杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

若宮八幡宮千百年祭ラベル

2008-09-15 11:38:54 | 吟醸王国しずおか

 13~14日の2日間、『吟醸王国しずおか』の撮影で、今年1100年目を迎える岡部町の若宮八幡宮大祭(神ころばしと七十五膳)に密着し、初亀の橋本謹嗣社長が氏子として活躍する姿をカメラにおさめました。

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 1996年12月発行の「静岡アウトドアガイド」(フィールドノート社刊)で、初亀醸造を取材した私は、橋本さんの「地に根がはった仕事がしたい」という言葉に感銘を受けました。

 

 

 

 謹嗣さんの父で4代目・橋本守氏は、岡部町長職で多忙だった3代目を補佐し、若い頃から暮ら仕事に励んだ。東京農大では吟醸造りの指導者として知られる山田正一先生に学び、新潟杜氏松井万穂さんと二人三脚で酒質向上に努めた結果、昭和42年、静岡県清酒鑑評会、名古屋国税局酒類審議会、全国新酒鑑評会の3大コンテストですべて一位という“三冠王”に輝き、それ以降、5年連続全国新酒鑑評会金賞、昭和46年には酒の勲章ともいうべき全国酒類ダイヤモンド賞を獲得した。

 三冠王に輝いた大吟醸は、先生方の勧めで昭和46年、市販に踏み切った。米を半分以上磨き、低温でじっくり発酵させる大吟醸は、香りよくさらりと軽い呑み口。それまで一般に出回っていた日本酒とは、まったく異質なものといっていい。当然、一升瓶にコップ酒というイメージにもそぐわない。そこで初亀大吟醸は、テーブルワイン風に楽しめるよう、500mlサイズで発売された。地酒・吟醸ブームが起こる10年以上も前のことだった。

 昭和52年、それまで勤めていた酒販会社を辞め、実家に戻った謹嗣さんは、正月の地元消防団出初式で振る舞われた酒が、灘ものだったことにショックを受けた。祖父(元岡部町長)、父が町の発展に尽力し、酒造りに信念をかけ、品質では確かな評価を得たというのに、肝心の地元では相変わらず大手有名銘柄が一流扱いされている現実に愕然とする。

 酒販会社にいたときも「灘ものに対抗して地方酒が生き残るには、安い酒を売るしかないよ」と言われ続け、つねに灘ものを基準にされることに抵抗を感じていた。

(中略)

 謹嗣さんは「灘ものより安い酒を造れば酒質が落ちる。地酒はまずいとレッテルを貼られるだけだ」と主張し、一升瓶1万円という純米大吟醸「亀」の発売に踏み切った。

(中略)

 5代目を継いだ謹嗣さんは、三冠王から30年経た今、「地酒の原点に立ち還り、地に根がはった仕事をしたい」と語る。どんな事業も30年がひと区切りといわれるが、数百年連綿と続く酒造業も、実は小さなサイクルで地殻変動が繰り返されているのである。地方銘柄に光が当たるようになった現在、高級酒の質を競い合うよりも、地元の人が晩酌で気軽に飲めるような経済酒の品質向上へと流れている。謹嗣さんがいう“地に根がはった仕事”とは、地元で本当の意味で信頼され、親しまれる酒蔵を目指すということだろう。

 

(以下省略  フォールドノート社刊 静岡アウトドアガイドVol.14(1996年12月11日発行号) 静岡の地酒を楽しむ⑧「初亀」より  文・鈴木真弓)

 

 

 

 

  『吟醸王国しずおか』で初亀を描くとき、私は、このときの橋本さんの信念の言葉をベースにしようと考えました。映像では、地元の伝統行事に参加し、地域の人々に信頼される橋本さんの姿が、それを一番わかりやすく伝えてくれるのではないかと。

 

 

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13日10時から始まった本殿式では、若宮八幡宮の創設にかかわった堤中納言家のご子孫、地元豪族・岡部氏、朝比奈氏のご子孫、岡部町長、学校長、氏子総代らに次いで、橋本さんも指名を受け、榊を奉納しました。

 14日の神輿行列では、太鼓を打つ担当です。御殿屋台の上で華麗に打つのかと思ったら、トラックの荷台に乗ってのお披露目(さすがに祇園祭とか高山祭とか浜松まつりクラスのスケールを期待するのは酷だったかも・・・)。

 トラックの上で太Img_3961 鼓を鳴らす橋本さんを、カメラマンの成岡さんがおっかける姿が、なんともほのぼのしてました。

 

 

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 12時すぎから始まった神ころばしとは、氏子若衆(泰平衆)がお獅子の御膳、御内膳、お丁屋の御膳を捧げ持ち、広場を練り歩いて転びながら奉納する奇祭です。人間まで菰にくるんで抱えて練り歩き、最後にみんなでひっくり返るんですから、観客も大笑い。

 どこかのアマチュア写真家グループのおじさま・おばさまが、高そうな一眼レフを何台も肩に下げて、前列を占領し、氏子衆にポーズをとらせる様子に、某紙の記者が「神事なんだから“作り写真”を撮るのはやめなさいよ」と怒っていたのが印象的でした。

 

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 七十五膳というのは、神前に75種類の食材をお供えする儀式。食材を手渡しリレーする氏子や舞姫たちは榊の葉を口にくわえています。神様のお供え物には手を出しません、という意思表示にも見えました。

 

 

 

 汗だくで撮影を終えたあと、橋本さんにインタビュー。「いやぁ、僕は神ころばしで転んだことがないんで(苦笑)…」と、多くは語りませんでしたが、今は地域になくてはならない酒蔵となった自信と責任のようなものが、全身から伝わってきました。

 

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 岡部町は来年、藤枝市と合併します。1100年目のお祭りが、町としては最後のお祭りです。

 橋本さんにお土産にいただいた初亀純米(誉富士100%)若宮八幡宮ボトル。小さな地殻変動を繰り返しながら、変わりゆく地域の中で、地に足をつけて生きることの難しさとその価値を、再確認した撮影でした。


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