7月14日に開かれた(一社)静岡県ニュービジネス協議会中部サロンは、昨年、静岡県ニュービジネス大賞特別賞を受賞した【微生物抑制発酵茶】を実際に商品化した、カネ松製茶㈱(島田市)の鈴木祐介専務がゲスト。日本の吟醸酒造りを革新させた河村傳兵衛先生が、お茶の世界で新たに仕掛けた一大革命について、じっくりうかがいました。
【微生物抑制発酵茶】・・・耳で聞いても漢字を見てもピンとこないと思います。
世に、機能性を謳ったお茶はゴマンとあり、次から次へと新商品が登場していますよね。
最初、このお茶も、【単行複発酵茶・すらーり美人】という名前でデビューしたので、ふつうのお茶がなかなか売れない製茶会社がダイエット茶ブームにのって奇をてらったのかと思っていました。河村先生が画期的なお茶を開発したらしいと聞き、県の展示会で試作品をいただいて以来、時折店頭で見かけたとき、試し買いする程度でしたが、昨年のニュービジネス大賞表彰式で、【あるけっ茶】という商品名に変わっていたのに驚き、今回、商品開発の背景と名称変更の理由をじっくりうかがって「これは、違う・・・!」と実感しました。
鈴木専務の解説、さすが製茶メーカーの若い経営者、売り手や飲み手向けのプレゼンテーションに慣れているというか、日本酒の製造工程を知っている者にとっては、大変解りやすかったです。
製法を簡単に説明すると、
①荒茶を無菌状態にして、水分を噴霧する。
②殺菌・冷却した後、黒麹菌をふって醗酵させる。*約7日間
③再び殺菌・冷却し、生葉ジュースをふりかけ、酵素醗酵させる。*約3日間
④殺菌、乾燥、焙煎
というもの。これが、通常の製茶工程を知っている者にとっては非常識のオンパレードだそうです。
まず①の「荒茶に水分を噴霧」。荒茶は摘みたての茶葉を蒸気で加熱し、乾燥させたものですから、せっかく乾燥させたものに水をかけるなんて、茶業者にとってはありあえない話でしょう。水分を加える理由は、②の麹菌醗酵のため。しかも「殺菌・冷却」してから麹菌をふりかけます。
発酵茶の代名詞ともいえる中国のプーアール茶は、生葉を天日干しして茶葉が持つ酵素をゆる~く醗酵させ、これを多湿状態におき、カビを自然醗酵させて作るそうですが、このお茶は、雑菌が混じらないよう完全にコントロールされたクリーンルーム・・・日本酒で言う〈麹室〉で、温度や湿度を一定に保ち、安全性が担保された麹菌のみを醗酵させます。つまり、プーアール茶が「微生物自然発酵茶」であるのに対し、このお茶は「微生物抑制発酵茶」となるわけです。
ちなみにプーアール茶は便秘に効くというのが売り言葉みたいになっていますが、河村先生曰く「雑菌だらけの自然発酵茶だから、お腹を壊す成分があって当然」だそうです。ナットクですね(笑)。
②の段階で、“安心・安全製法で造られた高品質プーアール茶”として商品化しようと思えばできるのですが、ここからさらにもう一段階、香りと味を良くするための醗酵を行ないます。カネ松製茶の鈴木専務は「健康にいいかもしれないけど美味しくない」という世にある健康茶を凌駕するためにも、「無謀にも、河村先生に、“もっと美味しくしてください”と何度もダメ出した」そうです。
先生が編み出したのは、冷凍保存しておいた生葉を粉末にして“生葉ジュース”にしたものをふりかけるという奇策。生葉が持つ酵素を酸化醗酵させると、紅茶のような香りが生まれるそうです。この発想、お茶のガチ専門家ではなかった河村先生だからこそ、なんでしょうね・・・!
出来上がったお茶は、紅茶よりもピンクがかった、艶やかなバラ色。香りもどことなくローズ風です。プーアール茶のようなクセもなく、やさしい甘味。河村先生は「ロゼ茶」と命名したそうですが、バラそのものとも違うし、香味や色の感じ方は飲む人の好みに左右されるでしょう。それよりも何よりも、このお茶がスゴイのは、まったく新しい2種類のポリフェノール成分が発見されたことです。
新発見のポリフェノールとはテアデノールA・テアデノールBという成分。テアデノールとは、お茶のTEA、傳兵衛のDE、ポリフェノールのNOLを組み合わせた名前です。私はもともとテアデノールというポリフェノールが世に存在していて、お茶では初めて検出されたと思い込んでいたので、鈴木専務から、新発見だから新たに命名した、と聞いてビックリ!「先生のお名前は、清酒酵母のみならずポリフェノールにも付いたのか・・・」と鳥肌が立ちました。
テアデノールは、東京医科歯科大学の学内ラボに拠点をおく臨床試験機関・オルトメディコ、筑波大学、リバーソン(河村先生の会社)の共同研究によって、糖尿病予防、がん疾患予防、内臓脂肪の減少に効果が認められ、現在、諸々の特許申請中とのこと。長期間飲みつづけたモニターからは「中性脂肪が減った」「尿酸値が激減した」「コレステロール値が下がった」「半年で体重が6キロ減った」という声が寄せられており、実際、私も便秘に悩む友人に勧めたところ「今まで飲んだお茶の中で一番効果があった」と聞いています。
私自身は、お気に入りスーパーのKOマートでこのお茶を扱っているので、余裕のあるときに買って飲んだり飲まなかったりで、健康効果を実感するまでには至っていませんが、今は本気で常飲しようと考えています。鈴木専務にも「静岡吟醸を愛飲する仲間に飲むよう勧めます!」とガッチリお約束しました。
【あるけっ茶】というブランド名のきっかけは、山形のイタリアンの名店「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフとの出会いだったそうです。奥田さんはもともと付加価値の高い地域食材や「酵素」というキーワードに関心があり、定期的に料理サロンを開催している焼津で【すらーり美人】の存在を知り、ビビッときたそう。
ただし、【すらーり美人】という名前は、いかにもダイエット健康茶。確かに画期的な機能性を持つ健康茶ですが、他の健康茶にない美味しさ・見た目の美しさが特徴で、ドラッグストアというよりも、レストランやティーサロンなど食味を楽しむ場で存在感を示したいという思いが、鈴木専務にあったそうです。奥田さんの店で飲んでもらうには、それ相応の名前にしようということで、【あるけっ茶】に。おやじギャグみたいなネーミングですが(笑)、もともと「アル・ケッチァーノ」も、庄内弁で「あったんだよねえ」を文字ったものらしいそうです。
優れた機能性を持ちながら、それを前面に出さず、味で勝負したいという信念は、川下(消費者)に向けた強いメッセージだと思います。
と同時にこのお茶は川上(生産者)にも力強いメッセージを送っています。
静岡茶は3・11原発事故の風評被害から完全に立ち直っていない状況です。静岡よりも原発事故現場に近い関東の茶産地でも同じような被害があったはずなのに、「静岡茶」だけが市場から排除されました。それだけ静岡茶の持つブランド力が強かったという裏付けなのかもしれませんが、3年を経て、初物の一番茶だけは市場でそこそこ値が付いても、二番茶、三番茶は動きがにぶく、価格が最も安い四番茶は逆にペットボトル需要に下支えされ、活発だとか。茶市場でもいわゆる“二極化”が進んでいるようです。
“お荷物状態”で茶業経営を圧迫させつつある二番茶、三番茶は、夏場の活発な光合成によってカテキン含有量が非常に高い。カテキンが多いお茶(べにふうきなど)は、花粉症対策で脚光を浴び、ブームとなりましたが、元来、苦くて渋~い味。今ではすっかりブームが沈静化してしまいました。やっぱり味が良くなければ定着しないんですね。
5~6年前、ブームに乗ってべにふうきに植え替えた静岡の茶産地では、ようやく茶樹が育ち、収穫出来るようになった今、ブームが去ってしまい、結局、紅茶にして売るしかない。カテキンは紅茶にすると酸化醗酵によって減ってしまうため、緑茶ならウリに出来た機能性という付加価値を持てない、ただの紅茶です。これでは茶農家の経営を向上させる戦力にはなれません。
その点、【微生物抑制発酵茶】は、べにふうきのようなカテキン含有量の多いお茶を活かす第三の道になりそうです。カテキン含有量の多いお茶を緑茶にしたときの味の欠点、紅茶にしたときの機能性の低さを見事にカバーし、さらには価格が付きにくく取引量も減りつつある二番茶、三番茶に付加価値を与えることになります。
設備さえ整えば7~10日間で仕上げることができ、品質の均一化と年間製造という工業的生産方法で量産化も図れます。
ただし、醗酵のためのクリーンルーム、温度管理システム、噴霧装置等かなりの投資を擁し、カネ松製茶でも現在、年間生産量6,000kgが限度だそうです。
参加者からの「トクホ(特定保健用食品)の認証は受けないのか?」という質問にも、「現在の生産規模ではトクホ認証のコストをペイできない」とのこと。なんだかすごくもったいないですね・・・。
茶価の低迷、風評被害、後継者不足など等、静岡の茶産地が抱える課題は山積しています。おそらく、河村先生が昭和50年代、静岡酵母を開発された頃の酒造業界もそうだったでしょう。静岡県の酒造業は、茶業に比べたら規模は小さく、意欲のある蔵元が先陣を切って頑張ったことで他の蔵元が後に続き、産地全体で団結・向上できたのですが、茶業は静岡県の基幹産業でもあり、一朝一夕に変わることは出来ないかもしれません。
【微生物抑制発酵茶】の誕生も、大きな変革の中のひとつの要素に過ぎないかもしれませんが、河村先生が酒に続いてこのような開発を成功させ、“救世主”になられたことは、偶然ではなく、必然だったと思います。茶業界のみなさんは、このことをしっかり活かしきってほしいし、そのためには外部の新しい発想や提案を柔軟に受容し、融合させてほしい。量産化を実現させる知恵は、他の製造業や流通業、資金調達ノウハウを持つプロが持っているはずです。
「お茶はもともと中国から薬として伝わり、味わう文化になった。既成概念を変えることで進化した」と鈴木専務。私もここ2年ほど茶道の歴史を学ぶ機会を得て、茶道も茶業も変化や革新を経験しながら今に至っていることを実感しています。
禅僧によって機能性が認められた茶を、千利休や古田織部は「道」や「芸術」へと昇華させました。【微生物抑制発酵茶】も、いわば禅僧が修行のために用いた機能性飲料の段階から少しずつ脱皮し、味わう茶、楽しむ茶へと昇華していくのでしょう。【あるけっ茶】が、いわば“奥田流”の微生物抑制発酵茶ならば、さらなる普及にはもっと多彩な人材によるブランディングが必要なのかもしれません。
カネ松製茶をはじめ、現在、微生物抑制発酵茶の生産に取り組む茶業者は、柔軟な発想でさまざまな“流派”を勃興させてほしいと思います。
とりあえず我々静岡吟醸ファンは、河村先生への敬意を込めて、これからせっせとこのお茶を常飲するとしましょう。
カネ松製茶の【あるけっ茶】は、KOマートほか、こちらの通販サイトで購入できます。ちなみに、こちらでは河村先生が漫画のキャラクターになって微生物抑制発酵茶について解説しています。
静岡酵母の河村先生を知っている者からみたら、う~ん・・・という出来ですが(苦笑)、先生は元来、漫画キャラにしたくなるようなおちゃめさんかも。