杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

Tabi tabi 4号 ~白隠が白隠になったまち

2018-09-21 13:57:03 | 白隠禅師

 静岡新聞社から春と秋に発行される旅の文化情報誌『Tabi tabi』第4号~しずおか温泉三昧が本日(9月21日)発売となりました。

 私は毎号、しずおか今昔物語というコーナーで静岡の歴史について書かせていただいており、今回は、当ブログの前記事でも触れた白隠禅師を取り上げ、白隠さんが生涯を過ごした沼津・原というまちについて紹介しました。

 

 執筆にあたっては、過去参加した白隠さん関連の講座・セミナーでの知識、その備忘録としてまとめてきた当ブログ記事が役に立ったのはもちろんのこと、駿河白隠塾でご一緒させていただく原の郷土史家・望月宏充先生、ご存知『白隠正宗』蔵元杜氏の高嶋一孝さんに、原というまちとの関係性について貴重な助言をいただきました。私レベルの書き手の原稿に、白隠禅画の画像使用は(予算的に)無理だったため、望月先生には大正時代の松蔭寺写真絵葉書を、高嶋さんには白隠画を使用したお酒のラベルをお借りするなど、お2人がいなければ誌面が成り立ちませんでした。好きで始めた白隠学習と地酒取材での人脈がこういう形で役に立つとは、ほんとうに、人生に無駄な道はないなあとしみじみ思います。

 ネタ元となったのがこちらのブログ記事です。興味がありましたらぜひご覧ください。

 〇「健康」の二文字を初めて使った白隠禅師(こちら

 〇白隠さんの折床會と朝鮮通信使扁額(こちら

 〇普賢象と白幽子(こちら

 

 

 なお、9月27日(水)から10月13日(土)まで白隠展2018inぬまづ(沼津市主催)が沼津市立図書館4階展示ホールで開催されます。松蔭寺所蔵の白隠禅画を沼津市内の施設では初めて展示するそうですので、お見逃しなく! 私は10月2日(火)、10月10日(水)13時から18時30分まで受付ボランティアをやります。平日ですが、お時間の許せる方はぜひ遊びにいらしてくださいね。

 

 さらに9月29日(土)10時30分から沼津市立図書館4階視聴覚ホールで、芳澤勝弘先生の講演会『駿河白隠塾フォーラム/白隠下の師承について』(一般2000円)が開催されます。おなじく12時45分から15時まで特別講演会『松蔭寺の歴史と文化財』『西洋における白隠禅師の理解』(参加無料)も開催されますので、興味のある方はぜひ。詳しくは駿河白隠塾フェイスブックページ(こちら)を。

 

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国書偽造事件と白隠禅画

2018-09-17 13:17:39 | 朝鮮通信使

 久しぶりに朝鮮通信使と白隠禅師にまつわるトリビア報告です。

 度々ご紹介しているとおり、私がここ10年ぐらい追いかけているこの2つの歴史テーマを結びつけたのは、地酒『白隠正宗』のラベルに使われた白隠禅師画「朝鮮通信使曲馬図」。思い入れの深いこの画の意味について、去る7月30日に開催された静岡県朝鮮通信使研究会例会で、北村欽哉先生が新しい解釈を発表されました。白隠研究者がこれまで誰も指摘していなかった斬り口で、自分に歴史小説を書くスキルがあったら絶対に書きたい!と思えるほどワクワクする内容でした。

 

 例会の演題は『国書偽造事件と馬上才の派遣』。国書偽造事件はNHKの『歴史秘話ヒストリア』や『英雄たちの選択』等々で取り上げているので、ご存知の方もいると思いますが、おおまかに説明すると、室町時代から日朝外交の橋渡しを担ってきた対馬の島主・宗氏は、交渉を円滑に進めるため、日本の為政者(足利将軍、豊臣秀吉、徳川家康)から朝鮮王に送る国書の文言をところどころ書き換え、ニセの国印まで作ったりしていた。江戸時代に入って対馬藩主となった宗義成と家臣柳川調興の間で争いが生じ、徳川3代将軍家光の時代、柳川が幕府に長年の偽造をリーク。幕閣内で喧々諤々の騒動となり、結果、宗義成はおとがめなし、柳川調興は津軽に流刑となったという事件です。

 国書という最も重要な公文書の改ざんを内部リークしたほうが重く処罰されたのですから、今の感覚ならアカンやろう~と言いたくなりますが、その裏には朝鮮貿易利権をめぐる、自民党も真っ青!の権力闘争があり、白隠さんが描いた「朝鮮通信使曲馬図」にはその皮肉が込められていたというのが今回のお話。

 これまでこの絵を解説した本や図録では、巷で話題沸騰していた朝鮮通信使の馬の曲芸「馬上才」をモチーフに、布袋が瓢箪から曲馬を吹き出す構図で移ろいやすい人の心=意馬心猿を制御したという禅的解釈が大半でしたが、しばしば幕藩体制にするどいツッコミをしていたリベラル派の白隠さんが朝鮮通信使を画題にする際、あえて馬上才を取り上げた真意を裏読みすると、北村先生の❝皮肉説❞も大いにアリだと思えてきます。

 

 先に結論を書いてしまって恐縮ですが、今回のお話の主な登場人物は以下の面々です。

 ①宗義智(そう よしとし)1568~1615/対馬の島主。初代対馬藩主。秀吉朝鮮出兵から家康の和平交渉~朝鮮通信使招聘まで激動の時代に島を支えた。

 ②宗義成(そう よしなり)1604~1657/義智の子。国書偽造事件当事者の一人。

 ③柳川調興(やなぎがわ しげおき)1603~1684/宗氏の家臣。祖父・父とも足利将軍時代より朝鮮貿易貨物管理者として暗躍。10歳のとき徳川家康に気に入られ駿府城で小姓となり、土井利勝ら幕閣実力者と強い人脈を持つ。宗義成の妹を妻に迎えていたが後に離縁。国書偽造事件では津軽藩に流刑となる。

 ④規伯玄方(きはく げんぽう)1588~1661/福岡宗像出身の禅僧。対馬の外交僧として宗義智・義成親子を支え、日本人では初めて秀吉出兵後に漢城(ソウル)訪問。国書偽造事件関与者として岩手南部藩に流刑に。この地に酒や味噌の醸造法、作庭技術、製薬技法等を伝え、方長老と呼ばれて藩主はじめ多くの庶民に親しまれる。晩年許され、大坂で亡くなる。

 

 ご覧いただくと、③柳川調興と④規伯玄方のプロフィールに興味が湧いてきませんか? 調興は駿府城で暮らしていた過去があり、玄方に関しては、南部杜氏のふるさとであるこの地に酒造技術を伝えたのは私のこれまでの取材では、近江商人が南部盛岡藩城下の商業や産業を興し、南部杜氏は近江商人村井権兵衛が池田流を導入したのが始まりだと承知していたので、玄方の存在や関与を知ってビックリしました。

 

 南部杜氏の話は別の機会に回すとして、今回のキモとなるのは、単純な主従関係ではなさそうな藩主宗家と家臣柳川家の間柄です。

 日朝関係史専門の田代和生氏が著した『書き替えられた国書』(中公新書)によると、宗氏はもともと古代末期の律令官人で、武士になって対馬を支配するようになり、14世紀以降、倭寇が朝鮮半島を荒らすようになると李朝政府から倭寇の取り締まりを依頼され、見返りに貿易上の特権を得ます。

 以降、日朝交渉は宗氏の専売特許となり、当時最高の知識人であった禅僧を雇って外交交渉をさせました。宗義智の時代には景轍玄蘇という僧が対馬に以酊庵という庵を建てて、ここをいわば外務省に見立てて国書偽造という禁じ手も使い、日朝修好を円滑に進めたのです。規伯玄方は玄蘇の同郷の弟子にあたり、24歳という若さで以酊庵二代目に。対馬激動の時代を支えた宗義智は48歳で急逝し、その子義成は12歳で家督を継承。玄方は若い当主を全身全霊で支えます。

 

 一方、柳川氏は出自がハッキリせず、出身地の筑紫国柳川にちなんで姓を名乗ったそう。宗氏14代島主に仕えて朝鮮貿易で功績を上げ、対馬郡内で勢力を伸ばします。秀吉が九州を平定したころには、朝鮮の珍品を石田三成に献上して秀吉にも取り入り、秀吉からは冠位を、家康からは本土に領地まで与えられました。国書偽造は、朝鮮事情に精通した柳川氏とGOサインを出した宗氏のいわば共犯作業。朝鮮側から絶大な信頼を得ていた柳川氏は「自分なしには朝鮮貿易は立ち行かないだろう」と次第に増長し、主君宗氏をおしのけて「徳川の直臣として朝鮮外交を担う」という野心を持つように。11歳で家督を継いだ調興は家康に気に入られて駿府城で小姓となり、家康亡き後は江戸に出て秀忠に仕え、神田に屋敷まで拝領したそうです。

 

 ともに若くして家督を継いだ宗義成と1歳上の柳川調興。親世代からの国書偽造という負の遺産を共有する2人でしたが、性格は正反対のようで、朝鮮通信使が2人の印象を「調興はすこぶる怜利(賢い)、義成は癡騃(愚か)」と記録しています。

 家督を継いだ当初、調興は「対馬みたいな僻地には興味ない、オレは江戸で出世するんだ!」と思っていたようですが、義成の母に「息子を支えてくれ」と頼まれ、しぶしぶ忠誠を誓い、義成の妹宮姫を妻に迎えます。その代り、徳川仕込みの世渡り術を身に着けていた調興は、対馬藩内で自分の意にそぐわない重臣を次々と失脚させていきます。義成が最も信頼していた重臣吉田蔵人に横領の罪をかぶせる際は、幕府老中の威光まで利用し、吉田は切腹に追い込まれます。さすがの義成も堪忍袋の緒が切れて、藩内は主君義成派と柳川派に二分対決する状況となりました。

 

 朝鮮通信使から癡騃と言われてしまった義成ですが、若くして以酊庵二代目となった当代随一の碩学・玄方から教育を受け、まっとうな政治力も備えていました。朝鮮半島に大陸北方から後金(のちの清王朝)が侵略してきたときは、義成が率先して徳川幕府に援軍派遣交渉を行い、当時日本人は釜山までしか許されなかった不文律を越え、玄方を首都漢城(ソウル)まで派遣させたのでした。

 柳川家が代々果たせなかった首都入城を玄方が成し得たというニュースに衝撃を受けた調興は、大胆な行動に出ます。義成から受けていた知行の返上を申し出て、義成に却下されると、幕府老中土井利勝に「パワハラを受けた」と訴え、義成も負けずに「不忠者」と申告。告げ口合戦の挙句、とうとう調興は「宗家は朝鮮外交担当者として不適格」と国書偽造を暴露してしまったのです。偽造の共犯だった柳川も火の粉をかぶるリスクはあったものの、幕閣に強いコネを持つ調興には勝算があったんですね。

 

 国書偽造が明るみとなった1633年、幕閣(老中土井利勝、老中酒井忠勝、阿部忠秋、松平信綱、柳生宗矩、林羅山)による事情聴取が始まり、翌年まで続き、朝鮮王朝にも知られるところとなりました。偽造国書を交わされてきたという国辱に対し、朝鮮側がどう反撃してくるか、宗義成は生きた心地がしなかったと思いますが、ここで玄方は「朝鮮側に天下一と評判の馬上才の招聘を打診してみてはいかがでしょうか?もし朝鮮側が応じれば、この問題は不問に帰すと判断できるでしょう」とアドバイス。1634年暮れ、義成の特命を帯びた側用人有田杢兵衛が釜山に渡って「家光公がぜひ観たいとおっしゃっているので」と馬上才招聘を願い出ます。無事、馬上才団を伴って1635年1月に帰国し、一団は対馬に滞在して❝裁判❞の成り行きを見守ります。

 

 1635年3月11日、徳川家光はすべての大名を江戸城に集め、公開評定で両者の主張を直接聴取します。ドラマや映画にするならまさにクライマックス!といったところでしょうか。江戸城内も義成派、調興派に二分され、大名たちは、単なる対馬のお家騒動がこんな大事件になるとは!と興奮気味。義成派の伊達政宗などは事前に「我々は朝鮮の役のとき、父君義智公に救われた恩義がある。もし柳川が勝ったら調興を屋敷に帰さず、切り捨てるよう家臣に申し付けてあります」と義成に耳打ちしていたそうです。

 調興を幼少の頃より可愛がっていた土井利勝らの反応が気になるところでしたが、翌12日、土井邸に呼ばれた義成は「今年か来年のうちに朝鮮通信使を招聘せよ」と事実上の勝訴を、松平邸に呼ばれた調興は、国書偽造の首謀者として津軽への流刑を言い渡されました。

 

 勝算があった調興がなぜ負けたのかー。田代氏は『書き替えられた国書』の中で、宗氏は中世以来、朝鮮国王へ使者を送る時は恭順の意を示すため、釜山の殿牌(国王を象徴する牌)を使者が拝む習慣があり、それで長年修好関係が続いてきた。幕府の直臣を自認する調興が義成にとって代わって使者を送った時、同じようなことをしたら❝徳川が朝鮮王に朝貢したスタイル❞になってしまう。宗氏の実績を採った方が後々問題ないという判断だった、と指摘されています。なにより、土井利勝や林羅山ら調興支持派を抑え込んで義成を擁護していたのは、ほかならぬ家光だった。彼には、家臣が主君を貶める先例を作っては絶対にならないという信念があったのです。

 とはいえ、処分は双方に及び、調興の家臣松尾七右衛門と宗家の祐筆島川内匠が死罪、玄方と宗智順(義成のいとこ)が偽造の事実を知っていながら報告しなかった罪で流刑となりました。玄方を奪われた義成は勝訴に浮かれるどころか「四分六分で敗けたような気がする」と側近に吐露したと伝わります。


 判決1か月後の4月20日、家光は江戸城で馬上才を観賞し、大いに喜び、翌1636年の朝鮮通信使招聘から馬上才が正式メンバーとなりました。この年、通信使は初めて日光まで足を延ばしたのですが、これは土井利勝と林羅山が宗義成に圧力をかけ、日光行きを嫌がる通信使を無理やり説き伏せさせたとか。通信使は「義成は血の気がなく慌てふためき、鼻血を3度も4度も出していた」と記録しています。通信使を巻き込んだなんとも陰険な意趣返しですね・・・。

 

 主を失った対馬以酊庵には、京都五山から交替で高僧が派遣されることになりました。私はこれまで、今回のことで幕府が対馬に外交を任せきりではまずいと判断したからと、理解していましたが、玄方ほどの優秀な僧が処罰されてしまったことから、後任の引き受け手がいなかったというのが実情のようです。

 

 48歳で南部藩に送られた玄方は、71歳までこの地で過ごします。私は北村先生のお話をうかがった後、どうしても玄方の足跡を知りたくて、南部杜氏の取材を兼ねて9月8~9日に盛岡へ行ってきました。盛岡城址の北東に位置する榊山稲荷神社(もりおかかいうん神社)には方長老と呼ばれて親しまれた玄方が作庭した旧桜山庭園緑風苑があります。観光パンフレットにはなぜか紹介されていないのですが、ご覧の通りの見ごたえある美しい庭園。境内には南部藩時代に「斗米稲荷」として崇敬された金殖神社があり、しっかりお詣りしてきました。

 神社の隣には、南部藩主歴代当主の墓がある聖寿禅寺があります。玄方が蟄居暮しをしていた寺で、南部家歴代藩主の中でも名君の誉れ高い29代南部重信は、青年時代に先祖墓参りのたびに玄方のもとを訪ね、多くを学んだと伝わります。

 

 盛岡市中心部を流れる中津川与の字橋たもとには、南部家重臣毛馬内三左衛門邸の庭を作庭した玄方の手による『方長老のつくばい』が。大通り二丁目には、玄方を慕って京都木津村から移住した商人池野藤兵衛の『木津屋』の屋敷と土蔵(岩手県有形文化財)が。

 

 もりおか歴史文化館では、玄方木像の写真を拝見できました。ホントはどんなお顔だったのかな・・・。

 

 1658年、72歳で放免となった玄方は、いったん江戸に立ち寄って林春斎(林羅山の子)の調べに応じ、その内容は『方長老朝鮮物語付柳川始末』という書物にまとめられました。こののち玄方は京都の南禅寺塔頭語心院の住職を1年務め、最期は大坂城そばの九昌院の庵で亡くなります。享年74歳。対馬の地を踏むことは二度とありませんでした。

 白隠さんが生まれたのは玄方が亡くなってからですから、2人に直接の接点はあり得ませんが、禅僧の大先輩である玄方の『方長老朝鮮物語付柳川始末』を読んでいたのかもしれませんね。

 今回、北村先生のレジメには興津の東勝院に伝わる朝鮮通信使曲馬図が紹介されており、上記の白隠正宗ラベルと同じような構図ながら、布袋さんの脇に〈抑是 朝鮮國 客僧 彼張華老 伯坊主〉と画賛が入っています。

 張果老とは中国唐代の仙人で、白い驢馬に後ろ向きに乗って一日数万里移動し、休む時は驢馬を紙のように折りたたんで箱に入れ、乗る時は水を吹きかけて元に戻したという伝説の人物。北村先生は「朝鮮通信使一行に僧侶はいなかったので、これは朝鮮国へ渡った日本の僧のことではないか」「張果老の果を華と書いたのは、わざと間違えたのではないか」と読み解きます。・・・となると、朝鮮通信使曲馬図の布袋さんとされているのは、規伯玄方のことではないかという仮説も。なにせ〈伯坊主〉ってズバリ書かれていますし、馬上才を日本に招聘したきっかけはほかならぬ玄方であり、その後の国書偽造事件を巡る顛末を見れば、白隠さんが「意馬心猿だ」と皮肉る気持ちも理解できますよね。

 

 歴史教科書では「国書偽造事件」とひと言で片付けられるお話ですが、現代の政治の世界にも、企業経営の世界にも置き換えられそうな話だなあとしみじみ・・・。映像化するなら宗義成は三浦春馬、柳川調興は高橋一生、規伯玄方は堺雅人なんてどうでしょうか(笑)。

 

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平成最後の盆に寄せて

2018-08-15 10:58:39 | 日記・エッセイ・コラム

 久しぶりの投稿です。昨年の大晦日に父が急死してから、あっという間の初盆。まさに光陰矢の如しの心境です。

 平成最後の今年、正月に父を送ってからというもの、この8月までに多くの縁故者を見送ることになりました。こんな年はもちろん初めて。今まで漫然と学んで来た仏教や禅の教えが、机上の空論にすら感じられました。それでも空論ではなく実学として日々の行動につながればいいなと願いつつ、今年見送った故人を偲んでみたいと思います。

 

 3月17日は、静岡県ニュービジネス協議会で長年お付き合いした食味研究家・石川美知子さんのお通夜でした。美知子さんとは昨年10月にニュービジネス協議会のウズベキスタン研修旅行にご一緒し、少しお痩せになったかなあと気になりましたが、ご本人はいたってご健勝。共に無事、7泊8日の研修を終えて成田に帰国し、そのまま都内で打ち合わせだとおっしゃる美知子さんの背を見送ったのが最期でした。

サマルカンド・レギスタンス広場にて。2列目右から2人目の美知子さん。

 栄養士の知識や経験を食ビジネスにつなげた女性起業家の先駆けとして多方面で活躍され、ガラスの天井に挑んだファーストペンギン、とでも言うべきでしょうか、いろいろな意味で大胆かつ繊細な実業家でした。どこかで無理をしながらもアクセル全力で人生を走り切ったのでしょう。今から30年近く前、ニュービジネス協議会の広報の仕事を始めて間もない頃、ちょうどお盆のこの時期、美知子さんの友人の美大の先生がデザインしたというカラフルな浴衣で、郡上八幡の徹夜踊りにご一緒したことが一番の思い出です。

 

 

 5月15日は、元祖梅にんにくでお馴染み・㈱梅辰の岩倉龍夫会長の葬儀でした。会長の一人娘で現社長岩倉みゆきさんは私の中学高校の同級生。会長はみゆきさんの中学時代に梅辰を創業し、その後、みゆきさんが会社を手伝うようになってから私もちょこちょこ会社の広報を手伝わせてもらうようになり、よく顔を合わせました。2016年に梅辰創業40周年記念で『一日八粒のしあわせ』という記念誌を作らせてもらったときは長時間インタビューし、梅辰創業時のご苦労や梅にんにくの誕生秘話をじっくり聴かせてもらいました。

 昭和6年浜松生まれの岩倉龍夫会長。人間魚雷になる覚悟で航空隊に入隊し、出撃直前に終戦。空襲で家を焼かれ、働き手のない家族を支えるために静岡に出て下駄屋の住み込み奉公から始め、さまざまな業種の訪問販売で実績を積み上げ、梅辰を創業。商売の原点ともいえる行商というスタイルを堅持し、長年信頼関係を築き上げた顧客に支えられてきました。40周年記念誌編集時は、創業当時から梅にんにくの行商を続けている80代の個人代理店主にインタビューし、ネット通販全盛の今もこういうビジネスモデルが残っていることに、半ば感動したものです。昭和と平成をまさに生き切った人生だと感服します。

 

 

 5月27日は『萩錦』の蔵元・萩原吉博社長のお通夜。3日前の5月24日に、奥様で萩錦杜氏の萩原郁子さんと、岩手県遠野市にある萩錦前杜氏・小田島健次さん宅で落ち合い、翌25日に一緒に南部杜氏自醸会へ参加する予定で私はひと足先に小田島さん宅入りしていたのですが、24日朝、萩原社長は郁子さんを静岡駅まで車で送って、家に戻る運転途中に体調急変し、そのまま帰らぬ人に。郁子さんは新幹線で東京まで着いてからトンボ帰りされたのでした。遠野の小田島さん宅で、小田島さんの弟子で『富士錦』杜氏の小林一雲さん、小田島さんの蔵人仲間だった菅沼テツさんと共に、郁子さんの到着を待っていた私は、あまりの突然の知らせに言葉もありませんでした。

 萩原夫妻とは、1998年に静岡新聞社から出版した『地酒をもう一杯』の取材時にじっくりお話をうかがって以来のおつきあい。このときすでに郁子さんは現場で杜氏の補佐役を務めておられ、こんな働き者の蔵元夫人は他にいない!と感動し、そのことを『地酒をもう一杯』の記述や写真にも反映させたのですが、出版後、東広島の全国新酒鑑評会一般公開会場で偶然、吉博社長にお会いしたとき、郁子さんメインの掲載写真にいきなりクレームを付けられ、「そこに!?」とびっくりしたのが最初の強烈な思い出です。

 以来、若干の苦手意識を持ちつつ(苦笑)、しずおか地酒研究会の活動にもなんとかご協力をいただき、年月を経て、美大講師をされていた娘の綾乃さんがご主人共々家業を継ぐために戻ってからは、お会いするたびに社長の表情がおだやかに変わられたと実感しました。「娘さん良かったですね」と声を掛けると「まさかこんなふうになるとはねえ…」と照れ笑いした表情が懐かしく思い出されます。

 昨年、朝日テレビカルチャー静岡スクールで蔵見学をお願いしたときは、緊張しながらカンペを読み読み、歓迎のあいさつをしてくださいました。わざわざカンペを準備してくださったのかと驚き、その真摯なお姿に、この人は本当に裏表のない正直者なんだなあとホッコリしたのが最後の思い出となりました。

 小田島さん引退後、平成29酒造年度から郁子さんが杜氏となり、綾乃さんも南部杜氏組合で研修を受けて次期杜氏の道を歩み始めた、その矢先の急逝。郁子さんがお通夜で号泣されていたお姿にも胸を打たれました。郁子さん綾乃さんの母娘が醸す萩錦、社長がこの世に託した静岡の宝物として、しっかり応援していきたいと思います。

 

 

 6月16日には、ホテルアソシア静岡で開かれた『金両基先生を偲ぶ会』に参加しました。4月2日にお亡くなりで、御身内の葬儀の後、日韓の縁故者が集まる席が設けられ、多くの人々が先生の偉功を偲びました。私が最後にお会いしたのは、2月4日に興津清見寺で開かれた朝鮮通信使ユネスコ記憶遺産登録記念式典のとき。清見寺に掲げられた朝鮮通信使・南壷谷の漢詩扁額「夜過清見寺」に久しぶりに感動したことをフェイスブックに投稿したら、金先生から「私は南壷谷一族の子孫」という驚きの返信コメントをいただきました(こちらの記事を)。

 金両基先生とは、2007年に制作した映画『朝鮮通信使~駿府発二十一世紀の使行録』の脚本監修をお願いしたときからのおつきあい。朝鮮通信使に関する知識ゼロの山本起也監督と私がにわか勉強で書いた脚本について、「歴史を時系列になぞっているだけ、映画としての面白みがない」と想定外のダメ出しをもらい、山本監督の創作意欲に火がついて、2週間で脚本を全面改訂し、同時にロケハンをやり直し、撮影2週間、編集2週間というゲリラ制作となりました。私自身は映画作りの現場は初めてだったので、ローカル映画ってこういうやり方なんだと半ば楽しんで?いたわけですが、製作サイド(静岡市)は気が気ではなかっただろうと思います。

 その後、金先生は私の地酒活動にも関心を寄せてくださって、2008年10月には藤枝の稲作農家・松下明弘さん、『喜久醉』蔵元杜氏・青島孝さんと‟変人トリオ”を組んで「国境を越えた匠たち」と題したしずおか地酒研究会トークセッションにご出演いただきました。息子世代の2人を冷やかし励ます先生の、底抜けに快活な笑顔が昨日のことのように蘇って来ました(セッションの内容はこちらこちらこちらを)。

 金先生も、昭和と平成を生き切った世代。その言動には表裏がなく、相手が自分の子ども世代であろうと知ったかぶりの未熟者であろうと手加減せず、一人前として真正面から本音で意見をぶつけてくれる方でした。こういう大人は少なくなったなあ、(苦労知らずの)自分の世代はこういう大人にはなれないなあとつくづく思います・・・。

 

 

 8月3日は、蒲原の『幸せの酒・銘酒いちかわ』店主市川祐一郎さんの愛妻・朋子さんのお通夜。54歳という働き盛りで4人のお子さんの逞しいお母さま。7年前に患った乳がんの転移ということで、悔やんでも悔やみきれなかっただろうと思います。

 市川さんは、22年前、私がしずおか地酒研究会を作ったときに賛同者になってくれるかも、と喜久醉さん正雪さんから紹介してもらった酒販店でした。先代から店を引き継ぎ、この2銘柄を柱に地酒専門店として生まれ変わろうと意欲満々だった市川さん。全国の酒販店の中でもいち早くネット通販を始め、e-sakaya.comという全酒屋憧れのドメインをお持ちです(サイトはこちら)。

 そんなご主人の挑戦をしっかり支え、私がお店にうかがうと、「夕飯ご一緒してきませんか?」とご家族の食卓に迎えてくれたのが朋子さんでした。まだ小学生だったお子さんたちから「お父さんとどういう関係なの?」と怪しまれた(笑)のを、今でも懐かしく思い出します。

 2年前に『杯が満ちるまで』の取材でうかがったときは、市川さん、市川さんのお母様と一緒に‶しあわせの酒”を笑顔で紹介してくれた朋子さん。この頃すでに転移が判明し、抗ガン治療を受けておられたと後々知って、本当の辛さを知っている人は、辛さを顔には出さない強さを持っているんだ、と思い知らされました。

 

 お盆にちなみ、今年これまでお見送りさせていただいた方々への思い出をつづってみましたが、他にも参列が叶わなかった故人が何人かいらっしゃいます。

 その方々への思いも込めて、あらためて盂蘭盆会の意味を紐解いてみると、梵語でウランバナ=逆さまにされたような苦しみ、という意味だそうです。

 盂蘭盆会は、釈迦の弟子のひとり・目連というお坊さんの母親を、餓鬼の世界から救いたいという願いから始まったもので、なぜ母親が餓鬼の世界で苦しんでいるかといえば、我が子可愛さのあまり、他人の子よりも我が子さえよければ、という欲にさいなまれ、貪る心を釈迦に指摘されたから。目連にしてみれば、自分という存在が母に罪深い行いをさせているということ。どんな聖人であっても母親から生まれ来る以上、等しく背負う罪であると自覚し、修行中の僧が自発的に懺悔をする日と位置づけ、餓鬼の心を鎮める『観音経』『大悲呪』『開甘露門』というお経を読む。日本に伝わってからはお盆の日には地獄の釜が開いて、亡霊が苦しみから解放されるという伝えも加わり、年に1度、ご先祖の霊が帰ってくると信じられるようになりました。(『臨済宗仏事のこころ』藤原東演著より)。

 

 苦しみを持たない人は、この世にもあの世にもいない。そんなふうに思うだけで、今、苦しいと思うことが少し軽くなる気がする・・・そんな平成最後のお盆です。

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静岡伊勢丹しずフェス「札ノ辻縁日」ご案内

2018-05-18 09:00:29 | しずおか地酒研究会

 来る5月30日(水)から6月4日(月)までの6日間、静岡伊勢丹の8階催事場で開催する「しずフェス」(静岡県の食物産展)で、地酒イベントを開催することになりました。伊勢丹ではちょうど10年前の2008年6月、8階催事場で吟醸バーをやらせていただいて以来です!(10年前のこちらこちらの記事をぜひ)。

 

 タイトルはずばり

 しずおか自慢の酒と食 札ノ縁日

 

 

 伊勢丹の催事担当者から相談を受けたのは今年1月末。まだ父の葬儀の後始末でバタバタしていたときでしたが、友人の珈琲専門店くれあーるの内田氏より、伊勢丹のヒット催事「パンと珈琲展」の功労者である催事担当者S氏の相談に乗ってやってくれと依頼され、今回の催事で静岡の酒のプロモーション方法についてアドバイスすることに。10年前当時の吟醸バーのことをS氏は詳しく知らなかったようですが、若い世代の意欲的なS氏にまっさらな状態で一から企画提案したところ、「スズキさんに全面的にお願いしたい」ということに。

 10年前と違い、今では松坂屋やパルコでも地酒イベントの実績があるため、伊勢丹らしさをアピールする必要があると考えて提案したのが「札ノ辻縁日」というキーワードです。

 

 江戸時代から昭和20年まで、呉服町と七間町の交差点付近には「札ノ辻町」がありました。東海道の道筋にもあたることから立ち並ぶ商家を訪れる人達で賑わっていた場所です。

 今回、静岡伊勢丹しずフェス会場の一角を、当時のにぎわいを彷彿とさせる商店街の縁日のようなフロアにし、毎年この時期に静岡全域から美味しい酒とつまみが集う、オトナのための縁日にできたらなと考えました。

 縁日の主役は「人」です。食の催事で大切なのは、作り手や売り手のメッセージ。北海道や九州の物産ならまだしも、地元静岡のものならば、ただ商品を並べるだけでは地元のお客様は特段の希少性も付加価値も感じませんし、振り向いてもくれません。

 でも静岡に住む人も訪れる人も自慢にしたくなる美味しい地酒や地元食材は、確実にあります。それを伝える工夫が今までの手法では十分ではないというのがS氏の課題だったよう。私に期待されたのは、とにかく「メッセージを伝えることのできる作り手や売り手を集めること」だろうと思い、縁日らしいにぎわい&リピート増を演出する方法を考えました。

 当初の提案では、単なる物販フロアではなく、酒談義や食談義の花が咲くようなお祭り縁日の雰囲気を演出し、作り手・売り手・買い手のご縁を結ぶ佳き日に・・・と思ったのですが、予算の確保が難しく、特別なフロア演出はなし。それでもとにかく「人」のパワーで賑やさを演出出来たら、と奔走しました。

 

 会場の8階催事場プロモーションスペースは、催事本会場とは別に、エスカレーター横・レストラン街麻布茶房前の横長のフロア。北海道展ではソフトクリーム、京都展ではイノダコーヒーのカフェが出店しているところ、といったらわかるかな?

 そこで、「札ノ辻酒場」と称して、10年前と同じときわストア後藤英和さんにご尽力いただいて、静岡の地酒の有料試飲を行います。時間はレストラン街と同じ11時~21時。本催事場は19時に終了しますが、その後もゆっくりお楽しみいただけます。

 基本的に後藤さんの店で扱う銘柄をひととおり揃えていただく予定ですが、「札ノ辻縁日」というコンセプトのもと、旧東海道筋の酒蔵5社に日替わりで来店していただきます。

 来店蔵元は以下のとおり。各日18時より蔵元トークショーを開催する予定です。

 5月30日(水) 正雪

 5月31日(木) 君盃

 6月1日(金) 初亀

 6月2日(土) 白隠正宗

 6月3日(日) 喜久醉 (この日のみトークショーは15時より)

 

 

 また特別トークゲストとして、

 5月30日(水) 羽根田陽亮さん(浮月楼「浮殿」 名誉唎酒師)

 6月3日(日) 里見美香さん(dancyu元編集長・静岡市七間町出身)

をお招きし、担当蔵元とトークセッションをお願いする予定です。

 

 百貨店の催事場イートインで21時まで通しで地酒が飲める&百貨店では通常取扱のない専門店銘柄に出合えるスペシャル感をお楽しみいただければ、と思っています。

 

 

  今回は「縁日」ですから、おつまみもいろいろ取り揃えました。お願いしたのは、平野斗紀子さんが経営するボタニカ食堂(こちらを参照)。静岡新聞編集者として出版業務をはじめ、静岡新聞朝刊の農林水産紙面担当していた平野さんは、オクシズからしずまえまで幅広い生産者&料理人ネットワークを持っています。そんな平野さんの盟友&料理人の鈴木康子さんが、静岡の地域生産者の食材で庶民の台所を再現。かつて札ノ辻の商家や屋台で売られたおでん、煮物、漬物などをご用意します。

 目玉は、康子さんのルートで特別に仕入れる近海マグロの卵巣煮付け。こだわり居酒屋でもなかなか出てこない「あて」だと思います。平野さんのあくび庵のガレージセールでいつも売り切れてしまう康子さんの静岡おでんも、もちろんご用意します。

 

 また、今回S氏の希望で、丁子屋(東海道五十三次に登場する名物とろろ店)&たがた(地域在来食材にこだわる蕎麦の名店)が特製とろろそばを提供することになり、当初は札ノ辻縁日でお願いしようと思っていましたが、本催事場のイートインでの出店に“昇格”。美味しい地酒を味わった後は、丁子屋&たがたのとろろそば、というかつてない贅沢を味わうことができます!

 

 肝心のS氏は、4月の人事異動で催事担当から外れてしまい、ちょっとバタバタしちゃいましたが、後任の担当者がこちらの要求に必死に対応してくれています。S氏が思い描いたような、百貨店の食の催事の観念を変える企画になれたら、と願っています。

 

 しずおか自慢の酒と食 札ノ縁日

◆期間

2018年5月30日(水)~6月4日(月) 11時~21時

◆会場

静岡伊勢丹8階催事場 プロモーションスペース(エスカレーター左側 麻布茶房前)

 

 私、平野さん、後藤さんは6日間、会場におりますので、ぜひお立ち寄りくださいませ!

 

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2018年春の映画鑑賞備忘録

2018-04-14 15:18:48 | 映画

 私の唯一の息抜きと言ってよい映画鑑賞。春はアカデミー賞ノミネート関連の作品がたくさん公開されるので、毎年集中的に映画館通いをします。今年は父の四十九日が終わった1月下旬から、週1~2本を目安に通い始めましたが、今のところ大きなハズレのない良作選びが続いています。とくに女性の描き方が素晴らしい作品が多く、爽快な気分で映画館を出られました。備忘録のつもりでリストアップしておきます。

 

★ジオストーム  今年最初に観た映画。地球滅亡の危機が、気候を制御するAIの暴走によってもたらされるというプロットは斬新でした。主人公の恋人の女性SPがやたらカッコよくて、日本語吹替版のブルゾンちえみもすごくよかった。ブルゾンさん、いい声ですね。朗読とかナレーションやったらどうかな。

 

★ブラックパンサー アメコミにしては深淵なストーリー。中心人物がほぼ全員アフリカ系で、国王のボディガードが全員女性ってまさに時代の反映ですね。しかも彼女たちがやたらカッコいい!個人的には「ホビット」のビルボ役マーティン・フリーマンとゴラム役アンディ・サーキスの対決再現がツボでした。

 

★スリービルボード 娘を殺された母親の絶対泣き寝入りしない男前っぷりにあっぱれ。個人的にはアカデミー作品賞。犯人の謎を最後まで引っ張るって私の好きなサスペンス「殺人の追憶」みたいでゾクゾクしますが、母親と警官が最後に交わすセリフには「殺人の追憶」を超えた人間ドラマがありました!

 

★羊の木  ちょっと残念だった作品。女性の描き方も残念。プロットはすごく面白いので、ブラックコメディにしたほうがよかったんじゃないかな。

 

★コンディデンシャル―共助  北朝鮮のイケメン刑事と韓国の熱血刑事が協働で、偽札造りの犯罪組織を追うという骨太エンターテイメント。対立構造の中にも存在する共感覚というプロットを素直に楽しめました。北の刑事をイケメンにしたのは北への忖度だろうか…笑?

 

★嘘八百  堺を舞台に、千利休ゆかりの茶碗の贋作で一儲けしようという詐欺師と骨董屋の怪しい世界をコミカルに描いた作品。白隠研究でおなじみ芳澤勝弘先生の名訳著『欠伸稿』が思わぬ形で登場して嬉しい限り!

 

★デトロイト アメリカの黒歴史に斬り込むキャスリン・ビグロー監督の容赦ない実話再現力に惚れ惚れ。女性フィルムメーカーの星ですね!スターウォーズ新シリーズのジョン・ボイエガが演技派だと知って得した気分でした。


★シェイプ・オブ・ウォーター こちらもヒロインの逞しさに惚れ惚れ。ダイバーシティの寓話化というのかな、今観るべき価値のある作品でした。

 

★グレイテスト・ショーマン  アカデミー賞授賞式での歌姫キアラ・セトルの「This is me」を聴いて映画館へ直行。

 

★ナチュラルウーマン  アカデミー外国映画賞。ホンモノのトランスジェンダー歌手が演じるトランスジェンダー歌手の役。これも今観るべき価値ある作品。

 

★15時17分、パリ行き  実際に起きた列車内テロを身を挺して防いだ一般市民を、当事者本人に演じさせるという今まで見たことのない映画。しかも事件前の平凡な日常を丁寧に描く。87歳でこういう挑戦ができるイーストウッド監督に惚れ惚れ。

 

★ペンタゴン・ペーパーズ~最高機密文書  情報公開法や公文書管理法に対する注目が高まる今、必見の作品。ワシントンポスト社の女性オーナーや編集長が、自身の地位(ポスト)と向き合う人間ドラマでもあるわけで、原題の「The Post」のほうがしっくりきますよね。「大統領の陰謀」や「ニクソン」を続けて観たくなります。WOWOWで放送するときはぜひお願いしたい。

 

★リメンバー・ミー  時間つぶしに観たアニメでしたが意外に深かった!メキシコの死者の日=日本のお盆のような民俗信仰をこんなに楽しくて感動的なエンターテイメントに仕上げるなんてさすがディズニー。アニメで「死」や「魂」を描くときの日本(たとえば「君の名は」)とハリウッドの違いが改めて分かりました。とにかく家族写真は大切にしなきゃ。

 

★しあわせの絵の具  モード・ルイスの絵はどこかで見たことがあると思いますが、こういう背景を持った人だと知ってより一層親しみを覚えました。モードを演じたサリー・ホーキンスはシェイプ・オブ・ウォーターでアカデミー主演女優賞にノミネートされましたが、こちらの方がスゴイ。彼女のハンディキャップ演技は演技とは思えません。

 

★ウィンストン・チャーチル  ゲイリー・オールドマンは私のお気に入りスパイ映画「裏切りのサーカス」でのアカデミーノミネーション演技に痺れてましたから、本作での受賞は当然という感じ。チャーチルの人となり(朝昼晩酒を欠かさないとか)をよく知らなかったので純粋に勉強になりました。こちらも「英国王のスピーチ」や「ダンケルク」を前後に観たくなる。WOWOWさんお願いします。

 

★素敵なダイナマイトスキャンダル  一世風靡した風俗雑誌の名編集長の自叙伝。ラジオでご本人が映画の紹介をするのを聴いて映画館へ直行。幼い頃、実母が愛人と駆け落ち&ダイナマイト爆発心中したというトラウマが効果的にインサートされて、主人公の人となりがしっくり伝わってきました。実母役の尾野真千子さん、NHKで「カーネーション」の再放送が始まりましたが、今の日本の女優さんでピカイチだと思います。

 

★クソ野郎と美しき世界  元SMAPの3人は、昔から素晴らしい演技派だと思ってた3人でしたが、本作はなんといっても園子温、太田光、山内ケンジという監督名に惹かれました。とくに山内さんは静岡県民におなじみ「コンコルド」のCMディレクターで、古館寛治さんも本作にしっかり登場されて安心?しました(笑)。オムニバスじゃなくて3人がちゃんと出演するオーシャンズ11みたいな作品が観たいな。

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