杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

名古屋・広島・京都たび(その4)~100回目の新酒鑑評会

2012-05-31 11:03:42 | 地酒

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 先の記事の通り、全国新酒鑑評会は今年で100回目という大きな節目を迎えました。国を代表する伝統酒の品質コンテストが100年も続いている国なんて他になく、本当に誇るべきことだと思います。

 

 私は平成元年から日本酒の取材を本格的に始め、当時、東京の滝野川にあった醸造試験所の全国新酒鑑評会に毎年のように通っては、全国の銘柄と酒質を必死に覚えました。全国を知らないことには、静岡酒の特徴がよく解らなかったのです。当時は新しい知識や情報を吸収するのに夢中でしたが、今振り返ってみると、ほんの一端でも100年の歴史の滴に触れたんだな・・・と感慨深くなります。

 

 

 鑑評会を主催する独立行政法人酒類総合研究所は、明治37年(1904)に国立の醸造試験所として設立されました。1904年といえば、連合艦隊が旅順港のロシア艦隊を攻撃し、日露戦争が始まった『坂の上の雲』の時代のど真ん中です。・・・やっぱりすごい歴史があるんですねえ。

 

 

 日本酒は古い歴史を持っていますが、試験所設立は、明治維新と文明開化を受け、酒造の科学的な解析にもスポットライトが当たり始めた時期でした。

 1881年にイギリスから招聘された科学者アトキンスが原料米の化学分析から酵母や麹菌のスケッチ、発酵の科学的理論づけ等を論文で示し、酒造研究が本格的にスタート。1895年には世界で初めて清酒酵母の分離に成功し、純粋培養酵母による酒造りが普及。野生酵母や雑菌の汚染を防ぐ新たな製法として、山廃酒母(1909)、速醸酒母(1910)が開発され、安定かつ大量の清酒醸造につながったのです。

 

 

 そんな中で酒造専門の研究機関として醸造試験所が本格稼働し、明治44年(1911)から全国新酒鑑評会がスタート。第1回(1911)から第34回(1944)までは、1~3位のランキングが発表されていました。きき酒会場に一覧表が貼り出されていたので、あわててメモしました。

 

 第1回(1911) ①月桂冠(京都)、②菱百正宗(広島)、③菱百正宗

 第2回(1912) ①飛鳥山(東京)、②しら泉(兵庫)、③白牡丹(広島)

 第3回(1913) ①月桂冠(京都)、②日本盛(兵庫)、③忠勇(兵庫)

 第4回(1914) ①初幣(熊本)、②月桂冠(京都)、③両関(秋田)

 第5回(1915) ①日本盛(兵庫)、②西の関(大分)、③初幣(熊本)

 

 長くなるのでこの辺でやめときますが、なるほど、月桂冠って初代チャンピオンだったんですね・・・。松崎晴雄さんのしずおか地酒サロン(こちら)でも触れていましたが、広島、熊本、秋田・・・今に至る銘醸地は黎明期のこういう実績からスタートしたのだと、よく解りました。

 

 

 順位付けが最後となった第34回(1944)は、①一人娘(茨城)、②櫻な美(長野)、③該当なしという結果でした。太平洋戦争真っ只中で原料米の調達もままならない時代にも、酒造技術の向上に尽くそうとする蔵があったんですね。この、第1回から第34回までの順位は、『天下の銘酒 醸造試験所秘帳』として記録され、戦火をくぐりぬけ、1945年発行の日本醸造協会誌に掲載されたということです。

 

 醸造試験所では昭和55年(1980)から金賞に賞状が授与されることになりました。平成22酒造年度までの31回で、出品総数約27,000点のうち、賞状は6,637点(24.2%)に授与されました。授与率は初期の頃は15%程度だったのが、最近では25~28%に増えています。

 ちなみに静岡県が受賞率日本一になった昭和60酒造年度は、全出品836点のうち金賞は119点。入賞率は14%台という低い時代で、静岡県は出品21点中金賞10点、銀賞(金に準ずる入賞)は7点で、トータル入賞率80.9%(日本一)を達成した、というわけです。

 

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 今年度は100回記念として、賞状に「第百回記念」の文字が入り、輸出振興にも寄与できるよう、英文の賞状も授与することになったそうです。これらデータや展示物は、6月15日(金)に東京池袋で開かれる一般向けの公開きき酒会でも見られるそうですので、お時間のある方はぜひ!

 

 

 

 

日本酒フェア2012~日本酒の魅力を堪能できる国内最大級イベント

■日時 6月15日(金) 10時~20時

 

■場所 池袋サンシャインシティ 文化会館4階展示ホールB・ワールドインポートマートビル4階展示ホールA

 

■内容 

①鑑評会100回記念 平成23酒造年度全国新酒鑑評会公開きき酒会(入賞酒約440点の試飲) 第1部/10時~13時、第2部/16時~20時 *入場はいずれも終了30分前まで

②第6回全国日本酒フェア(試飲&販売) 11時~20時

 

■入場料 前売3000円、当日3500円、日本酒フェアのみ1000円 *前売り券はイープラス、チケットぴあ、JTBエンタメチケットでネット購入できます。

 

■問合せ 日本の酒情報館 電話03‐3519‐2091


名古屋・広島・京都たび(その3)~平成23酒造年度全国新酒鑑評会

2012-05-30 13:22:05 | 地酒

 5月22日(火)夜は、酒類総合研究所講演会でご一緒した松崎晴雄さんと、JR西条駅近くの居酒屋で、広島の地酒数種と西条名物『美酒鍋』を堪能しました。酒蔵のまかない食として伝わる美酒鍋、シンプルに日本酒と塩コショウだけで味付けするすき焼きみたいなもので、ほんとうにさっぱりした味わいなんですが、ふだん日本酒主体に呑んでいる人の味覚には実によく合います。さすが酒蔵発のグルメですね。

 

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 美酒鍋は「びしょなべ」とも言うそうで、広島を代表する銘醸・賀茂鶴の蔵元が、戦後、安く手に入る鶏の臓物を使って考案したそう。酒造りの仕事は大量に水を扱うので、いつも着物がびしょ濡れだからって命名されたそうな。

 材料は白菜、長ネギ、こんにゃく、人参など、一般的な鍋料理に使う食材のほか、ニンニク、鶏肉、砂肝、豚肉が必ず入ります。これを鉄板鍋に入れ、最初にニンニクと肉を焼いてから野菜を加え、酒、塩コショウだけで炒り煮みたいに煮込みます。

 

 私も自分で酒鍋を作りますが、だし汁を加えたスープ鍋みたいなもので、味が足りなくてポン酢やラー油やらを加えて、結局、ただの寄せ鍋みたいになっちゃうんです。酒だけでじっくり煮込むってのがポイントなんですね!

 

 

 

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 翌23日、東広島運動公園アリーナで開かれた『第100回平成23酒造年度全国新酒鑑評会・製造技術研究会』に参加しました。前日の講演会で、今年度の審査結果についてきめ細かな解説があったので、まずはそこから抜粋を。

 

 

 今年度の出品点数は876点。平成18年度から追ってみると、981→957→920→895→875と減少傾向が続いていましたが、今年度はかろうじて1点増加しました。

 

 

 国税局別の出品点数は、札幌局(北海道)9点、仙台局(青森・岩手・宮城・秋田・山形・福島)165点、関東信越局(茨城・栃木・群馬・埼玉・新潟・長野)223点、東京局(千葉・東京・神奈川・山梨)、金沢局(富山・石川・福井)43点、名古屋局(岐阜・静岡・愛知・三重)86点、大阪局(滋賀・京都・大阪・兵庫・奈良・和歌山)111点、広島局(鳥取・島根・岡山・広島・山口)91点、高松局(徳島・香川・愛媛・高知)48点、福岡局(福岡・佐賀・長崎)52点、熊本局(熊本・大分・宮崎)19点でした。出品しない酒蔵もあるので、この数字がイコール日本酒の勢力図、というわけではありませんが、出品点数が100点を超える地域は、やはり“酒どころ”といってよいのでしょう。

 

 

 出品酒に使われた酒米の内訳は、山田錦が83.7%。その他5.7%、越淡麗4.0%、美山錦2.1%、千本錦1.9%、秋田酒こまち1.3%、雄町1.0%、五百万石0.3%と続きます。越淡麗というのは最近伸びている新潟の米で、新潟県の出品酒76点のうち34点を占めていました。

 

 

 出品酒に使われた酵母の内訳は、きょうかい1807が33.9%、その他33.0%、明利17.2%、秋田今野5.4%、きょうかい901が1.7%と続きます。上位3つは香気成分カプロン酸エチルを多く出すタイプですね。全出品876点中、カプロン酸エチルの香りが高かったものが775点(88.5%)を占めたようです。

 

 

 さらに官能検査で「甘みがある」と評価された酒は、876点中641点(73%)あったようです。

 

 

 総じて、「香りが高くて甘い」タイプが出品され、その中で香りのレベルが高く、味の品質も高いという酒が入賞した、というわけです。前提として、マイナス要因=老香(ひねか)、硫化物臭、コゲ臭、カビ臭があるものは論外として、審査員の先生方には「個性的な香味も、即欠点とせず、積極的に評価しよう」という共通認識があったそう。講演会では聴講者から「個性的な酒ってどう評価したのか」と鋭いツッコミ質問もありました。

 

 

 

 そうなってくると、審査の信頼性はどうなのって話になりますね。全国新酒鑑評会の審査は、4月24~25日に予審が行われ、全国の国税局鑑定官室、研究機関、日本酒造組合中央会推薦の酒造メーカー代表等が1班15人・3チームに分かれて審査を行いました。決審は1班16人・2チームが行いました。

 

 

 

 このメンバーが、“専門の訓練を受けたプロの審査員”ばかりだったかどうかは、素人の私にはうかがい知れない話ですが、酒類総合研究所では「清酒専門評価セミナー」というのを実施しており、官能試験合格者の中から「清酒専門評価者」という認定も与えています。平成24年3月末現在で43人が認定されています。

 その43人の中から鑑評会の審査員が選ばれたわけでは、どうやらなさそうで、講演会では「こんな(ひどい)酒を造るメーカーが審査員かと思えるのもいる。どうして清酒専門評価者認定43人から選ばないのか」という厳しい質問も飛び出していました。・・・聴いていてヒリヒリするような思いがしました。どんなコンテストでも、審査員選びからして重要ですよね、ホント。

 

 

 

 

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 会場は10時オープン予定で、9時過ぎに着いたらすでに入場待ちの長蛇の列。オープンが20分繰り上がって9時40分には開場となり、私が入った9時50分過ぎには、「山形・福島」が大行列になってました。あわてて目録をチェックしたら、なるほど山形県は出品41点中、金賞が16点、入賞が8点。福島県は出品38点中、金賞が22点、入賞が5点。・・・素晴らしい受賞率ですね。

 

 

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 そんな大行列を尻目に、私はいつものとおり名古屋局の静岡県コーナーにまっしぐら。幸か不幸か誰も並んでいなくて、もしかしたら一番乗りかしら?と思いながら、出品16点をじっくりきき酒しました。

 すでに発表されている通り、金賞は臥龍梅、磯自慢、志太泉、開運の4蔵。入賞は正雪、花の舞、英君という結果でした。詳しい結果はこちらを参照してください。

 

 

 

 


名古屋・広島・京都たび(その2)~酒類総研講演会・日本酒の放射能検査

2012-05-29 09:28:18 | 地酒

 5月22日(火)13時から、東広島市民文化センターで、『第48回独立行政法人酒類総合研究所講演会』が開かれました。全国新酒鑑評会に合わせて開かれる講演会、参加するのは3回目ですが、日本酒の製造から販売、酒文化の醸成に至るまで、包括的なプログラムで第一線の研究者が解説してくれる貴重な講演会です。業界向けの内容ですが、酒を伝える活動をしている人間も必聴だと思います。

 

 会場に着いたら入口で松崎晴雄さんに運よくお会いでき、ご一緒させてもらうことに。松崎さんとは講演会終了後、JR西条駅前の居酒屋で広島の地酒を呑みまくり、美味しく有意義な時間をたっぷり過ごさせていただきました!

 

 さて今年の講演会は「酒類における放射性物質の分析」や「清酒醸造におけるセシウムの挙動」など原発事故の影響について科学的な解析をうかがうことができました。素人なりに理解出来た範囲でご報告します。

 

 

 

 

酒類等における放射性物質の分析(酒類総合研究所 品質・安全性研究部門 橋口知一先生のレジメより)

○日本の食品や飲料は海外へ輸出する際、国によって放射性物質の検査証明が必携となっているため、日本酒についても国税局単位で検査を行い、証明書を発行している。静岡県が属する名古屋国税局では、これまで612件を発行した。

 

○検査の方法は、まず国税局においてサーベイメータにより行い、不検出と判定された場合は即証明書OK。サーベイメータで検出困難と出た場合は、放射性物質が出すガンマ線を検出するゲルマニウム半導体検出器によって精密に検査し、その結果をもとに証明書を発行する。

 

○2012年3月30日までに、輸出用分析402点、安全確認調査用分析1773点(うち醸造用水の分析が322点)、受託分析14点を行い、暫定規制値(放射性ヨウ素300ベクレル/kg、放射性セシウム200ベクレル/kg)を超えたものはすべてゼロ。

*4月1日から新しい基準値が設定され、一般食品(酒類を含む)は放射性セシウム100ベクレル/kgに引き下げられた(=厳しくなった)。

 

 

清酒醸造におけるセシウムの挙動(酒類総合研究所醸造技術基盤研究部門 奥田将生先生のレジメより)

 農産物の放射能汚染が懸念される中、日本酒の場合は原料の米の表面を精米したり洗米するので、たとえ付着したとしても減少するから安全、といわれていた。製造過程でどのように変化するのかこれまで解明されていなかったため、研究所が調査分析を行った。調査は、放射性セシウム137と同じ働きをすると考えられる非放射性セシウム133(自然界に存在するもの)の分析によって行った。

 

 

 治験は精米歩合が10%ごとに異なる白米(山田錦・日本晴・五百万石)で3kg三段仕込み・洗米1分・水きり30秒を繰り返し。30分浸漬後1晩水きり。酵母はk-701、仕込み水は水道水。酒母は中温速醸でもろみ日数20日。小型圧搾装置によって上槽。

 

 

○精米歩合70%まで精米すると、セシウム濃度は玄米の20%にまで減少。精米歩合60%~40%の白米でもほとんど変化なし。米の品種にかかわらず同じ。セシウムは玄米のアリューロン層(赤糠)の部分に蓄積されると考えられるため、精米によって大半が除去できると思われる。ちなみにご飯として食べる精米歩合90%白米のセシウム濃度は、玄米の30~50%程度であるため、食べる白米より酒造用原料白米のほうがセシウム濃度は低いことが明らかになった。

 

 

○3種類(山田錦・日本晴・五百万石)の白米による小仕込み実験によると、非放射性セシウム133は精米・洗米によって玄米濃度の20%にまで減少し、その後、搾った酒では玄米濃度の3~5%、酒粕14~17%となった。仕込み水に含まれるセシウムを掛け合わせてトータルで判断すると、玄米・仕込み水→酒に約6%、酒粕に4%移行し、残り90%は精米・洗米・浸漬の段階で除去されることが判明。

 

 

 

○問題となる放射性セシウム137についても同じ働きをすると仮定し、100ベクレル/kgのセシウム137に汚染された玄米を使ったとしても、精米歩合70%で20ベクレル/kgに、それを使用した酒は5ベクレル/kg程度となり、製品にはほとんど残存しないと考えて問題ない。

 

 

 

 

 ちなみに、原料に含まれるセシウムが他の酒類ではどれくらい移行するかといえば、ビールの場合、原料の大麦に35%、ビールになって11%。ワインはぶどうに30~70%でワインになっても同じ、だそうです。

 

 

 

 市場に出荷される製品は問題はないし、子どもが飲むわけではないから、あんまり神経質になる必要はないと思いますが、日本酒が、精米や洗米や浸漬など丁寧な原料処理をしながら醸されてきたことが、こういう形で安全・安心につながっていると思うと、ファンとして嬉しく、心強くなります。

 とくに静岡県の蔵元は、吟醸造りの本質を目指した時点で徹底した洗米を行う、というのが板についています。県の蔵元は、洗米を含めた原料処理の高い技術を大いに誇ってほしいと思いました。(つづく)

 

 


たまらん第5号発行

2012-05-27 14:47:23 | 社会・経済

 広島・京都たびの報告は小休止。昨日(26日)、タマラプレス平野斗紀子さんの自主制作新聞『たまらん』の5号目が発行されましたので、お知らせします。

 

 今回の特集は市民の足・街中のバス事情。脱クルマ社会のライフスタイルとして、静岡市の公共交通網の顔であるしずてつバスを取り巻く環境や、利用者側の意識の変化などを丁寧に解説してくれています。

 第2特集は、藁科川の奥、大間の里の紹介。平野さんがGW中に縁側お茶カフェをいとなむ里の人々を訪ねています。

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 街ネタと里ネタをバランスよく配置した「たまらん」5号、昨日は出会った知り合いに配って、大いに関心を持ってもらいました。地域をよくしようと頑張っている人ほど、「たまらん」の姿勢をすんなりと理解してくれるんですね。そういう姿を間近に見て、自分も大いに刺激をいただきました。

 

 

 

 平野さん、独りで創るって本当にしんどいと思うけど、確かなリテラシーを持った読者が着実に増えています。次回も期待しています!

 

 なお、「たまらん」は戸田書店静岡本店、静岡谷島屋呉服町本店、吉見書店竜南店等で1部100円で販売中。問い合わせはタマラプレス平野斗紀子さんまでどうぞ。

メールアドレス → tamara@iris.ocn.ne.jp


名古屋・広島・京都たび(その1)~平清盛展

2012-05-25 14:14:37 | 歴史

 5月21~23日と名古屋・広島・京都を回りました。ふだんは小さな町をブラブラじっくり歩くのが好きですが、たまには大都市間をはしごしてみるのも楽しいですね。交通費を節約するため、ローカル線と夜行バスを使っての“長距離はしご”です。

 

 

 名古屋は、広島行きの夜行高速バスに乗るために立ち寄りました。静岡から豊橋まで東海道線でゴトゴト。豊橋から名鉄でゴトゴト。鉄女というほどではありませんが、ローカル列車の旅が好きな自分にとっては、車窓の風景や珍しい駅名や乗客の言葉や服装を見聞きするだけで楽しめます。本も新書版一冊はゆうに読めますしね。

 

 

 

 せっかく名古屋で下車するなら、バスの時間まで映画でも観ようと、劇場をチェックし、静岡ではまだ未公開の裏切りのサーカスを観に行きました。クセモノ俳優ゲイリー・オールドマンが、渋~い英国老スパイに扮し、サーカスと呼ばれる英国諜報部の中に潜むKGBの隠れスパイを探り出すというサスペンス。スパイ物ですが007やボーンシリーズみたいな派手なドンパチやカーアクションは一切なくて、渋いおじさん俳優ばかりのゾクゾクするような頭脳戦。いやぁ、好きですわ~こういうテイスト。一応結果(犯人)はわかって、ラストにも爽快感がありますが、もう一度観直さないと気が済まないところもあって、何度も観たくなる。この、何度もお金払ってでも観たくなるっていうのがいい映画の条件ですよね。早く静岡でも上映されないかなあ。

 

 

 

 

 22時に栄のバスセンターを出発し、翌朝7時すぎに広島駅新幹線口に到着しました。夜行高速バスの事故があってから、運転手さんが疲れていないか多少は気になるようになりましたが、JRバスの場合はちゃんと交替制をとっているし途中の休憩も多いので、運転手さんには心の中で「安全運転ありがとうございます」と手を合わせながらの約9時間のバス移動でした。

 

 

 

 

 旅先では、居酒屋を見つけるのと同じくらい楽しみにしているのがコーヒーの美味しい喫茶店を見つけること。チェーン店やコンビニなんかでよくある、マシンで淹れるインスタントに毛が生えたようなコーヒーにはうんざり。店主がていねいにハンドドリップで淹れてくれる珈琲専門店がある町って、それだけで文化を大切にしている市民が居る気がします。

 今回のお目当ては広島で老舗の「てらにし珈琲」。路面電車を乗り継いで最寄り駅までたどり着いたはいいけど、コピーしてきた住宅地図が狭いエリアすぎて、方角がまったく判らず、通りがかりの女性をつかまえて訊ねたら、ていねいに途中まで案内してくれました。・・・うん、これだけで広島市民の文化度の高さにナットクです

 

 

 

 てらにし珈琲は、熟年のマスターと若い男性店員さんの実に折り目正しいサービスが素晴らしかった。モーニングは山切りトーストと千切りキャベツ大もりのサラダにコーヒー。服が汚れないようにと布のひざかけを貸してくれたり、マスターは「コーヒーは薄くなかったですか?遠慮なく言ってくださいね」と声をかけてくれたり。一見の客にこういう言葉をさりげなく掛けられるって、マニュアル通りの接客しかできないチェーン店やセルフの店のスタッフじゃ出来ないでしょうね・・・。老舗として長年愛される理由、いろいろあると思いますが、ホスピタリティの基本を大事にしているってのが大前提だと改めて実感します。

 

 

 

 

 

 

 さて、この日は13時から東広島市民文化センターで開かれる第48回(独)酒類総合研究所講演会を聴講するのが目的でした。まだ時間があったので、広島県立美術館で開催中のNHK大河ドラマ50年特別展・平清盛を観に行きました。

 低視聴率が話題にされている今年の大河ドラマ、私は世間が批判するほど悪いとは思わないけどなあ・・・。確かに序盤、清盛が漫画チックに「海賊王になる~!」とわめくなど、治世者となる片鱗がなかなか見えず、大河の主役にしては小っちぇえ器だなあと白けさせられた演出もありましたが、複雑な時代を人間ドラマとして魅せようとする脚本の力は信頼できると思います。

 

 

 

 それはさておき、清盛前後の時代背景や人物相関図、やたら似た名前が多くてイマイチわかりにくいのは確かです。この清盛展では、まずは平氏一門が厳島神社に奉納した美しく芸術的な法華経が印象的で、平家ってすごい文化レベルが高いんだなあと素直に感動しました。平家納経って阿弥陀仏の絵や、絵の中に文字が組み合わさった今で言うイラスト解説画が経文の冒頭に描かれているんですね。保存の状態も見事で、実に華やかです。

 

 

 どうして神社に経文が奉納されたんだろうと不思議に思いましたが、平安末期のこの頃というのは、仏教が伝来して500年ちょっと経った頃で、日本古来の神道と融合し、日本の神々は仏教の神様が姿を変えたものと考えられていたのですね。観音菩薩はすべての衆生を救うため相手に合わせて33の姿に変身するといわれたことから、平家納経も33巻作られました。

 

 

 

 

 展示物では清盛が切り開いた国際貿易の功績も印象的でした。中国・宗の白磁は、焼物好きならその価値がよく解ると思いますが、白くて優雅で美しく硬い白磁は、日本では江戸時代になるまで焼くことができなかった先端芸術です。これを手にした当時の貴族たちは、清盛の財力や外交能力に恐れをなしたんだろうなあと想像できます。外海の世界に無知な島国で、いち早く外海の知識や文物を手に入れた人間が先走りし過ぎて叩かれて、結局短命に終わってしまうって例は歴史の上でしばしばあることです。政治とは、保守的な人間と革新的な人間の嫉妬と憎悪とその果ての抗争の繰り返しなんですね・・・。

 

 

 

 清盛が遺した“お宝”と、彼の前に立ちはだかった源氏や後白河法皇の肖像を同時に観比べると、ある意味この時代の面白さを一層深く感じます。やたら「頼」「経」「盛」「法皇」「上皇」など似たような名前で混乱しそうなところはドラマの役者の顔をあてはめてみると判りやすいですね。こういうややこしい時代こそ、ドラマにして伝える意義は大きいんじゃないかと思います。(つづく)