一人の年老(としお)いた画家(がか)が、アトリエに籠(こ)もり一心不乱(いっしんふらん)にキャンバスに向き合っていた。彼は命(いのち)が尽(つ)きる前に、自身(じしん)の最高傑作(けっさく)を描(か)こうとしているのだ。何度も何度も筆(ふで)を入れ、キャンバスを引き裂(さ)いては悲壮(ひそう)な叫(さけ)び声をあげた。
彼の身体(からだ)は、もう限界(げんかい)に来ていた。筆を持つこともままならなくなり、それでも彼は、震える指(ゆび)に絵の具をつけてキャンバスに置いていく。そこまでしても、納得(なっとく)のいく絵にはならなかった。彼は、とうとう力尽(ちからつ)き、キャンバスの前に倒(たお)れ込んだ。
心配(しんぱい)してアトリエを覗(のぞ)きに来た孫娘(まごむすめ)が、それを発見(はっけん)した。孫娘は画家に駆(か)け寄り抱(だ)き起こすと、彼の名を呼び続けた。すると画家は目を開けて、かすかな声で孫娘に訊(き)いた。
「どうだ、わしの絵は…。最高傑作になっているか?」
孫娘は画家の絵を見た。それは、今までに見たこともない絵だった。その画家が描いた絵の中に、こんな激(はげ)しい、躍動(やくどう)するような絵はなかった。孫娘は言った。
「おじいちゃん、すごいよ。こんな凄(すご)い絵、見たことないわ…」
孫娘は、画家に目をうつす。だが、彼女の声が届(とど)いたのか…。画家は、彼女の腕(うで)の中で、穏(おだ)やかな顔で眠(ねむ)りについていた。孫娘は涙(なみだ)をこらえて、画家に優(やさ)しく語(かた)りかけた。
「もちろん、最高傑作だよ。最後に、ちゃんと描けたね。おめでとう…」
<つぶやき>画家が残(のこ)した絵は、間違(まちが)いなく彼の生きた証(あか)し。あなたの証しは何ですか?
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