みけの物語カフェ ブログ版

いろんなお話を綴っています。短いお話なのですぐに読めちゃいます。お暇なときにでも、お立ち寄りください。

0999「浴衣の女」

2020-12-14 18:03:18 | ブログ短編

 画家(がか)のアトリエにその絵(え)は飾(かざ)られていた。画家がまだ若(わか)いころ描(えが)いた作品(さくひん)で、〈浴衣(よくい)の女〉と題名(だいめい)をつけた。若い女が浴衣(ゆかた)をはだけてこちらに視線(しせん)を向けている艶(なま)めかしい絵だ。還暦(かんれき)をとうに過ぎた画家は、その絵をいつも眺(なが)めていた。懐(なつ)かしむように――。
 画家の友人(ゆうじん)でその絵を欲(ほ)しがる男がいた。何度(なんど)もアトリエにやって来ては、絵を譲(ゆず)ってくれないかと頼(たの)み込んだ。だが、画家は頑(がん)として首(くび)を縦(たて)に振(ふ)らなかった。それでも男はあきらめなかった。高額(こうがく)で手に入れた油絵(あぶらえ)と交換(こうかん)してくれと頼んだり、札束(さつたば)を積(つ)み上げたこともあった。
 ある日のこと、男がアトリエを訪(たず)ねると、〈浴衣の女〉がなくなっていた。男は、どこへやったのか問い詰(つ)めた。画家はただ一言、「あれは捨(す)てたよ」
 男は逆上(ぎゃくじょう)して叫(わめ)いた。「捨てただと! 何でだ! あれは俺(おれ)のものだ。俺の――」
 画家は静(しず)かに、「あの絵は私のものだ。私が死(し)んでも、あの絵は誰(だれ)にも渡(わた)さない」
 男は、画家に身体(からだ)ごとぶつかっていた。男が離(はな)れると、画家の腹(はら)にはナイフが突(つ)き刺(さ)さっていた。画家は床(ゆか)に崩(くず)れ落ちた。男はしばらく茫然(ぼうぜん)と立ちつくしていた。
 男は、アトリエや画家の住まいもくまなく探したが、あの絵はとうとう見つからなかった。それは今でも行方不明(ゆくえふめい)になったままだ。男はすぐに警察(けいさつ)に逮捕(たいほ)された。捕(つか)まったとき、男はうわごとのように呟(つぶや)いていた。「あの娘(こ)は、俺のものだ。愛(あい)してる、愛してたんだ」
<つぶやき>絵に魅了(みりょう)されてしまったようですね。あの娘(こ)はどこへ行ってしまったのか?
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