その部屋(へや)はただごとではない状態(じょうたい)だった。玄関(げんかん)から寝室(しんしつ)へ向けて、服(ふく)が脱(ぬ)ぎ捨(す)てられているのだ。それも、男と女の服が混(まじ)じり合っている。
玄関の鍵(かぎ)が開く音。扉(とびら)を開けて入ってきたのは、この部屋に住む彼を訪(たず)ねてきた彼女だ。なぜ鍵を持っているかって…。それは、彼から合鍵(あいかぎ)をもらっていたからだ。まったく、この男は何をしてるんだ。浮気(うわき)をするなら、鍵を渡(わた)すべきではない。
彼女は、点々(てんてん)と落ちている服を見て呆然(ぼうぜん)とした。まさか自分(じぶん)が浮気現場(うわきげんば)を目撃(もくげき)することになるなんて…。普通(ふつう)なら、修羅場(しゅらば)になるはずだ。彼女はそっと寝室の扉の前までくる。閉まっている扉の下には、派手(はで)なブラジャーが落ちていた。
「やったわね」彼女はぽつりと呟(つぶや)いた。そして、寝室の扉を開ける。ベッドの上の毛布(もうふ)が膨(ふく)らんでいた。彼が寝ていることは明(あき)らかだ。そして、女も一緒(いっしょ)に…。彼女はゆっくり毛布をめくっていく。だがそこにいたのは、裸(はだか)で気持(きも)ちよさそうに寝ている彼だけだった。
彼女はまた呟いた。「幸(しあわ)せそうな顔してるわ。昨夜(ゆうべ)は、何してたのかしら?」
彼女は女を見つけることはできなかった。そういえば、玄関に女の靴(くつ)はなかった。ということは、出て行ったのか? でも、服も着ないで? 彼女は服を拾(ひろ)い集(あつ)めた。彼の服は昨日(きのう)着ていたやつだ。女の服は、何だかちぐはぐで、こんな服を選(えら)ぶなんてあり得(え)ない。
彼女は、彼への怒(いか)りより、目の前の謎(なぞ)に気を取られていた。
<つぶやき>何があったのか? 彼は浮気をしたのか、それとも女盗賊(とうぞく)だったのかも…。
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