その日の夜。みんなはあの場所(ばしょ)に集まっていた。水木涼(みずきりょう)の治療(ちりょう)をしている間(あいだ)に、千鶴(ちづる)の号令(ごうれい)で食卓(しょくたく)の用意(ようい)を完了(かんりょう)させた。お皿(さら)を並(なら)べ終えた頃(ころ)、アキが涼を連れて戻(もど)って来た。柊(ひいらぎ)あずみは涼を抱(だ)きしめて言った。
「良(よ)かったわ、無事(ぶじ)で…」
涼はちょっと恥(は)ずかしげに、「心配(しんぱい)しすぎだよ。これくらい…何ともないから…」
千鶴はみんなを座(すわ)らせると、「さぁ、お腹(なか)すいたでしょ。食事(しょくじ)にしましょ」
つくねが見回(みまわ)して言った。「しずくは? まだ、戻ってないの?」
千鶴がそれに答(こた)えて、「ええ。みんなと一緒(いっしょ)だとばかり思ってたわ。捜(さが)してみましょうか」
千鶴は能力(ちから)を使ってみた。だが、どこにもしずくの姿(すがた)は見つからない。
あずみが呟(つぶや)いた。「おかしいわね。どこへ行ったのかしら?」
つくねは今朝(けさ)のことを思い出して、「朝、変なこと言ってたわ。今日のことを言い当ててたの。真面目(まじめ)な顔(かお)をして、みんなを守(まも)ってねって…。まるで、どこかへ行って…」
つくねは、部屋(へや)を飛(と)び出そうとした。それを、あずみが引(ひ)き止めて、
「どこへ行くの。心配ないわ。しずくを信(しん)じましょ。きっと戻って来るから」
川相初音(かわいはつね)が口を出した。「そうよ。しずくは、そう簡単(かんたん)にはやられないわ」
だが、つくねは何だが胸騒(むなさわ)ぎがしていた。何か、悪(わる)いことが起きそうな…。みんなの顔にも、不安(ふあん)の色が浮(う)かんでいるようだった。
<つぶやき>しずくはどこへ消(き)えたのか? たぶん、あまりを助(たす)けに向かったのかも…。
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少し時間を戻(もど)して、みんなが襲(おそ)われた日の朝のこと――。
しずくが目を覚(さ)まして起(お)き上がると、涙(なみだ)がひとしずく頬(ほお)をつたってこぼれ落(お)ちた。しずくは夢(ゆめ)をみたのだ。母親の夢…。夢の中で、母親は誰(だれ)かに話しかけていた。何かを選(えら)ばなければいけないと…。何のことなのか、しずくには分からなかった。
突然(とつぜん)、別のイメージが頭に浮(う)かんだ。どこかの山を上空(じょうくう)から俯瞰(ふかん)していた。しずくは、この景色(けしき)をどこかで見たことがある。誰かの声が聞こえた。しずくを呼(よ)んでいるようだ。しずくがそのイメージに集中(しゅうちゅう)すると、あまりの姿(すがた)が浮かび上がった。その顔は、とても苦(くる)しそうだ。助(たす)けを求(もと)めていると、しずくは感じだ。
しずくは手早(てばや)く着替(きが)えをすませると、つくねのところへ向かった。つくねは朝食を食べていた。しずくは普段(ふだん)と変わりなく振(ふ)る舞(ま)った。つくねはそんなしずくを見て、
「昨夜(ゆうべ)、遅(おそ)かったんだから、もう少し寝(ね)ててもいいのよ。今日は、あたしが研究所(けんきゅうしょ)を見張(みは)りに行くから。でも、いつまでこんなことしてるつもり? もう、限界(げんかい)なんだけど…」
しずくは、つくねに向き合うと、「今日は、何か起こるかもしれない。気をつけてて…。先生と協力(きょうりょく)して、みんなを守(まも)ってね。お願(ねが)いよ」
つくねは、真剣(しんけん)な顔つきのしずくを見て思わず、「うん…、分かった」
これが、しずくの最後(さいご)の姿になると、誰が予想(よそう)できただろうか――。
<つぶやき>これから何が起ころうとしているのか…。運命(うんめい)が動き始めようとしています。
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ここまでだと思ったのか、エリスは引き揚(あ)げの指示(しじ)を出した。男達は急いで車に乗り込むと、急発進(きゅうはっしん)させて逃(に)げて行く。エリスはそれを見届(みとど)けると、不敵(ふてき)な笑(え)みを浮(う)かべて消(き)えてしまった。柊(ひいらぎ)あずみは息(いき)をついてみんなに声をかけた。
「大丈夫(だいじょうぶ)? みんな、よく頑張(がんば)ったわね。アキは…、怪我(けが)してない?」
アキは小さく肯(うなず)いた。まだ、震(ふる)えが止まらないようだ。川相琴音(かわいことね)がアキに言った。
「こんな時に悪(わる)いんだけど。涼(りょう)さんが襲(おそ)われて怪我をしたの。治(なお)してくれない?」
あずみが駆(か)け寄って、「どういうこと? 誰(だれ)にやられたのよ」
「さっきの、姿(すがた)が見えないヤツよ。怪我はたいしたことないと思うけど、千鶴(ちづる)さんがアキを呼(よ)んで来てって…。だから、わたし…」
神崎(かんざき)つくねは琴音に近寄って言った。「ありがとう。あなたのおかげで助(たす)かったわ。あなたには、あいつが見えてたの? どんなヤツだったか教えてくれない?」
「姿は、見えないけど…。見え方がそこだけ違(ちが)うっていうか…。うまく説明(せつめい)できないわ」
あずみが言った。「さぁ、帰(かえ)りましょう。きっと、美味(おい)しい料理(りょうり)ができてるはずよ」
――ここは、黒岩(くろいわ)たちの拠点(きょてん)のひとつ。黒岩が部下(ぶか)からの報告(ほうこく)を受けていた。
「それで、新しく入った娘(むすめ)から、どんな能力(ちから)を引き出せたんだ」
「はい。かなり有益(ゆうえき)な能力(のうりょく)です。これを使えば、人心(じんしん)の制圧(せいあつ)が可能(かのう)になるはずです」
<つぶやき>新しく入った娘って、あまりのことなんでしょうか。彼女は無事(ぶじ)なのかな?
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男たちはアキを取り囲(かこ)んだ。もう逃(に)げ場はない。柊(ひいらぎ)あずみもエリスとの戦闘(せんとう)に手一杯(ていっぱい)で助(たす)けに行くことができない。アキはその場に倒(たお)れ込んでしまった。男たちがアキを捕(つか)まえようとした瞬間(しゅんかん)、その手を弾(はじ)くように神崎(かんざき)つくねが姿(すがた)を現した。男たちは獲物(えもの)が増(ふ)えたと思ったのか、不敵(ふてき)な笑(え)みを浮(う)かべてつくねに向かって行く。
それは一瞬(いっしゅん)の出来事(できごと)だった。つくねの姿が消(き)えたと同時(どうじ)に、次々(つぎつぎ)と男たちが倒れていく。つくねが姿を現したときには勝負(しょうぶ)はついていた。つくねはアキに言った。
「アキはここにいて。あとは、あたしが――」
エリスは男たちがやられたのを見て、声を上げた。
「カラス! いるんでしょ。見てないで、手を貸(か)しなさい」
つくねは何かの気配(けはい)を感(かん)じたのか、よけるように身体(からだ)を回転(かいてん)させた。何かがそばを駆(か)け抜(ぬ)けたようだ。つくね服(ふく)の、腕(うで)のところが切断(せつだん)されていた。つくねは身構(みがま)えた。しかし、敵(てき)の姿を見つけることができない。相手(あいて)の攻撃(こうげき)をかわすことはできても、こちらから何もできないのでは体力(たいりょく)を消耗(しょうもう)するだけだ。つくねは窮地(きゅうち)に立たされた。
その時だ。上の方から声がした。「苦戦(くせん)してるようね。助けてあげるわ」
それは、川相琴音(かわいことね)だった。手にした石(いし)をつくねの後に投(な)げつけた。すると、そこから呻(うめ)き声が聞こえた。次は少し離(はな)れた場所(ばしょ)に石を投げつける。今度は外(はず)したようだ。
<つぶやき>見えない敵にどう立ち向かえばいいのでしょうか。琴音は目がいいのかな?
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人通(ひとどお)りの少なくなった繁華街(はんかがい)に、先(さき)に帰ったはずのアキの姿(すがた)があった。彼女は何をするでもなく、通りをぶらぶらと歩いている。どこへ行こうとしているのか?
――薄暗(うすぐら)い路地(ろじ)から男が現れた。人目(ひとめ)を気にしながらアキの背後(はいご)へ回ると、アキの口を押(お)さえて路地へ連(つ)れ込んだ。そこには別の男達がいて、もがくアキの足をつかんで持ち上げる。そして、近くに停(と)めてあったワゴン車へ押し込めようとした。
その時だ。男の後(うしろ)からえり首(くび)をつかむ者(もの)がいた。男たちを次々(つぎつぎ)になぎ倒(たお)すと、アキを腕(うで)の中へ抱(かか)え込んだ。アキが目をやると、そこに柊(ひいらぎ)あずみがいた。あずみは、
「大丈夫(だいじょうぶ)? もう、こんなとこで何してるのよ。私から離(はな)れないでね」
あずみはアキを後にやると、男達と対峙(たいじ)した。男達は互(たが)いに顔を見合わせて、不敵(ふてき)な笑(え)みを浮(う)かべて近づいて来る。あずみは能力(ちから)を使おうと手をかざした。その時、目の前にエリスが姿を現した。あずみの腕をつかんでひねろうとする。あずみはそれをかわすと、エリスに一撃(いちげき)を与(あた)えた。エリスはあずみから離れると、男達に言った。
「何してるのよ。小娘(こむすめ)ひとり捕(つか)まえられないなんて」
エリスはナイフを出すと、「少しは歯応(はごた)えがありそうね。楽(たの)しませてよ」
エリスとあずみの戦(たたか)いが始まった。男達はその隙(すき)にアキを捕まえようと走った。アキは逃(に)げようとするが、恐怖(きょうふ)のためか身体(からだ)が思うように動かなかった。
<つぶやき>ちゃんと訓練(くんれん)してないから、こんなことになるのよ。でも、どうなるのか…。
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