杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

小出宗昭さんの「大切なこと」

2009-05-31 12:02:07 | NPO

 昨日(30日)はNPO法人活き生きネットワークの設立10周年記念総会があり、起業人助っ人として全国区の活躍を見せる小出宗昭さんのお話を堪能しました。090530 聴講者は活き生きの理事・評議員10人ちょっとで、この人数で聴くのはもったいないほど、実のあるお話でした。

 

 ご存じの方も多いと思いますが、小出さんは静岡銀行在職時にSOHOしずおか(静岡県がハコを造り静岡市が運営する起業支援施設)へ出向し、6年半の在籍中、行政運営の支援施設としては画期的な実績を上げ、その手腕を見込まれて07年7月からは浜松市の産業支援施設へ出向。1年前の08年6月、生まれ故郷である富士市から、新設の市産業支援センターf-Bizをお願いしたいと市長直々に乞われ、静岡銀行を退職して自身の会社を立ち上げ、f-Bizの運営を受託。「なんで銀行を辞めてまで?」「なぜ静岡や浜松より人口の少ない富士で?」「富士なんかで大丈夫か?」とさんざんつつかれたそうですが、小出さんには「どんな地域でもやれる。人を生かし、町を元気にする仕事だから」という確信がありました。

 

 

090530_2  静岡、浜松の月間相談件数はおよそ50件ほど。これを参考に富士の当初の月間相談目標件数を25件と目算したのですが、フタを開けて見たら開所初日に20件、8ヶ月で1000件を突破し、現在は月平均130件と図抜けた数字を記録中です。「5月は150件を超えました。来館者のほとんどが口コミです。町の規模なんて関係ない。支援の方向性や意思がしっかりと伝われば、おそらく夕張でも石垣島でも出来るんじゃないかと思います」と小出さんは力強く語ります。

 

 

 

 私はずっと個人で仕事してきたので、組織に属することの恩恵もプレッシャーも経験せず、相手がだれであろうとひとりの人間としてぶつかっていく怖いもの知らずの習慣が身についていました。相手が組織に属する人であっても、その人の人間性や考え方がまず気になり、この人は自分の言葉で語っているのか、組織のマニュアルを代弁しているだけなのか、をついつい見てしまいます。

 小出さんに関しては、SOHOしずおかに出向してこられた時から知っていますが、この人が静岡銀行員で行政の支援組織の職員だという“枕詞”を感じたことがありませんでした。むしろ「…らしくないなぁ」「…らしくないから銀行の出世コースから外れたのかしらん」などと心配したくらい(苦笑)。つねに相談相手にひとりの人間として対峙し、自分の言葉で応えようとする小出さんの姿勢が、SOHOやf-Bizを「小出さんがいるから相談に行こう」という場所にしていったのだろうし、小出さんも銀行員のままでいることに意味を感じなくなったのだと思います。

 

 「地方銀行というのは、本来、地域に根差し、溶け込んでいかなくてはいけないのに、社会的強者のセクターというのか、地域に“君臨”する存在になってしてしまっている。恥ずかしい話ですが、銀行にいた頃は、障害者と会ったことが一度もありませんでした。この世界に来て、生まれたての起業家とともに考えたり悩んだりするうちに、大切なものが何かがわかってきました」。

 「活き生きネットワークは、もともと存在感のある組織だったので、この世界に入ってすぐに目に付きましたが、実際に杉本彰子さんたちの活動を間近に見て衝撃を受けました。福祉NPOの中でも全国トップクラスの組織だが、ここまで来たのは(行政のバックアップや企業メセナで始まった組織ではなく)市民の長年の地道な活動の積み重ねによるもの。それが驚きです」。

 「今、コミュニティビジネスとかソーシャルベンチャーなどと言う言葉がもてはやされ、若い社会起業家が注目されているが、1~2年でポッと出てきた人や、補助金や委託事業に頼った新興NPOに比べ、活き生きネットワークの姿勢は、全国的に見ても一つの理想だと思う」と小出さん。

 

 

 私も、活き生きネットワークの事業報告書を見て真っ先に思ったのは、そのことでした。

 平成20年度の事業報告書を見ると、自主事業―すなわちもともとNPO法人化以前から地道に続けてきた社会的弱者への生活支援事業が、収入の8割を占め、行政からの委託事業収入や補助金収入は2割ほど。障害者を雇用するときは、行政の福祉窓口等を通せば補助がもらえるのに、仕事がなくて困っている障害者を目の前にすれば「うちに来て」と直接声をかける、そういう姿勢を貫いてきたので、杉本理事長は「もっと上手に助成制度を利用すればよかったけど、(制度を)知らずに来てしまいました」と苦笑します。

 小出さんはそれを聞いて、「多くのNPOが補助金目当て、委託事業ありきで活動するのに、ここは…」と感嘆していました。

 

 

 もちろん、利用できる制度をうまく活用すれば、その分、もっと有効に事業費を回せるわけで、活き生きネットワークという組織にも、改善すべき点はあろうかと思います。

 しかしながら、小出さんは「結果も大事ですが、結果を目指し、前向きに挑戦する姿勢に価値がある。支援する立場であれば、部品を組み立てるのに1分かかる障害者が、明日は1分切れるよう努力する…その姿勢に温かいまなざしを持てる人間でありたい」と言います。「それが、活き生きネットワークさんから教えてもらった“大切なこと”です」と。

 

 

 富士市産業支援センターf-Bizの小出さんのもとに昨年のクリスマスの頃、富士宮市にあるメッキメーカーの社長さんが静岡銀行の支店員に連れられて相談に来ました。最初は新工場立ち上げの話から始まったそうですが、社長が「実は本当の相談は…」と切り出したのは、雇用の問題でした。

 

 この会社は従業員の7割が知的障害者で、しかも全員正社員での雇用。昨年暮れといえば、日比谷公園に年越し派遣村が出来る云々のニュースが駆け回り、派遣社員はおろか、正社員もリストラ対象になるといった不安が世間を覆っていた頃です。自動車部品の下請が8割を占めるその会社も、急激な業績悪化に陥ったのですが、社長は涙を浮かべて「何があっても雇用は守りたい。彼らの雇用が保障されるなら会社を売ってもいい」と訴えたそうです。…静岡にもこういう経営者がいるんですねぇ。小出さんの話を聞きながら目頭が熱くなってしまいました。

 

 その姿につき動かされた小出さんは、さっそく全国の新聞社・テレビ局にプレスリリースを流し、県内2局と新聞1社が取り上げました。さらに「公的補助には頼りたくない」との信念を持つ社長を「緊急時だから」と説き伏せ、県の労働支援対策の担当局長を直接会社に招いて、助成制度の活用を指南してもらったそうです。

 

 

 

 講話後の質問タイムでは、活き生きネットワークの理事から、「杉本さんたち創業第一世代の後に続く若い世代を、どう育てたらいいのか」という質問が寄せられました。カリスマ的なリーダーの熱い思いによって立ち上がったNPOの多くが、後継者の問題や、組織が大きくなるにつれて創業時の理念が浸透しにくくなったという問題に直面しています。私が過去取材した多くのNPOも同様でした。

 

 小出さんは「第一世代が現場でその姿勢を示し、思いを語り続けていくしかない」と応えていましたが、それ以外に、小出さんのような外部識者が、この組織の客観的な評価や価値を、若い世代にも伝えてあげたらいいのでは、と思いました。

 

 後から付いて来る人に、リーダーと同じ思いを共有しろというのは無理な話です。それは、NPOに限らず、どんな組織でも同じですよね。

 私自身の体験でいえば、20年以上、地酒に関わっている自分と、最近、静岡の酒を覚えた若い世代では感じ方や応援の仕方が違うのは当たり前。自分だから出来ること―たとえば世代をつなぐ仕掛けづくりとか、職業上のスキルを活かすこと(記事を書いたり映像を残すこと等)に特化し、ほかは若い世代の自主性に委ねようと思っています。

      

 昨日は私の顔を見るなり、「映画はどう?」「困ったことがあったらいつでも相談して」と声をかけてくれた小出さん。つねにひとりの人間として向き合う姿勢を忘れず、自分に出来る支援の仕方をきちんと見つけ、実践されているんだなぁと、改めて清々しく感じました。 


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酒蔵にクラシック音楽が合う理由

2009-05-28 21:51:33 | 吟醸王国しずおか

 『吟醸王国しずおか』パイロット版09バージョンの編集が終わりました。当初は1~2日で終わる予定が、結局3日かかってしまいました。

 前回ブログにも書いたとおり、今回のバージョンは酒の宴席でくつろいだ状態で観ていただくため、文字テロップ等は少なめに、音楽優先で構成立ててみたのですが、ドキュメンタリーで撮っている映像に音楽を付けるのは想像以上の難題でした。

 

 最初に頭の中で映像を思い浮かべ、200曲以上視聴した中からチョイスしたのは、民謡、和太鼓、マリンバ、ピアノ、チェロ、ギター、讃美歌、ニ胡と多様なジャンル。いざ映像に当ててみると、イメージはそれなりに合うんですが、音楽が映像を食ってしまい、初めて観る人を混乱させてしまうと判りました。隣りで聴いていた成岡さんが「ウーン…」と押し黙って首をかしげているのを見て、「あ・・・だめだ」と即座に理解しました。現場で苦労して撮っているカメラマンに、「自分の映像に無理して音をかぶせて台無しにされたくない」と意思表示されたようでした。

 

 

 ゆうべ(27日)は23時まで編集作業をして、帰宅してからもいろんな音楽が脳裏をグルグル駆け巡り、すぐに寝付けず、自分のCD棚を再点検。しずおか地酒研究会の音楽通の会員さんが推薦してくれたジャズのナンバーも再三聴き直しましたが、やっぱりしっくりこない…。

 

 酒の番組で、よく使われるイージーリスニングや軽めのジャズ。酒宴の映像には合うけど、古い酒蔵や、杜氏蔵人の流れのある作業の画には、どうも軽いんですね。先日のテレビ版〈しずおか吟醸物語〉にも、「音楽がテレビっぽくて軽すぎる」という意見が寄せられました。

 そんな声を聞くと、よけいに音楽選びにプレッシャーを感じてしまいます。次から次に新しい音源を聴き漁っても、聴けば聴くだけ迷ってしまう…。

 

 行き詰ったところで、今まで選択肢から外していたアルバム何枚かを聴き直しました。

 

 ふだん原稿を書く時にかける音楽は、耳障りになるヴォーカル曲や日本語の歌、テレビラジオでよく流れるようなメジャーな曲、眠くなるようなヒーリングミュージックは避け、頭の働きを邪魔しない程度に落ち着いたメロディと適度なリズムのあるクラシック音楽をチョイスしています。

 

 …ふと、これと同じ理屈で選べばいいかも、と思い、仕事中によく聴くバッハのインヴェンション、ハイドンの弦楽四重奏などを聴き直し、何枚かセレクトして編集ルームへ持ち込み、何曲か当ててみました。

 映像と曲の長さが合わないので、編集の樹里さんには零コンマ何秒の微調整や、似たような曲をつなげたり、フェードイン・アウトの加工をしてもらったりと大変な手間をかけてしまいましたが、ピアノと弦楽器だけでまとめたことで、たいぶすっきりし、成岡さんからも及第点をもらえました。

 

 私は去年のパイロット版制作時から、酒蔵の音楽はチェロのような落ち着いた弦楽器がいいなぁと漠然と思っていて、実際、ハイドンの弦楽四重奏〈皇帝〉(ドイツの国歌になっているメロディ)を使いました。観た人から「なんでドイツの国歌?」と突っ込まれましたが(苦笑)、私は高校時代から讃美歌として馴染んでいて、クラシック通の磯自慢・寺岡洋司社長と昔、音楽談義をしたとき、「世界一美しい国歌」とおっしゃっていたのを思い出し、家にアルバムもあったのでチョイスしたのでした。

 寺岡社長は、テレビ〈しずおか吟醸物語〉のラストで使われたオペラ〈カヴァレリア・ルスティカーナ〉の間奏曲もお気に入りで、先週、志太平野美酒物語の打ち合わせでお会いしたとき、「僕が好きなの、知ってて使ってくれたの?」と満面の笑顔でした(*選曲はディレクター井内さんと成岡さんです)。

 

 

 ついでに言えば、昔、酒文化研究所でエッセイ集を出したとき、「静岡の酒は軽快なモーツァルトのような酒」と書いたことがあります。モーツァルトはメジャーな曲が多いので、吟醸王国しずおかの映像には使いませんが、モーツァルトを聴くと心身の癒しになるとか胎教にいいとか農作物がよく育つとか言われますよね。それに似たような効果を、私自身、静岡の酒を呑みながら体験したものです。

 

 

 それはさておき、酒蔵の音楽に、やっぱり現代音楽ではなくてクラシックが合うという理由…。CDアルバムの解説書を見直して、初めて気が付きました。

 

 今、撮影をしている酒蔵は、一番古い初亀醸造で1600年代、青島酒造が1700年代、磯自慢酒造、杉井酒造、大村屋酒造場が1800年代の創業です。

 バッハが生きていたのは1685~1750年、ハイドンは1732~1809年、モーツァルトは1756~1791年、私が好きなブラームス(1833~1897)、チャイコフスキー(1840~1893)。蔵元が産声を上げたちょうどその頃、海を隔てたヨーロッパ大陸で彼らは同じ時代の空気を吸っていたわけです。

 

 もちろん、当時の日本とヨーロッパでは空気も風もまったく異なっていたでしょうが、同じ時代に生きて、同じように何百年もの間、蔵元は酒造りの伝統が、作曲家は作品が受け継がれてきた…。時間の重みを共有する者同士だからこそ、ふんわりマッチするんですね。禅寺でクラシックコンサートが開かれても不自然ではないのと同じ理屈です。

 

 

 

 編集作業がひと段落し、私が「音付けって本当に難しいですねぇ」と溜息をつくと、「プロの音効(音響効果)職人さんの技ってたいしたもんだよ。絶対にハズさないから」と成岡さん。それ専門の職業があるってことは、確かに高度な技術に違いありません。

 映画本編の音付けでは、資金的に余裕があれば、もちろん専門の職人さんにお願いするつもりですが、自分で音楽選びの苦労を体験したことは、けっして無駄ではありませんでした。

 

 6月3日志太平野美酒物語の会場でお披露目するパイロット版09バージョン、志太の美酒の余韻を損なわない、心地よい映像と音楽をお楽しみください!

 


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パイロット版ショートバージョン編集中

2009-05-26 23:05:22 | 吟醸王国しずおか

 先週末からふたたび『吟醸王国しずおか』に向き合っています。来る6月3日(水)、焼津松風閣で恒例の〈志太平野美酒物語2009〉が開かれますが、今年は実行委員長の寺岡洋司さん(磯自慢酒造社長)のご厚意で、パイロット版の上映会を併催してくれることになったのです。

 

 昨年夏に発表したパイロット版は、08年1月から6月まで撮影した映像を30分にまとめたプロモーション用の作品です。それ以降、撮り貯めた映像は、先日放送された〈しずおか吟醸物語〉でも一部使われましたが、今回は地酒イベント終了後、ほろよい気分の皆さんに観ていただくのに、あんまり理屈っぽい内容ではなく、もっと短めに、映像や音楽を気楽に楽しんでいただけるよう、イメージビデオっぽく作ろうと考えました。

 

 そこで最初に取り掛かったのが音楽選び。映像と音楽の相乗効果というのはホント、今更ながら恐ろしく強いと感じています。素人の思いつきによる選曲ですから、プロからみたら選択肢が狭いと嗤われると思いますが、ここ1週間ほど、200曲ぐらい聴き漁った中から、とりあえずパイロット版のトーンを踏襲する曲調のものを選び、どういう順番でつなげるか、から始めました。

 

 

Imgp0901  今日(26日)からは、音楽を基本に組み立てた構成案を持って、オフィスゾラ静岡の編集ルームで“カッティングエッジ”の作業スタートです。なにせ、前回パイロット版の編集時より2・5倍ぐらいの量の映像素材からチョイスしなければならないので、半日画面をチェックしていただけでも眼がしょぼしょぼ、肩がズキズキ。微動だせずに画面操作している編集の山本樹里さんに「映像の仕事をしている人って、眼精疲労にならないの?」と訊くと、「なりますよぉ~」と言いながら涼しい顔。勁いなぁ…。

 

Imgp0902  今日は丸一日かかって7分ぶんぐらいしか編集しきれませんでしたが、 今回の改訂パイロット版はトータルで15分ぐらいの長さに収めようと思っています。

 2.5倍の映像素材を2分の1に圧縮する…素人には大それた試みですが、カメラマン成岡さんや樹里さんのアドバイスを糧に、去年のパイロット版ともテレビ版とも違う、新たな『吟醸王国しずおか』の魅力をお伝えできればと思っています。志太美酒参加予定の方はどうぞお楽しみに!

*上映は会の終了後です。いつもより帰りが遅くなってしまいますし、制作資金の募金呼びかけが主旨ですので、興味のない方はもちろん鑑賞せずにお帰りになって結構ですよ。

 


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パイロット版とテレビ版のはざまで

2009-05-23 14:28:16 | 吟醸王国しずおか

私が最も愛する映画『アラビアのロレンス』の完全版リマスターが6月5日まで静岡シネギャラリーで上映中です。完全版はDVDで観ていますが、劇場で観られる機会はめったにありませんからね。4時間近い大作で、途中でインターミッションが入ります。往年の名画らしいですよね。

 

 

初めてこの映画を観たのは中学生の頃でした。ちょうど『スターウォーズ』が公開されていた頃で、どこかスターウォーズ的スペクタクル映画として愉しんだ覚えがあります。ただし、スターウォーズのルークやハン・ソロと違い、ロレンスの、複雑な性格から来る一貫性のない行動には違和感を感じたものでした。アリも、序盤のシーンではカッコいいのに、最後のほうは無力でメソメソした感じで拍子ぬけ。スターウォーズのオビ・ワン(アレック・ギネス)がうーんと若くてアラブの王子様を演じていたのは面白かったけど、この王子の人物描写もよくわからなかった。

 

 

…理屈はよくわからないんだけど、作品全体が持つ圧倒的なスケール感というのか、美しい映像と音楽の見事な調和、50~60年代の俳優たちの落ち着いた大人の演技、3時間を超える大作なのに見飽きない構成の素晴らしさ等など、女子中学生の心を打つものがあったんだと思います。

 

 

その後、何度かリバイバル上映されたり、ビデオで観たりするうちに、登場人物の人間性が少しずつ理解できるようになり、今回、何年かぶりで観て、“自分は凡人とは違うという思い込みが激しいインテリで、不可能はないということを顕示するため大胆な行動を取る”“運命は自分で変えると言っておきながら、思い通りにいかないととたんに弱音を吐き、周りからおだてられると図に乗りやすい”ロレンスの精神面の脆さがよくわかりました。とくに軍のお偉いさんとのやり取りの場面でわかりますよね。今まであんまり気に留めていなかったシーンでしたが、少しはオトナの鑑賞が出来るようになったのかしら(苦笑)。

 

 

この作品の舞台は、第一次大戦中の中東で、日本人にはとっつきにくい時代背景です。しかし、中学の頃から、時代背景が難しいという印象を持ったことは一度もありませんでした。

 

 

最近公開された『レッド・クリフ』も、予備知識が必要なくらい複雑な時代背景で、事実、レッド・クリフではご丁寧に冒頭で時代背景の説明をしてくれてました。アラビアのロレンスはそれが一切ないのに、本編を通してみればちゃんとわかるし、「こういうことをイギリスが仕掛けたから、今みたいに中東情勢が混乱したんだ」と、現代史を理解できるほどになる。登場人物が全員、中国人で似たような顔をしているレッドクリフと比べ、ロレンスのほうは、欧米人、アラブ人の区別が付けやすく、見た目からしてわかりやすいという利点もあったかと思いますが、いずれにしても、全体の構成や人物の描き方は、さすが巨匠デビット・リーンです。

 

…やっぱり映画は、人間をきちんと描くこと、構成をしっかり決めることが大事だと再認識しました。

 

 

 

骨太の名作の感動に浸りながら帰宅したら、5月6日放送の『しずおか吟醸物語』に対する新たな感想メールが届いていました。『吟醸王国しずおかパイロット版』との比較で、「わかりやすい構成にする」ことと、「感動する」ことの違いを考えさせる内容でした。

 

 

 

 

 

 

真弓さんはテレビで放映されることに、素直に喜んでいるのかどうかわからなかったし、今回はあくまでテレビ版なので、私の感想を送ることはやめようと思っていたのですが、ブログを拝見して、テレビ版の感想を送ることにしました。

第一には、とても分かりやすいものに仕上がっていたと思います。多分、ナレーションの説明が分かりやすかったからだと思います。静岡の酒蔵はいかに丁寧な酒造りをしているかを、吟醸造りとはどれほど大変なものかを、大勢の人々に知ってもらえてよかったと思います。

一方で、分かりやすいという反面、もう一つインパクトに欠けるように感じました。私はパイロット版を4回見ました。何度見ても映像にひきつけられるものを感じていたのですが、今回のテレビ版にはそれを感じなかったのです。

 

真弓さんが目指すものが何かはわかりませんが、真弓さんがブログに書かれていた「この作品は、制作側が被写体側の仕事を疑似体験するような、不思議なプロジェクトです。そのことを伝えるだけの力が、もう少しあったら…と今は、反省しています。」とのこと。制作側が被写体側の仕事を疑似体験するように、見る側も酒蔵の中に自分がいて、杜氏の仕事を息を呑んで見ているような疑似体験ができれば素晴らしいと思います。パイロット版にも十分その力はあると私は思うのですが。

 

多分、初めてパイロット版を見た人は、それぞれの映像が一体何なのか分からず、映像の中にまで入り込めなかったと思います。今回テレビを見た人があらためてパイロット版を見たら、おそらくパイロット版の素晴らしさを認識できると思います。

酒造りの基礎知識がない人には、分かりやすい編集や説明が必要なのでしょうが、一方、基礎知識のある人には分かりやすいということは妨げになる、ということをテレビ版を見て感じた次第です。(公務員)

 

 

 

 

 

 

 

 

パイロット版に関しては過去のアンケート調査でも賛否両論で、そもそも映像の編集は初めてというド素人が作ったものだし、内容的にも観る人の静岡酒や日本酒の知識の度合いによって差があるのは仕方ないと思っていました。パイロット版制作の目的は資金集めのためのプロモーションで、対象はこのテーマの作品に製作援助をしてくれる可能性のある人=ある程度知識のある人や業務でかかわっている人、と決めて作ったので、不特定多数の視聴者に向けたテレビ番組はまったくの別モノ、という意識でいました。

 

 

 

最初に成岡さんから話をもらったときには、「この映像はテレビ向きではないと思うけど…」と正直に言いましたが、テレビの世界でキャリアのあるプロたちが「十分テレビで通用する」と評価し、金銭的な負担なしで制作するという話だったので、“この映像が不特定多数の人にどれだけ理解してもらえるのか、またとないビッグリサーチの場になる”と、頭を切り替え、協力することにしました。

 

 

パイロット版とテレビ版は違って当然です。目的はもちろん、構成や台本や選曲も違う人間の手によるもの。同じ素材でも違う人間が調理すると別の料理になるという理屈です。別の言い方をすれば、テレビ版は誰もが気軽に楽しめる大衆居酒屋みたいなもので、パイロット版は素人が趣味で始めた裏通りの隠れ家的呑み屋かな? みなさんも、呑みに行く時はTPOで使い分けるでしょう、仲間で楽しく呑む時は前者で、一人で静かに呑む時は後者…というように。でも、置いてある酒(=映像)はどっちも素晴しくて、酒自体に優劣は付けられません。

 

 

パイロット版に「ひきつけられるもの」を感じてくださった人は、たぶん、一人呑みの達人ではないかと想像しながら(笑)、感想メールを拝見しました。

 

大衆店でも隠れ家店でも、せっかくのいい酒(映像)を雑に扱ったら、味を台無しにしてしまいます。そのことだけは肝に銘じ、これから本番を迎える本編映画用の編集作業に臨みたいと思っています。

…大それた願いですが、アラビアのロレンスのように難しい題材でも、丁寧な解説ナシで、映像の力と構成力によって多くの人に感動を伝えられる作品になれますように。

 

 


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防災と医療をつなげるもの

2009-05-22 19:57:56 | NPO

 みなさんは「トリアージ」ってご存知ですか? そう、大災害や大事故などで多数のケガ人が出たとき、重症度や緊急度に応じて振り分け、治療に優先順位を付けるというもの。被災した人に赤・黄・緑・黒のタッグを付けるの、報道番組なんかで見たことあります。あれ、判定する人のプレッシャーって相当ですよね。瞬時に判断しなくちゃならないし、その判断は人の生命にかかわることですから…。

 

 「そんな難しいこと、医療の専門家じゃなきゃ出来ないでしょ」って私も思っていましたが、考えてみると、もし尼崎の電車事故みたいなのが目の前で起きても、救急車が来るまで指をくわえて見てていいの? 100人200人単位で被災者が出たとしたら、五体満足な人が何かしなきゃまずいでしょ?って思います。局所的な事故ならまだしも、大地震が起きたら、それこそ都合よく自分たちのところに真っ先に救急車や消防車が来てくれるとは限りません。

 なんでこんな話から入ったかというと、昨日(21日)、『NPO法人災害・医療・町づくり』という団体を取材して、改めて災害時に何か大切かを考えさせられたからでした。

 

 
 静岡県は地震対策先進県とされていますが、行政がいくら最新・万全の対策をとったとしても、災害は一人ひとりの命の問題であり、発災直後の救出、搬送、救護所の医療、応急救護などは、住民の力なしにはできないでしょう。でもケガ人の救出や手当は、救急・消防・医療のプロに頼り、自分たちで何とかしよう、みんなで助け合おう…という自助・互助精神は高いとはいえません。

 

 一般の人が防災に備えて何をやっているかというと、水や食糧の備蓄や、避難ルートの確認ぐらい? ちょっと進んだ人で、過去ブログでも紹介した家具の転倒防止程度。…自分や周りの人がケガをして動けなくなった時のことを、真剣に考える人って、実はそんなに多くないんじゃないかな。自分が動けなくなったらしょうがないけど、周りにケガした人がいても、自分じゃどうしようもない、プロにおまかせするしかないと、私自身、思いこんでました。

 この、“プロにおまかせ”の依存心が、災害時の救急医療をことさら混乱させているということに、取材を通して痛く気づかされました。

 

Photo  

 いただいた資料によると、近代都市が初めて被った阪神淡路大震災では、当時、医療側にはトリアージを行う準備があったものの、実現できなかったそうです。よもや地震なんか起きるはずがないと思っていた関西の人々は、あまりにも突発的かつ激甚な災害に、われ先にと病院へ殺到し、建物が半壊した病院にも入りきれない患者が溢れかえり、現場の医師は、重症・軽症の区別なく、眼の前の患者さんを必死に治療するしかなかった。優先すべき重傷者の発見と早急の措置がゴテゴテに回ったのです。

 

 現場では、「クラッシュ症候群」という新たな症例も発見されました。人間の体は、長時間、モノに挟まったり下敷きになっていたりすると、筋肉の組織が壊れてしまい、一部は毒素に変わってしまうそうです。それが、救出後、血液循環の回復とともに体中にまわってしまい、心臓を止めてしまったり、腎臓の機能を奪ってしまうのです。したがって、そういう人を救出するときには、できるだけたくさん水を飲ませることが必須で、搬送するのは透析ができる病院。救護所へ運んではダメです。これ、知っているのと知らないとでは、ホントに生死を左右しますよね…コワ。

 

 ちなみにクラッシュ症候群の人は、トリアージはもちろん「赤」=最優先で搬送や治療が必要な人です。「赤」では他に、自分では歩けないけど呼吸している人、呼吸回数が1分間に30回以上の人、手首の動脈が触れない人、呼びかけに応えられない人などが相当します。呼吸回数や手首の動脈などは専門家じゃないと落ち着いて確認できないので、私たちがチェックするとしたら、クラッシュ症候群=2時間以上挟まれていた人か、自分では歩けないけど呼吸している人に「赤」を付けることになります。

 

 「黄」は、「赤」の次に搬送や治療が必要な人。自分では歩けないけど呼吸していて、呼吸回数は1分間に30回未満で、手首の動脈が触れ、呼びかけや指示に応じられる人です。

 

 「緑」は、とりあえず自分で歩くことができる人。優先順位は赤や黄の後になります。

 そして「黒」は搬送や治療の優先順位が最後の人=自分で呼吸をしていない人ということになります。

 

 

 被災現場で行うトリアージ判定(1次トリアージ)は、必ずしも正確とは限りません。人によっては判定にバラツキがあるでしょう。私たちが見るときは、“迷ったときは重い判定に”でいいそうです。病院では「赤」や「黄」の判定にバラつきがあることを承知で、それぞれのゾーンに専従スタッフが付くので、私たちはとにかく「赤」の人を見つけて一刻も早く病院搬送することに専念してよいそうです。

 

 一方、「緑」の人の多くが運び込まれる救護所(あるいは避難所になった学校など)では、医療スタッフが万全の態勢でいるとは限りません。災害時に駆けつけられるのは地域の開業医だけ。圧倒的に多くの軽傷者の手当は、私たちが自力で行わなければならないのです。

 

 

1  そんなわけで、NPO法人災害・医療・町づくりでは、日頃から静岡市内の町内会や学校を訪問して、トリアージ訓練や応急救護の講習会を開いています。理事長は静岡県立総合病院副院長の安田清先生(写真左)。副理事長は大村医院(葵区材木町)の大村純先生。昨日は事務局を預かる大村先生を訪ねて、活動の経緯をじっくりうかがいました。

 

 トリアージの訓練は一般的には防災訓練の一部という扱いをされていて、トリアージや災害医療に特化した啓蒙活動を行うNPO団体は、おそらく日本で唯一だろうとのこと。「県でも、防災セクションと保健衛生セクションとはあまり接点がなかった。我々医療の専門家なら、指導も講習もできるし、むしろ、我々医療従事者が担うべき使命だと思った」と大村先生。静岡市医師会理事を務めたとき、安田先生に出会ってトリアージの啓蒙に本格的に取り組み、01年に任意団体「静岡地区災害時医療連絡会」を設立。メディア関係者に広報を、消防セクションに機材等を提供してもらうなどフレキシブルな活動に発展し、07年にNPO法人になりました。

 

 

 大村先生たちは、これまでも地域で地道に啓蒙活動を行ってきましたが、ここ1年ぐらいで依頼が急増とのこと。小中学校へ指導に行く時は、子どもたちにケガ人のメイキャップ(競馬のCMの大泉洋みたいな?やつ)をさせるなど、興味や関心を持たせる工夫をしながら、トリアージや応急救護の重要性を伝えています。

 先生のお話を聞きながら、「災害直後に住民の命を救えるのは、その場にいる住民なんだ」という鉄則を、改めて噛みしめました。

 静岡県って東海地震が来る来ると言われ続けてウン十年経ち、その間に他で大きな地震災害が起きてしまって、県の地震対策にはビミョウ~な空気を感じていましたが、こういうNPO団体が全国に先駆け、活動しているって、やっぱり静岡は防災対策先進地なんだ…!と誇らしく思えてきました。

 

 どんな小グループでもOKだそうですので、みなさんも1度、地域や職場の仲間同士で講習を受けてみてはいかがですか? ちなみに私は講習用のビデオをいただいてきましたので、しっかり自習します。

 


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