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救急・集中治療 セラチア感染と院内播種について

2008年06月15日 17時05分19秒 | 講義録・講演記録 3

救急・集中治療領域におけるセラチア感染と院内播種に対する留意事項

京都大学大学院医学系研究科

初期診療・救急医学

松田直之

はじめに

 セラチア菌(Serratia marcescens:セラチア・マルセッセンス)は,水場などの湿気の多い環境に広く存在し,病院内では,医療従事者の手,洗面所,何度か穿刺した取り置きの輸液ボトル,血小板などの血液製剤,人工呼吸器の回路,ネブライザー,吸入器などが,保有体となることが確認されています。セラチアは,大腸菌や肺炎桿菌などに近い細菌で,赤い色素を産生する菌株が存在し,キリストの血でパンが赤くなるキリスト教の故事に因んで「霊菌」と呼ばれることもあります。

 内因性感染症としては,癌末期や移植後などの免疫不全状態などに,腸管バリア機能が低下することで腸管内に常在しているセラチア菌が血液中に侵入し,菌血症となる場合があります。一方,尿路感染症,肺炎,術創感染症の原因となり,菌血症となる場合もあります。忘れた頃に問題となる院内感染としてのセラチア感染症は,外因性感染症として十分に注意する必要があります。セラチアにより汚染された注射剤や輸液ルートが原因で,血液中に菌が人為的に送り込まれるケースは未然に防がれなければなりません。

 セラチアはGram陰性桿菌ですが,周毛性の鞭毛を持つためにフラジリンの含有が高く,また,一般の腸球菌と異なりDNA分解酵素,リパーゼ,プロテアーゼなどの特殊な酵素を分泌する場合があります。つまり,ボトル内などで繁殖させておくと通常のGram陰性桿菌におけるリポポリサッカライドのToll-like受容体(TLR)4を介した炎症性物質産生作用に追加して,フラジリンによるTLR5の炎症増強作用,DNAによるTLR9作用修飾,さらにはprotease activated receptorなどを介した炎症の増強作用が高まる可能性があります。これが生理的食塩水などの輸液ボトル内で繁殖すると,こうした液の注入により,セラチア菌血症として,敗血症性ショックや多臓器不全が誘導されやすいことになります。

セラチアによる院内感染防止対策

 セラチアによる院内感染防止対策の徹底については,既に平成14年7月19日に医薬安発第0719001号として厚生労働省医薬局安全対策課より,注意勧告がなされていました。この勧告には,以下が含まれています。

1. 留置針で血管確保を受けていた患者のうち,ヘパリン加生理食塩水で抗凝固処置(ヘパリンロック)を受けた者にセラチア発症が多く,菌血症に移行する可能性がある。

2. ヘパリンロックは,時間ごとの薬剤の経静脈的投与を可能にするが,院内感染対策としては,菌血症の可能性に一層の注意が必要である。

3. 500 mL生理的食塩水などの大型容器においてヘパリン加生理食塩水を室温で作成し長時間保存すると,セラチアなどの菌が繁殖する可能性がある。

4. これらの重要点を周知徹底するために,医療従事者への院内感染防止のための教育と研修の強化が重要である。

 大学病院では,救命救急センターや集中治療部を含めてinfection control teamによる教育により医師および看護師などの手洗いや手指消毒,手袋着用が徹底されています。夜間急病センターや2次救急担当病院におきましても,看護師の手袋着用や手指消毒,手洗いが徹底されることが必要です。点滴ルートを作成する場所が水回り近くで汚染されていたり,点滴ルートの点滴ボトルに刺すプラスティック針の部分を不注意に点滴台に転がしているケースを避けるようにしましょう。忙しいから点滴ルート作成を途中にして,受け答えをしてから,作成途中の点滴ルートを作成しているケース,末梢静脈留置針や三方活栓を手で直接に触れているケースにも注意が必要です。臨床工学技士さんが担当する血液浄化路の接続替えにおきましても,接続部,また三方活栓などは,菌血症のリスクです。清潔操作を心がけて下さい。三方活栓部に血が残っているのも望ましくないない管理です。
 院内感染対策として,無知であるがゆえに起こることは阻止しなければなりません。院内各部署に,感染管理マネージャーが存在し,感染管理を的確に指導していることが大切と考えています。救急医療では,救急科専門医から,研修医の先生にも徹底させていただいています。

総括:セラチア感染の留意点の8項目

1. 標準予防策の理解と実践

2. 吸痰,陰部清拭,尿路カテーテル処置などにおける接触感染予防策の徹底

3. 湿潤な環境の衛生管理

4. 輸液の調製は使用直前に行います。

5. 喀痰や尿などからのセラチア分離数が急に増加した患者が存在する場合には,セラチアによる院内環境汚染の可能性に十分に注意します。

6. 外因性感染症の可能性
 血液などの無菌的であるべき臨床材料からセラチアが分離された場合には,外因性感染症の可能性があります。

7. 多剤耐性セラチア
 本邦でも,IMP-1型メタロ-β-ラクタマーゼ産生セラチア,第三世代セフェムやカルバペネムに広範な耐性を獲得した多剤耐性セラチアが各地の医療施設で分離されています。RND型多剤排出ポンプを持つセラチアは,抗菌薬体制を持ちやすいことも知られています。このような耐性菌の分離率は約4%程度と推定されていますが,その動向の調査については学会や論文等で注意し,皆で情報を共有する必要があります。多剤耐性セラチアが分離された場合には,個室管理もしくはコホーティングを行います。

8.セラチアと消毒薬の特性
 次亜塩素酸ナトリウム,ポビドンヨード,消毒用エタノールは,セラチアに対して中等度の殺菌作用といわれています。しかし,留置針の留置には,アルコール綿できちんと消毒をすることが大切であり,さっと拭いてすぐ挿入するのは良くありません。また,静脈路における3方活栓やプラネクタでは,アルコールやクロルヘキシジンなどの消毒薬に体制を持つ菌株がいることに注意が必要です。さらに,ベンザルコニウム,ベンゼトニウムなどの4級アンモニウムとグルコン酸クロルヘキシジンは,セラチアには耐性があるため,適切な消毒剤とはいえません。

 

 

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