アキは月島(つきしま)しずくのもとに駆(か)け寄ると、「あたしも行く。いいでしょ?」
柊(ひいらぎ)あずみが口を挟(はさ)んだ。「ダメよ。あなたにはまだ無理(むり)よ。ここにいなさい」
しずくは少し考えるような仕種(しぐさ)をして言った。「分かったわ。じゃあ、涼(りょう)と初音(はつね)で守(まも)ってあげて。あとは先生(せんせい)と私で行きましょ。千鶴(ちづる)さんとあまりはここからサポートしてね」
――同じ頃(ころ)、神崎(かんざき)の研究所(けんきゅうしょ)に数台(すうだい)の車が横付(よこづ)けされた。物々(ものもの)しい感じで数十人の人たちが降(お)りてきた。彼らは玄関口(げんかんぐち)を固(かた)めると、リーダーと思われる人物(じんぶつ)が研究所に入って行く。すぐに、神崎に連絡(れんらく)が入った。神崎は慌(あわ)てて玄関に向かった。
スーツを着た男が言った。「あなたが、所長(しょちょう)の神崎さんですか?」
「ええ、そうですが…。これは、どういうことですか? あなた方は…」
「失礼(しつれい)しました。私、内閣調査室(ないかくちょうさしつ)の小暮(こぐれ)です。今日は、ここの施設(しせつ)の査察(ささつ)を行います」
「査察…、そんな話しは聞いてませんが。いったい誰(だれ)の指示(しじ)ですか?」
「もちろん総理(そうり)からですよ。そして、こちらが…」
後にいた男が言った。「私は、テロ対策室(たいさくしつ)の権藤(ごんどう)です。早速(さっそく)ですが、施設内の案内(あんない)をしていただけますか? 施設内のすべての部屋(へや)を確認(かくにん)させてもらいます」
「テロ対策って…。まさか…、私たちを疑(うたが)ってるのですか?」
神崎は従(したが)うしかなかった。表(おもて)にいた人たちが研究所になだれ込んで行った。
<つぶやき>きっと総理は、神崎が信用(しんよう)できるのかどうか確(たし)かめたかったんでしょうね。
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川相初音(かわいはつね)は黒岩(くろいわ)の拠点(きょてん)になっている施設(しせつ)を調(しら)べていたようだ。その女とは、別の施設で一緒(いっしょ)に訓練(くんれん)を受(う)けたことがあった。初音はその頃(ころ)のことを思い出して身体(からだ)が震(ふる)えた。
「その娘(こ)、まるで死神(しにがみ)のようだったわ。人を殺(ころ)すことを楽(たの)しんでるみたい…。訓練中に、何人も仲間(なかま)を殺しかけたわ。その娘(こ)、変わった能力(ちから)を持ってたの。顔(かお)とか体格(たいかく)を変えることができた。でも、誰(だれ)かとそっくりには、まだなれなかったけどね」
「だとすると…」柊(ひいらぎ)あずみが言った。「神崎(かんざき)のところにも変身(へんしん)して入り込んでるってことね。しずく、これからどうするの? またここにも来るかもしれないわよ」
月島(つきしま)しずくはみんなを安心(あんしん)させるように、「大丈夫(だいじょうぶ)よ。姿(すがた)は変えられても、心まで変えることはできないわ。私たちには、心を読(よ)むことができる〈あまり〉がいるじゃない」
日野(ひの)あまりは驚(おどろ)いてどぎまぎしながら言った。
「そ、そんなの、ムリですよ。わたしなんかが、そんなこと…」
「心配(しんぱい)ないって」水木涼(みずきりょう)があまりの肩(かた)を叩(たた)いて言った。「明日から特訓(とっくん)なっ」
「そんなぁ。わたし、初心者(しょしんしゃ)なんですよ。先輩(せんぱい)、ちゃんと分かってます?」
みんなが和(なご)んだところで、しずくは言った。「じゃあ、つくねを迎(むか)えに行きましょ。もう元(もと)に戻(もど)ってるはずだから。早く行かないと、なに言われるか分かんないからね」
その時、扉(とびら)が開いてアキが出てきた。その姿を見て、みんなは驚いた。急に成長(せいちょう)したのか、子供(こども)らしさがなくなってしまったようだ。
<つぶやき>子供はいつの間にか大人(おとな)になってしまう。いつまでも子供ではいられない。
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「そう、可哀想(かわいそう)に…。辛(つら)いわよね」千鶴(ちづる)が呟(つぶや)いた。隣(となり)には柊(ひいらぎ)あずみがいて、
「いつかは通る道よ。アキも大人(おとな)になろうとしてるんだわ」
千鶴が不満(ふまん)そうに、「あなたはどうしてそんなに冷(つめ)たい言い方しかできないの?」
「はぁ? なに言ってるのよ。私は、そんなつもりじゃ――」
いつもの口論(こうろん)が始まる前に、月島(つきしま)しずくが口を挟(はさ)んだ。「それで、見つかりました?」
千鶴が答(こた)えて、「ええ。父親がいる研究所(けんきゅうしょ)に閉(と)じ込められているわ」
「でも、驚(おどろ)いたわ」あずみが言った。「姿(すがた)を変えられる能力者(のうりょくしゃ)がいたなんて…」
水木涼(みずきりょう)が突然(とつぜん)声をあげた。「えっ! あれって、つくねじゃなかったのか?」
しずくはそれに答えて、「ええ。匂(にお)いが違(ちが)ってたから、すぐに分かったわ」
「会ったのか? 何でその時、捕(つか)まえなかったんだよ。そしたら、こんなことには…」
「それは、そうなんだけど…」つくねは言葉(ことば)を濁(にご)して、「それで、偽者(にせもの)の方は?」
「それが…」千鶴は申し訳(わけ)なさそうに、「どこへ行ったのか、見つけられなかったわ」
「別の姿になったんじゃ…」今まで黙(だま)っていた日野(ひの)あまりが呟いた。
あずみがそれを受(う)けて、「きっとそうだわ。神崎(かんざき)の研究所に戻(もど)ったんじゃないの?」
「違うと思うわ」突然、川相初音(かわいはつね)が現れた。「それらしいヤツ、見たわよ」
「あなた…」あずみは初音に詰(つ)め寄って、「学校休(やす)むんなら、ちゃんと連絡(れんらく)しなさい」
<つぶやき>無断欠席(むだんけっせき)はダメですからね。でも、初音はどこへ行っていたのでしょうか?
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「ハルは、アキの幻影(げんえい)なのよ」月島(つきしま)しずくがぽつりと言った。
水木涼(みずきりょう)がしずくに詰(つ)め寄(よ)って、「どういうことだよ。幻影って…」
「私が初めてハルの心に入ったときね、気づいたの。この娘(こ)、違(ちが)うなって…。双子(ふたご)で産(う)まれてくる能力者(のうりょくしゃ)には、たまにあるみたいなの。能力(ちから)の一部(いちぶ)が人の形(かたち)になることが…」
日野(ひの)あまりが驚(おどろ)いて、「そんなこと本当(ほんとう)にあるんですか? だって、普通(ふつう)の娘(こ)なのに…」
「そうね、どう見たって普通の娘(こ)よ。でもね、いつか戻(もど)らないといけないの。ハルには、それが分かってた。ハルは、アキを守(まも)るために存在(そんざい)してたのかもしれないわ」
――ハルは、アキの手を引き寄せると微笑(ほほえ)んで言った。
「ねぇ、覚(おぼ)えてる? ママのこと。あなた、いつも悪戯(いたずら)して怒(おこ)られてたわね」
「なによ…。小さい頃(ころ)の話しでしょ。それより、早く治療(ちりょう)しないと…」
「いいのよ、もう…。私の役目(やくめ)は終(お)わったわ。あとは、あなたに任(まか)せるわ」
「ちょっと、なに言ってるのよ。ハルまでいなくなるなんて、あたし…どうするのよ」
「心配(しんぱい)ないわよ。私は、アキの中にいる。ずっと一緒(いっしょ)よ。どこにも行かないわ」
ハルは、アキの手を強(つよ)く握(にぎ)りしめた。そして、アキの中に何かが流(なが)れ込んでいく。それと同時(どうじ)に、ハルの身体(からだ)が薄(うす)れていき、ついに消(き)えてしまった。
<つぶやき>身近(みぢか)な人との別れは辛(つら)いものです。でも、心の中にちゃんと生きてますから。
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ベッドに寝(ね)かされているハル。真っ白なベッドは赤く染(そ)まっている。アキは自分(じぶん)の能力(ちから)を使って傷(きず)を治(なお)そうとしていた。だが思うようにいかなくて、あせればあせるほど能力(ちから)を発揮(はっき)できなくなっていた。
水木涼(みずきりょう)と日野(ひの)あまりは為(な)す術(すべ)もなく見守(みまも)るしかなかった。そこへ、月島(つきしま)しずくがやって来た。しずくは驚(おどろ)いた様子(ようす)もなく、ベッドに近づくとハルの肩(かた)に手を当てた。すると、ハルが目を開けた。ハルは、しずくを見つめてかすかに微笑(ほほえ)んだ。
しずくは涼たちに外へ出るように促(うなが)した。涼は懇願(こんがん)するように、
「何とかならないのかよ。お前の能力(ちから)で――」
しずくは静(しず)かに答(こた)えた。「これは運命(うんめい)よ。その時が来ただけ…」
「その時って…。何だよそれ。わけ分かんないよ」
「行こう。ここは、二人だけにしてあげましょ。その方がいいわ」
三人は部屋(へや)を出て行った。アキは泣(な)きながらハルに話しかけた。
「ハル、ダメだよ。死(し)なないで…。あたしが、今、治してあげるから…」
アキは、手をハルの傷口(きずぐち)に向けた。アキはひとり言(ごと)のように呟(つぶや)いた。
「集中(しゅうちゅう)よ。集中するの。あたしならできる。ひとりでもやれるんだから…」
ハルは、アキの手をつかんだ。そして、慈愛(じあい)に満(み)ちた顔でアキを見つめた。
<つぶやき>このまま死んでしまうんでしょうか? 助(たす)けることは誰(だれ)にもできないのか…。
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