突然(とつぜん)、彼女の前に現(あらわ)れたのは、立派(りっぱ)な身(み)なりの紳士(しんし)だった。だが、その人は彼女にとんでもないことを言いだした。
「私は…、あなたのお母さんよ。ずいぶん捜(さが)したわ。会いたかった」
そんなことを聞かされても、彼女にはとても信(しん)じることなどできるわけがない。相手(あいて)は、どう見ても男なのに――。紳士は、彼女の様子(ようす)を見て、小さなため息(いき)をついて、
「こんなこと信じられないわよね。分かるわ…。でもね、私は、あなたのこと一日も忘(わす)れたことなんかなかった。こうして会える日をずっと――」
「何を言ってるの?」彼女はまくしたてるように、「あたしには、母親なんかいないわ。あたしを捨(す)てて逃(に)げたのよ。もう顔も覚(おぼ)えてないわ。だから…あなたが…」
紳士は彼女を抱(だ)きしめて、「ごめんなさい。私が…悪(わる)いのよ。ほんとにごめんなさい」
彼女は、紳士をはねのけ平手打(ひらてう)ちをくらわして、「なにすんのよ! この変態(へんたい)おやじ」
紳士はまごつきながら、「あ、ごめんなさい。つい…、昔(むかし)のことを思い出して…」
「何なのよ。あなたに、あたしのことが分かるわけないでしょ。家族(かぞく)でもないのに」
だが、この紳士は、子供の頃(ころ)の彼女の話を始めた。どこで何があって、何をしていたのか…。事細(ことこま)かに、彼女が忘れてしまったことさえ覚えているのだ。彼女は、
「どうして…、そんなことまで知ってるんですか? あなた…、ストーカーだったのね!」
<つぶやき>これは…、まさか、お母さんの生まれ変わり? それとも憑依(ひょうい)してるとか?
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