秋の空をあおぎつつ、逝った人々のことを思う」
来週の秋分の日は国民の祝日だが、この日はいつだってお彼岸の中日である。「先祖のことを思う日」みたいなことが、これもまた国として決められている。
「お彼岸は、暑さ寒さの峠道っていいますからね」
と言い続けて3年目である。うははは、情けない話だ。
それでも、使い続けていると、同じ言葉でも愉快な展開をみせることがある。
頂戴する新米や、シャキシャキの梨・・・。
考えて見れば、暑さの峠の越えたところにある「峠の茶屋」で、一カ月以上の猛暑に疲れた体を一休み。
そこで新米のご飯やら、デザートの梨などを頬張るという寸法なのだと思う。
食欲の秋まぢかだ。
「寒さ暑さの峠道、越えて茶屋で一休み、秋の空をあおぎつつ、逝った人々のことを思う」
来週の秋分の日は国民の祝日だが、この日はいつだってお彼岸の中日である。「先祖のことを思う日」みたいなことが、これもまた国として決められている。