昨日は名演で前進座による『あなまどい』を観た。上演時間が2時間45分と長いものだったが、さすがに前進座の俳優は声がよく通り、飽きるということはなかった。題名の『あなまどい』とは、秋分を過ぎても冬眠する穴を見つけられずにいる蛇のことをいう。年老いた夫婦が故郷を離れ、旅の途中でこんな蛇を見つけて、「私たちのようだ」と言う。
夫の方は父親の敵討ちのために34年間も家を空け、妻はひとりで家を守ってきた。長い年月、離れていなければならなかった夫婦の愛情物語なのか、敵討ちの苦難の末に辿り着いた男の物語なのか、実際のところ私にはよく分からなかった。夫は敵を追って旅を続けるが、そのうちに生活費に困り野菜売りをしたり、挙句の果てに物乞いまでするようになる。
こうして夫は、武士には武士の生き様があるように、物乞いにも物乞いの生き様があることを悟る。逃げる男も物乞いで暮らし、追う男も物乞いで頭を下げる。いったいどうしてこんなことになったのか、それは武士が決めた掟にある。この国がこんな哀れで馬鹿な仕組みを作ったという考えに行き着く。彼は仇討ちを果たし、帰参して家督を取り戻すが、養子に全てを譲り、老夫婦で江戸へと旅立つという筋書きである。
江戸時代の敵討ちが実際にどんなものだったのか分からないが、相手が物乞いにまでなっていたのでは探しようが無かったのではないかと思う。結局、夫は仇討ちしなかったのだが、したことにして帰還した。それまで彼に代わって、叔父とその息子が一家の頭となっていたが、彼が帰参すると役職を取り上げられるので、彼を殺そうとする。そこで彼は「殺せば脱藩者として一生涯逃げ続けることになる。その覚悟があるのか」と問う。
私は演劇を観ていて、百田尚樹氏の『永遠のゼロ』を思い出した。男の生き様というか美学のようなものが漂っているように感じた。社会の仕組みが悪いといっても、今はそんな時代ではない。原作者や前進座が何を言いたかったのかよく分からない。最近、感動できる演劇に出会わない。私には余りにも時代遅れの作品であった。
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