風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

中国とインドネシア

2015-11-14 01:28:38 | 時事放談
 ロイター通信によると、インドネシアは11日、中国が南シナ海のほぼ全てで「歴史的権利を有する」と主張する根拠にしている「九段線」について、対話による解決が早期に実現しなければ、国際司法機関に訴える姿勢を示したという。因みにインドネシアは南シナ海問題では「中立」の立場だが、九段線は海底・水産資源が豊富な同国のナトゥナ諸島周辺の排他的経済水域(EEZ)と重複しており、中国に地図の書き換えなどを求めていたらしい。
 インドネシアは、なかなかしたたかである。
 つい一ヶ月半ほど前、インドネシア・ジャワ島の高速鉄道計画(ジャカルタ~バンドン間120キロ)を巡って、日本でも報道された通り、インドネシアにとってこれまで最大の援助供与国であり、既に2008年頃から協力して事業化調査して来た日本ではなく、ついこの3月に割り込んだ形の中国を選んだばかりだからだ。是々非々ということであろう。
 この高速鉄道計画を巡る日・中の角逐はなかなか興味深い。
 日本政府は品質の高さを売りに「保守点検や運行システムなどサービス面の優位性などをアピールする」(国土交通省)と強調するが、エコノミストによると、そうした日本の鉄道技術の優位性は理解されるも、発展途上国からは過剰品質で過剰投資と見なされるだけで、日本はそのような顧客ニーズをもっと理解するべきだと言う。
 鉄道ライターは、より具体的に次のように解説する。日本が高速鉄道を輸出する際のセールス・ポイントとする「安全性」や「運転時の正確さ」や「高頻度運転」は海外では評価されないのが現状である。何故なら、欧米などの先進国と違って発展途上国では「命の値段」が軽く、従い鉄道事故などで死亡者に支払われる賠償金も信じられないほど安いために、安全対策より安価に建設・運営される方が望まれる。日本では、高度な運行管理システムや信号保安システム、優れた運転士育成システムを導入し、世界でも例を見ない時間に正確な運行を実現しているが、日本以外の国では鉄道が遅れるのは日常茶飯事で、15分程度の遅れは、利用者も鉄道を運行する側も遅れとみなさない(シンガポールなどでバスの運行システムの実証実験が行われているが、そもそも時刻表がない社会なので、運行を等間隔に平準化させるのが目的である)。海外の高速鉄道では、日本の新幹線のように数分おきの高頻度運転が必要となるような路線・区間などはまず存在しない(日本ほど人口が密集していないということであろう)。
 しかし、今回、インドネシアで中国案が採用される決め手となったのは、技術的優位性でも価格でもなく、インドネシア政府側に財政負担が発生しないという点だった。
 そもそも昨年10月に就任したジョコ大統領は、所得分配制度の改変を公約に掲げ、貧困層の支援を重視する。結果、開発などの政府予算も、国民全体に資する開発、均衡ある国土の開発をめざし、貧困層の多い島嶼部に手厚くする方針を掲げており、首都ジャカルタがあるジャワ島の高速鉄道の優先順位は低く、政府予算を使わずに民間ベースの事業にしたいとの意向を示していた。そこで中国は、高速鉄道建設に関してインドネシア政府に財政負担や債務保証を要求しない破格の条件を提示し、日本をキック・アウトしてしまったわけだ。
 報道されたところでは、今年3月に突然、中国が計画への参入を表明したことで、日・中の激しい受注競争の板挟みになったインドネシア政府は、9月3日、費用が安い「中速度」の鉄道にプランを変更し、日中両案を不採用として計画を白紙に戻すと表明した。ところが一転、9月29日に中国案採用を発表し、菅官房長官をして、同日の記者会見で「決定の経緯は理解しがたく、常識として考えられない」と、インドネシア政府に対する強い批判というか不満を口にさせたのであった。中国だからこそ、国営の鉄道会社を使って破格の条件を提示できたのであって、日本の民間企業が政府補償のない海外の巨大インフラ・プロジェクトに自主的に参入することは不可能に近い。
 筑波大学名誉教授の遠藤誉さんは、その舞台裏をこう解説する。
 中国は、3月末にジョコ大統領を北京に招聘した際、既に中国の国家発展改革委員会とインドネシアの国有企業省との間に「中国・インドネシア ジャカルタ~バンドン間高速鉄道合作(協力)備忘録」を交換させていた。続いて4月22日には、習近平国家主席がインドネシアを訪問し、ジョコ大統領と会談して、インドネシアの高速鉄道プロジェクトに関して以下の基本原則で合意し、中国はインドネシアに60億ドル投資することを約束したと言う。
●中国側は実力の高い、より多くの中国企業がインドネシアのインフラ建設と運営に参加することを望んでいる。
●インドネシア側は、中国と各領域で協力することを希望し、特に中国の「21世紀、海のシルクロード」構想とインドネシアの新しい発展戦略を結合させることをきっかけとして、中国側がインドネシアのインフラ建設に多くの投資をすることを望んでいる。
 そして、9月になってインドネシア政府が白紙撤回を宣言したのは、何のことはない、日本を振り落すためだったのではないかと推測されている。結局、今回のプロジェクトの収支は、長期的な海洋戦略の一環でインドネシアに一帯一路の足掛かりをつけるという、中国側の遠大な計算によるものというわけだ。
 かつては、インドネシアとの戦後賠償をまとめた岸信介元首相にはじまり、スカルノ元大統領のデヴィ夫人の後ろ盾であった川島正次郎・元自民党副総裁、福田赳夫元首相、渡辺美智雄元外相といった大物が、インドネシア政財界と深いつながりを持っていたが、今の日本に、インドネシア政府に対して影響力を及ぼせる有力政治家はいないともっともらしく語る人もいる。しかし、ジョコ氏はスカルノ元大統領と違って独裁者ではなく民主的に選ばれた大統領であり、そんな民主国家にとって重要なのは、人のコネクションや温情ではなく、より透明性が高い中での国益であろう。
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