海外のニュースより

政治・経済・社会の情勢について書かれた海外の新聞や雑誌の記事を選んで翻訳しています。

「ネオコンのやり方を180度転換する」と題するサイモン・ティスダルの評論。

2006年12月27日 | アメリカの政治・経済・社会
 明日の中間選挙への前段階で、米国のネオコンと所謂「リベラルなメディア」との間の争いは、新たな深刻さに達した。180度の転換の要求と党派的なご都合主義に火をつけた。だが、口角泡を飛ばしている背後には、もっと重大な問題が潜んでいる。それは、ブッシュ政権の外交政策を形成するのに特に影響力があったネオコン運動は、崩壊しかけているかという問いである。
 憤激の直接的な原因は、先週、『ヴァニティ・フェア』誌による指導的なネオコンたちと行ったインタービューの抜粋の公刊である。「闇の王子」として知られるペンタゴンのインサイダーであるリチャード・パールは、自分が以前支持したイラク介入が間違いだった示唆していると引用された。
 ブッシュの「悪の枢軸」演説の書き手だった、デイビッド・フラムは、報道によると、イラクでの失敗は不可避であり、大統領に責任があると思っている。他のよく知られたネオコンたちも政府の能力について批判的な言葉を述べている。
『ナショナル・レビュー』誌によってオンラインで集められた憤激した反応の中で、何人かのインタービューを受けた人たちは、彼らの意見が間違って提示されていると主張している。パールは、彼のせいにされた引用を否定はしていないが、選挙が終わるまでは、自分の意見は公表されないという約束が破られたと言っている。記録では彼は「われわれは正しい道を歩んでいる」と言ったのだ。
 フラム氏は、『ヴァニティ・フェア』誌を不正直だと非難した。彼が言うには、自分はブッシュ大統領を批判する意図はなく、むしろ「国家安全保障委員会」の機能がうまく行っていないと述べたのである。雑誌の「新たな非難」という見出しとは違って、自分は過去の判断について後悔はしていないと彼は言う。「明らかに、私は戦争がうまく行くことを願っていた。アメリカがイラクで失敗することは本当に危険だと感じているのは事実だ。アメリカの政策の誤りで多くのことが間違ったことを、私は非難したのだ。だが、イラク戦争についての私の基本的な見解は、2003年当時と変わっていない。」
 誰が何を言い、彼らが何を意味したかについての議論は脇に置いて、口論が暴露したのは、ネオコン指導層の間の粗野な神経節が、ブッシュやその他の人たちが自分たちの思想に十分な活力を与えるのに失敗したという怒りに火をつけたということである。
 彼らは、責めらるべきは、公式の約束不履行や、不手際であって、彼らの思想のイデオロギー上の欠陥ではないと考えている。
 最も印象的なのは、生涯のタカ派でネオコンの偶像と言うべきケネス・エーデルマンからの嘆きである。「道徳性に基づく強硬外交という考え、世界の中にある道徳的善のためにわれわれの権力を使用するという考えは死んだ。少なくとも一世代の間は」と彼は言う。彼も行政府の無能力とブッシュ大統領の安全保障補佐官について酷評している。「彼らは真面目な人たちではない。」だが、彼はネオコンの目標の到達可能性に対するもっと深刻な失敗を指摘しているように見える。
『ひとりぼっちのアメリカ:新保守主義者とグローバルな秩序』と題する本を書いたステファン・ハルパーとジョナサン・クラークによると、ネオコンのプロジェクトには、三つのテーマがあったと言う。一つは、「人間の条件は、善と悪との間の選択として定義されるという宗教的確信から由来する信念である。」第二は、「国家間の関係を基本的に決定するものは、軍事力とそれを使用するという覚悟」である。第三は、「中近東とグローバルなイスラム教とは、海外でのアメリカの国益のための原則的な劇場である」という考え方である。
 著者たちは、新保守主義が不幸な回り道であり、伝統的な国際的同盟国を堀り崩し、合意の形成を掘り崩した一時的な逸脱であると結論している。彼らの分析では、新保守主義は過去に属している。
 ネオコンでさえ、彼らの過度に単純化し、過度に軍事化されたアプローチは、新しいアメリカの世紀へとは導かず、一連の行き詰まりへと導いたことを認めているように見える。以前はネオコンの信奉者であった、フランシス・フクヤマは、米国の政策は、「手段を目的にもっと良くマッチさせる」新たな現実主義を必要としていると言う。言葉を換えると、大統領選挙までの中間期は、歴史の始まりであるかもしれない。(フクヤマの主著は、『歴史の終わり』だった。訳者の注。)
[訳者の感想]米国の中間選挙開票前に、ネオコンの衰退を予想したティスダルの論説です。
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「失望したインサイダーは、ブッシュに背を向ける」と題する『ワシントン・ポスト』紙の記事。

2006年11月20日 | アメリカの政治・経済・社会
サダム・フセインの銅像が引き倒された一週間後、ケネス・エーデルマンと数名のイラク戦争推進者は、チェイニー副大統領の住居に集まって祝杯を上げた。侵攻は、エーデルマンが予言したように、楽勝だった。チェイニーとその客達は、ブッシュ大統領と勝利を祝って乾杯した。「それは幸福感に溢れた瞬間だった」とエーデルマンは回想する。
3年7ヶ月後(2006年11月)、楽勝は死の行進のように見える。そしてエーデルマンは、ブッシュ・チームと分かれた。彼は防衛長官ドナルド・ラムズフェルドと喧嘩をした。彼とチェイニーとはもはや言葉を交わす仲ではない。そして大統領は、エーデルマンが「イラクの大惨事」と呼ぶものに対して最終的に責任があると彼は思っている。
元レーガン大統領の高官で、一時、「イラク戦争ブレーン・トラスト」のメンバーであったエーデルマンは、大統領あるいはその政策に反対の声を挙げたブッシュ・サークルからの最近の声に過ぎない。彼の大統領職の最後の期間に突入し、中間選挙の大敗を喫したばかりのブッシュは、ますます友人が少なくなっていると感じている。最強の戦争支持者達の何人かは、離れてしまった。元のイサイダーは、公的に不同意を唱え、議会の共和党議員は、ブッシュが下院で多数を失ったと責めている。
「失われた生命は多い」と先週、インタービューでエーデルマンは述べた。「国家が危険に曝されている。地域が危険に曝されている。これは、法外な事態だ。これほど拙劣にマネージされる必要はなかった。」
「ラムズフェルドが辞めていたら、もっと違っていただろう」とアーレン・スペクター共和党上院議員はテレビで言った。
 あるインサイダーは、ホワイト・ハウスは、大衆の反発を招いたと言った。「いつでも誰でも自分たちを神聖だと思いたがる。彼らは違った尺度で判断される」とブッシュのホワイト・ハウスの宗教上のイニシャティブの指導者であったデイヴィッド・クオは言った。彼は『誘惑する信仰』と題する本を書いて、ホワイト・ハウスがキリスト教保守派に迎合していると非難した。「ホワイト・ハウスは、自分自身を神聖だと思っているのだ。」
 国務省の高官であって、現在「外交関係評議会」の議長であるリチャード・ハースは、世界情勢への根本的に異なるアプローチは、当然、批判を生み出すと言った。「民主主義の促進について強調すること、政権の変更について強調すること、イラクでの選択の戦争、これらは、伝統的なアプローチとは離れている。だからそれがより多くの反応をよぶことは、驚くに足りない。」
 ブッシュと断絶したいという傾向は、大統領がワシントンにいる多くの自然な賛同者のご機嫌をとるのに余り時間をかけてないという事実を暴露する。議会の共和党指導者達は、彼らが目にするのは、ホワイトハウスの「俺たちの言うとおりにしろ」というアプローチであるということに怒っている。ブッシュとより個人的な関係をもっている人たちのうち幾人か、例えば、チェイニーやラムズフェルドは、失望の念をもっと鋭く感じているが、その理由は彼らが大統領が彼らの政府に課した目標に非常に近づいていると思っているからである。
 ブッシュの二期目の弧が見せたのは、最も強力な批判が内部に発しているということである。コリン・パウエルを囲むプラグマティストの集団は、彼が国務長官を辞めた二年前から口を開き始めた。ハースやアーミテージやカール・フォードやローレンス・ウイルカーソンは、政策論争を公にした。イラクで働いた多くの人たちは、酷く取り乱して、『浪費された勝利』(ラリー・ダイアモンド)、『イラクを失う』(デービッド・フィリップス)などの本を書いた。軍やCIAの高官は、政府を去った後で、言いたいことをぶちまけた。その頂点が、退役した将校達がラムズフェルドの解任を要求した「将軍達の反乱」である。(以下省略)
[訳者の感想]これまでネオコンに属していた人たちまでが、一斉にブッシュを批判し始めたようです。選挙で負けると大統領でも負け犬同然ということでしょうか。
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「この選挙で米国は地球を共有しやすくなったか?」と題する『ガーディアン』紙の論説。

2006年11月13日 | アメリカの政治・経済・社会
中間選挙に続いてジョージ・W・ブッシュがカメラの前に現れたとき、彼は集まったメディア関係者に「なぜ憂鬱そうな顔をしているんだ」と尋ねた。実際は、憂鬱そうな顔をしていたのは、米国大統領と落選した共和党候補者だけだった。選挙の敗北が、当の国だけでなく、他の国々でもこれほど喝采されたことは滅多にない。ブッシュはやっと地球の大部分を纏めた。イランのアヤトラやヨーロッパ諸国の首相達や、アメリカ人の多数や、自分たちの政党が厳罰に値すると考えた何人かの共和党員は、選挙権者による非常に大きな打撃を祝っていた。これはイラクでなされた破局的な失敗に対する断罪的な判決だけではなかった。それは共和党が米国立法府を支配してきた12年間の終わりだった。
この選挙結果についての一つの非常に良い点は、それがアメリカ人や世界の残りに、民主主義はまだ米国で機能しているということを示したことである。数週間前、私が読者に、イラク戦争と汚職と不道徳とが共和党にパンチをくらわせると考えているということをリポートした。大西洋の両側でそれは早すぎる予測だと考えた人たちが沢山いた。彼らはケリー大統領候補に投じた間違った希望を思い出し、ゴアの幻滅を思い出し、共和党の投票マシーンの威力を大きく評価しすぎた。
投票箱は浄化の仕事をやってのけた。共和党は、彼らの当然の運命を蒙った。米国中に右翼の恒久的な覇権を作り出そうとする企ては、はじけた。この選挙についての楽観的な見方は、それが世界の残りに対してもっとスマートでより単独主義的でないアプローチをとるように米国を導くだろうというものだ。こういうことが起こるかどうかは、ブッシュが敗北に適応するか、それとも敗北を無視しようと試みるかに懸かっている。兆候は入り交じっている。ドナルド・ラムズフェルドは、やっと首を切られた。大統領は、上院と下院とをコントロールする民主党と協力すると約束した。このような敗北の結果、彼にはなだめるように聞こえる以外選択の余地はない。問題は、彼が非常に違った大統領になれるかどうかである。彼が以前と同じ対決的な路線にしたがって、統治しようとすれば、それは議会との対立を麻痺させるための処方箋になるだろう。その最後の数ヶ月が次に起こるであろうことによって形作られるトニー・ブレアは、ホワイト・ハウスが超党派的路線をとることを熱烈に望んでいる。次の18ヶ月間ブッシュのホワイト・ハウスと仕事をすることになりそうなゴードン・ブラウン(次期英国首相)も同様である。
民主党も、大きな決断をしなければならない。この選挙が民主党に対する熱狂の印しであるよりは、共和党に対する反感の記録であったということを、彼らの中の抜け目のない人たちは理解している。民主党は、混乱した、意見の分かれた政党である。少なくともイラク問題関してはそうである。3人の民主党員が一部屋でイラク問題について議論すると四つの異なる意見が出そうだと言われている。(以下省略)
[訳者の感想]この論説を書いたのはアンドリュー・ローンズリーという人です。ブッシュが今後どのような政策をとるか世界中が固唾を呑んで見守っています。ブッシュが今までとは違う大統領になれるかと聞かれれば、なれそうもないというのが正直な答えでしょうが。
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「新国防長官は、実務家」と題する『フランクフルター・アルゲマイネ』紙の記事。

2006年11月11日 | アメリカの政治・経済・社会
次の国防長官に決まったロバート・ゲイツは、彼の前任者であった74才のドナルド・ラムズフェルドと同様、「古い親衛隊」の一人である。ゲイツは、63才で、さまざまな公的官庁や政府機関での多くの経験を振り返る。彼の経歴は、40年前に情報機関であるCIAから始まり、いくつかの役所や地位を上へ上へと昇って、1991年から1993年までCIAの長官を務めた。
木曜日の夜にかけてホワイト・ハウスで行われた任命式で、彼はジョージ・W・ブッシュは、自分が公的役職を引き受けた七番目の大統領だと述べた。
けれども、ゲイツは、ラムズフェルドとは別の「古い親衛隊」の一人である。彼は父親のH・W・ブッシュ大統領の国家安全保障会議の副議長として、自分の形成期を経験した。1989年は、ベルリンの壁が崩壊した年である。1991年は、最初の湾岸戦争の年で、アメリカ軍は、連合軍の一員としてクエートからイラク軍を追い出したが、バグダッドまでは行かなかった。国家安全保障会議における彼の前任者は、ブレント・スコウクロフトであって、彼は今日まで、父親のH・W・ブッシュの親密な友人である。パパ・ブッシュは、ここ数ヶ月、ますます頻繁に、イラクにおける戦争や他の重要な外交安全保障政策にについて憂慮と忠告をもって発言してきた。
パパ・ブッシュと彼のかっての協力者達は、厄介な同盟国のパートナーと協力し、注意深く一歩一歩前進することが偉大な歴史的勝利へと導くことを経験によって記憶させられた。ラムズフェルドは、ネオコンとして国防省にやってき、彼の対決的なやり方や21世紀の非常に統合的で高度に機動的な軍隊について彼の考え方のためにある人達からは、賞賛され、他の人たちからは非難された。
ゲーツは、髄からの保守的実務家であって、彼は宇宙の沢山の衛星についてよりも、地上のブイツについて良く理解している将軍達の意見に耳を傾けるだろうという評判が先行している。多くの人々は、ゲイツとともに、古いプラグマティズムの精神がペンタゴンに戻ってくると信じている。そのことは、イラクにおける困難な状況に関して必要なことである。
ロバート・マイケル・ゲイツは、1943年9月26日、カンザス州のウイチタに生まれた。ウイリアムアンドメリー大学、インディアナ大学、ジョージ・タウン大学で学び、最後の大学でロシアとソビエト連邦の歴史で博士号をとった。学生時代にすでに彼はCIAによって採用された。10年前に彼は、CIAと「国家安全保障会議」における30年間の勤務についてメモワールを公刊した。有名な大学のトップの地位を与えられた。最後に彼は、「テキサス・A&M大学の学長を務めた。ゲイツと彼の妻ベッキーとの間には二人の成人した子供がいる。
[訳者の感想]ラムズフェルドの後任国防長官となったゲイツとはどういう人物か興味があったのでこの記事を訳しました。書いたのはマティアス・リュープ記者です。
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「ゴア元副大統領曰く、ブッシュは変節した右翼過激主義者」と題する『ガーディアン』紙の記事。

2006年05月31日 | アメリカの政治・経済・社会
 アル・ゴアは、ジョージ・ブッシュ大統領を厳しく批判し、現在のアメリカ行政府を「変節した右翼過激主義者の集団」だと述べた。
 今日のガーディアン紙との会見で、元副大統領は、自分自身を「回復中の政治家」だと述べた。だが、彼が以前にグローバルな温暖化の脅威についてキャンペーンしていたときよりも、もっとはっきりと政治的論争に乗り出している。
 2000年の大統領選挙で負けて以来、自分の政策が左にシフトしたということを否定しながら、「だが、われわれが、今権力を握っている変節した右翼過激派集団を持っているとすれば、物事すべてが右よりなのだ」とゴア氏は言った。
 だが、彼は自分は「再び大統領候補になろうとは思わない」と主張し、はっきりと別の路線を除外することを拒否した。なんらかの出来事が彼の決心を変えるかと尋ねると、「それはありえない」と彼は言った。
 ガーディアン紙の文芸祭りに現れたゴア氏は、気候変動の危機を詳しく述べた『不便な真実』という新著を奨励している。
 彼が新しいレベルの注目を浴びたことによって、何人かの民主党員は、彼をもう一度大統領にしようと呼びかけている。他の民主党員は、ゴア氏は、2000年のキャンペーンにおけるのと同じレベルの情熱を示さなかったと怒って応じている。
 彼はあのキャンペーンの間、彼のコンサルタント達の言うことに余りに率直に従いすぎたことを認めた。
 その後の年月、彼はブッシュ政権の批判者であった。大抵の民主党議員がイラク戦争を支持したとき、彼はそれに反対した。もっと最近では、彼は情報機関による電話盗聴行為に関して「政府による粗野で過度の権力行使」を非難した。
 インタービューで、ゴア氏は、原子力発電に関してブレア首相からも距離を置いた。ゴア氏は、「それがもっと大きな役割を演じることについて懐疑的である」と述べた。原子力発電は、英国や中国では演じる役割があるかもしれないが、地球温暖化に対する戦いにおいて「銀の弾丸」ではないだろう。
 米国では、ゴアの環境保護キャンペーンは、右翼陣営からの反発を招いた。彼らは彼をデマをまき散らす男だと非難した。「競争力ある企業」研究所というシンク・タンクが提供した一連のテレビジョン広告は、「二酸化炭素の排出は、アメリカの生産性と進歩の証拠」だと主張した。
 大統領戦への復帰の可能性に対するゴア氏の態度は、未知のままである。(以下省略)
[訳者の感想]2000年の大統領選では、ゴアとブッシュのどちらが勝ったのかしばらく不明でした。もし、あのときゴアが勝っていたら、世界は現在とは大部違っていただろうとおもわれます。3年後の大統領選に出でたとして、ヒラリー・クリントンに勝てるかどうか。
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「ブッシュのこれからの千日」と題するアーサー・シュレジンジャーのコメント。

2006年04月27日 | アメリカの政治・経済・社会
百日はフランクリン・D・ルーズベルトと消すことが出来ないほど結びついているし、千日は、ジョン・F・ケネディと結びついている。だが、今週について言えば、ブッシュ大統領の任期は残すところあと千日である。イランに対する不吉な準備と先制攻撃の暗い噂に満ちた日々である。
 大統領の特権としての予防戦争の問題は、決して新しくない。1848年2月、当時、共和党議員だったアブラハム・リンカーンは、メキシコ戦争に対する反対の立場を次のように説明した。「大統領が侵入を撃退することが必要だと思う場合にはいつでも、大統領に隣国への侵略を許すとする。そうするとあなた方は、大統領がこのような目的にとって必要だと思う場合にはいつでも彼がそうするのを認めることになる。あなた方は好きなときに彼に戦争を認めることになる。今日、大統領が英国がわれわれを侵略するのを防ぐためにカナダに侵入することが必要だと考えていると言うことを選ぶとしたら、どうやって彼にそれを止めさせることができるのか?あなたがたは『イギリスがわれわれの国を侵略する蓋然性は見えない』と大統領に言うかもしれない。だが、彼はあなた方に『黙っていろ。お前達には見えなくても、自分にはそれが見えるのだ』と言うだろう。」
 これこそまさしくジョージ・W・ブッシュが「黙っていろ。お前達は見えなくても、自分には見える」という彼の特権を見た仕方なのだ。だがしかし、ハリー・S・トルーマン大統領とドワイト・D・アイゼンハウアー大統領とはどちらも第一次大戦に従軍した兵役経験者であったが、彼らははっきりとヨーロッパを支配しようとするヨシフ・スターリンの試みに対する予防戦争を認めなかったのだ。1962年10月のキューバ危機において、ケネディ大統領は、自分自身第二次対戦の英雄だったが、キューバにいるソビエト軍に対して予防的攻撃を勧めた統合参謀本部の提案を退けた。
 JFKが平和的にミサイルを取り除こうと決心したのは幸運だった。なぜならば、何十年か後にキューバにいたソビエト軍は、戦略核兵器を持っており、アメリカ軍の侵入を撃退するためにそれを使用せよという命令を受けていたことが分かったからだ。このことはお互いに核攻撃する可能性があった。JFKは自分の千日をかけて、アメリカ大学で演説を行ったが、それはアメリカ人とロシア人の双方に、「個人としても国家としても、われわれ自身の態度を再吟味せよ。なぜならば、われわれの態度は彼らの態度と同様、本質的であるから」という力強い弁明であった。この後に制限的テストを禁止する条約ができた。それはジョージ・ケナンの「封じ込めと阻止」という方式と一致し、核による衝突を避けるのに役立ったのだった。
 キューバ・ミサイル危機は、冷戦中の最も危険な瞬間であっただけではない。それは人類の歴史の中で最も危険な瞬間だった。それ以前に、二つの対立する勢力が、地球という惑星を破壊する技術的能力をもったことは一度もなかった。大統領官邸の中に予防戦争の要素があったとしたら、それは恐らく核戦争であっただろう。核兵器が再び使用されるであろうことは確実である。アメリカの歴史家の中で最も異彩を放つ歴史家のヘンリー・アダムズは、南北戦争中につぎのように書いた。「いつか、科学は人類の存在をその手中に収めるだろう。そして人類は世界を吹き飛ばすことによって自殺するだろう。」
 だが、われわれの冷戦中の大統領は、「封じ込めプラス阻止」というケネディ方式を守り、われわれはそれを核戦争にまでエスカレートすることなく、冷戦に勝った。ジョージ・W・ブッシュは、予防戦争の偉大な主唱者として登場した。2003年に民主党の反対が崩壊したことによって、ブッシュは、アメリカの外交政策を「封じ込めプラス阻止」から、「黙っていろ。お前達には見えなくても、俺には見える」という大統領による予防戦争へと移した。観察者達は、ブッシュが自分は神の目的を実現するのだという確信を持った「救世主的」人物だと記述している。だが、リンカーンが彼の二番目の大統領就任演説で言ったように、「全能なる神は、自分自身の目的を持っておられる」のである。
 ブッシュの前には彼自身の千日が展開している。彼はそれを使って、三つ目のブッシュの戦争を始めるかもしれない。アフガン戦争は正当化された。イラク戦争は、幻想と欺瞞と自己欺瞞に基づいていた。イラン戦争も幻想と欺瞞と自己欺瞞に基づいて行われるかもしれない。大統領の予防戦争に基づく外交政策ほど民主主義にとって危険なものはない。
 人情味ある人間のように見えるブッシュ大統領は、毎日の死と破壊の悲しみに心を動かされて、単独の予防戦争を控えるかもしれない。そして、集団的安全保障という利益のために他の国々と協力することに立ち返るかもしれない。そうなったらリンカーンは喜ぶだろうが。
[訳者の感想]この論説を書いたアーサー・シュレジンジャーは、ケネディ大統領の顧問で歴史家でもあります。ブッシュがイランに対して核戦争も辞さないつもりだというのは、かなり本当らしいです。恐ろしいことだと思います。
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「ブッシュの政策を動かしているのは、陰謀だ。」という『ニューヨーク・タイムズ』の記事

2005年10月23日 | アメリカの政治・経済・社会
10月20日、ワシントン発:コリン・パウエル国務長官の元補佐官は、彼が仕えた政府に対してぶっきらぼうな批判をした。彼の言うところでは、外交政策は、「チェイニー・ラムズフェルドの陰謀」によって乗っ取られていた。そしてブッシュ大統領は、アメリカを将来の危機に対して傷つきやすくした。
このコメントは、2001年から2005年初めまで、パウエル国務長官のために仕事をしたローレンス・ウイルカーソンの演説の中に出てきた。ワシントンにある独立の公共政策研究所である「新アメリカ財団」に対する演説で、ウイルカーソン氏は、秘密と傲慢と内部の反目がブッシュ政権に重大な損失を与え、その政策を歪め、危機に対処する能力を低下させた」と述べた。
「私なら次のように言うだろう。われわれはイラク、北朝鮮、イランにおいて、災難を自分から求めたのだ。カトリーナとリタというハリケーンのような国内の災害についてと同様にと。」「われわれは長期間そのような災害に対してうまくやっていなかった。」
ウイルカーソン氏は、ブッシュ政府の機能不全は非常に深刻だったので、「本当に重大な何か、例えば主要なアメリカの都市における核兵器爆発とか、全国的な疫病のようなことが起こった場合、われわれはこの政府の愚かしさを見るだろう。」
退役した陸軍大佐であり、海兵隊軍事大学の元学長であるウイルカーソン氏は、彼が政府に近かった時期に、自分は国家安全機構がいろいろな仕方でねじれているのを見たと言った。しかし、ブッシュ大統領の第一期に彼が見たものは、「私が気違沙汰・粗悪化・混乱についての研究で一度も見たこともない例だった。」
「私が見たのは、危機的問題についてのアメリカ副大統領チェイニーと国防長官ドナルド・ラムズフェルドの間の陰謀だった」と彼は述べた。
元補佐官は、ブッシュ大統領を国際関係について熟知せず、国際関係に余り関心がない人物であると述べた。彼は大統領の父であった、ブッシュ元大統領を賞賛して、「彼はわれわれが持った最も素晴らしい大統領の一人だった」と述べた。
ウイルカーソン氏は、パウエル元国務長官の最も近しい親友であると考えられていたが、彼らの関係は、明らかに時に緊張したものとなった。イラクにおける通常でない兵器の問題に関して。元陸軍大佐は、パウエル氏が自分の最近の公的批判に賛成しなかったと述べた。
[訳者のコメント]ブッシュ政府が機能不全に陥っていることは、ハリケーン「カトリーナ」の後始末の不手際で明白になったと思いますが、イラク戦争の結末もうまくつけられない可能性が大きいと思います。どの政府でも、主要メンバーにおかしな人物が入り込んだ場合、国益に重大な損失をもたらすのは明らかです。

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「ニューディール政策ではない」と題するポール・クルーグマンの論説。

2005年09月17日 | アメリカの政治・経済・社会
ニューディール政策以来のアメリカの救援と復旧のプログラムが始まる。前兆は良くない。
イラクを保守主義の経済政策の実験場に変えようとしたブッシュ政府は、同じことをメキシコ湾岸でもやろうとしている。カール・ローブが政府の回復計画を展開するのを助けた「ヘリティジ財団」は、既にカトリーナ以後の政策についてマニフェストを公表した。それは、環境ルールに対する権利の放棄、キャピタルゲイン税の廃止、災害地域での公立学校の建物に対する私的所有を要求している。そして「カトリーナ」で殺された人のいくらかが、--大抵は貧しい人々であるが、--150万ドル(1億5千万円)の財産を持っていれば、ヘリティジ財団は、彼らの相続人に対して財産税を免除することを望んでいる。
更に、保守主義者でさえ規制緩和や減税や私有化だけでは十分ではないということを認めている。復旧には、多くの連邦政府の支出が必要である。財政赤字に対する影響はおくとして、イラク戦争と莫大な再建努力に直面して減税の大盤振る舞いを見るはずであるが、これはもう一つの問題を投げかける。つまり、どうしたら自由裁量可能な政府支出が、同様に大規模な腐敗を引き起こさないで、なされうるかという問題である。
フランクリン・ルーズヴェルト大統領が1930年代に証明し、連邦政府支出の拡大を管理したように、正直に巨額の支出をすることは可能である。けれども、ニューディール以前に腐敗していると見なされた公的救援のイメージは、実際、著しく改善された。
それはどのようにして起こったか。答えは、ニューディール政策は、潜在的な腐敗に対するそれ自身のプログラムを規制することから崇拝の対象を作った。特に、ルーズヴェルト大統領は、雇用促進局(WPA)における不正行為についての苦情を調査する強力な「促進調査部」を創設した。この部局は、非常に効率的であると分かったので、後の議会調査は、それが見逃した重大な不規則性を見つけることができなかったほどである。
この正直な政府への約束はルーズヴェルト大統領の個人的徳の印ではなかった。それは政治的命令を反映していた。ルーズヴェルトの大統領職の使命は、政府の能動主義が機能しているということを示すことであった。その使命が信頼できることを主張するために、彼は彼の政府の記録を清潔に保つことが必要だった。
だが、ジョージ・W・ブッシュは、ルーズヴェルトではない。実際、重大な点で、彼はルーズヴェルトの反対である。
ブッシュ大統領は、政府の能動主義に対立する政治哲学に賛成している。それが彼ができるところでは、常にプログラムを縮小し私有化しようと試みた理由である。彼は社会保険(それはルーズヴェルトの最も偉大な遺産なのだ)も私有化しようとしている。彼の政策の失敗でさえ、彼の支持者を困らせない。多くの保守主義者達は、カトリーナに対する間の抜けた反応を自分たちの政府に対する信念の不足の言い訳であると見ていて、ブッシュ氏に対する自分たちの信念を考え直す理由だとは見ていない。
良い政府が可能であることを示すのに何の関心もないブッシュ政府の特徴を示すことは、それ自身を研究することをいやがってきた点にある。反対に、ブッシュ政府は、腐敗調査を阻止してきたし、それ自身の調査官が彼らの仕事をしようとすると、彼らを処罰した。
これがブッシュ氏が昨夜、自分は「あらゆる支出を再吟味する検査官のチームを作るだろうと約束した理由なのだ。誰がこの検査官になるにせよ、彼らは、バンナティン・グリーンハウスの運命を思い出すべだろう。彼女は、陸軍工兵隊の非常に尊敬された会計検査官であったが、彼女がイラクにおけるハリバートン社の契約について質問を出した後で非常に貧弱な財務報告しか手に入れられなかった。彼女は、先月降格された。
州政府や地方政府に基金を譲渡することは、答えにはならない。ルーズヴェルト大統領は、実際、地方の政治家からコントロールを取り去ることを主張した。当時も今も、恩恵は地方政治に大きな役割を演じている。
ミシシッピ州やルイジアナ州の住民に対するわれわれの同情は、彼らの州の政治文化に対してわれわれを盲目にしてはならない。ニュースレター「企業犯罪報告」によると、昨年、州の住民一人頭の腐敗有罪判決の数によれば、ミシシッピ州がランク一位であり、ルイジアナ州は、第三位であった。
ブッシュ氏が正直な復旧プログラムを請け合う何らかの方法はあるのか。ある。彼は復旧費用支出についての決定を政治から切り離し、政治的に独立した人あるいは(良き信頼の印として)民主党員をヘッドにした自立的な管理局の手におくことである。
昨晩、彼はそれをしなかったし、多分しないだろう。メキシコ湾岸の再建が、失敗したイラクの再建と同様、縁故主義と腐敗によって深刻に傷つけられるだろうと信じる十分な理由がある。
[訳者のコメント]ブッシュ政権になってから、縁故主義がはびこり、無能な人物が要職について大きな損害を与える例が目につきます。クルーグマン先生の舌鋒はますます鋭さを加えてきたように思います。日本でもこれぐらい鋭い政治・経済の評論ができる人はいないのでしょうか?
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「軽蔑による殺人」と題するクルーグマンの論説。

2005年09月06日 | アメリカの政治・経済・社会
カトリーナ以来、毎日、連邦政府の役人の致命的な愚かしさの証拠がもたらされている。私は州政府や地方の役人を無罪放免する気はないが、連邦政府の役人は、違いをもたらしたであろう資源に対するアクセスを持っていたのに、それを動員しなかったのだ。
ここに多数の例の一つがある。『シカゴ・トリビューン』紙によれば、「U.S.Sバターン病院」は、手術室6つ、数百のベッド、毎日10万ガロンの新鮮な水を作り出す能力があるのに、先週月曜日以来、一人の患者も迎えず、無為に過ごしていた。
専門家が言うには、自然災害後、最初の72時間が即座の行為が多くの命を救うことができる重要な窓である。けれども、カトリーナ後の行動は、即座どころではなかった。『ニューズ・ウイーク』誌の報道では、「奇妙な麻痺」がブッシュ行政府の中に起こり、彼らは何千にもの人たちが死にかけているのに、行動方針について議論していた。
一体、何が麻痺を引き起こしたのか?ブッシュ大統領は、確かに彼のテストに落第した。9.11以後、この国が彼から必要としたのは、演説だった。今度は、必要なのは行動だった。そして彼は行動しようとしなかったのだ。
だが、連邦政府の役人の致命的な愚かさは、ブッシュ氏の個人的不適切の結果ではなかった。それは公共の善のために政府を使うという考えそのものに対するイデオロギー的な敵意の結果だったのだ。25年間も、右派は、公共部門を軽蔑し、政府は常に問題であって、問題の解決ではないとわれわれに言い続けた。われわれが政府による解決を必要としたときに、それがすぐに間に合わなかったということに、われわれはなぜ驚かなければならないのか?
空港の安全を連邦政府の管理下に置くことを巡る闘争を誰か覚えているだろうか。9.11の後でも、行政府と議会の保守派は、空港の保安を民間会社の手に置いたままにしようとしたのだ。彼らは国民の安全にある致命的な穴をふさぐことよりも、連邦職員が増えることを心配したのだ。
勿論、空港の保安を私的にしておくことは、哲学に関わる問題ではなかった。それは私的利益を擁護する試みであった。政府に関するイデオロギー上のシニシズムは、政府の支出をあなたの友人に報いる一つの方法だと扱う用意に変形する。結局、政府は何も良いことをするとは信じないならば、なぜそう信じてはいけないのか?
この問いは、われわれを「連邦緊急時管理局」(FEMA)に連れて行く。前のコラムで、私は、ブッシュ行政府がFEMAの有効性を壊したかどうかを尋ねた。今、われわれはその答えを知っている。
FEMAの遺憾とする状態についての最近のニュースの分析は、管理局の無力化を国内安全省
編入したことのせいにした。後者の主たる関心は、テロリズムであって、自然災害ではない。だが、問題になっている変更は、事態の重要な部分ではない。
第一に、FEMAの弱体化は、ブッシュ大統領が職務に就くや否や始まった。災害に対応して管理局を指揮する専門家を選ぶ代わりに、ブッシュ氏は、政治上の側近であるジョセフ・アルボウを任命した。アルボウ氏は、素早くFEMAの緊急準備プログラムのいくつかを削除し始めた。
あなた方は、行政府が9.11以後、緊急準備に対する敵意を修正すると期待したかもしれない。結局、危機管理は、自然災害を追求する場合も、テロリスト攻撃の後においても重要である。多くの人々が気づいたように、カトリーナに対する対応の失敗が示しているのは、われわれが今日、四年前よりもテロリスト攻撃に対処する用意ができていないということである。
しかし、アルボウの後任として、マイケル・ブラウンが任命されたことで、FEMAの降格は続いている。
ブラウン氏は、アルボウと大学の寮の同室者であったという以外、はっきりした資格がない。だが、ブラウン氏は、FEMAの次官となった。『ボストン・ヘラルド』紙によれば、ホースショウを見ていたために、前職を逐われた。
アルボウが辞任したとき、ブラウンは、管理局の長官になった。この任命の粗末な縁故主義は、行政府が管理局に対して感じた軽蔑を示している。人は管理局のスタッフのモラルに対する影響を想像することができる。
この軽蔑は、善をなす力としての政府の役割に対する敵意を反映している。メキシコ湾岸に住むアメリカ人は、いま、あの敵意の結果を刈り取ったのだ。
行政府は、いつも9.11を善対悪についての教訓であると扱おうとしている。だが、災害には、それが悪人によって引き起こされたのではないとしても、対処しなければならない。今、われわれはなぜわれわれが役に立つ政府を必要としているか、なぜ献身的な公僕が尊敬に値するかについてもう一つの致命的な教訓を持っているのだ。われわれは聞く気はあるのだろうか?
[訳者のコメント]ハリケーン・カトリーナの災害に対するアメリカ政府の対策がどう見ても後手後手である理由が、「連邦緊急時管理局」を軽蔑したためであるとクルーグマンは指摘しています。二つ前に翻訳した論説と趣旨は同じですが、語調はさらに厳しくなっています。
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「できまへん政府」と題するポール・クルーグマンの論説。

2005年09月02日 | アメリカの政治・経済・社会
9.11以前に、「連邦緊急時管理局」(FEMA)は、アメリカが直面するもっともありそうな破局的災害のリストを作った。第一は、ニューヨークに対するテロ攻撃、第二は、サンフランシスコの大地震、第三は、ニューオルリーンズに対するハリケーン災害だった。『ヒューストン・クロニクル』紙は、「ニューオルリーンズのハリケーンのシナリオは、全部の中で最も致命的なものかもしれない」と書いた。それは現在起こっているのと非常に似たあり得べき破局を描いていた。
そうだとすると、なぜニューオルリーンズと我が国はこれほど準備ができていなかったのか?9.11の後で、難しい問題は、国民の統一の名で先延ばしされ、それから過失隠しの厚いコートの下に埋められた。今回は、誰に責任があるかの説明が必要だ。
第一の疑問。救助と保安はなぜ到着するのにこれほど長くかかったのか。ハリケーン「カトリーナ」が上陸したのは、5日前だ。そして、先週金曜日には、カトリーナが巨大な損害をメキシコ湾岸に与えることは明らかだった。けれどもわれわれが進んだ国に期待した反応は、決して起こらなかった。何千人ものアメリカ人が死んだか、死にかけている。その理由は彼らが疎開することを拒否したからではなく、彼らが余りに貧しくあるいは病んでいて、助けがなければ脱出できなかったからである。多くの人々がまだ何らかの援助を受けなければならない。
連邦政府と州政府の反応についての沢山の疑問がある。彼らは貧しい人たちや病人に対してもっとしてやれなかったのか?だが、証拠は、連邦政府の反応における準備と緊急の欠如を指摘している。
適切な場所にある軍関係の資源さえ実行に移されなかった。ミシシッピ州ビロクシで出ている『サン・ヘラルド』紙の社説によると、「水曜日に、ビロクシ中学校の避難所で死と生き残りについて恐ろしい話を聞いた記者は、アイリッシュ・ヒル通り越しに北を見た。すると空軍兵士がバスケットボールや美容体操をやっているのが見えた。」
多分、行政の役人は、州兵が秩序を保ち、救援を送ることができると思ったのだ。だが、州兵の多くとその装備は、車両とともにイラクにいた。「州兵は、国内の治安任務を支えるために、装備を取り戻さなければならない」とルイジアナ州の軍将校は数週間前に記者に言った。
第二の疑問。なぜもっと予防的な行動が取られなかったのか?2003年以後、陸軍工兵隊は、洪水コントロールの仕事を遅らせた。「工兵隊は、イラク戦争における支出圧力が引き締めの理由であるという事実を隠そうとしなかった」と論説記事は述べている。
2002年に工兵隊の司令官は、隊の洪水コントロールの費用を含めた予算削減を批判した後で、辞めた。
第三の疑問。ブッシュ行政府は、FEMAの有効性を壊したのか?行政は、FEMAを望まない継子のように扱って、経験のある専門家の転出を導いた。
クリントン時代に、管理局の指導で超党派的賞賛を得たジェイムズ・リー・ウイット氏は議会の公聴会で次のように言った。「災害に備え対応する国の能力が大きく崩壊していることを非常に憂慮しています。緊急時管理者や地方や州の指導者から聞いたところでは、彼らがよく知っていて、一緒に仕事をしたFEMAはいまや消滅しましたと。」
これが無能力のお話しであるとは思わない。軍がメキシコ湾岸に救援に駆けつけなかった理由も、バグダッド陥落の後の略奪を止めなかった理由と同じである。イラクにいる部隊が適切な武装をしていないのと同じ理由で、洪水のコントロールは無視されたのだ。
基本的なレベルで、われわれの現在の政府は、政府の本質的な機能のいくつかに関して真剣でないと私は主張する。彼らは戦争をするのが好きだ。だが、彼らは安全を与えたり、困っている人を助けたり、予防的措置のために支出することは好きでない。そして彼らは国民に犠牲を共有してくれとは頼まない。
昨日、ブッシュ氏は、「誰も土手が壊れるとは予想しなかった」という全く度はずれた主張をした。事実は、まさにそのリスクについて繰り返し警告されていたのだ。
かって「なんでもできる」という態度で有名だったアメリカは、いまや「できまへん政府」を持っており、それはその当然の仕事をする代わりに言い訳をするのである。政府が言い訳をしている間に、アメリカ人は死にかけている。
[訳者のコメント]9月2日付けの『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載された論説です。金持ち優遇のための減税をやったせいで、財政赤字に陥り、軍隊に十分な装備もできず、災害の予防対策もやれないアメリカ政府を手厳しく非難する論説です。日本の政治家が唱える「小さな政府」も、多分「できまへん政府」になるのだろうと思います。

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「グリーンスパンとバブル」と題するポール・クルーグマンの論説。

2005年08月30日 | アメリカの政治・経済・社会
彼の退任を祝って行われた先週の理事会でアラン・グリーンスパンが言ったことの多くは、十分理解できる。だが、彼の智恵ある言葉は、出るのが遅すぎた。彼は、家畜小屋の扉を少し開けておいて、馬が出てしまってから、この動物を適切に閉じこめておくことの重要性を講義する人に似ている。
定期的な読者なら、私が今日の財政赤字を作り出した役割に対してFRBの議長を許したことは一度もないことを知っている。クリントン政権の間、頑固な財政監督であったグリーンスパン氏は、2001年に、ブッシュ政府の無責任な減税に対して断固たる支持を与え、ブッシュ政府がその負債を余りに急速に完済しないように、議会に連邦政府の財源を減らすように促した。
それ以来、連邦政府の負債は急増した。だが、私の知る限り、グリーンスパン氏は、自分が議会に間違った忠告をしたということを一度も認めたことはない。しかし、彼は赤字財政の害悪について講義することに戻ったのだ。
現在、彼は住宅バブルについて同じゲームをやっているように見える。
理事会で、グリーンスパン氏は、分かりやすい英語で、住宅価格が適正の範囲外にあるとは言わなかった。だが、彼は分かりやすい英語でものごとを言ったことは一度もない。
高騰する住宅価格の最近の経済的重要性を強調した後で、彼が言ったことは、「資産権利の市場価値におけるこの巨大な増加は、部分的に投資家がリスクに対する低い保証を受け入れることの直接的結果である。市場価値のこのような増大は、市場参加者によって、構造的で恒久的であるとあまりにしばしば見なされる。」そして、彼は、「歴史は、低いリスクのプレミアムの時の結果を親切に扱ったことはない」と警告した。これは要するに「はじけつつあるバブルに気をつけろ」と翻訳される。
だが、去年10月には、グリーンスパンは、住宅バブルについて語ることを拒否して、「地域経済が重大な価格の不均衡を経験するかもしれないが、国家的な価格のねじれは、ありそうには見えない」と言ったのだ。
待ってくれ、事態は悪くなる。最近、グリーンスパン氏は、「利息のみのローンの横行と調節可能な金利の抵当のより風変わりな形態の導入」によって作り出された財政的リスクについての関心を口にしている。だが、昨年、彼は家庭にこれらのリスクを取るように励まし、調節可能な利率の抵当の長所を宣伝し、「貸し手が伝統的な固定金利抵当に対する代替としてより大きな抵当を提供するならば、アメリカの消費者は、利益を得るかもしれない」と断言したのである。
グリーンスパン氏が、2年前に、彼が今言っていることを言ったとすれば、人々は、より少なく借り、もっと賢明に買い物をしただろう。だが、彼は言わなかったし、今では遅すぎる。住宅市場は既にピークを過ぎたか、それとも間もなく過ぎるだろう。バブルの結果をどうするかは、グリーンスパン氏の後継者に懸かっている。
その結果はどれほど悪くなるだろうか?アメリカ経済は、現在、双子の不均衡に罹っている。一方では、国内消費は住宅バブルでふくれあがった。人々が彼らの家庭から純価をひきだすので、それは建築における莫大な増加と高い消費者の消費に導いた。他方、われわれは莫大な貿易赤字を抱えており、それをわれわれは外国人に国債を売ることでカバーしている。最近ではアメリカ人は、お互いに家を売ることで生計を立て、中国から借りた金で支払っているのだ。
何らかの仕方で、経済は、両方の不均衡を消去するだろう。だが、貿易赤字が小さくなる前に住宅バブルがはじけるならば、そのプロセスはそれほどスムースには、行かないだろう。われわれは経済的なスローダウンを持ち、場合によっては景気の後退をもつだろう。事実、増大する数のエコノミストは、2006年に対してRで始まる語(多分resessionを指している)を使っている。
ここにグリーンスパン氏がまだ馬鹿げたことを言う場所がある。彼の結びのコメントで、彼は「住宅ブームの終わりは、個人の貯蓄率のかなりの増大と輸入の減少と、それにともなう現在の財政赤字の改善をもたらすかもしれない」と述べた。私の考えでは、これは、「住宅バブルの終わりは、自動的に貿易赤字も治すだろう」と訳せる。住宅建築がスローダウンすれば、住宅建築とサービス産業における多くの仕事の喪失が導かれるだろうが、貿易赤字には直接影響を及ぼさないだろう。そういうわけで、これらの仕事は、ドル価値の下落のような出来事がアメリカの商品を世界市場で競争可能し、輸出の増大と輸入の低下をもたらすまでは、新しい仕事によって置き換えられないだろう。
そういうわけで、アメリカ経済にとって前にあるのは酷い仕打ちである。そして、それは部分的にグリーンスパン氏の過失である。
[訳者のコメント]連邦準備制度理事会(FRB)の議長であるグリーンスパンに対するものすごい批判だと思います。多分、クルーグマン先生の言っていることが正しいのだろうと思います。グリーンスパンの英語は、本当に意味が理解できない酷いものです。ブッシュ大統領がグリーンスパンの言ったことを正しく理解できたかどうか極めて疑わしいです。
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「われらが不満足の夏」と題するポール・クルーグマンの論説。

2005年08月27日 | アメリカの政治・経済・社会
過去数ヶ月間、アメリカ経済について以下のような論争が行われた。
アメリカの家族:「われわれは余りうまく行っていない。」
ワシントンの役人:「あなたたちは間違っている。あなたたちの業績は素晴らしい。これらの統計を見なさい。」
行政府と何人かの政治解説者は、アメリカ人が経済について不幸であることを示す世論調査を見て頭をひねっている。結局、彼らの指摘によれば、国内総生産(GDP)の成長率のような数字は、かなり良いように見える。そこで、なぜ彼らは喝采しないのかという問いが生まれる。
ある人は、イラク問題の否定的な効果を非難する。他の人は、ニュース・メディアが適切に良い経済ニュースを報道していないと不平を述べる。だが、数字が人々は良い気持ちになるべきだと語っているのに、人々は良い気持ちではない場合、このことが意味しているのは、あなた方は間違った数字を見ているということである。
アメリカ人の家族はGDPについては気にしていない。彼らが気にするのは、仕事が手にはいるか、これらの仕事がいくらになるか、その給与がどの程度生活費に匹敵するかということである。最近のGDPの成長は、雇用に例外的なプラスを産み出すことに失敗し、他方では、大抵の勤労者の給与は、インフレについて行っていない。
雇用について:経済が二年前にやっと仕事を増やし始めたということは本当である。だが、多くの人々が、まるでそれが驚くべき成果であるかのように、「2年間に400万人分の仕事」だと恭しく言うけれども、実際は、それは約5%の増加であり、同じ時期の労働人口の増加より速くはないのだ。最近の仕事の増加は、昔ならば、平均以下と考えられただろう。雇用の増加は、ブッシュ政権の最善の二年間のほうが、クリントン政権中の二年間よりも、ずっとゆっくりしている。
歴史的基準から見て、失業率がかなり低いことも本当である。だが、一週間あたりの平均的労働時間や、失業期間の平均的長さなどの他の尺度は、労働に対する需要が、供給と比べてまだ弱いことを示唆している。
雇用者には、労働者を見つけるのに困難はない。ウオール・マートがカリフォルニア州北部で400職種について、約1万1千人雇用すると発表した。
雇用者は、労働者を見つけるのに賃金を上げる必要はない。賃金は、生活費を下回っている。労働省の統計によれば、平均的非管理職労働者の購買力は、2003年の夏以来、1.5%落ちた。これでも多くの家庭に対する圧力を低く見積もっている。生活費は、その家族の状況が多量のガソリンを買う必要のある人たちにとっては、急激に増加している。
ある解説者がガソリン価格に対する関心を忘れる理由は、これらの価格がまだ以前のピークに達していないからである。だが、それは、論点をつかみ損なっている。ガソリンが1ガロン、165円かそれ以下だったときに、アメリカ人が自動車を買い、どこに住んだらよいかを決めたが、現在、突然、1ガロン、286円かそれ以上払っている。これは突然の衝撃であって、私の概算では、典型的な家族の支出を年額9万9千円増やしている。
経済成長が賃金に反映されないとしたら、経済成長はどこへ行くのかと問われるかもしれない。これに対する答えは簡単だ。それは企業利益になっており、医療費を高騰させ、管理職の給与や補償の増額になっているのだ。『フォーブス』誌の記事によると、アメリカの500社の大企業のCEOの補償は、昨年一年間に、54%増えた。
そうすると、最終結果は、以下のようになる。大抵のアメリカ人は、ワシントンのお好きな統計が何を言おうと、経済に関して不幸だと感じる十分な理由がある。これは少しづつ漏れてきた経済拡大ではない。多くの人々は、一年前より困窮している。人々をもっと幸せだと感じさせるために、刷新された政府のセールス・トーク以上のものが必要になるだろう。
[訳者のコメント]経済成長が大きくても、配分が偏っていれば、多くの国民が幸せだとは感じないというのは、今の日本でも同じだとおもいます。冨の公平な配分が必要でしょう。
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「大統領選挙の問題点」についてのポール・クルーグマンの論説。

2005年08月20日 | アメリカの政治・経済・社会
原題「彼らが去年の秋にしたこと。」です。8月19日付け『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載されました。
上院議員に出馬するために、元フロリダ州の州政府閣僚のカザリン・ハリス女史は、ある記憶が重要であるという理由で、ある醜い記憶を思い出させた。2004年の上院選挙には、2000年のそれと同じだけの悪行があった。それは結果を変えはしなかったが。そして次の選挙はもっと悪いかもしれない。
『この票を盗め』という最近の本の中で、イギリスの新聞『インデペンデント』の在米通信員アンドリュー・ガンベルは、私が見た2000年のフロリダ州選挙について最も優れた外観を与える。「2000年の大統領選挙に勝ったのは、アル・ゴアだった」という真理を、彼は立証している。
二つの異なる新聞協会がフロリダ州の投票を概観している。どちらも、人力をつかった集計は、ゴア氏に軍配を挙げている。最も有名なのは、カザリン・ハリス女史の「重罪犯人除外」であって、それは有効な選挙権者の大部分から投票権を奪った。
だが、この事実を聞いたアメリカ人は殆どいない。多分、新聞記者達は、ブッシュ政府の合法性に疑いを抱かせることは、不和を生じるだろうと感じていた。もしそうなら、国民感情に対する彼らの優しい関心は、無駄であった。(息子をイラク戦争で失った)シンディ・シーハンの支持者達は、クロフォードにキャンプを張った。そしてアメリカは、今までになかったほど、分裂している。
ともかくも、2000年にフロリダ州で起こったことを誤魔化すことは、選挙結果の変更は、罰を受けないということを示している。例えば、2002年には、共和党は、ニュー・ハンプシャー州で、ある会社を雇って、選挙日に民主党と労働組合の電話バンクを押さえ込んだ。
2004年はどうだったか?
ガンベル氏は、出口調査と最終結果との間の食い違いを投票が盗まれた証拠だと考える人たちに冷水を浴びせる。(この本が慎重な本だということは私が請け合う。)彼はまた、最初読んだ印象では、オハイオで起こったことを過小評価している。しかし、彼の本のテーマは、「アメリカには、両党の汚い選挙の長い歴史がある」ということである。
彼は自分はオハイオ州における重大な問題を無視ししていないが、「これはアメリカの民主主義が典型的にどう見えるか、特に大統領選挙では、実質的に一つの政党によってコントロールされている勝敗を決する州においてどう見えるかということです」と私に言った。
それでは、アメリカの民主主義はどう見えるのか。2004年のオハイオ州については、二つの民主党のレポートがあった。一つは、ジョン・コンヤーズによって依頼された報告であり、もう一つは、民主党全国委員会によって依頼された報告である。
後者の報告は、大変慎重であり、「この調査の目的は、選挙結果に挑戦したり、問題視することではなかった」と述べている。いくつかの票が、ジョン・ケリーから移されたという証拠はないとこの報告は述べているが、それは多くの潜在的なケリー票が抑えられたということを示唆している。コンヤーズの報告は、より慎重ではないけれども、間違った候補者がオハイオ州の票を得たという主張には達していない。
だが、両方の報告は、投票が、不適切な数の投票機械によって引き起こされた投票所の長い列によって抑えられたということ、--しかも、行列は、民主党に投票する可能性のある地域で不釣り合いに起こったということを示している。両方の報告は、また、暫定的投票をするように強いられた投票者を含む問題にも触れている。それらの投票は、無視されたのだ。
コンヤーズ報告は、更に進んで、選挙役人の見え透いた党派心に光を当てている。特に、オハイオ州におけるブッシュ=チェイニーキャンペーンの共同議長を務めたオハイオ州の役人ケネス・ブラックウエルの振る舞いは、2000年の選挙におけるハリス女史の行為をまだましだと思わせる。
更に、選挙当夜の物語がある。ウオレン郡は、F.B.Iによるテロリストの脅威を引き合いに出して、その行政ビルを閉鎖し、公的監視人を得票計算の場所から閉め出した。マイアミ郡は、投票総数は、登録された投票者総数の98.55%に達したと報告した。これはあり得ない数字である。
われわれは過去三回の選挙をやり直そうとしているのではない。しかし、未来はどうか。
2006年に、議会の与野党が変わるとしたら、あるいは、2008年に大統領が変わるとしたら、現在の政治指導者達は非常に困るだろう。イラク戦争の売り込みから、政治的に結託した会社による暴利のむさぼりまで、沸騰するスキャンダルの蓋が取れるだろう。共和党は、必要な手段によって選挙に勝つのを確実にするように誘惑されるだろう。われわれが見てきたすべては、彼らがその誘惑に屈するだろうということを示唆している。
[訳者のコメント]大統領選挙で不正があったという噂にはかなりの信憑性があるようです。選挙の公平さがなくて民主主義国だと言えるのでしょうか。
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「ネオコンは、ひょっとしたら、中近東で正しく理解したかもしれない」という『ガーディアン』紙の論説。

2005年05月05日 | アメリカの政治・経済・社会
副題:われわれはブッシュを評価する場合、リベラル派の先入見によって盲目にされてはいけない」というマックス・ヘイスティングスの論説。長文なので一部省略します。
 イラクの予見の陰鬱な側面や中近東の平和の見通しやブッシュ政権の健全さについての論じている人たちは、最近、考えさせらることが多かった。一方では、5月2日には87人目のイギリス兵がイラクで殺された。先週以来、自爆と武力衝突によって、40人以上のイラク人が殺された。他方では、ブッシュ政権は、勝利した気分でいる。最近、ワシントンを訪問した友人は、ブッシュ大統領のイラク十字軍についての元気の良い説明を描写している。イラクの新内閣が組閣されたこと、シーア派とクルド人居住地域では、正常化に向けて進歩がなされていること。レバノンからのシリア軍の撤退が、レバノンに民主化を可能にしつつあると言うこと。これらは中東での民主化が次第に進んでいる証拠だとワシントンは考えている。
 これらの主張のどれも直ちに否定されるべきではない。ジョージ・ブッシュを嫌っているわれわれのような人間にとって、最大の危険は、われわれの本能が彼の外交上の目的が失敗するのを見たいという欲求にまで転倒するかもしれないということである。理性的な人なら誰も、イスラム民主主義への大統領の関与に反対できない。西欧のブッシュ嫌いの多くは、彼の目的についての不同意に動機づけられているのではなくて、ワシントンのネオコンのやり方が粗野であり、それは西欧とイスラムとの間の対立を解消するよりはむしろエスカレートしそうだという信念に動機づけられている。
 しかし、このような懐疑は、ブッシュの企てを再評価するように後戻りすることを妨げるべきではない。
死体の数を数えることによって、イラクにおける進歩をもっぱら評価してはならないと示唆することは意地悪く聞こえるかもしれない。けれども、反乱活動の多くは、政権から排除されたスンニー派か、アメリカが主導している企てに腹を立てているジハード主義者の仕業である。
 鍵となる質問は、シーア派とクルド人多数派は、どの程度、機能する社会の創造に向かって進んでいるのかということである。これについての証拠は、さまざまである。ジャーナリスト達は、バグダッドの囲みの外へ殆ど出て行くことができないので、情報は、もっぱら西欧の軍関係者と外交的ソースに依存している。
私自身の情報源によれば、状況は改善しつつあるが、まだ不安定である。彼らは無政府状態は次第に食い止められていると示唆している。イラク治安部隊の募集は、少しましになった。
 イラクについて依然として注意深くあるべき最も強力な理由は、この国が統一のある国家として維持可能であるかどうかということである。スンニー派がシーア派の優位に対して素早く和解するだろうと信じることは困難である。あるいは、現在政府を指導しているシーア派が、従属の数十年に対する仕返しを否定するだろうと信じることは困難である。クルド人達は自分たちの地域で彼ら自身のやりたいことをするだろう。
アメリカの怒りとトルコの干渉が、彼らに分裂を思い留まらせるだろう。
われわれリベラルな懐疑派は、「われわれはイラクがちゃんとなることを欲する。たとえそれがジョージ・ブッシュを正しさを証明するとしても」というマントラを唱え続けなければならない。
 イラク人達は民主主義が機能するようにはできないという人たちは、正しいと言うことが分かるかもしれない。しかし今後数ヶ月の間に何が起こるかを見るまでは、われわれはイラク国民がある種の和解を図る可能性を否定すべきではないだろう。
ワシントンの現在のオプティミズムは、アメリカの圧倒的な軍事的圧力のせいで、パレスティナの武闘派が三年前ほどはアラブの支持を意のままにできないという事実に基づいているように見える。地域の正義に基づくよりは、パレスティナ人の従属に基づくどんな平和も、永続しそうに見えない。
実際、アメリカ外交政策についての問題点は、ここにある。ブッシュのヴィジョンは、軍事力の行使に基づいている。コンドリーザ・ライスの「魅力攻勢」や、二期目には外交が花咲くという国務省の主張もお化粧以上のものと見なすことは難しい。大統領自身が、ゲームは、ワシントンの条件でプレイされるだろうと宣言した。
 われわれはアメリカの力を尊重しなければならないし、世界が時にそれを必要とするということも認めなければならない。英国の戦略的思想家の中で最も賢明なマイケル・ハワードは、次のように言っている。「アメリカがやらなければ、他の誰もやろうとはしないだろう。」われわれは国連の限界を認めなければならない。多くの国際的平和維持部隊の情けない業績は、ヨーロッパの安全政策に役立つものの弱さを浮きだたせる。
 けれども、ワシントンのネオコンの間に現在流行しているオプティミズムを疑うことは道理に適っているように見える。なぜならば、このオプティミズムは、悲しむべき単純なヴィジョンに基づいているからである。ある周期的に不安定になる地域では、タリバンやサダム・フセインなだのある悪い政府は、アメリカによって取り除かれた。しかし、ワシントンが軍事力の行使の大胆さを遥かに繊細な政治的巧妙さとマッチさせ、他文化への敏感さとマッチさせなければ、壊れやすい長所は、失われるだろう。
訳者の感想:イギリスのリベラル派の知識人がワシントンのネオコンに何が欠けているかを指摘した的を射た論説だと思います。
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