「ねえ、どこ行くのよ」彼女はイヤな胸騒(むなさわ)ぎを覚(おぼ)えて彼に訊(き)いた。
今日は、彼から夜のドライブに誘(さそ)われたのだ。車は人気(ひとけ)のない山道へ入ろうとしていた。彼女の質問(しつもん)に、彼は薄笑(うすわら)いを浮(う)かべるだけで何も答えない。そんなに遅(おそ)くない時間なのに、道路(どうろ)を走る車も無(な)く、辺りには転々(てんてん)と小さな外灯(がいとう)が申(もう)し訳程度(ていど)に点(つ)いているだけ。
彼女は彼の腕(うで)をつかみ、強い口調(くちょう)で言った。「停(と)めて! いいから、停めなさいよ!」
車はタイヤを軋(きし)ませながら停まった。彼女は彼の手を強く握(にぎ)りしめて言った。
「どこへ行くのか教えて。教えてくれなきゃ、あたし帰るから」
彼は彼女の顔を見て、何の感情(かんじょう)も見せずに言った。「面白(おもしろ)いところがあるんだ。心霊(しんれい)スポットだよ。君(きみ)にも見せてあげたいんだ。きっと気に入ると思うよ」
彼女は全身(ぜんしん)に鳥肌(とりはだ)がたった。彼女には霊感(れいかん)があり、見えてしまうのだ。彼女は言った。
「行っちゃダメ。帰ろう。――あたし、そんなとこ行きたくない!」
彼女は必死(ひっし)に訴(うった)えたが、彼は何の表情も見せない。彼は車を発車させようとした。彼女はシートベルトを外し、「ダメ!」と叫(さけ)んで彼の身体(からだ)にしがみついた。
その時だ。彼女は思わず息(いき)を呑(の)んだ。車のガラスに、若い女の顔が写っていたのだ。恨(うら)めしそうにこっちを見ている。彼女は大声で叫(さけ)んだ。
「消(き)えて! 来ないで! あたしたちは行かないわよ!」
後から聞いた話だが、数日前、彼は友達(ともだち)と一緒(いっしょ)にその心霊スポットに行っていたそうだ。
<つぶやき>浮(うわ)ついた気持ちで行くと、いろんなものが憑(つ)いてきてしまいます。ご注意(ちゅうい)を。
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