風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

アパホテルの戦い

2017-02-06 23:44:40 | 時事放談
 アパホテルが「南京大虐殺」や「慰安婦の強制連行」を否定する書籍を客室に備えているとして、中国政府が訪日中国人にホテル利用禁止を呼びかけ、ネットや共産党機関紙「人民日報」などで頻りにアパホテル・バッシングを繰り広げて、中国では「アパホテル事件」と名付けられているらしい。以前にも書いたが、一民間企業を相手に、恐れ入る。この週末には、在日中国人らが新宿で抗議デモを行い、デモに抗議する団体メンバーも多数詰めかけて、長閑な休日のはずの新宿の一部で混乱があったらしい(そうと分かっていれば、ちょっと見てみたかった気がする)。
 それにしても、以前にも書いたが、異様この上ない。「アパホテル事件」当初、中国外務省報道官は「強制連行された慰安婦と南京大虐殺は、国際社会が認める歴史的事実であり、確実な証拠が多くある」と言った。彼らにとって重要なのは何よりも「国際社会が認める」ことにあるらしい。国際社会に認めさせた、つまり宣伝したのは中国共産党であるという意味では、図らずも彼らの歴史認識なり歴史観が「プロパガンダ」に基づくものだと言っているようなもので、報道官発言が馬脚を現していることに果たして気付いているのかどうか。
 そもそも歴史的事実は動かしようがないものだ。その歴史的事実を自分に都合よく拾い集めれば(解釈すれば)自分好みの歴史認識という一本の糸が紡がれる。そんな歴史認識の糸を何本も織り込めば歴史観という布が出来上がる。隣人同士で敵対するのは古今東西、珍しいことではなく、そんな独・仏による歴史教科書の共同研究が見開き両論併記に終わったことは記憶に新しい。ところが東アジアでは両論併記にならず、一方の論を他方に押し付け、一方の歴史観という布で他方を覆い尽くそうとしている。アパホテルの歴史認識なり歴史観に賛同するかどうかは別として(実際のところ、中国のプロパガンダにうんざりしている日本人は多いだろうし、最近の学術研究によれば、南京で虐殺があったとしても「大」虐殺と呼べるほどではなく一桁は小さかっただろうことが明らかになりつつあり、多くはアパホテルに同情的だろうが、それはひとまず措いておく)、アパホテルには、歴史認識を押し付ける全体主義的なあり方に屈することなく徹底抗戦して欲しいと思う。アパホテル代表の元谷氏が「(戦後)70年間にわたって日本は『押せば引く国』『文句いえば金を出す国』という(敗戦国の)悲哀を味わっていたが、『本当はどうなのか』ということを知ってもらう必要がある」と発言したのを聞くと、これまで日本国政府が不作為で招いたある意味で屈辱的な状況から、身を挺して日本の国柄を守る気概が感じられて頼もしい。中国政府が騒いでくれるお陰で、アパホテル事件が広く国際社会に取りあげられ、日韓の慰安婦合意と同様、言わば国際問題化して国際社会の目が向けられるとすれば、却って好都合でもある。
 しかし今日のブログで取り上げたいのは、昨日の新宿デモに抗議する保守運動代表の桜井誠氏からマイクを受け取って語り始めたあるウィグル人の話だ。ちょっと長くなるが産経Webから引用する。

(引用)
 そのとき、桜井氏が1人の外国人男性にマイクを渡した。男性は中国・新疆ウイグル自治区出身で、静かに語り出した。
 「中国の官製デモが、この素晴らしい民主国家、アジアのモデルである日本で行われている。こんな素晴らしい国家で、こんなくだらないデモが…」
 男性はトゥール・ムハメットさん。世界ウイグル会議日本全権代表を務め、世界ウイグル会議のラビア・カーディル氏(70)が来日し、講演した際は通訳を務めた人物だ。ムハメットさんは続けた。
 「1949年の中華人民共和国建国以来、数え切れない殺戮、弾圧、海外侵略を行っています。中国中央民族大学のイルハム・トフティ先生もウイグル人の基本的人権を守るために発言しただけで、無期懲役の判決を受け、新疆ウイグル自治区の獄中にいます。どうしてこの素晴らしい(日本という)国家で、こんなデモをするのか。建国以来、ウイグル人、チベット人に対する虐殺は許されません。私は、この平和な日本で、平和がいかに大切か痛感しています」
 そこまで話すと、ムハメットさんは「日本の秩序を守ってくださる警察官に心から敬意を表します」と言って締めくくった。
 ムハメットさんのツイッターによると、「全く個人で、アパホテルデモに反対する気持ちで」新宿に来たのだという。
(引用おわり)

 最後のところは事実かどうか怪しいとは思うが、いずれにしても日本の極端な保守派の人が語るよりよほど説得力がある話だ。この記事を読んで、これはウィグル人、チベット人だけの話ではない、二ヶ月ちょっと前、ニューズウィーク日本版11・29号で見掛けたモンゴル人の話を思い出した。
 楊海英・静岡大学教授(モンゴル名:オーノス・チョクト)によると、三ヶ月ほど前、世界各国に広がる南モンゴル(中国・内モンゴル自治区)の複数の運動団体が「クリルタイ」と呼ばれる連帯組織を結成するため、永田町の参議院議員会館102会議室に集まったそうだ。150人近いモンゴル人を応援するため、香港の民主化運動「雨傘運動」の学生指導者、台湾与党・民進党系の政治家や学者、チベット亡命政府とウィグル亡命政府の代表、天安門事件以降に米国を拠点に民主化運動を推進して来た大陸系の「中国民主運動海外連合会議」の代表なども駆けつけたらしい。日本からも参加した国会議員がいたという。小さい規模ながら、なんとキナ臭いことだろう。
 そのせいか、その記事を読んだ時には既に一ヶ月近く経っていたが、朝日・毎日・読売・産経・日経の各日刊紙のWebサイトを「南モンゴル」×「クリルタイ」で検索してみたが一件として引っ掛からなかった。「南モンゴル クリルタイ 公式サイト」があるし、Facebookには「南モンゴル クリルタイ結成大会」のサイトが立てられている。一般社団法人「モンゴル自由民主運動基金」や同じく「アジア自由民主連帯協議会」なる団体のサイトには告知がある。どうやら参加した運動団体が関係するWebサイト(及び篤志家の個人ブログ)とニューズウィーク日本版以外には出ていないようだった。
 そして思うのは、いつか見た光景・・・デジャヴであろう。
 彼らは、何故、わざわざ東京を選んだのか。楊海英教授によれば、「大日本帝国がかつてモンゴル人の居住地に満州国と蒙疆政権を樹立したから。モンゴル人は旧宗主国である日本の関与を求めている」のだと、簡潔に述べておられる。東京に集結したモンゴル人は、中国政府に対し、「真の民族自決の実現」を求めたという。かつて辛亥革命のときにも日本人や日本という地が少なからぬ貢献をしたのは歴史的事実であり、日韓併合前に、朝鮮が清にもロシアにも影響を受けない独立国家であることこそ重要だと、あの福沢諭吉先生も朝鮮の独立派に対して武器を送ったという噂がある。大日本帝国は、アジアの地域秩序に隠然たる影響力を及ぼし得る存在だったのである(そしてそれが目立ち過ぎて欧米諸国から叩かれてしまったとも言える)。
 もとよりこのモンゴル人の運動がどれ程の影響力があるものかは分からない。辛亥革命を持ち出したが、それと比肩するほどの将来展望があるとも思えない。しかし、先ほどのウィグル人の演説をも思い併せれば、アジアの民主主義国家・日本への期待が高いのはどうやら事実のようだ。
 国際社会は残念ながら(安倍首相が頻りに主張する)価値観外交だけで上手く行くと思うほど、私たちはナイーブではない。有り体に言えば、打算と権力政治が渦巻く世界だ。しかし、一つの重要な側面として、全体主義国家、一党独裁国家に抗して、自由・民主主義と法治主義と人権という西欧社会の価値観を心から信じ、それを守るメッセージを出し続けるのは、国際社会において西欧諸国ばかりでなく声なきアジア諸国の信頼を得るという意味で、今ほど大事なときはかつてなかったように思う。
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