効能書きを読んだ後にすること

昨日9日は徳洲会看護部主催の学術セミナー。死に方などを研究している高橋泰先生、樋口恵子先生の話は研究者らしくデータを駆使したもので、実に興味深かった(私は40分「どう生きるか」しか話さなかった)。日本でも延命のための胃ろうが無くなった現在、これからは北欧やフランス型の寝たきりになって、食事やトイレが自力でできなくなったら亡くなっていく(結果的に寝たきりの病人がいない)死に方が主流をしめるようになるだろうというお話。そのあたりは坊主が関わる領域ではないだろうが、「こうなったら、諦めて死にます」という意志決定あたりでは、多いに関われるだろうと思った。さてもさても、私にとって効能書きを読んだような刺激的なセミナーだったが、これを受けてこれからどんな活動を私がするのか・・・・「効能書をいくら読んでも、病気は治りませんし、治せません」という言葉が脳裏を過った。むはは。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


感性を豊かにするトレーニング

3月16日(土曜日)午後1時~2時30分 朝日カルチャーセンター 新宿
仏教は、いつでも、どんなことがあっても心がおだやかでいるための教えです。
心をおだやかにする材料は、周囲の人の言動や、自然の風物の中に、佃煮にできるほど転がっています。下町の和尚がお伝えする、日常の中にたくさんある、毎日が楽しくなるちょっとした気づきの数々。「どうせ」や「つまんない」を口癖にしないための“心の予防医学”的法話(90分)です。
会員3,240円。一般3,888円。詳しくは朝日カルチャーセンター新宿(電話03-3344-1948)。講座名『感性を豊かにするトレーニング』

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


千本対二本

先週の今日も「写仏の庭」だったけれど、月をまたいだのでこれでも月一回の「写仏の庭」。今日のお手本は千手(せんじゅ)観音。会場の準備を終えてほっとしたのも束の間。「千手観音はその千本の中に自分のために使う手は一本もないという。してれば、この二本の手だって、もっと使いようがあるはずだ」と我が手を見た。そこで、「写仏の庭」の間、皆さんと同じ部屋で、お地蔵さまに文字入れをした。夜の部の間もやろうと思っているから、大変な量になるだろう。ぐへへ。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


もっと、よく手を洗いなさい

今日はお寺にいるので、3組の来客は今日にまとめさせていただいた。で、少しあいた時間に、お地蔵さまに文字入れ。ところが、段ボールについた油はすぐにシミになる。どこにそんな油があるかと言えば、私の指の油である。手を頻繁に洗わないとせっかく書いた段ボール地蔵が不気味な形のシミで台無しになる(写真はイメージしやすいように作為的に撮りました)。それを家内に言ったら「もっと、よく洗えばいいのよ」とたしなめるように言う。なるほど、日々洗い物をしている家内の手は驚くほど油分がない。家内の手に油分がないのは洗い物が原因なのか、加齢のためなのかは、私は知らないし、知ったところで私の立場が危うくなるのは目に見えているから、原因究明はしない。ぐはは。頻繁に台所に行って手を洗うわけにはいかないので、ウェットティッシュで小まめに指先を拭いて書くことにしている。苦肉の策である。むはは。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


退屈な時間

先週、青春出版社の原稿160ページを校正して編集のMさんに送ってホッとしていた(発売は今月21日の予定だそうだ)。そうしたら、土曜日に大和書房の200ページのゲラがいきなり来た。編集者のTさんにはいつも驚かされる。出版社のスケジュールの都合で1月発売予定が6月にずれ込んだ本だが、15日までに戻してほしいゆえの手紙がついていた。残念ながら、私はそんな悠長なことは言っていられないので、三日間で仕上げて今日送った。送ってみたら、今日は特段やることがない・・・。あはは。そこで、お地蔵さまに言葉を入れはじめた。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


やりかけのままにしておくと・・・

見開き完結の項目で構成されている本は、手直しするのも気分転換の連続のようで楽しかった。ということで、次の本のゲラの直しを編集者に送って、さて次はお地蔵さまをなんとかしないといけないとアブちれゃんに色を入れた。これで手元のお地蔵さまを描いたものはすべて色が入ったことになる。写真は数日前と今日。お地蔵さまが息苦しくないように(というより色が早く乾くように)、重ねていったので、山になった。地蔵ヒルか地蔵マウンテン、はたまたテンコ盛り地蔵と命名すべきか・・・。これに言葉を入れてビニール袋に入れて完成だが、それをどうするかは未定である。うはは。ただ、やりかけのことをそのままにしておくと、心穏やかではいられないからやったまでのことである。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


学術セミナーで法話

お通夜やお葬式、法事などで唱えるご詠歌の講習(4時間)を終えて帰宅。唱えに唱えてツカレタ・・・などど言っておれぬ。来週3月9日に神奈川の藤澤で行われる徳洲会看護部主催の学術セミナー(一般の方は入れません)用のレジメを作って送らなくてはいけないのだ。。三名の講師の中でも私はかなり異色だと思うが、それに応えようと話の内容を考えてレジメを送った。学術セミナーとは言え、私にとっては法話である。むはは。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


名僧に非ず、瞑想もしないで迷走

「遅すぎて間にあわない」「時期におくれて役に立たない」という意味の「遅きに失する」を、かつて「遅きに逸する」と覚えていた。ということで、遅きに失した感はあるけれど、今日から「写仏の庭」に貸し出しようのネガネ式ルーペが登場。段ボールで簡易スタンドを10分で作った。気前味噌だが、なかなかの出来である。果たして何人がお使いになるだろう。皆さんが写仏をしている間、同じ客殿で原稿を校正するか、お地蔵さまに色を塗るか、童仏の絵ハガキからお手本を作るか、まだ迷っている。迷走坊主である。ウギャギャ。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


夕日を見続けるための速度

夕方5時、車で西に向かっていると大きな夕日。写真はネットからの借用だが、ほぼこの大きさと匹敵するくらい大きく見えた。この夕日を24時間見つづけるには、どのくらいのスピードで西に追いかければいいのだろうと思った・・・が、私にはそんな計算はできないので、ロマンのまま放っておくことにした。ぐはは。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


リバース

月に一度の「写仏の庭」は明後日27日だが、今日お手本を作っておかないと寝る時間がなくなる。今月は普賢菩薩と決めたのに、手頃な(どんなだ?ぐはは)ものがなく、いくつか探した。その中に井上球二さんの童仏(わらべぼとけ)シリーズの普賢菩薩があった(今回のお手本ではない)。井上先生の本には、この仏さまの白描画がないので、絵ハガキから白描画を作らなければならない。画家と逆の作業をするのだ。カラーの絵ハガキから線だけを取り出すのは、拡大コピーをしても、こりゃ、思ったより、タイヘンです。どはは。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 前ページ 次ページ »