男は街中(まちなか)でとある女に声をかけられた。その女は男を潤(うる)んだ瞳(ひとみ)で見つめて言った。
「ああ…、やっとお目(め)にかかることができました。この日をどれだけ待ったことか…」
男は突然(とつぜん)のことに唖然(あぜん)とするばかり。女は男の手を握(にぎ)りしめると、
「お忘(わす)れですか? 私たち、千年前に結(むす)ばれるはずでした。でも、あなたのお父様(とうさま)の反対(はんたい)で二人の仲(なか)は引き裂(さ)かれ…。その時、あなたは約束(やくそく)してくださいました。もし生まれ変わることがあれば、来世(らいせ)は必(かなら)ず結ばれようと」
「ちょっと待ってください。僕(ぼく)は、あなたのことなんか知らないし、そんな約束――」
女はさめざめと泣(な)いて、「ひどい、そんなこと…。でも、無理(むり)もないですわ。今まで何度も出会うことができたのに、あなたが小さな赤ん坊だったり、腰(こし)の曲(ま)がったおじいさんだったりして…。とても契(ちぎ)りを結ぶことなんて。でも、私はあなたのことを一時(いっとき)も忘れたことはありません。これでやっと、あの誓約(せいやく)を果(は)たすことが――」
「あの、ちょっと急いでるんで、失礼(しつれい)します」男は逃(に)げ出そうとする。
女は行く手をさえぎって、「どうしてそんなひどい仕打(しう)ちを…。私はあなたの妻(つま)ですよ」
「ごめんなさい。絶対(ぜったい)、人違(ひとちが)いです。もう、声をかけないでください」
男はそのまま行ってしまった。女は呆然(ぼうぜん)と男の後ろ姿(すがた)を見送って…。だが、女はめげなかった。千年の恋である。女はキョロキョロと他の男を物色(ぶっしょく)しはじめた。
<つぶやき>千年もたっているんです。好きな相手(あいて)の顔だって、憶(おぼ)えてなんかいられない。
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