杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

「Tabi tabi」しずおか今昔物語3~鎮守の森としての谷津山

2018-03-19 10:31:30 | 歴史

 静岡新聞社から『しずおか知的探検BOOK Tabi tabi 』の第3号が刊行されました。今回の特集は春に相応しい〈花と緑のボタニカルツアー〉。書店の平積みを見た時は、ひと足早く開花した桜のような表紙のピンクカラーのロゴがパッと目について、まさに春到来気分。今日は静岡市内の公立小学校の卒業式ですが、ライターにとって自分が関わった雑誌を初めて店頭で見つけた時は、自分の子どもがまさに卒業式で旅立つ日を迎えたような心境、です!。

 1年前の2017年春に創刊したTabi tabi。創刊号特集の〈今日は、渚へ〉では、総延長505キロという長い海岸線を持つ静岡県の海の文化と人にスポットをあて、歴史コーナーを受け持たせていただいた私は、こちらで紹介したとおり清水港の歴史について寄稿しました。

 

 2017年秋発行の第2号は〈列車で行こう、どこまでも〉。文字通り鉄道の旅がテーマです。個人的にもとても好きなタイトルチューンで、どのページも本当に読みごたえがありました。歴史コーナーでは御殿場線と丹那トンネルを取り上げ、御殿場沿線に酒蔵を建てた近江商人について書いた当ブログの過去記事(こちら)が役に立ちました。

 そして今回の花特集。敬愛する浜松フラワーパーク理事長の塚本こなみさん、富士山下山ツアーや茶市場ツアーを企画するそふと研究室の坂野真帆さん、静岡県を代表する日本茶インストラクターの松島章恵さんなど昔からの知り合いが何人も紹介されていて、頼もしく拝読しました。植物や自然に関わる仕事をしている女性は、体力があるし表情や姿勢も文句なく美しい。日の当たらない環境でモグラのように仕事する自分には眩しい存在です(笑)。

 歴史コーナーでは静岡市のど真ん中にある谷津山を、ちょっと強引でしたが〈鎮守の森〉に見立てて考察してみました。横内小学校に在校していた頃、持久走で走らされて、どうにも辛い思い出しか残っていなかった谷津山でしたが、谷津山がどういう山なのか、もう少しちゃんと勉強しておけば、もっと違う思い出を残せたかもしれないと、今回つくづく思い知らされました。

 

 今回の取材では谷津山再生協議会(こちらの石井秀和さんにお世話になり、同協議会が昨年12月、国際ソロプチミスト静岡と共催した小学生~大学生対象の植物同定講座(谷津山活用モデルエリア観察会)にも同行取材させていただきました。同定とは生物の分類上の所属や種名を決めることで、主催者側が用意した葉っぱが、実際に谷津山のどこにどんなふうに生育しているのかを探る、ちょっとしたゲーム感覚の観察ツアー。このゲーム感覚というのが大切で、子どもたちは宝物を探すかのように本当に楽しそうに葉っぱ探索をしていました。現場観察では放置竹林の被害の深刻さを目の当たりにしましたが、石井さんは「竹の伐採もゲーム化できれば面白い」とおっしゃっていました。

 竹の伐採には行政や所有者の許可が必要だし、実際の伐採にはボランティアの力が不可欠だし、伐採後の竹を有機肥料等に活用する手段は企業の知恵が必要でしょう。昨年11月に取材した静岡県ニュービジネス大賞で最終エントリーに残った浜松の㈱田中造園は、放置竹林の竹を竹チップ化し、雑草の飛来種発芽を防ぐ独自技術を開発した企業でした。詳しくは同社HP(こちら)をご参照いただくとして、こういう企業をスポンサーに、竹をハンティングするゲームのようなものが出来れば本当に面白いな、と思いました。

 最大のネックは、伐採許可のネックとなっている、方々に離散した土地所有者。谷津山に土地を所有する個人はゆうに500人はいるそうで、判明している所有者間では協定を結んでいるものの、所有者がわからない箇所も少なくない。こういう問題は、おそらく谷津山に限ることではなく、全国各地の放置竹林対策で問題になっているのでしょう。有効な解決策が見つかるまでは、石井さんたちのようなボランティア団体が地域の人々に、谷津山の今の姿を地道に訴え続けていくしかないようです。

 

 ちょうど今、別の仕事で、今話題の新素材セルロースナノファイバー(CNF)についての執筆をしているところです。静岡市清水区出身でCNF研究の世界的権威である東京大学大学院の磯貝明教授のお話を要約すると、

 植物がどうして重力に逆らって自分の体を空に向かって成長させ、なおかつ根から水を吸い上げ、葉っぱで光合成をして、自分の体を作れるのか。どうして風雨に耐え、重力に逆らい、虫や鳥にもやられずに生命を維持できるのか。元をたどると階層構造の一番下にあるのがセルロースというまっすぐな分子。

 セルロースを切って拡大すると、パイプ状の繊維の集合体になっており、パイプを11本バラバラにしたのがパルプといわれる短繊維。これをもう一度シート状にしたのが紙になる。紙の繊維は長さ1ミリから3ミリ。幅がこれくらいで、よく見るとまた繊維の集まりになっており、セルロース分子に次ぐ小さなエレメントの構造体。学術的にはセルロースミクロフィブリルといわれ、セルロース分子が6×636本、まっすぐに束ねられた幅3ナノメーターというめちゃくちゃ細いものから出来ている。

 植物は自分の体を支えるために6×636本のセルロースミクロフィブリルをびっしり強固に水素結合させている。ロースミクロフィブリルというのは植物中に大量に、数えきれないくらいのナノファイバーが入っており、地球上で最大の蓄積量で年間成長量の、生物が生産するナノ素材である。しかしこれまでこれを1本1本剥がすことができなかった。化学薬品や熱を加えて強引に剥がすことが出来ても、環境に負荷がかかる方法では事業化できない。

 

ということ。磯貝先生はTEMPO触媒酸化方法という環境に優しいCNF抽出方法を開発し、緑のノーベル賞といわれるマルクス・ヴァーレンベリ賞を受賞されました。CNFは重さは鉄の5分の1、強度は鉄の5倍といわれ、応用分野の裾野の広さは計り知れないだけに、静岡県でも富士山麓のパルプ産業集積地を中心にこの事業に注力していくようです。こういう事業が自然と折り合いを付けて循環していく時代になれば、谷津山の問題もいつか淘汰され、人間が鎮守の森に寄せていた本来の「森に活かされていることへの感謝」を実感できるかもしれませんね。

 

 今回執筆した谷津山は先史時代からの歩みを大雑把に振り返ったものですが、歴史とは、単に振り返って懐かしむのではなく、今、そして未来に活かされるいのちのつなぎ方を学ぶ教科書にしたい・・・こういうテーマを手掛けると、そんなふうに思えてなりません。

 今回の記事も、まあまあ硬くてとっつきにくく、子どもたちの読書対象にはならないと思いますが、書いた内容は谷津山を走り回る我が後輩たちにぜひ知ってもらいたいなと願います。周辺の学校の先生方、ぜひよろしくお願いします!


花びらは散っても花は散らない

2018-03-11 10:07:18 | 仏教

 東日本大震災の慰霊月となる3月は、震災以来、毎年、静岡音楽館AOIの鎮魂コンサートに通っています。きっかけは、震災の前年2010年秋に、AOIの企画会議委員で新国立劇場の演出家である田村博巳先生にインタビューしたこと。田村先生はこのとき『平泉毛越寺の延年の舞』を翌2011年3月12日にAOIで開催する準備をされていて、延年の舞を紹介した江戸時代のトラベルライター菅江真澄に惹かれた私もチケットを購入し、楽しみにしていたのです(こちらをぜひ)。

 公演は残念ながら震災によって中止になりましたが、田村先生のご尽力でAOIでは翌年から3月11日前後に震災復興支援のプログラムを定期開催するようになり、今年は3月10日に『聲明 鎮魂の祈り~四箇法要「花びらは散っても花は散らない」』が開かれました。

 今回は、声明の2大潮流といわれる天台宗と真言宗の僧侶による超宗派の合唱団〈声明の会・千年の聲〉による、いわば仏教のゴスペル。四箇法要というのは、経典から導かれた声明の曲「唄(ばい)」「散華」「梵音」「錫杖」から構成された、いわば声明の交響曲。交響曲といっても楽器を一切使わないお坊さん30人の声楽アカペラで、AOIのホール一杯に響き渡る物凄い迫力です。

 声の良く通るお坊さんの読経はお一人でももちろんパワフルですが、30人の声が重なると、交響楽団のフル演奏に勝るとも劣らない、いや、この世の音とは思えないほどの荘厳な響き。ステージはイスが置かれただけのシンプルなデザインながら、目を閉じるとそこはさながら仏教大伽藍。視覚イメージを見事に引き出す声楽のチカラを、まざまざ実感しました。

 伝統的な声明交響曲である「四箇法要」のほかに、現代作曲家による新作声明「海霧讃歎(うみぎりさんだん)」が披露されました。津波で亡くなった陸前高田の佐藤淳子さんが生前詠まれた短歌「海霧に とけて我が身もただよはむ 川面をのぼり 大地をつつみ」を旋律に載せたものです。

 田村先生はプログラムで「七万本あった松原の一本を残し、すべて津波に流された陸前高田の自然に死者の魂は還っていった。その一本松も塩害で立ち枯れてしまう運命にある。〈海霧讃歎〉には、自然界の風景の中にとけこんで、そして、大地にひろがっていゆく死者の魂を誉めたたえ、畏敬の念を示すという意味が籠められている」と紹介されました。

 作曲した宮内康乃さんも登壇され、「震災の犠牲者や被災者の方々への祈りの気持ちだけでなく、自分の身近な人々の死や自分自身の苦しみなど、想いはさまざまでも、この歌を聴くことによって、一度苦しみや思いを響きに乗せて天へと放ち、響きと一体化することで自然界の一部であることを感じ、心が少しでも軽くなるようなら幸いです」とご挨拶。2012年に神奈川県立音楽堂で初演され、2016年には和歌ゆかりの地・陸前高田で、そして今回のAOIが3度目の公演となったようです。身近な死を経験したばかりの今年、こういう曲を聴くことになろうとは、と心の中で合掌しました。

 事前に、短歌の作者が津波の犠牲者だと聞いたせいか、海霧讃歎の響きに身をゆだねていたら、自分も海の底に沈んでいくような錯覚にとらわれます。数日前に観た映画「シェイプ・オブ・ウォーター」のように、この世のものとは思えない存在に抱かれて、静かな眠りに堕ちていく・・・。そして次の演目「錫杖一條」の錫杖(修験者が振り鳴らす杖)の音にハッと覚醒。ほんの数分の出来事ですが、海の中で意識を失うという疑似体験をしたような演奏時間でした。


 実は1週間前の3月4日、京都の天龍寺塔頭永明院で毎月第一日曜日に開かれる坐禅会に参加したときも、不思議な体験をしました。いつものように坐禅をし、和尚さまに警策を打っていただいたとき、全身がものすごく温かくなったのです。血の巡りが滞っていた身体に程よい刺激があったからかな、と生理分析しながら、一方で、なんともいえない有難味がじわじわ湧いてきました。

 2度目に打っていただいたあとは、はっきり異変を感じました。涙がスーッと落ちて来たのです。人の話を聞いたり映画を観て泣けることはあっても、ただ坐禅をしているだけで涙が出てくるとは、一体自分に何が起きたんだろうと、少しばかり混乱してしまいました。

 思えば、大晦日に父が突然亡くなり、葬儀やら家のことやら初めてづくしの雑務に追われ、父を偲んで泣くという機会はまったくありませんでした。こちらに書いたように「お父さんは幸せな最期だったね」と言われ、最初は素直にうなずけなかったものの、最近では「理想の死に方ですねえ」と自分から笑って言えるようにさえなっていたのですが、どこかで自分を縛っていたものが、ひとつ、ほどけたのかもしれません。

 警策をいただいて合掌低頭したとき、大げさでなく、本当に心のうちからじんわり「有難いなあ」と思えてきました。感謝の対象が目の前の和尚さまなのかこのお寺のご本尊なのか、はたまた彼岸にいらっしゃるかたなのか、よくはわからなかったのですが、今まで頭で理解しようとしていた仏教を、心で感じるようになれたとしたら、この体験はひとつの成長なのでしょうか。


 今回の声明公演には、四箇法要に「花びらは散っても花は散らない」というサブタイトルが付いていました。仏教思想家で真宗大谷派僧侶・金子大栄が歎異抄を要約した言葉で、正確には花びらは散っても花は散らない 形は滅びても人は死なぬ」

・・・言葉や歌というかたちのないものが、人に、底知れないチカラをもたらすことを、我が事として自覚できた震災慰霊月、です。