友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

次の世代に伝えたいもの

2008年12月07日 21時35分13秒 | Weblog
 大和塾の第10回市民講座のテーマは『街の縁側で福祉を担う』。名古屋市の真ん中で、自宅を「街の縁側」にと開放してしまった丹羽国子さんを講師に迎えて行なった。通常は土曜日の午後に開いてきたが、今回は丹羽さんの都合で日曜日となったので、どれだけの方が来ていただけるかと心配だった。やはり人は少なかったけれど、心配したほどでもなかったし、何よりも話が具体的で面白かった。

 丹羽さんは福沢諭吉が言ったという4つが現代人には欠けていると指摘する。1つ目は食生活を大事にすること。朝食を食べてこない子どもが多い。料理をしない母親がいる。これでは家庭は崩壊すると言う。2つ目は生活習慣を大事にすること。人間には一定の生活リズムがある。生活が不規則な子どもは引きこもりになってしまうと言う。3つ目は人とのつながりを大事にすること。電車の中で余りにも無作法な若い女がいたので、丁寧にさりげなく注意したら、「ここは公共の場、何をしようと勝手じゃないか」と開き直られたと言う。4つ目は生活の智恵を大事にすること。現代は智恵が受け継げられていないことが問題だと言う。

 大学で教鞭をとる丹羽さんは、学生に「親という漢字からどういうイメージを持つか」と質問したそうだ。すると「立つ木を見下ろす者」と答えた学生がいたと話す。丹羽さんは、「親は立つ木を見守る者でしょう」と言う。そういう認識が無いから平気で子どもを殺したり、施設に預けて当たり前に思っているのだと続ける。「では食事はどんな意味があるのかといえば、字のとおりです。人を良くする事が食事なのですよ」。なるほど、確かにそんな風に読める。

 丹羽さんの話はあちらこちらへと目まぐるしく移り変わっていく。しかし、行き着くところは、「人間は捨てたものじゃないよ。いろんな人がいて、いろんな生き方があって、けれど一番大切なものは何かで一致していればいい。行政は行政で努力してもらわなくてはいけないけれど、誰かがやってくれるのを待っていればいいではダメ。年寄りだから、障害者だから、誰かがやってくれるのが当たり前という風潮があるけれど、それが人間を悪くしている。ヘルパーよりもサポーターでありたい。自分がどう生きるか、自分がどんな町に住みたいか、そこが大切なこと」にあった。

 「今の社会は、事後処理にお金をかける社会ね。ガンで死ぬ人が多いからどうしよう。自殺する人が多いからどうしよう。ニートが多いからどうしよう。問題の処理ばかりを追っている社会になってしまったけど、そうならないためにどうしたらよいかを考えなければダメよ。どんな社会を作っていくのか、今日の自分は昨日の自分とは違うの、そうでしょう、だから明日に向かっていつもチャレンジャーでなければダメよ。自分ができることからどんどんやっていくのよ」と、丹羽さんは熱く語った。

 「次の世代に伝えたいもの」の副題の意味がわかったような気がした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする