救急一直線 特別ブログ Happy保存の法則 ー United in the World for Us ー

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救急・集中治療 人食いバクテリアの診断と治療

2024年01月04日 21時39分44秒 | 講義録・講演記録4

劇症型溶血性レンサ球菌感染症からの敗血症

人喰バクテリア(人食いバクテリア)の診断と治療

 

名古屋大学医学系研究科 救急・集中治療医学分野 教授

Global Sepsis Alliance(世界敗血症連盟) 理事

松田直之

 

 はじめに 

劇症型溶血性レンサ球菌(連鎖球菌)感染症(Streptococcal Toxic Shock Syndrome:STSS),また毒素性ショック様症候群(Toxic Shock Like Syndrome:TSLS)は,本邦では2015年に年間415例,2019年には年間894例に増加,しかしコロナパンデミックでは年間622例まで減少しましたが,コロナ禍の後に再び増加してきています(統計データ参照:NIID全数把握)。此の治療に関しても,日本の皆が協力していく必要があります。劇症型溶血性レンサ球菌は,菌体成分(Mタンパク質,Tタンパク質,またDNA/RNAなどの細胞含有分子)による炎症性反応(内毒素反応)だけではなく,外に分泌される分子(外毒素)による炎症と細胞死の反応(外毒素反応)により,急激に炎症,組織壊死,そして,私が専門とする「ショック」や「ARDS」,「多臓器不全」になります。65歳以上の発症リスクが高いですが,20歳から50歳代の働き盛りの成人,また小児にも発症します。その急激な筋肉などの細胞死,そして壊死の進行から,「人喰バクテリア(killer bug,flesh-eating bacteria)」などとも呼ばれています。発症してから3日以内に敗血症性ショックとして死に至る可能性の高い病態ですので,早く発見し,必要に応じて集中治療に持ち込む工夫が必要となります。一般の敗血症(sepsis:セプシス)と異なるのは,筋肉が急激に壊死するため,壊死した筋肉から放出される分子によるdamage-associated molecular patterns(DAMPs)反応が2次性侵害刺激として強い生体侵襲となることです。

 

 劇症型溶血性レンサ球菌感染症の定義 

定義:β溶血を示すレンサ球菌を原因として突発的に発症して急激に進行する敗血症性ショックを,劇症型溶血性連鎖球菌感染症と定義します。

※ 解説:β溶血とは:連鎖球菌属などは,ヒツジなどの血液を含む血液寒天培地において培養すると,赤血球を分解する溶血性によりα溶血,β溶血,非溶血(γ溶血)の3つに分類できます。α溶血は,不完全溶血として菌のまわりに緑色帯(メトヘモグロビン)を作る溶血パターンです。α溶血性のレンサ球菌は,このため,緑色連鎖球菌とも呼ばれています。一方で,β溶血は,菌株の周囲の血液を完全に溶血させて赤血球を分解してしまうパターンです。血液寒天培地における菌株の周囲の赤色が薄くなり,透明となります。溶血性連鎖球菌感染症では,β溶血などとして,赤血球が破壊されやすくなることにも注意します。

症状:初発症状は咽頭痛,発熱,消化管症状(食欲不振,吐き気,嘔吐,下痢),全身倦怠感,低血圧などの敗血症症状,筋痛などですが,明らかな前駆症状がない場合もあります。後発症状は,軟部組織病変,循環不全,呼吸不全,血液凝固異常(DIC),肝腎症状などの多臓器不全です。日常生活を営む状態から24時間以内に多臓器不全が完結する速い進行です。A群レンサ球菌などによる軟部組織炎,壊死性筋膜炎,上気道炎・肺炎,産褥熱は,現在でも致命的となる疾患です。

参考引用:WEB:厚生労働省ホームページ https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-06.html

※ 解説:Lancefield分類

 溶血性連鎖球菌の分類に,細胞壁の糖鎖の抗原性によるLancefield分類があります。この分類のA群(Streptococcus pyogenes),B群(Streptococcus agalactiae),C/G群(Streptococcus dysgalactiae subsp. equisimilis)がβ溶血作用を持ちます。

 

 人喰バクテリアで理解しておくこと 

1.流行する可能性がある:災害後,集団免疫機能低下時など

 ※ 震災が起きた後には,直前の感染症情報を確認することが大切です。例えば,日本では12月に溶血性溶連鎖球菌感染症が流行していたことに1月などに注意することとなります。

2.ヒトにおける原因微生物:A群溶血性連鎖球菌(group A streptococcus:GAS),B群溶血性連鎖球菌(group B streptococcus:GBS),C群/G群溶血性連鎖球菌  S. dysgalactiae subsp. equisimilis SDSE

 ※ Streptococcus dysgalactiae は,ヒトではC群またはG群抗原をもつS. dysgalactiae subsp. equisimilis(SDSD)動物ではC群またはL群抗原のあるS. dysgalactiae subsp. dysgalactiae(SDSD) の2つの亜種に分けられます。(参考: 国立感染症研究所 IASR

3.感染症法:5類感染症(1週間以内での保健所への届出義務あり):届出表

 ※ 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)は,1998年10月2日に制定され,1999年4月1日から施行され,その後2003年10月16日に改正され,2003年11月5日から改正後の感染症法が施行されています。この過程で,A群溶血性連鎖球菌咽頭炎が2003年までは第4類として管理されていました。その後,2003年11月5日以降は,新分類として第5類で管理されるようになりました。感染症法は,その後も2007年4月,2008年5月,2021年5月に改正されています。

4.罹患リスク:糖尿病,免疫抑制剤使用中,免疫低下状態

 ※ 集団ワクチン:コロナウイルスやインフルエンザウイルスに対する集団ワクチン後に,溶血性連鎖球菌咽頭炎などに対する免疫が低下する可能性については評価が継続されています。劇症型溶血性連鎖球菌感染症は,一般的に致死的病態ですので,留意と注意が必要です。

5.エピソード:怪我(擦過創,挫創など),鍼治療,針刺し,メス(海外での美容形成など),上気道炎症状など

 ※ 鍼治療:鍼の清潔管理には,厳格に注意されてください。

 ※ 上気道炎症状(喉の痛みと咳):上気道炎のある方は,マスクを着用することをお勧めします。環境への飛沫に注意が必要です。

 ※ 溶連菌感染症:溶血性レンサ球菌による感染症(咽頭炎,猩紅熱など)では,傷口などからのレンサ球菌の侵入に注意します。

6.特徴:受傷部の筋肉痛

7.遺伝子を破壊する酵素産生株に注意

 

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 参考:震災などの自然災害と感染症

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 ◯ 空気感染(□ 結核,□ 麻しん(はしか))

 ◯ 致死的皮膚感染(□ 破傷風菌,□ 人喰いバクテリア,□ セレウス菌

 ◯ 肺炎(□ 肺炎球菌,□ インフルエンザウイルス,□ コロナウイルス)

 ◯ 消化器症状(□ ノロウイルス,□ ウエルシュ菌(Clostridium perfringens),□ エロモナス ハイドロフィラ(Aeromonas hydrophila

 ◯ 全身が変:発熱,悪寒,頭痛,筋肉痛,消化器症状,黄疸(白目が黄色)(□ レプトスピラ Leptospira interrogansなど)

 ※ 留意事項:避難所でねずみを見かけたら報告してもらうこと(レプトスピラ予防)

 

 診断のポイント 

1.感染症所見:▢ 筋肉痛,▢ 発熱,▢ 頻脈,▢ 消化器症状

2.皮膚の特徴:発赤・水疱形成・表皮剥脱

3.敗血症所見:▢ 呼吸数増加,▢ 意識がいつもよりパッとしない,▢ 収縮期血圧低下(※ このうち,2つ以上を満たす:qSOFAスコア)

 参考書籍 

 書籍紹介

 敗血症-感染症と臓器障害への対応 

救急・集中治療アドバンス
専門編集:松田直之(Global Sepsis Alliance
 
 
 
 重症感染症のすべて 
救急・集中治療
特別編集:松田直之(Global Sepsis Alliance
 

 治療のポイント 

1.培養検体採取(直ちに):血液培養検体2セット,創部

2.抗菌薬:例:1)ペニシリン系抗菌薬(タゾバクタム/ピペラシリン 6時間毎 4.5 g 1日4回 静脈内投与),2)クリンダマイシン 1,200 mg 12時間毎 1日2回 静脈内投与。ペニシリン系抗菌薬を中心とした投与設計。

※ 抗菌薬:2剤併用療法としています。

※ クリンダマイシン耐性が生じている可能性(約30%)(ermB遺伝子などの発現)に注意します。

※ 薬剤感受性検査の結果を確認し,適正化します。

3.敗血症の治療(参考:中山書店 敗血症-感染症と臓器障害への対応)

▢ ショック対策

▢ 急性腎障害対策:横紋筋融解症(CK上昇)の管理を含む

※ 留意:フロセミドは横紋筋融解における急性腎障害を増悪させる可能性があります。

▢ 発熱管理:異常炎症および熱中症類似状態への対応

▢ 疼痛管理:適切な鎮痛と鎮静:交感神経緊張の適正緩和

▢ 電解質管理:低ナトリウム血症の進行に注意

▢ 血糖コントロール:耐糖能異常が生じやすいことに注意

▢ 播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation:DIC)の対策

 重症患者における炎症と凝固・線溶系反応 
救急・集中治療アドバンス
専門編集:松田直之(Global Sepsis Alliance

※ 主治医および病棟医長などとして,2010年までに5例の劇症型溶血性連鎖球菌感染症の診断と治療を担当しました。2003年の日本救急医学会雑誌に掲載していただいた症例報告(難治性ショック,急性腎障害,播種性血管内凝固)なども参考とされてください。

症例報告:久保田信彦,松田直之,近井佳奈子,他. 症型A群β溶連菌感染症の救命にMRIと術中迅速病理 診断を用いた1症例. 日救急医会誌 2004;15:563- 568.

本症例報告の現在の修正事項

 血液浄化法の方法の変更:1)持続血液濾過透析(CHDF)→ 持続血液濾過(CHF),2)膜の変更:セルロース トリアセテー ト膜 → PMMA膜

 抗菌薬の使用方法:クリンダマイシン 1,200 mg 12時間毎 1日2回 静脈内投与:1日量の2分割投与

 免疫グロブリン投与:効能/効果:重症感染症における抗生物質との併用 静注用免疫グロブリン 5 g DIV (ヴェノグロビンIHなど)

 カテコラミンの選択:第1選択 ノルアドレナリン 0.05 〜 0.25 μg/kg/分

 早期経腸栄養:持続経腸栄養法

4.スーパー抗原および外毒素への対応:抗原PCR検査・スーパー抗原対策

 Streptococcal pyrogenic extoxin(Spe -A,-B,-C,-F,-G,-H,-J)

 Streptococcal mitogenic exotoxin Z (SMEZ)

 Streptococcal superantigen(SSA)

 DNase:MF2,MF3

 

参考文献

S. pyogenes M1 UK lineage UK株に注意

Zhi X, Li HK, Li H, et al. Emerging Invasive Group A Streptococcus M1UK Lineage Detected by Allele-Specific PCR, England, 2020. Emerg Infect Dis. 2023;29:1007-1010. 北アメリカとオーストラリアで猛威となっています。

Davies MR, Keller N, Brouwer S, et al. Detection of Streptococcus pyogenes M1UK in Australia and characterization of the mutation driving enhanced expression of superantigen SpeA. Nat Commun. 2023;14:1051. オーストラリアや北米で流行の傾向がある人食いバクテリア,溶血性連鎖球菌のM1UK 株は,ヒトの中でSpeA スーパー抗原を増加させて,筋肉などに壊死(細胞死)を誘導します。このUK株が通常の溶血性連鎖球菌とことなるのは,トランスファーメッセンジャー RNA(ssrA)の 5’末端に変異があることです。M1UK株では,ssrA ターミネーターが読み込まれず,SpeA スーパー抗原の発現が高まる可能性があります。

Spe-Aは黄色ブドウ球菌腸管毒素と高い相同性がある/黄色ブドウ球菌と連鎖球菌の連動性

 Schlievert P, Kilgore S, Leung D. Agr Regulation of Streptococcal Pyrogenic Exotoxin A in Staphylococcus aureus. MicroPubl Biol. 10.17912, 2023.

Spe-Aによる単球刺激/CD4陽性T細胞のアポトーシス誘導/CD4陽性Foxp3陽性Tregの誘導

 Giesbrecht K, Förmer S, Sähr A, et al. Streptococcal Pyrogenic Exotoxin A-Stimulated Monocytes Mediate Regulatory T-Cell Accumulation through PD-L1 and Kynurenine. Int J Mol Sci. 20:3933, 2019.

Spe-Bによるパイロトーシス/制御性ネクローシス

 Deng W, Bai Y, Deng F, et al. Streptococcal pyrogenic exotoxin B cleaves GSDMA and triggers pyroptosis. Nature. 602:496-502, 2022.

Spe-Cについての理解を深める

 Rasooly R, Do P, Hernlem B. T-cell receptor Vβ8 for detection of biologically active streptococcal pyrogenic exotoxin type C. J Dairy Sci. 106:6723-6730, 2023.

SMEZの炎症性サイトカイン誘導について

 Unnikrishnan M, Altmann DM, Proft T, et al. The bacterial superantigen streptococcal mitogenic exotoxin Z is the major immunoactive agent of Streptococcus pyogenes. J Immunol. 169:2561-259, 2002.

SSAの同定

 Reda KB, Kapur V, Mollick JA, et al. Molecular characterization and phylogenetic distribution of the streptococcal superantigen gene (ssa) from Streptococcus pyogenes. Infect Immun. 62:1867-1874, 1994.

DNase:MF2,MF3

 Hasegawa T, Torii K, Hashikawa S, Iinuma Y, Ohta M. Cloning and characterization of two novel DNases from Streptococcus pyogenes. Arch Microbiol. 177:451-456, 2002.

 

 おわりに 

劇症型溶血性レンサ球菌感染症に限らず,感染症が重篤化し,血圧が低下し,ショックとなり,命を落としてしまう状態として「敗血症:sepsis」に対する早期発見と早期治療が必要です。その上で,劇症型溶血性レンサ球菌感染症が急激に恐ろしい敗血症となるのは,DNAを障害するDNA分解酵素(DNase)などのスーパー毒素・スーパー抗原を産生するからです。「劇症型溶血性連鎖球菌感染症」は,四肢などの筋肉痛で始まり,突然,敗血症や敗血症性ショックに移行しやすいことに注意します。もちろん,げが,鍼治療などでは,普段から破傷風菌や「人食いバクテリア」に気をつけて頂きます。擦れ傷でも,「劇症型溶血性連鎖球菌感染症」に気をつけて頂きます。傷,そして筋肉痛,そこに皮膚の「腫脹:はれ」,「水疱形成」,「表皮剥脱」では,溶血性連鎖球菌感染症に留意して対応しています。UK株が,本邦にも入ってきているようであり,救命救急センターでも「劇症型溶血性レンサ球菌感染症:人食いバクテリア」に注意して対応している状況にあります。

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 紹介 敗血症の診断/治療の流れ 

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敗血症/敗血症性ショックの診断治療バンドル 簡略版 2023 (オリジナル)

2013年2月 初版,2023年1月 改定第2版

 

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 紹介 人食いバクテリアの診断と治療の流れ 

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ミニレクチャー ホタルイカの急性腹症

2020年03月25日 20時52分25秒 | 講義録・講演記録4

講座 ホタルイカの急性腹症

ホタルイカの腹痛で注意すること

 

名古屋大学大学院医学系研究科

救急・集中治療医学分野

松田直之

 

概 説

 富山湾では,毎年3月〜6月にホタルイカを採取しています。ホタルイカの「踊り食い」は禁止,新鮮とされる未冷凍のホタルイカを食べてはいけません。激烈な腹痛として,救急対応となりますが,食あたり程度としての説明とせず,消化器内科での外来フォローなどの紹介対応が必要です。

 イカではアニサキス,ホタルイカでは「旋尾線虫(せんびせんちゅう)(Crassicauda giliakiana)」に注意が必要です。ホタルイカの内蔵には,「旋尾線虫」の約13種類のうち,タイプⅩ(テン)の幼虫がいます。タイプⅩ(テン)は,長さ約1 cm,幅約0.1 mmの糸くずのようなものなので,胃や十二指腸にいてもなかなかわかりにく,一般に内視鏡での発見や摘出が困難なのです。アニサキスはすぐに内視鏡で摘出を行いますが,ホタルイカ旋尾線虫の幼虫は内視鏡で摘出困難なのです。

 ゆでたり冷凍することなく生のホタルイカを食べると,約2%〜7%の確率で,あるいは時期により高確率で「旋尾線虫タイプⅩ」に暴露されます。ホタルイカによる急性腹症として,急激な腹痛や嘔気や嘔吐に加えて,約3日のうちに腹部などの皮膚にミミズばれができる「皮膚爬行(はこう)症」が生じたり,消化管浮腫として腸閉塞に至るケースがあることが知られています。また,血流に乗って目などに飛び火するのも困ります。クジラでは,腎障害の原因となることも知られています。

 このようなホタルイカを万が一,知らないで生で食べてしまった場合,激烈な腹痛がやってくる場合があります。注意することは,ご自身では1)排便があるかどうか,2)腹痛,3)アレルギー症状,4)息苦しさ,5)発熱,6)眼痛・目のかすみなどの注意します。救急外来では,肝逸脱酵素の評価,炎症評価,目の評価なども必要に応じて追加します。十二指腸や空腸領域の消化管浮腫が強く,入院するケースでは,イレウスに準じた絶食や減圧などの対症療法となり,重症の場合には手術を考慮します。

救急医療における注意事項

1.要注意:ホタルイカの生食

 フォロー体制が必要です。

 ・アレルギー症状:アナフィラキシーにも注意

 ・好酸球増加に注意:急性好酸球性肺炎,好酸球性心筋炎などに要注意

 ・排便確認:消化管浮腫,イレウス症状の進行

 ・急性虫垂炎:併発する急性虫垂炎の可能性

 ・眼症状

  など

 

2.検査データ等のフォロー

 ・白血球数

 ・好酸球数

 ・炎症活性

 ・肝逸脱酵素

  など

 

注意事項

1.ホタルイカの調理

 生食では1)−30 ℃で4日間以上,2)内臓を除去すること,加熱処理では1)沸騰水30秒以上,2)中心温度で60℃以上の加熱が必要とのことです。とにかく,採れたての生のホタルイカに注意され,そのままで食べないようにして下さい。

 

2.最寄りの保健所への届け出

 飲食店でホタルイカが出され,食中毒が疑われる場合は,24 時間以内に最寄りの保健所に届け出ます。旋尾線虫は,食中毒原因物質として例示はされていませんが,「食品媒介感染症の疑いの場合には,保健所長の一元的指揮のもと,現行の食中毒事件票に明示された病原体のみを対象とするのではなく,食品保健部門が一次的原因究明を行うことが効果的である」(公衆衛生審議会意見,平成9 年12 月24 日)および新しい時代の感染症対策について(公衆衛生審議会伝染病予防部会,平成9 年12 月9日)として,その後の発生を抑制するために届け出ることになります。適切な注意喚起をして頂くことになります。


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文献レビュー 敗血症の診断と治療 2019

2019年08月23日 20時59分23秒 | 講義録・講演記録4

文献レビュー 

敗血症の診断と治療 2019

名古屋大学大学院医学系研究科

救急・集中治療医学分野

松田直之

 

2019年までの敗血症診療の方向性を2017年レベルの文献を中心としてまとめています。ご参照下さい。

医療従事者でない皆さまは,敗血症の基本的知識の拡充のために敗血症YouTubeと合わせて御覧ください。

 

 敗血症の定義と診断に関する進展 

  敗血症は,感染症による臓器不全の進展である。感染症と区分する目的は,がん,脳卒中,急性心筋梗塞,重症糖尿病,急性肺炎,高齢などのもととなる状態に感染症がやってきたときに,元の病気と生じてくる臓器不全を分けて診療する提案をするためのクリニカルターム(clinical term:診療管理用語)である。

 Sepsis-31)の定義が,2016年に世界の敗血症の中心人物たちにより公表され,全身性炎症反応(systemic inflammatory response syndrome:SIRS)2)の基準を敗血症診断に用いない方針となったが,これは正しいとか間違っているを超えた世界的な保健政策である4-8)。全身性炎症という概念と病態は,依然として学術として追求される領域であることは正しい。Sepsis-3では,「敗血症は感染によって引き起こされる生命を脅かす臓器機能不全」と定義されたが,SIRSは敗血症を進行させる病態概念して重要であり,再評価が必要とされている。Fang等8)は,21,491例の感染症患者のデータベースより,Sepsis-1に合致する敗血症でSepsis-3に合致しないものの21日死亡率は約6.96%と報告している。すなわち,Sepsis-3では早期診断よりもむしろ臓器障害としての死亡予測に重点が置かれているため,敗血症の発見が遅れて死亡する可能性が指摘されている。2015年に公表されたANZICSのデータでは集中治療室(intensive care unit,ICU)における臓器不全を伴う敗血症においてSIRS基準を満たさない患者は約1/8,SIRSによる敗血症の診断感度は約88%だったが9),Sepsis-3により臓器不全の進行として敗血症を診断することで,敗血症の早期診断と早期治療を遅らせる可能性がある。このように,SIRSは敗血症の一般的な特徴であり,早期診断のプロセスとしては重要という考えが残存している4-8)。 

 このように,Sepsis-31)の発表後のSepsis-3に対する問題を提起する論文が,投稿されたのが2017年からである。救急外来における成人の敗血症性ショックとして対応したAustralasian Resuscitation in Sepsis Evaluation (ARISE) trial10)のポストホック解析では,SIRS基準を満たし,血液分布異常性ショックとして乳酸値上昇を認めた1,591例において,qSOFAを満たしたのは1,139例(約71.6%),また,qSOFAおよびSepsis-3の敗血症診断に合致したのは1,010例(約63.4%),さらにSepsis-3の敗血症性ショックの診断に合致したのは203例(約12.8%)という結果である。ここでは,SOFAスコアや乳酸値≧2mmol/Lを用いるSepsis-3では,敗血症性ショックの早期診断を損ねている可能性が指摘された。

 また,成人の敗血症を対象とした過去の2つの臨床研究11)の解析としてSepsis-12)による敗血症性ショックの470例が評価され,このうち約57%がSepsis-3の敗血症性ショックの基準を満たしていないと報告された。このデータにおいても,Sepsis-31)の診断基準では臓器不全および死亡率の増加した敗血症性ショックが同定され,Sepsis-3を満たさずにSepsis-1の基準のみを満たした例でも約10%を超える死亡率を認めている。このようなSepsis-3を用いた診断に関する報告が,2020年までに一定数の集積が見込まれ,この解析を本邦でも行う必要がある。

 一方,電子記録システム(Millennium:Cerner Corporation,Kansas City,Missouri),クラウドベースの敗血症サーベイランス,CDS(St. John Sepsis Surveillance Agent:Cerner Corporation、Kansas City,Missouri)を用いた8施設の共同解析12)では,Sepsis-3の早期診断に用いqSOFAスコアと,聖ヨハネ敗血症サーベイランスエージェント(SIRSアラート:体温>38.3℃または<36℃,心拍数>90回/分,呼吸数>20回/分,白血球数>12,000/ mm3または<4000/mm3または幼若球>10%,血糖値140~200mg/dLのうち3つ以上を満たす)が比較された。17,044例の入院患者のうち5,992例(35%)が感染疑いとして評価されたが,感染症発症,ICU内死亡,院内死亡のすべての予測において,聖ヨハネ敗血症サーベイランスエージェントがqSOFAに勝る結果だった。感染症の臓器不全への移行における初期評価として,白血球数や血糖値などの血液・生化学検査や心拍数変動などの理学所見は,qSOFA以上に院内における早期診断として有用である可能性が指摘された。qSOFAは,検査ができない状態での敗血症の簡易スクリーニングとしての役割に限定される可能性がある。

 さらに,SOFAスコアを用いたSepsis-31)による最終診断が臓器不全の進行する重篤な患者群を検出できることがSepsis-3公表後に検証されたが13-17),臓器障害の臨床情報や予後改善においてはSepsis-218)の24の評価項目の有用性が指摘されてきた19, 20)。これらの評価からは,院外ではなく,院内の敗血症管理においては,SIRSの概念と定義の再構築や新たなバイオマーカーを含めて,敗血症の早期診断と早期治療の達成をターゲットとする課題が提起されている。日本版敗血症診療ガイドライン20163)の4年後の改訂予定では,これらのエビデンスを統合的に評価することとなる。 

 敗血症および敗血症性ショックにおける疫学と生命予後  

 敗血症の疫学においては,これまで1991年から2009年までの評価可能な36の臨床研究データとして,28日死亡率の年次推移がStevenson等21)の論文にまとめられている。1991年から1995年における平均死亡率約46.9%から,2006年から2009年の平均死亡率約29%まで,年間約3%ずつの敗血症による死亡率低下として評価されている。これに対して2017年には,韓国からは韓国ショック学会の2015年10月から2016年6月までの19歳以上を対象とした敗血症性ショックのレジストリ22)のAcute Physiology and Chronic Health EvaluationⅡ(APACHEⅡ)スコア平均18.5の468例の結果として,院内死亡率22.9%, 28日死亡率21.8%,90日死亡率27.1%が報告されている。また,台湾からの報告23)では,2002年から2012年までの11年間で診療データベースよりSepsis-3に合致する1,259,578例が抽出され,2002年の638例/10万例より2012年では772例/10万例に敗血症罹患率は年あたり約1.9%に増加しているが,敗血症の院内死亡率は年間あたり0.45%の割合で27.8%から22.8%に減少していることが報告されている。

 敗血症の予後に関する報告は,2017年においても多くの論文が検出できる。Leisman等24)の敗血症3,686例を解析した報告では,心不全 (オッズ比1.43; 信頼区間1.20-1.72),低体温(オッズ比1.37; 信頼区間1.10-1.69),低酸素血症(オッズ比1.33; 信頼区間1.12-1.57), 乳酸値≧4.0 mmol/L(オッズ比 1.28; 信頼区間1.08-1.52), 免疫不全(オッズ比1.23; 信頼区間1.03-1.47),および凝固障害(オッズ比1.23; 信頼区間1.03-1.48)が危険因子として挙げられている。 2011年1月から2015年6月までの6施設の後方視的解析25)では,Surviving Sepsis Campaign guideline 201226)における3時間以内の達成を目標とした3時間管理バンドルの4内容が評価され,1)抗菌薬投与前の1時間以内の血液培養検査が50分,2)乳酸値評価が20分,3)広域抗菌薬投与が125分,4)平均血圧低下(≦ 65 mmHg)と乳酸値上昇(≧ 4 mmol/L)に対する30mL/kgの晶質液投与が100分を閾値として,死亡率が上昇するとした。この研究における院内死亡は1,412例(27.8%)であり,3時間より早く対応する必要性が言及されている。この3時間バンドルに含まれる乳酸値については,Oh等27)は18歳以上の1,043例の敗血症患者の解析として,乳酸値が2mmol/L以下の369例(35.4%)に対して,28日死亡率にAPACHEⅡスコア,C反応性蛋白,慢性心不全の既往が関係するとしている。また,Driessen等28)は敗血症性ショックのICU死亡率増加の閾値として血清乳酸値は6mmol/Lを報告しており,一方で日本救急医学会のSepsis Registry Study Group29)は敗血症の院内死亡率増加は血清乳酸値4mmoL/Lを閾値とすると報告している。日本救急医学会のSepsis Registry Study Group30)は,さらに敗血症の生命予後の危険因子として低体温を指摘している。

 敗血症のバイオマーカーへの注目 

  バイオマーカー(Biomarker:生物指標化合物)とは,疾患の存在や進行度を反映する血液中分子である。敗血症の病態生理学的特徴からは,微生物の含有作動分子(リガンド)や,白血球系細胞や上皮系細胞と反応して新たに産生された分子群がバイオマーカーとして期待できる。Sepsis-218)における診断補助として挙げられたもの以外のバイオマーカーとして2017年には,pentraxin-3(PTX3),cytosolic heat-shock protein 90 kDa alpha class B member 1 (HSP90AB1),soluble triggering receptor expressed on myeloid cells-1s(TREM-1),CD64(Fcγ受容体1A), suPAR(可溶性ウロキナーゼ受容体),老化阻止分子α-Klotho,インスリン抵抗性分子Fetuin-Aなどが認められる。

 PTX3は,リポ多糖体(リポポリサッカライド:LPS)に反応して特に血管内皮細胞と血管平滑筋細胞から多く産生されるため,interleukin-6(IL-6)などの刺激により肝臓で産生されるCRPと比べれば鋭敏に,敗血症における血管局所の炎症を反映すると考えられる。敗血症におけるアルブミンの有効性を評価したALBIOS研究31)では,958例で切断率の低いlong PTX3を計測しており,PTX3の第1病日値は72(33-186)ng/mLであり,臓器障害の重症度と相関していた。PTX3濃度は,敗血症の第1病日から第7病日で低下したが,敗血症性ショックをでは減少率が有意に低下していた。PTX3を,敗血症罹患のリスク因子としての新たなバイオマーカーとして推奨する論文32, 33)は増加傾向がある。

 また,敗血症性ショックにおける小児の血液を用いたprotein-protein interaction network解析34)では,lysine (K)-specific demethylase 6B(KDM6B), histone deacetylase 2(HDAC2), V-Myc avian myelocytomatosis viral oncogene homolog (MYC),HSP90AB1,poly (A)-binding protein cytoplasmic 1 (PABPC1)が,正常小児と強い差を検出できるトップ5として検出されている。これらは,2018年までに炎症病態で上昇することが確認されており,転写因子nuclear factor-κBなどで制御される分子群である。HSP90AB1に関する文献が一定数で存在する。2017年までのデータを振り返る限り,TREM-1については敗血症における感度はCRPやIL-6と同等かもしれない。 

 敗血症における抗菌薬の有効利用 

  敗血症は,微生物の持つ炎症性分子とToll-like受容体などの反応による炎症病態を基盤とする。敗血症治療の長期化,免疫膠原病などの慢性炎症病態,がん病態,免疫不全などでは,抗炎症性サイトカインや増殖性サイトカインが複雑に病態を修飾する。病態生理学的には,微生物リガンドを低下させるようにできるだけ早期に抗菌薬を投与することが期待される。また,ドレナージが可能であれば,ドレナージのタイミングを逸しないことが期待される。

 敗血症性ショックにおける抗菌薬の投与においては,メチシリン耐性ブドウ球菌における投与としてバンコマイシンを選択する場合には初期投与量を通常より減少させないこと35),Acinetobacter baumanniiやPseudomonas aeruginosaなどを対象としたメロペネムの使用においてもaugmented renal clearanceを考慮して開始初期の投与量を減少させないこと36)が,2017においても薬物動態(pharmacokinetics:PK)と薬力学(pharmacodynamics:PD)の観点より報告されている。Sherwin等37)は,1,552文献の中から14の文献のレビューとして,抗菌薬投与開始までの時間を1時間以内として推奨している。

 以上のような抗菌薬の適正管理として,本邦でも薬剤師の関与が期待されている。敗血症76例のコフォート研究38)では,薬剤師の介入により抗菌薬適正使用の割合が約66%から80%に有意に増加した。最初の抗菌剤投与までの中央値が43分であり,適切な抗菌治療までの時間はコホート全体で1時間34分であるとしている。敗血症管理における薬剤師評価は,一般病棟管理における薬剤師レスポンダーとして強く期待される。

 敗血症性ショックにおける血圧管理と血管作動薬 

 敗血症性ショックにおける血圧管理の目標について,これまで2つの大規模臨床研究39, 40)に準じて,平均血圧65mmHgを超える高い血圧を期待する必要はないとする報告が散見される。これらを含めて,2017年11月までの成人敗血症性ショックのデータ解析41)として,MEDLINE,EMBASE,Controlled TrialsのCochrane Central Registerより解析可能な894例が抽出され,高い血圧管理(約75–80 mmHg)は低い血圧管理(約60–65 mmHg)と比較して28日死亡が高まる傾向をが示され(オッズ比1.15,95%信頼区間 0.87-1.52),平均血圧65mmHgレベルを推奨することが確認されている。この解析41)では,昇圧薬を用いて6時間を超えて平均血圧が高い群では有意に死亡リスクが高まるという結果も示されている(オッズ比3.00,95%信頼区間1.33-6.74)。現時点においても,平均血圧65mmHgを目指す血圧管理が推奨され,適時,血管作動薬を適切に減量していくことが必要である。

 昇圧に関する2019年までのトピックスとしては,既に1990年代までに循環薬理領域で討議されたアンジオテンシンⅡアナログの再燃である。Angiotensin II for the Treatment of High-Output Shock(ATHOS-3)42)は,ノルアドレナリン0.2μg/kg/分以上や同等に血管作動薬を投与されている血液分布異常性ショックをランダム化し,主要評価項目をアンジオテンシンⅡアナログ投与開始3時間後における10 mmHgの血圧上昇や平均血圧75mmHgの維持とした。本研究は,合成ヒトアンジオテンシンⅡ(LJPC-501)の市販に向けた研究でもある。ATHOS-3の結果は,アンジオテンシンII群161例とプラセボ群158例の解析として,アンジオテンシンII群(163例中114例,69.9%),プラセボ群(158例中37例,23.4%)として,LJPC-501で高い血圧管理ができたという結果だった(オッズ比7.95,95%信頼区間4.76~13.3; p<0.001)。 重度な有害事象は,LJPC-501で60.7%でありプラセボ群の67.1%より低い結果だったが,28日死亡はアンジオテンシンII群で163例中75例(46%),プラセボ群で158例中85例(54%)であり,28日死亡率の低下傾向を認めるものの統計学的有意差を認めなかった(ハザード比0.78; 95%CI 0.57~1.07; P = 0.12 )。

 敗血症性ショックにおける平均血圧65mmHgを目指す血圧管理としてのアンジオテンシンIIの臨床研究,すなわち平均血圧65mmHgを目指したノルアドレナリンとアンジオテンシンⅡの比較臨床研究が期待される。敗血症性ショックを対象として2013年2月から2015年5月まで施行されたバゾプレシンとノルエピネフリンの前向き臨床研究VANISH試験43)では,平均血圧65~75mmHgを目標としてバゾプレシンとノルアドレナリンが比較されたが,28日死亡率および急性腎障害の改善に有意差が認められなかった。これに対して,平均血圧60mmHgを超えることを目標としたバソプレシンV1A受容体に選択性の高いセレプレシンの臨床研究が継続されている44)。アンジオテンシンⅡアナログの産業については,アンジオテンシンⅡの学術的背景や病態生理学を重視することが大切であり,日本への導入においては安全性確認として臓器不全を残さないように,また長期予後を慎重に評価していくことが必要な検討内容の一つと評価された。 

 敗血症性ショックにおける心機能抑制という留意事項 

 敗血症は,交感神経緊張などのアドレナリン作動性β受容体作用,アシデミア,低体温,サイトカイン受容体シグナルなどにより心筋細胞内で細胞内カルシウム濃度が高まりやすい病態であり,心拡張不全や不整脈の誘引となり,β受容体刺激は原則として禁忌に近い。これらの影響により,敗血症では特に右心系の細胞内カルシウム過負荷が生じやすく,右心不全が生じやすい。

 2017年に報告されたメイヨークリニックからの2007年1月から2014年の12月までの388例の敗血症症例の解析45)では,214 例(55.2%)が敗血症に右心不全を合併しており,右心不全と左心不全を合併しているのは100例(25.8%)だった。ドブタミンなどのアドレナリン作動性β受容体刺激は,診療における不整脈発生や免疫抑制等の弊害である一方で,敗血症性ショックの予後を改善するという臨床研究は完全に認められない。

 一方,慢性的にβ遮断薬を服用している患者群では敗血症の予後が良好であること46)や,敗血症におけるβ受容体遮断薬が敗血症の予後を改善することは臨床研究や症例報告などで示唆されている。エスモロールの5つの臨床研究のレビュー47)では,エスモロールは生存率を有意に高め,心拍数とトロポニンIを有意に低下させ,血圧,中心静脈圧および中心静脈酸素飽和度を悪化させないことが示めされている。

 敗血症において,心筋細胞内カルシウム過負荷は,心房筋,そして心室筋に生じる。緊張の強い状態で救急外来に搬入されるなどの内因性カテコラミンに暴露され,心過収縮をカルシウム代謝の改善まで心刺激を休ませ,体血管抵抗管理と輸液調節で待機するのが最良かもしれない。随伴する敗血症性ショックを対象としたカルシウム感受性増強薬リボシメンダンに関する10の臨床研究について48),588例が解析され,乳酸値を低下させるが,死亡率改善には有意差が認められないという結果だった(リスク比0.96,95%信頼区間0.81-1.12)。このような病態における苦肉の策としては,アドレナリン持続投与あるいは経皮的心肺補助(ECMO)であるが,診療エビデンスは2017年においても不十分である。

 敗血症性ショックにおける輸液と輸血について 

 敗血症性ショックの蘇生におけるearly-goal directed therapy(EGDT)は,日本版敗血症診療ガイドライン3)の通り,その詳細な蘇生プログラムは否定されている。従来,このブログ「救急一直線」でも,EGDTの最も重要な功績は敗血症性ショックの血管拡張性病態における輸液療法の積極性を輸液安全性のモニタリングとともに推奨したことにあると考えている。PRISMグループの解析49)では,2016年までの138施設3,723例の解析として,90日死亡率はEGDTで24.9%,通常治療で25.4%と報告され,あたかもEGDTを否定しているが,EGDTは敗血症性ショックの初期輸液の重要性を2001年に再提起し,2001年以降の通常治療の質を改善させたとものである。

 一方,敗血症性ショックの管理の質の高まりにより,初期からノルアドレナリンを併用することにより輸液量を減少させることができることや,結果的に敗血症性ショックにおける輸液量が少ないほうが生命予後が良いことが知られている。Marik等50)は,プレミア病院データベースを用いて,救急外来からICUに入室した連続した敗血症および敗血症ショック症例23,513例の第1病日の体液を1Lの幅に分類し,1-1.99Lから9Lまでとして1L毎に輸液量で患者群を分類した。第1病日の輸液量は人工呼吸を受けていない群で平均4.4Lであり,非ショックで人工呼吸のない郡で3.6Lレベルだった。このMarik等50)の報告は,コホート全体の院内死亡率は25.8%であり,輸液量5Lを超える追加リットルにつき死亡率が2.3%ずつ増加するとし,より少ない輸液管理を推奨する内容である。

 また,9施設合同の観察コフォート研究51)として,成人敗血症11,182例を対象として,敗血症の同定から30分以内,31~120分未満,120分以上における輸液開始までの時間の3群が評価され,輸液開始が早いのは低血圧,発熱,尿路感染症,軟部組織感染症,輸液開始が遅いのは心不全と腎不全として確認された。30分以内にクリスタロイドが開始されたのは530例(36%),31-120分が2,388例(21%),120分以上が3,458例(31%)であり,30分以内の輸液開始は120分を超える場合と比較して院内死亡率を有意に改善していた(オッズ比0.76,信頼区間0.64-0.90)。このような輸液開始までのタイミングの研究も散見される。

 輸液量を減少させせる工夫として,3%食塩水を用いた研究が報告されているが,REVA research network52)からは,敗血症性ショックにおいて3%食塩水は生命予後を改善しないことが報告されている。この研究は,2012年11月3日から2014年6月13日まで,18歳以上の成人敗血症性ショックを対象としてフランスの22施設で施行された434例の報告であり,酸素化管理をSaO2 88-95%の正常酸素群とFIO21.0の高酸素群,また3%食塩水による蘇生群と,0.9%生理食塩水による蘇生群の4群が評価された。しかし,この研究では,FIO21.0の高酸素群で死亡率が高まる可能性が認められたため,安全性の理由から予定より早めに中止された。敗血症性ショックの管理においても,本研究のように高濃度酸素暴露の危険性が示唆されている。解析された434例における28日死亡は,高酸素で217例中93例(43%),正常酸素群217例中77例(35%),一方,蘇生に用いる食塩水においては高張群で214例中89例(42%),等張群で220例中81例(37%)であり,統計学有意差を認めなかった。敗血症性ショックにおいて,3%食塩水を用いて輸液総量を減少させる成果としては,REVA research network52)を超えた十分なエビデンスが認められない。以上のような,輸液の適正化を探る研究は,2018年移行もTrialなどに報告され,企画されている。

 最後に,敗血症性ショックにおける赤血球輸血による酸素運搬の改善として,日本版敗血症診療ガイドライン20163)のCQ.9-1に記載されているようにHb≧7.0 g/dLが推奨され,心血管系イベントのある場合ではHb.10g/dLを考慮する。このデータに補綴する内容としては,UTCOMEREA Study Group53)のデータとして,フランスのマルチセンターデータベースを用いた敗血症6,016例の前向き解析研究がある。本研究53)では,赤血球輸血の有無は死亡率を統計学的には増加させないが(ハザード比1.07,95%信頼区間 0.88-1.30),新たな感染症発症(ハザード比2.77,95%信頼区間2.33-3.28)および低酸素血症の増悪(ハザード比1.29,95%信頼区間1.14-1.47)を認め,ヘマトクリット値26%レベルの管理を適正とし,ハザード比を0.72(95%信頼区間0.55-0.95)に減少できると報告している。

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研修医・コメディカル・医学生講座 急性冠症候群の診断と治療

2019年02月22日 01時15分36秒 | 講義録・講演記録4

講座 急性冠症候群の診断と治療

名古屋大学大学院医学系研究科 救急・集中治療医学分野

教授 松田直之

 

 はじめに 

  急性冠症候群は,冠動脈粥腫破綻と血栓形成を特徴とし,冠動脈の走行に一致した心筋虚血を生じる病態です。突然に発症した新しい胸痛,痛いところを明確に指すことのできない胸痛,胸の重たさ,また心窩部痛や歯痛などの随伴に注意します。自覚症状に加えて,トロポニンTなどの心筋バイオマーカーや心電図により,不安定狭心症,ST上昇型急性心筋梗塞(ST elevation myocardial infarction:STEMI),非ST上昇型急性心筋梗塞(non-ST elevation myocardial infarction:NSTEMI)に分類しています1)。急性冠症候群の診断と治療には,ガイドライン1, 2)があります。また,心筋梗塞の国際定義は,2018年に第4回目の改定があり,急性心筋梗塞は2019年の段階で5つのタイプに分類されています(表1)。急性心筋梗塞を疑う場合,緊急性の高い病態として診断と治療を同時に進めます(図1,表1,表2)。本稿では,この診断と治療について説明します。

 急性冠症候群の診断 

(1)問診の重症性

 急性冠症候群の診断において,会話ができる状態では,問診はとても重要です。しかし,診断と治療を同時に進めていることに注意し,問診だけに体を止めてはいけません。

 急性心筋梗塞の超急性期でST上昇を示す例は,約50%です。約10%は正常の心電図であることのも注意しましょう3, 4)。症状としては前胸部に強い不快感や絞扼感を自覚することが多いですが,顎,頸部,肩,心窩部,背部,腕へ違和感が放散する場合や,これらの部位にだけに違和感が限局する場合にも注意が必要です。また,胸部絞扼感ではなく,ズキズキ,ヒリヒリした感じ,刺されたような感じなどの痛みの伝え方が異なる場合もありまる。このような症状は,高齢者や糖尿病患者さん,末梢神経障害のある患者さんなどで異なることにも注意します。

 問診では,そのような胸部不快感や随伴症状,息切れなどの前駆症状の有無を確認します。そして,冠危険因子として,①高脂血症,②高血圧,③糖尿病,③慢性腎臓病,④肥満,⑤喫煙歴,⑥職業ストレス,⑦家族歴などに注意します3, 4。私などが専門としている救急科領域および集中治療領域では,院外発症だけではなく,一般外来や病棟などのでの院内での急性発症にも注意しています。

 (2)心電図変化

 急性心筋梗塞を疑う場合,直ちに,12誘導心電図検査を行います(表3)。これは,一般の救急外来(emergency room:ER)ではルーテン化されていると思います。胸痛ではすぐに心電図,その初回の心電図でST変化を診断できない場合において,しかし急性心筋梗塞が強く疑われる場合には5~10 分毎に12 誘導心電図を記録するように指導しています。

 その心筋梗塞超急性期では,T波は尖鋭化・増高(hyperacute T)となることがあります。冠動脈の閉塞により,心内膜から心外膜まで貫通性に心筋虚血を生じた場合には,心臓の虚血流域のST上昇,そして対側の誘導にST低下(reciprocol change)が生じます。ST上昇型心筋梗塞(ST-segment–elevation myocardial infarction :STEMI)と診断した場合には,経皮的冠動脈インターベンション(percutaneous coronary intervention:PCI)が必要となります。PCIを選択した場合には,私たちの初期評価から30分以内にカテーテル検査へ,90 分以内のバルーン拡張とステント留置が目標とされています5)。救急領域に勤務する医師やコメディカルの皆さんの即時対応と循環器領域の医師の連携となります。

 ST上昇の基準です。心電図のSTではでは,QRS-ST junction(Jポイント)から横軸0.04秒後(1 mm)の基線から,縦軸の高さが1 mm(0.1mV)以上上昇した状態に注意します。隣接した2つ以上の誘導で1mm以上のST上昇がある場合,典型的なSTEMIとなります。しかし,この条件ではV2,V3で偽陽性が起こりやすいことが知られています。V2とV3では2 mm以上の上昇を基準としたり,40歳以下では2.5 mmの上昇を基準とすることで診断感度が高まります。

 また,心筋梗塞のST上昇での注意事項としては,下壁梗塞と後壁梗塞があります。Ⅱ,Ⅲ,aVFのST上昇を伴う急性下壁梗塞では,右側胸部誘導(V4R)を記録し,右室梗塞の合併を評価します。V4Rで1 mm(0.1mV)以上のST上昇がある場合には右室梗塞の可能性があり,この場合,亜硝酸薬,ニトログリセリンなど血管拡張薬は顕著な血圧低下をきたす危険性があることを知っておきましょう。

 さらに,後壁梗塞では後壁のST上昇の対側性変化としてV1~V4 誘導のST低下だけを認めることがあり,背側部誘導(V7~V9誘導)の評価を加える場合があります。

 その上で,ST低下は,低下領域の相対的虚血(demand ischemia)を考えます。貧血,肺機能低下,運動,頻脈などの酸素供給低下や酸素需要増大に伴い,心臓の酸素需給バランスが低下した領域でSTが低下します。ST低下領域には安定プラークなどの冠動脈有意狭窄が存在する可能性があり,労作時胸痛が生じる安定狭心症が隠れているかもしれません。このように,ST低下に対しては,酸素需給バランスが乱れる理由,つまり原因の探索が大切です。しかし,落ち着いていますので,緊急に冠動脈カテーテル検査を行うものではありません。心電図については,以前のものとの比較などを行い,ST上昇時と同様に時系列で心電図を比較して診断に役立てるようにしてください。

(3)聴診:Ⅲ音,収縮性雑音

 聴診にあたっては,III音の有無を確認するようにします。Ⅲ音は,心臓の拡張早期に心室への急速充満の時期に注意して確認します。このため,Ⅲ音は心尖部で聴取しやすいです。左心房から左心室へ流入する血流が心室壁で急に阻止されるとIII音は発生し,Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ音が連続して聴取できると「馬の駆け足の音」に似るので奔馬調(gallop rhythm:ギャロップリズム)と呼ばれています。III音の有無は,このように重症左室不全の所見ですし,心不全の重症度と予後予測のKillip分類(表4)にも用いています。

 また,心音において,収縮期雑音では左室拡大,僧帽弁逆流,心室中隔穿孔の合併を考えます。僧帽弁逆流は心尖部を最強点とし,振戦(thrill:スリル)を伴う全収縮期雑音となります。心室中隔穿孔による心雑音は,第4肋間胸骨左縁で最強点となりやすいです。心膜摩擦音は,梗塞範囲の大きい貫壁性心筋梗塞で,発症後2~3 日の吸気時に聴取されやすいものです。

(4)心エコー検査

 心エコーで,直ちに心室壁運動異常,asynergy(非同期:壁が厚くならない・心尖部方向に引っ張られない)の有無を評価します。胸痛の患者さんでは,12誘導心電図,心エコー,血液生化学検査(心筋逸脱酵素を含む)を評価セットとします。12誘導心電図でST上昇を認める場合は,ST上昇で示される領域がasynergy部位と一致するかどうかを評価します。 

 そして,次に,弁の機能を評価する。急性心筋梗塞に,弁の機能不全を合併し,心不全が進行する危険性もあります。また,大動脈バルーンパンピング(intraaorta balloon pumping:IABP)は,高度大動脈弁閉鎖不全症では禁忌です。大動脈弁閉鎖不全症や大動脈弁輪部の拡大を認める場合は,頸動脈や腹部大動脈を評価し,解離腔の有無も評価します。大動脈弁狭窄症や右室梗塞では,亜硝酸薬などの血管拡張薬は体血管抵抗を減少させる危険性があるので,過度の血圧低下をきたすことに注意しなければなりません。大動脈弁狭窄症などの可能性を事前に評価して知っておくことが血管拡張薬の併用において重要なポイントとなります。

 また,急性心筋梗塞に合併した弁膜症の重症度の評価や,心房細動における左房内血栓の評価に経食道エコー(transesophageal echocardiographyTEE)が有効です6)TEEは,胸壁からの心エコー図法より左心房や左心耳の血栓の評価に優れています。

(5)心筋バイオマーカー

 梗塞サイズの定量化には,一般にクレアチンキナーゼ(CK)とCK-MB,そして心筋特異性が高い心筋トロポニンIやトロポニンTを用いています。高感度トロポニン検査は,STEMIの早期診断には有用なのですが,梗塞サイズの推定に有用であるというエビデンスはこれからです7)。発症からの経過時間別にみた心筋バイオマーカーの診断精度の概要は表5を参考としてください。

 急性冠症候群の治療 

(1)気道確保について

 初期治療では,鎮痛・鎮静,気道管理を含めた酸素投与および全身管理となります(図2)。このため,救急外来があることや,救急専門医がいることで,診断と治療がスムーズに行われると思います。鎮痛・鎮静に対しては,塩酸モルヒネを0.08-0.1mg/kgを静注しています。ニコランジルやモルヒネの心筋保護作用(ミトコンドリア保護作用)なども勉強されると良いでしょう。

 特徴となる肺うっ血では,私はジャクソンリース回路を適切に使うことができるかどうかを指導しています。アンビューマスクでは,自発呼吸を用手的に補助しにくい特徴があります。ジャクソンリース回路を適切に使用することで,肺うっ血による低酸素からの心停止を回避する可能性があります。ジャクソンリース回路を用いて,用手的に末梢気道を開存させる方法としてIPPV(intermittent positive pressure ventilation)やCPAP(continuous positive airway pressure)を行うことができます。状態の安定化に合わせて,BIPAPマスクなどを用いたNPPV(non-invasive positive pressure ventilation)を採用すると良いでしょう。

 緊急時には,急性冠症候群を含めて気道(A:airway),呼吸(B:breathing),循環(C:circulation)の管理に十分に対応しなければなりません。このようなトレーニングは,救急外来や手術室における麻酔研修で学ぶことになります。また,off-the  jobトレーニングとして,シュミレーション教育の場で学ぶ(教えて頂く・教える側に回る),そのような機会を大切とされて下さい。

(2)冠動脈拡張について

 心筋虚血による胸部症状には,硝酸薬の舌下または口腔内噴霧で,痛みが消失するかを確認します。血圧低下に気をつけなければなりませんが,硝酸薬の口腔内噴霧は,3~5 分ごとに計3 回まで使用します。

(3)肺うっ血の治療について

 肺うっ血については,フロセミド20 mgの静脈内投与,肺うっ血緩和と心筋保護作用を期待してニコランジル 4~6 mg/時の持続静脈内投与とします。成人にフロセミド1A 20 mgは多いのではないかと質問される場合がありますが,その通りです。正常な状態では,フロセミド5mgでも1時間で400mL程度の尿量を獲得できる場合が多いです。フロセミド20 mgの静脈内投与は,心筋梗塞に伴う腎血流の低下した状態における増量策となります。

(4)抗血栓療法について

 PCIを予定する場合は,冠動脈ステント留置を行うことが予想されるため,ステント血栓症の予防目的でアスピリンとチエノピリジン系抗血小板薬の2剤併用療法とています。チエノピリジン系薬剤のクロピドグレルは,初期負荷投与300 mgあるいは600 mgにより数時間後からの抗血栓効果が期待できます。また,抗血小板薬としてアスピリン162~325 mg(バファリン® 81 mg 2~4 錠またはバイアスピリン®100 mg 2~3 錠)やプラスグレル(エフィエント錠®,投与開始日は1日1回20 mg,維持用量として1日1回3.75mg経口投与)などを併用します。Primary PCI での未分画ヘパリンの投与は,ACC/ AHA2009 ガイドラインでは,70~100単位/kg をボーラス静注し,ACT(活性化全血凝固時間)を 250 秒以上に維持することが推奨されています8。ヘパリンを持続投与する場合は,部分トロンボプラスチン時間(APTT)を50~70秒レベル,APTT比を1.5~2.0として管理します。

(5)心筋保護について

 急性心筋梗塞として,梗塞範囲の縮小を期待してニコランジル4~6 mg/時やカルペリチド0.025~0.1μg/kg/分の投与とします。Iwakura らのメタ解析9では,ニコランジル投与により PCI 後の良好な冠血流を示す効果が確認されています。また,J-WIND-ANP研究10では,PCIによる再灌流療法施行前からカルペリチド0.025μg/kg/分を3日間静注するカルペリチド群とコントロール群の前向き比較検討として,カルペリチド投与群で梗塞サイズが14.7%減少し,左室駆出率は5.1 %増加していることが知られています。心筋保護作用については,ミトコンドリアKATPチャネルの開口によるミトコンドリア死を抑制することが重要であるとする理論や心筋細胞内カルシウム濃度を高めない理論などが存在します。これは,これまでも投稿してきましたが,また別稿で解説します。

(6)PCIの選択

 PCI は,熟練した術者が適切な施設環境において行うことが原則となっています。熟練した術者とは,PCI に関する学会専門医,認定医などの一定の基準に達した医師であり,PCIの実施は熟練者によるか,またはその監督の下に行われるべきとされています。また,厚生労働省の定める施設基準を満たす必要があります。STEMIに対する緊急PCIの手順は,図3を参考とすると良いでしょう。

(7)集中治療管理

 急性心筋梗塞に対するCCU(coronary care unit)/ICU(intensive care unit)の管理目的は,心筋梗塞発症直後の致死性不整脈の治療などの早期発見と治療,そして全身状態の安定化にあります。心電図,パルスオキシメータ,観血的動脈圧測定などの基本モニタリング,速やかな電気的除細動,心臓ペーシングなどで急性心筋梗塞後の急性期死亡を減少させることを目的としています。

 現在は,集中治療医学の発展に伴い,さらに管理内容が全身管理として明確化されてきています。適切な鎮痛・鎮静,不穏と睡眠の管理,NPPVやhigh flow nasal cannula(HFNC)などを用いた呼吸管理(open lung),観血的動脈圧測定,肺動脈カテーテルを用いてのForrester分類に準じた循環管理,intraaorta ballon pumping(IABP)や,extracorporeal membrane oxygenation(ECMO),percutaneous cardio-pulmonary support:PCPS)による補助循環管理,不整脈管理,時系列でのエコー評価,全身性炎症管理,血液凝固線溶管理,経腸栄養管理,血糖コントロール,感染症管理,神経・筋活動性管理などの急性期重症管理に準じた全身管理となっています。血中CK-MBのピークアウトに加えて,全身状態の安定が集中治療終了の目安となります。重症例は,心肺停止に至りますので,上述のさまざまな側面から集中治療管理を行うことになります。

(8)急性期リハビリテーションの重要性

 心筋梗塞発症から1~2週間以内の急性期リハビリテーションの目標は,食事, 排泄,入浴などの患者自分の身の回りのことを安全に行うことができるようになること,および2次予防に向けた教育を開始することにあります。急性期の安静臥床の目的は,身体労作や交感神経緊張による不整脈出現や心筋酸素消費量増加を抑制することにあります。ベッド上安静は呼吸と循環の安定化の評価のもとで,24 時間以内を基準としています。

 おわりに 

 急性冠症候群は,救急領域および循環器領域で対応する重要な病態です。救急領域では,人命救助とデータベース理論,AIを含めた学術の発展や進展として,① 心肺停止,② 慢性疾患の急性増悪,③ 急性心筋梗塞,④ 脳卒中,⑤ 多発外傷,⑥ 精神疾患の急性変化(急性薬物中毒を含む),⑦ 広範囲熱傷の急性期対応,⑧ 環境異常症,⑨ 災害時医療への対応と方策を定める一方で,普段から救急医療を活動させる仕組みを作ることが大切です。この適切な管理システムとして,救急救命センターの運用や,救急外来の整備が重要です。ドクターカーやドクターヘリなども,この急性期対応として活躍しています。急性冠症候群の診断と治療は,医療従事者や市民の皆さんにとって,とても大切です。ご参考とされてください。

 【文 献】 

1. ST上昇型急性心筋梗塞の診療に関するガイドライン(2013年改訂版). Guidelines for the management of patients with ST-elevation acute myocardial infarction (JCS 2013)

2. Thygesen K, Alpert JS, Jaffe AS, et al. Fourth Universal Definition of Myocardial Infarction(2018). J Am Coll Cardiol. 2018;72:2231-2264.

3. 虚血性心疾患の一次予防ガイドライン(2012 年改訂版). Guidelines for the primary prevention of ischemic heart disease revised version (JCS 2012)

4. Karlson BW, Herlitz J, Wiklund O, et al. Early prediction of acute myocardial infarction from clinical history, examination and electrocardiogram in the emergency room. Am J Cardiol 1991; 68: 171-175.

5. Nallamothu BK, Bates ER. Percutaneous coronary intervention versus fibrinolytic therapy in acute myocardial infarction: is timing (almost) everything? Am J Cardiol 2003; 92: 824-826.

6. Fisch C. The clinical electrocardiogram: sensitivity and specificity. ACC Curr J Rev 1997; 6: 71-75.

7. Bonaca M, Scirica B, Sabatine M, et al. Prospective evaluation of the prognostic implications of improved assay performance with a sensitive assay for cardiac troponin I. J Am Coll Cardiol 2010; 55: 2118-2124. 

8. Kushner FG, Hand M, Smith SC, et al. 2009 Focused Updates: ACC/ AHA Guidelines for the Management of Patients With ST-Elevation Myocardial Infarction (updating the 2004 Guideline and 2007 Focused Update) and ACC/AHA/SCAI Guidelines on Percutaneous Coronary Intervention (updating the 2005 Guideline and 2007 Focused Update): a report of the American College of Cardiology Foundation/American Heart Association Task Force on Practice Guidelines. Circulation 2009; 120: 2271-2306.

9. Iwakura K, Ito H, Okamura A, et al. Nicorandil treatment in patients with acute myocardial infarction: a meta-analysis. Circ J 2009; 73: 925-931.

10. Kitakaze M, Asakura M, Kim J, et al. Human atrial natriuretic peptide and nicorandil as adjuncts to reperfusion treatment for acute myocardial infarction (J-WIND): two randomised trials. Lancet 2007; 370: 1483-1493.

 表と図   

表1 急性心筋梗塞の国際分類 2018

 

表2 急性心筋梗塞に対する初期対応の詳細

 

表3 急性心筋梗塞におけるST等の心電図変化

 

表4 Killip 分類

表5 心筋梗塞後の経過時間における心筋バイオマーカーの診断精度 

 

図1 急性心筋梗塞に対する初期対応 

図2 急性心筋梗塞発症時の緊急対応の一例

 

 

 

 

 

図3 緊急PCIが施行可能な施設におけSTEMIへの対応アルゴリズム


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エッセイ 敗血症/敗血症性ショックの診療・教育体制 2018

2018年09月13日 20時08分16秒 | 講義録・講演記録4

エッセイ 敗血症/敗血症性ショックの診療・教育体制 2018

名古屋大学大学院医学系研究科

救急・集中治療医学分野

教 授 松田直之

 

はじめに

 2016年に敗血症の定義がSEPSIS-31)として変更され,敗血症は「感染症による臓器不全の進行」として定義されるようになりました。救急領域や集中治療領域の重要な診療ターゲットは「臓器障害」を「臓器不全」として器質化させないことです。既存の臓器障害があるとします。これを「多臓器不全」として器質化させてしまう可能性の一つとして,「感染症に対する適切な管理」,これを私たちは2000年代よりムーブメントとしてきました。そして,2015年の世界集中治療医学会では,集中治療のアイデンティとして,「多臓器障害の管理」が掲げられました。「Injury」なのか「Failure」なのか,ここにこだわった「Injury」を「Failureと区分する「重症度評価」も開始されています。

 

World Sepsis Day

 2012年5月,日本集中治療医学会にドイツのKonrad Reinhart先生より,日本集中治療医学会にメールが届きました。2012年から2020年までを目標に,毎年9月13日をWorld Sepsis Day(WSD)として定め,世界規模で敗血症キャンペーンを行いたいというものでした。

 この提案に対して,当時,私も委員であった日本集中治療医学会国際交流委員会において,国際交流委員会がWSDを運用するのではなく,新たに Global Sepsis Alliance委員会(GSA委員会)を作成するのが良いと,委員会内で議決され,2013年の日本集中治療医学会総会の終了後に日本集中治療医学会GSA委員会が発足しました。私も,初代のGSA委員会に私も参加し,世界に先駆けて学会内で「Clean Hands Campaign」などを行いました。これにより,2010年にニューヨークで開催されたMerinoff Symposiumで結成されたGlobal Sepsis Alliance(GSA)2)と連携する体制が,日本でも開始されました。

 

Global Sepsis Alliance委員会の活動

 GSAは2012年9月13日より毎年,世界敗血症デーを9月13日に設定し,敗血症に関する5つの世界的到達点(Global Goals)を設定し,これらを2020年までに達成させることを目標としました。2020年までの到達目標は,① 効率的な予防策により敗血症発症率を低化させる,② 成人,小児,新生児での敗血症の救命率を上昇させる,③ 世界中のどこにおいても適切なリハビリテーションを受けられるようにする,④ 非医療従事者と医療従事者の敗血症に対する理解と認知度を高める,⑤ 敗血症がもたらす負の効果と敗血症予防と治療の正の効果が正しく評価される,これらの5つでした。敗血症診療の標準化,診療レベルの底上げとして,私たちは「日本版敗血症診療ガイドライン」を作成し,その後,「日本版敗血症診療ガイドライン」はレベルアップされることになります。そして,GSAは世界保健機構に働きかけ,2017年5月26日のWorld Health Assembly(世界保健総会)で「敗血症を当面の解決すべき重要な医療課題」として議決しました。2018年5月5日より,毎年,5月を手指衛生の日,クリーンハンドの日などとして,接触感染予防策の徹底として手指衛生キャンペーンが実施されることとなりました。

 

日本版敗血症診療ガイドラインの歴史

 日本版敗血症診療ガイドライン初版は,日本集中治療医学会Sepsis Registry委員会により2007年から2008年までに施行された2回のSepsis Registryの調査結果に基づいて,2011年4月より作成が開始され,2012年に日本集中治療医学会より発表されました。Sepsis Registry委員会は,当時,日本における敗血症の疫学データが認められなかったこと,海外と比較して実際の敗血症診療が異なることを予想して,集中治療専門施設の敗血症管理状況を前向きに観察評価し,ガイドラインに取り込もうとしたものでした。このようにして,日本ではじめての日本版敗血症診療ガイドライン20123が作成されました。

 一方,敗血症診療に関する臨床研究エビデンスの整理と,日本版敗血症診療ガイドライン20123の改訂のために,日本集中治療医学会と日本救急医学会の合同特別委員会が組織されました。日本版敗血症診療ガイドライン20164は,単なる初版の改訂版ではなく,一般にも理解しやすいものとして,そしてMinds診療ガイドラインの手引に準じた「質の高いガイドライン」として,広い普及を目指す方針となりました。

 日本版敗血症診療ガイドライン初版に対して,小児領域が新たに追加され,19領域89の臨床課題として「クリニカルクエスチョン(CQ)」として挙げられた。日本版敗血症診療ガイドライン2016は,臨床に直結したCQに答えるものとしてまとめられている。また,中立的な立場として,各CQグループで横断的に活躍するアカデミックガイドライン推進班が組織され,ガイドラインの質の担保と作業過程の透明化が行われています。最終的に,日本版敗血症診療ガイドライン2016は,19領域の臨床課題を89の「クリニカルクエスチョン(CQ)」としてまとめ,合計3回のパブリックコメントに応えています。敗血症診療のための基礎として,機会がある毎に,参照されることをお薦めします。日本版敗血症診療ガイドラインは,4年毎に改定されている方針となると思います。日本における「敗血症/敗血症性ショックの診療・教育体制」が,整えられてきました。

 

おわりに

 2011年から7年間ほどの短期間において,敗血症および集中治療の診療レベルが国内外で高まりました。日本集中治療医学会,日本救急医学会,日本感染症学会などは,学会間での適切な連携を育て,より一層に多くの医学会や学術分野,また医療従事者と連携し,より一層に敗血症診療や全身管理を充実させることに尽力することが必要です。

 さて,日本医学会総会において,2019年3月30日(土)から2019年4月7日(日)までの連続9日間,朝9時より夕方5時まで,ポートメッセ名古屋で50m2の広いスペースを用いて「あたたかい街:敗血症診療ステージ」を展開します。私たちは,ここにおいて,約60枠の講演を予定しています。多職種連携特別シンポジウムなども企画しています。内容は,You TubeにもUPされ,世界に発信するものとします。敗血症/敗血症性ショックの診療・教育体制の基盤が形成されてきました。敗血症の知識を高めるなどの機会として,世界発信の一人として,是非,ご参加ください。

 

文 献

1.Singer M, Deutschman CS, Seymour CW, et al. The Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock (Sepsis-3). JAMA 2016;315:801-10.

2.Czura CJ. "Merinoff symposium 2010: sepsis"-speaking with one voice. Mol Med. 2011;17:2-3.

3.日本集中治療医学会 Sepsis Registry 委員会. 日本版敗血症 診療ガイドライン,The Japanese Guidelines for the Management of Sepsis. 日集中医誌 2013;20:124-73.

4.日本版敗血症診療ガイドライン2016. http://www.jsicm.org/pdf/jjsicm24Suppl2-2.pd


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救急一直線 講義 敗血症におけるブドウ球菌対策 〜MRSAとMSSA〜 

2018年08月30日 22時01分00秒 | 講義録・講演記録4

講義 敗血症におけるブドウ球菌対策 
〜MRSAとMSSA〜 

名古屋大学大学院医学系研究科 救急・集中治療医学分野
教授 松田直之

 はじめに 

 黄色ブドウ球菌(S. aureus)は,血流感染症および院内感染症として頻度の高い検出菌種であり,毒素を産生するために病原性が高いです。黄色ブドウ球菌に対しては,接触感染予防策を徹底するとともに,抗菌薬の使用においても適切な対応が必要です。ここでは,集中治療室や救急外来で働く医療従事者の皆さんを主な対象として,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA:methicillin‐sensitive Staphylococcus aureus)およびメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA:methicillin‐resistant Staphylococcus aureus)の基本知識を整理させていただきます。また,本ブログは,海外の医療関係者の皆さんにもアクセスして頂いています。日本の救急・集中治療領域の感染症管理として,ご参考にされて下さい。

  ブドウ球菌属における黄色ブドウ球菌とは! 

 1980年代には,ブドウ球菌属(Staphylococcus 属)はS. aureusSepidermidis,Ssaprophyticus などの13 菌種4亜種に分類されていましたが,2010年代では36菌種19亜種の分類まで広く分類されるようになっています。これらの新たに分類されたブドウ球菌は,動物や発酵食品由来のものが大半であり,ヒトからは1998年のS. hominis subsp. novobiosepticum1)が知られています。このS. hominis subsp. novobiosepticumなどのブドウ球菌においても,MRSAなどのようにMRCNSとして抗菌薬メチシリンに耐性があり,血流感染症や敗血症性ショックなどの厄介な起炎菌となることも確認できます。

 これまで,ブドウ球菌属は,コアグラーゼ産生能により,コアグラーゼ産生力を持つS. aureusと牛などの哺乳類には感染するがヒト感染性の低いS.intermedius,そしてヒト以外の動物感染として菌株によってコアグラーゼ陽性または陰性のものであるS. delphiniS. hyicus,さらにコアグラーゼを産生しない32種類のコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS:coagulase-negative Staphylococcus)に分類されてきました。このうち,ヒト感染が報告されたブドウ球菌属を表1に示しています。

 コアグラーゼ産生能の検査法の歴史は古く,Loeb2)がガチョウの血漿との混合培養液で血漿が凝固することを見出したのが1903年です。その後,本邦でも1950 年代に,試験管法,スライド法(のせガラス法),血漿平板法の3つのコアグラーゼの検査法が開発され,現在はスライドコアグラーゼ試験から発展したラテックス凝集試験試薬が数社から販売されるようになりました。

 ラテックス凝集反応でのコアグラーゼ検出は,簡便で,短時間で判定できる特徴があるために試験管コアグラーゼ試験の代わりとして使用する場合が多いようです。しかし,CNSの中でも,S.intermediusS. lugdunensisS. schleiferiS. sciuriは,コアグラーゼ検出用ラテックス試薬に凝集反応を示す可能性があることが知られています。黄色ブドウ球菌と誤って同定されることに注意が必要とされています。

 以上のように,ブドウ球菌属の中でも黄色ブドウ球菌はコアグラーゼやプロテアーゼなどのさまざまな菌体外毒素(表2)を産生するため,炎症や多臓器不全の誘発性に注意します。つまり,私たち集中治療医の専門とする敗血症の起炎菌としては,臓器傷害を器質化させやすいものとして注意しています。

 また,黄色ブドウ球菌は,免疫耐性や毒性のある莢膜を持つものが存在します。CNSの一部にも,このような細胞傷害性毒素を産生するものが存在しますので3),さらに莢膜の発現にも注意が必要となります。莢膜を持つブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌,髄膜炎菌などは,脾臓で破壊されます。脾臓を摘出されていたり,持続する交感神経緊張や加齢とともに脾臓の機能が低下してきている場合などでは,ブドウ球菌感染症は炎症病態を持続させる危険性があり,適切な評価が必要です。

  MSSAとMRSAの定義と検出法について 

  MRSAを評価する手法は,現在,2010年1月の米国Clinical and Laboratory Standards Institute(CLSI)の臨床検査の標準法であるCLSI M100-S206に従っています。MRSAは,mecA 遺伝子の発現もしくはオキサシリンに対するペニシリン結合蛋白(PBP2a,PBP2’)の親和性が変化することで,メチシリン耐性を獲得した黄色ブドウ球菌の変種株(ModifiedSaureus 株)です。MRSAは,mecA 遺伝子を保持する黄色ブドウ球菌および,もしくはオキサシリンMIC≧4μg/mLの菌株と,CLSIにより定義されています。

 Staphylococcus属におけるMRSAの検出法には, ①薬剤感受性を用いたオキサシリン耐性の評価,②Penicillin Binding Protein 2 prime PBP2'(PBP2a)の検出,③PBP2’の遺伝子であるmecA遺伝子の検出の3つの手法があります。 

 薬剤感受性を用いたオキサシリン耐性の評価には,薬剤感受性を用いる方法としてディスク拡散法や微量液体希釈法,また,オキサシリン含有培地(MRSA 選択培地)で発育状況を観察する3種類の方法を用います。

 一方,MRSA 判定用薬剤には,薬剤安定性から,メチシリンに代わってオキサシリンが使われる傾向があります。PBP2’の検出は,培養された黄色ブドウ球菌の抽出液と抗PBP2’抗体標識ラテックス粒子を混合し,撹拌し,凝集塊が生じればMRSA と判定されます。 最終的に,培養した黄色ブドウ球菌よりDNAを抽出し,PCR法などでmecA 遺伝子が検出されれば,MRSAと同定できます。 

 ブドウ球菌感染症の疫学 

 私も関与しました日本集中治療学会Sepsis Registry委員会4, 5)の敗血症患者を対象としたSepsis Registry調査4, 5)では,内科領域より66 例,外科領域より58 例,救急領域より142 例が登録され,頻度の高い検出菌としMRSA(22.0%),大腸菌(14.0%),K.pneumoniae(11.8%),MSSA(9.7%),P. aeruginosa(9.2%),Enterobacter科(7.4%),S. pneumoniae(6.0%)が同定されました。この解析の中で,MRSAに対する抗菌薬の適正使用が期待されました。

 さらに,日本救急医学会Sepsis Registry 調査6)は,624例の血液から 検出された314 株の評価として,グラム陽性球菌が147株,グラム陰性桿菌が140株,主な検出菌は大腸菌14.0%,黄色ブドウ球菌9.9%(MSSA6.4%,MRSA 3.5%),K.pneumoniae8.6%,S.pneumoniae4.5%,P.aeruginosa3.8%,Bacteroides 属3.2%と報告しています。このように,黄色ブドウ球菌は,重症患者の多くに起炎菌として検出される傾向があります。

 当施設,名古屋大学医学部附属病院救急・内科系集中治療部では,感染制御部と連携して2011年5月の開設当初より集中治療管理における起炎菌の動向を調査し,集中治療室における全身管理の一助としています7)。上述の観察研究と同様に,ブドウ球菌属は高い検出率です。一方,大腸菌は,救急外来を経由した重症患者の敗血症に認められる傾向があります。血液検体2セット以上,またカテーテルから検出される菌種では,CNSが最多で,他にカンジダ属,K.pneumoniae,腸球菌属,MSSAとMRSAという特徴があります。

 厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS:Japan Nosocomial Infections Surveillance)で一般公開されている2017年1月~12月年報8)においても同様です。2017年には,院内感染管理として国内8,442 医療機関の21.3%にあたる1,795 医療機関が登録されていますが, 血液検体から分離された385,048株が分離のうち上位3 菌種は,E. coli 65,600 株(17.0%),S. aureus 51,748 株(13.4%),S. epidermidis 41,533株(10.8%)です。このうち,薬剤耐性菌として最も多かったのはMRSAであり,検体提出患者の6.48%にあたる182,619 名より分離され,一方,院内で問題とされる傾向のある多剤耐性緑膿菌(MDRP:multi-drug resistantP.aeruginosa)は1,410 人(0.05%)の分離状況です。

  MRSAリスクの評価の重要性 

  ブドウ球菌感染症が疑われる場合,MRSAリスクの評価が必要です。90日以内の入院歴,透析歴,カテーテル挿入歴,抗菌薬使用歴を,必ず評価するようにしています。

 一般に,MRSAについては,院内感染型として ① hospital-associated MRSA(HA-MRSA),市中感染MRSA型として ② community-acquired MRSA(CA-MRSA),③家畜関連MRSA(LA-MRSA livestock-associated MRSA)などとして, MRSAはヒトだけではなく,犬や猫などのペット,牛,豚,また鳥類などのさまざまな動物からも分離されています。

 HA-MRSAの区分については,入院48時間を超えて分離されたMRSAをHA-MRSAとしています。市中の健康人から分離されたMRSAが,CA-MRSAです。MRSAリスクとして,①90日以内の入院や手術と2日以上の抗菌薬の使用歴,②長期療養施設への入所,③透析歴,④カテーテル留置歴,⑤経管栄養歴,⑥動物飼育歴に注意しています。分離検体は,喀痰,咽頭粘液,膿,血液であり,50歳以上ではリンパ球数,好中球機能,および脾機能を含めて,易感染状態に注意しています。

 一方,CA-MRSAは,入院後48 時間以内に分離されたMRSAが対象です。CA-MRSAは,園児から大学生までの若年層にも認められます。感染リスクの高い環境として,学校,託児所,レスリングや柔道などの接触性格闘競技,災害避難民,薬物中毒,入れ墨,刑務所などが知られています。 

 ブドウ球菌感染症に対する抗菌薬の適正使用 

  抗菌薬投与の方法は,一般に大きく分けて,①経験的初期治療(empirical therapy),②最適治療(definitive therapy),③予防的治療(prophylactic therapy),④先行治療(preemptive therapy)4つの方法があります。

 1. 経験的初期治療 

 経験的初期治療は,感染症を疑う場合の初期治療です。診断の時点で起炎菌が判明していない場合,効果が期待できるように広域抗菌薬を用いる方法です。細菌培養検査の結果までの初期治療としてMRSAの関与が疑われれば抗MRSA薬を広域抗菌薬に併用します。MRSAを疑う場合として,前述のMRSAリスクを評価し,過去90 日以内に2日以上の抗菌薬使用がある場合や,経管栄養歴などに注意しています。

 2. 最適治療 

 最適治療は,細菌培養検査により原因微生物と感受性が判明した後に,適切な抗菌薬を選択する方法です。De-escalationとして,薬剤感受性に合わせて,ターゲットを絞って抗菌薬を選択します。MSSAであればセファゾリン,MRSAであれば感染部位を考慮して抗MRSA薬を適確に使用します。

 3.予防的治療 

 予防的治療は,術前・術中抗菌薬などのように,将来起こるかもしれない感染症に対して,文字通り,予防として抗菌薬を使用する方法です。皮膚常在菌をターゲットとする場合,ブドウ球菌やレンサ球菌を考慮し,主にセファゾリンを用いています。また,MSSAに対して,セファゾリン供給の問題よりセフトリアキソンで代用する場合,最小発育阻止濃度(MIC:minimum inhibitory concentration)の高い株に注意し,十分な投与量を評価します。

 手術開始時点で,十分な殺菌作用を示す血中濃度と組織中濃度が必要となるため9),皮膚切開1時間前以内に投与を開始し,手術開始のTime-Outでは投与完了を確認します。また,整形外科領域などで駆血のためにターニケットを使用する場合では,少なくとも加圧する5~10 分前に抗菌薬の投与を終了します10)。 

 長時間手術の場合には,術中の追加再投与が必要であり,これまでの臨床研究などから半減期の2倍の間隔での再投与することが推奨されています。再投与までの時間は,前回の投与終了時間からの時間とします。半減期1.5時間レベルのセファゾリンであれば3~4 時間毎の再投与とします。前回の投与終了時間から約3時間で,追加投与とします。

 腎機能低下症例では,どうするか。クレアチニンクリアランス(Ccr)がわかれば,その腎機能に応じて,再投与の間隔を延長させます。セファゾリンの場合,術中再投与はeGFR-IND(mL/分)=eGFR(mL/分/1.73 m2)×(患者体表面積/1.73 m2)が,50 mL/分以上であれば3~4 時間毎,20~50mL/分であれば8時間毎,20 mL/分未満であれば16時間などとしています。

 また,短時間に1,500 mL 以上の大量出血が生じた場合には,血中濃度が低下する可能性を考え,決められた再投与間隔を待たずに,追加投与とします。

 術後の抗菌薬投与の投与間隔は,セファゾリンであれば8 時間毎とし,術後1日を原則とします。

 さらに,各論としては,心臓手術11)においては,1日のセファゾリンとバンコマイシンの投与だけでは胸骨創感染などの術後創感染が高率となることが報告されており,抗菌薬は48時間投与が推奨されています。術後3日以上を超える予防的抗菌薬は,薬剤耐性菌の出現を増加させる危険性があることに注意します12)。

 4.先行治療 

 抗癌剤治療,免疫抑制剤の併用,末梢幹細胞移植後,臓器移植後などの易感染状態において,抗菌薬,抗真菌薬,抗ウイルス薬を,治療に合わせて併用する方法です。接触感染予防策を徹底する一方で,感染症状や監視培養のもとで,MRSAやMRCNSの検出に注意しています。

 敗血症への移行に対する注意 

 敗血症は,現在,2016年2月に公表されたSepsis-313)の定義と診断に準じて,感染症による臓器不全の進行です。キイワードは,臓器不全,多臓器不全であり,集中治療の適応となる領域です。この初期評価として用いられるquick SOFA(sequential organ failure assessment )スコアは,臓器不全と院内死亡を予測するスコアです。ブドウ球菌感染症などの感染症を疑う状態において,①意識変容,②呼吸数≧22回/分,③収縮期血圧≦100 mmHgの3項目中2つ以上を持たす場合に,敗血症を疑います。直ちに血液培養検体を採取し,MRSAのリスクを再評価して下さい。私個人としては,気管挿管されていない場合には,鼻腔の培養検査を併用しています。

 また,敗血症性ショックは,平均血圧65 mmHg以下で輸液とノルアドレナリン持続投与を必要とする病態であり,敗血症における重症度の高い病態です14)。なぜ,ショックになるのかを考える必要があります。このような状態では,ブドウ球菌感染症の重篤化として,集中治療としての厳格な全身管理が必要です。

 抗MRSA薬の適正使用 

  2018年レベルで本邦で認可されている抗MRSA 薬は,テイコプラニン(TEIC),バンコマイシン(VCM),リネゾリド(LZD),ダプトマイシン(DAP),アルベカシン(ABK)の5 種類です。 一般に,ABKとDAP は強い殺菌力,VCMとTEICは殺菌力が弱く,LZDは静菌的作用とされているが,これらの臨床効果は抗菌薬の血中濃度の管理が大切です。

 一方,現在,昭和55年9月3日保発第51号の医師の裁量権が認められて入るものの,薬機法改正に伴い,急性期医療においてはさまざまな混乱が生じています。集中治療領域のようなpharmacokinetics/pharmacodynamics(PK/PD)を考慮する超急性期の薬剤使用においても,医療用医薬品添付文書の理解や説明は不可欠であり,効能・効果,用法・容量に従わない場合は,患者さんおよびご家族に対して十分な説明と同意を得ると共に,各病院内での規約や承認のもとでPK/PDを評価して,適正投与を考じることに注意して下さい。

 また,保険収載はないが,抗MRSA活性を持ち,MRSAに感受性が認められる抗菌薬として,リファンピシン(RFP),スルファメトキサゾール/トリメトプリム合剤(ST合剤),ミノサイクリン(MINO),ホスホマイシン(FOM)があります。これらは,上述の5つの抗MRSA薬の補助として用いられる場合がありますが,十分に患者さんおよびご家族に対して十分な説明と同意を得ると共に,各病院内での規約や承認を得るようにして下さい。

 以上において,MRSA治療のファーストラインとして用いられる,TEIC,VCM,LZD,DAPについて,適切に理解しておくことが必要です。 

 1. テイコプラニンの有効利用 

 TEICの効能・効果は,MRSAのみであり,適応症は敗血症,深在性皮膚感染症,慢性膿皮症,外傷・熱傷及び手術創等の二次感染,肺炎,膿胸,慢性呼吸器病変の二次感染です。

 TEICは,グリコペプチド系抗生物質であり,細菌の細胞壁のペプチドグリカンの合成を阻害することで殺菌性を示します。しかし,このTEICの殺菌性は,トラフ濃度20 μg/mLレベルが必要です。トラフ濃度が40-60μg/mL以上では,腎障害,肝障害などの副作用が生じる危険性が報告されています。

 Rapid Priming of TEIC(RAPTE)法は,私が2003年に考案したTEICの急速導入法です。TEICの蛋白結合率は約90%レベルと高いことを考慮し,初期の血中濃度維持のための急速プライミング法として考案したものです。血清アルブミン濃度が維持されている場合,TEIC 10 mg/kg/回を8時間毎に計4回投与します。投与5回目は,4回目投与から24時間後に設計し,以後,24時間毎に1時間での再投与とします。TEICの目標トラフ濃度は20 μg/mLです。

 5回目からの1日1回投与は,腎機能Ccrに合わせて,1回投与量を8 mg/kgを最大投与量として修正しています。体表面積補正Ccr 50 mL/分であれば,半腎機能と評価して1日投与量を半減させ,4㎎/kg/日とします。TEICのトラフ濃度20 μg/mLは,最小発育阻止濃度(MIC)が2μg/mLのMRSA株までには効果がありますが,MIC≧4 μg/mLのMRSA株には臨床効果が期待できません。
 投与例です。身長170 cm,体重60kg,血清アルブミン濃度2.5~3 g/dL,腎機能正常の場合,600 mgを0時,8時,16時,翌日0時に8時間毎に投与し,その後,翌々日0時に600 mgの投与設計とします。この5回目投与の2時間前に治療薬物モニタリング(TDM:Therapeutic Drug Monitoring)を行います。TDMの結果を参照し,トラフ濃度20μg/mLを目標として投与量を調節し,以後,毎日0時などの投与開始の基準時間に1日1回維持量を投与します。

 TEICの副作用です。極めて副作用は,乏しいことが特徴です。TEICはVCMと比較して,腎機能傷害などの直接の副作用が明らかに認められにくいことが利点です15)。敗血症などとして,急性腎傷害を併発する危険性のある状態では,私は2002年よりMRSAの第1選択とし,集中治療室の安全かつ良好な治療成績としてトラフ濃度17 μg/mLを推奨していました。現在,MIC 2μg/mLまでのMRSAに対するTEICの効果的なトラフ濃度は,20 μg/mLレベルと考えています。

 2.バンコマイシンの有効利用 

 VCMの効能・効果は,MRSA,MRCNSおよびペニシリン耐性肺炎球菌

であり,適応症は敗血症,感染性心内膜炎,外傷・熱傷及び手術創等の二次感染, 骨髄炎,関節炎,肺炎,肺膿瘍,膿胸,腹膜炎,化膿性髄膜炎です。VCMは,TEICと同様に,グリコペプチド系抗生物質であり,MRSAやMRCNSの細胞壁のペプチドグリカンの合成を阻害することで殺菌性を示します。VCMを用いた治療では,急性腎傷害を併発しやすいことに注意します。

 投与においては,VCMのトラフ濃度を15μg/mLに近づけることが期待されます。しかし,MRSAやMRCNSに対するVCMのMICが2μg/mL以上である場合には,VCMの治療効果は低下します。また,敗血症,菌血症,心内膜炎,骨髄炎,髄膜炎,肺炎,重症皮膚軟部組織感染では,トラフ値15-20μg/mLが推奨されます。

 腎機能正常例においては,通常は1回15-20 mg/kg(実体重)を12時間毎に投与する方法が一般的と思いますが,重篤な感染症や敗血症では血中濃度の急速上昇を狙って,初回投与量として25-30 mg/kgのローディングを行い,その後は1回15-20 mg/kg(実体重)を12時間毎に1時間で投与し,次回投与30分前にトラフ濃度を評価するなどの方法もあります。VCMによる急性腎傷害は,トラフ濃度≧20μg/mLで急増することに注意して下さい16)。

 VCMの注意するとよい副作用は,①急性腎傷害,②第8脳神経障害(聴力障害),③Red Neck症候群,④好酸球増加などです。

 3.リネゾリドの有効利用 

 LZDの効能・効果は,MRSAとE.faeciumであり,MRSAに対する適応症は敗血症,深在性皮膚感染症,慢性膿皮症,外傷・熱傷および手術創等の二次感染と肺炎です。LZDは,オキサゾリジノン系抗菌薬であり,MRSAに対する作用機序はリボソーム30S-mRNA,50SおよびfMet-tRNAで構成される70S開始複合体形成を阻害し,MRSAの蛋白合成を阻害することにあります。臨床において,LZDが強い殺菌効果を持つように認識するのは,MRSAの毒素産生株において毒素産生(表2)を抑制する可能性が関与しているのかもしれません。また,LZDは,抗炎症作用を持つことが知られています17)。  

 LZDは,点滴静注用剤と経口剤の2剤形があり,成人への投与量はともに1 回600 mgの1日2回投与となります。 LZDの蛋白結合率は約31%であり,血漿除去半減期は約6時間です。肝臓におけるチトクロームP450(CYP)により代謝されず,主に活性酸素種などの酸化反応によりモルホリン環が開環し,2種の主要代謝物であるアミノエトキシ酢酸代謝物やヒドロキシエチルグリシン代謝物となり代謝されます。これら2種の代謝産物と未変化体LZDが,腎排泄されます。このため,腎機能低下状態では,アミノエトキシ酢酸代謝物とヒドロキシエチルグリシン代謝物の蓄積に注意しています。LZDは,CYP1A2,2C9,2C19,2D6,2E1,3A4など他の薬物代謝に関与するチトクロームP450活性を阻害しないことが知られています。

 LZDの主な副作用は,①血小板減少,②視神経障害,③骨髄抑制,④貧血,⑤好酸球増加です。

  4.ダプトマイシンの有効利用 

 DAPの効能・効果は,MRSAのみであり,適応症は敗血症,感染性心内膜炎,深在性皮膚感染症,外傷・熱傷および手術創等の二次感染,びらん・潰瘍の二次感染です。DAPは,カルシウム依存的にMRSAの細菌細胞膜をミセル化し,細胞膜を脱分極させることで強い殺菌力を示します。結果として,DAPは,MRSAの細胞膜構造に変化を与え,細胞膜を介したカリウムなどのイオン勾配に影響を与え,MRSAのタンパク合成や核酸合成を抑制します。

 敗血症および感染性心内膜炎の場合,DAPは1 日1 回6 mg/kgを24 時間毎に30 分かけて点滴静注または2分間レベルで緩徐に静脈内投与します。深在性皮膚感染症,外傷・熱傷および手術創等の二次感染,びらん・潰瘍の二次感染の場合は,1日1回4 mg/kgを24 時間毎に30 分かけて点滴静注または2分間レベルで緩徐に静脈内投与します。

 DAPの代謝は,LZDと同様に肝臓のチトクロームP450を介するものではなく, 3種の酸化代謝物と未変化体LZDの腎排泄です。腎機能が正常であれば,DAPの血漿除去半減期は約9.5時間であり,クレアチニンクリアランスが30mL/分未満であれば2日に1回の投与とします。

 海外では,DAPの9 mg/kg以上の高用量投与18)も行われています。しかし,日本ではこの容量が承認されていません。DAPの9 mg/kg以上の高用量としてMRSAやバンコマイシン耐性腸球菌による血流感染や敗血症性ショックなどの治療を期待する場合は,患者および家族への説明と同意,そして院内の承認を得ることが必要です。また,DAPは肺サーファクタント蛋白で不活性化されるため,MRSA肺炎の適応がないことに注意されて下さい。

 DAPの主な副作用として,①好酸球増加,②横紋筋融解症,③末梢性ニューロパシーに注意します。

 おわりに 

 2000年の北海道大学における救急科の立ち上げと集中治療室の運営において,MRSAの管理に着眼をおいて,多くの観察研究を行いました。本稿では,MSSAとMRSAの管理について,近年の状況に合わせて,疫学,MRSAリスク,抗MRSA薬の有効利用の観点より紹介しています。

 MRSA治療薬は,医療用医薬品添付文書の用法・容量と異なり,TDM管理を行うことで治療効果を高め,さらに副作用等の安全性に寄与できる特徴があります。このような内容は,医療の質と安全として,患者さんおよび御家族へ十分な説明と同意を得ることが大切です。そして,院内での承認のもので施行することに注意しましょう。MSSAとMRSAに対する知識と経験は,急性期管理において,不可欠の重要事項です。本稿を,合わせて参考とされてください。

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 表 

ヒト感染が報告されている主なブドウ球菌

 

黄色ブドウ球菌の産生する外毒素


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講座 WHO 敗血症管理 世界におけるクリーン・ハンド・キャンペーンの開催:毎年5月5日

2018年05月05日 23時18分00秒 | 講義録・講演記録4

名古屋におけるクリーンハンドキャンペーンの背景

WHO Clean Hands Challenge in NAGOYA, JAPAN

Nagoya holding a clean hands campaign from 2012 in Japan:Essential event in order to prevent sepsis

名古屋大学大学院医学系研究科 救急・集中治療医学分野
松田直之 Naoyuki Matsuda MD, PhD

はじめに

  敗血症は,感染症により進展する全身性炎症と随伴する多臓器不全です。2016年に敗血症の定義がSEPSIS-31)として変更され,感染症による臓器不全の進行を阻止する必要性が強調されました。この敗血症は,感染症により臓器不全が進行する病態であり,多発外傷,重症熱傷,急性膵炎と並んで,炎症性サイトカインと増殖性サイトカインが上昇する代表的病態です。敗血症の管理は,多発外傷などと同様に,急性炎症学として極めて重要な学術領域であるとともに,その診療においては当然のこととして「早期発見」と「早期治療」が重要です。このような敗血症に関する広報活動は大切であり,私も京都大学時代より,そして日本集中治療医学会理事としても,敗血症や外傷などの全身管理の重要性を学術の一環として広報して参りました。

 この敗血症においては,既に皆さんがご存じのように,2017年5月26日の世界保健機構(WHO:World Health Organization)の年1回の会議であるworld health assemblyの議決は重要です。敗血症は,2017年5月26日に,世界保健機構により,「世界で解決されるべき優先課題」として議決されました。このような議決は,一夜にして決定されるものではなく,日本集中治療医学会を含む多くの国際的尽力で達成されたものと考えます。そして,2018年,クリーンハンドキャンペーンを世界保健機構が推奨し,2018年5月5日に実施されます。世界保健機構は,毎年,5月5日をクリーンハンドキャンペーンの日程と定めました(図1,図2)。名古屋大学では2012年より,日本集中治療医学会では2014年より,クリーンハンドキャンペーンを開催してきました(図3-図5)。

 
World Sepsis Day

   2012年5月,2010年にニューヨークで開催されたMerinoff Symposiumで結成されたGlobal Sepsis Alliance(GSA:世界敗血症連盟)2)の代表者であるドイツのKonrad Reinhart先生より,日本集中治療医学会にメールが届きました。2012年より2020年までを目標として,毎年9月13日をWorld Sepsis Dayとして定め,世界規模で敗血症キャンペーンを行うという企画であり,日本集中治療医学会にも連動してもらいたいという依頼でした。本活動については,私は2011年4月の段階でメールや国際学会などで知っていました。この提案に対して日本集中治療医学会は,私を含む国際交流委員会で話し合いを持ち,2012年に日本集中治療医学会が世界敗血症デーを行うことは難しいと結論し,国際交流委員会よりWorld Sepsis Dayについての情報のみを日本集中治療医学会ホームページに掲載させて頂きました。この時期に名古屋大学では,「全身性炎症管理」の病態生理学的理解を深める教育バンドルとして「敗血症管理バンドル」を提案させて頂き,この第1ブランチは「接触感染予防策の徹底」であり,2012年度よりクリーンハンドキャンペーンを開始した背景となりました。クリーンハンドキャンペーンの手法は,「open mind,成長と発展」をモチーフとしました。これは,ちょうど2011年9月に,疲れて眠っている時に私が夢で見た「クリーンハンドキャンペーン」を実現としたものでした。

 一方,毎年9月9日とGSAが定めた「World Sepsis Day」の日本における運用については,日本集中治療医学会国際交流委員会が扱うにしては細かすぎる内容であるとして,日本集中治療医学会内にGlobal Sepsis Alliance委員会(GSA委員会)をad hoc委員会として作成することが国際交流委員会委員会で提案され,理事会の議,および2013年2月の日本集中治療医学会総会の終了後にGSA委員会が発足され,私も国際交流医委員会と併任してGSA委員会に所属しました。これにより,2013年度にGSA2)と連携する体制が日本集中治療医学会に整えられ,2014年2月には京都で開催された日本集中治療医学会で,クリーン・ハンド・キャンペーンの実施の提案につながりました。

Global Sepsis Alliance委員会の活動

 敗血症は,世界全体では年間2000~3000万人が罹患し,年間で約1,000万人以上の成人,約600万人の小児が診療されています。GSAポスターの中心的告知のキャッチコピーは,ここに照準を絞り,「世界では数秒に一人の割合で,敗血症で亡くなる人がいます」でした。先進国では高齢化,高度先端医療後の免疫機能低下,多剤耐性菌の出現など,一方,発展途上国では貧困,ワクチン不足,栄養失調,治療タイミングの遅延などの問題が取り上げられ,敗血症による死亡率を削減できるためのキャンペーンを展開することになりました。しかし,このような敗血症は,日本を含めて広く一般には深く捉えられておらず,御家族や親戚が敗血症により死亡したとしても,がんなどの原疾患がある場合には,その原疾患が直接死因とされるのが一般的でした。医療従事者においても,敗血症に関する知識や概念に強い差があり,必ずしも均質な治療が行われていない状況があり,「日本版敗血症診療ガイドラインの作成」は必然でした3)

 一方で,日本集中治療医学会GSA委員会が連動しているGSA4)は,2012年9月13日より毎年,世界敗血症デーを9月13日に設定し,敗血症に関する5つの世界的到達点(Global Goals)を設定し,これらを2020年までに達成させることを目標としました。2020年までの到達目標は,①効率的な予防策により敗血症発症率を低化させる,②成人,小児,新生児での敗血症の救命率を上昇させる,③世界中のどこにおいても適切なリハビリテーションを受けられるようにする,④一般市民と医療従事者の敗血症に対する理解と認知度を高める,⑤敗血症がもたらす負の効果と敗血症予防と治療の正の効果が正しく評価される,これらの5つでした。2017年度のGSA会議では,新しい達成目標を明確に立てることが世界各国に呼びかけられました。

 以上のキャンペーンを目的とした「世界敗血症デー」では,4時間以内に治療を開始することの重要性として4時間キャンドルを公共の場で点火し,敗血症についての疫学,診療知識を公開し,また広くマスコミと行政に公開し,連動し,これらの記録を一般に公開し,敗血症に対する理解を世界に広めるという具体策が提案されています。

 日本集中治療医学会GSA委員会は,毎年,9月13日の世界敗血症デーに合わせて敗血症キャンペーンを展開し,さらに定期的に敗血症セミナー5)を開催しています。日本集中治療医学会学術集会においても,セミナーやクリーンハンドキャンペーン(図6,図7)を展開しています。このような活動は, GSA本部との定期的に行われる会議,またメール連絡などで共有されています。

 2019年3月30日(土)〜4月7日(日)までの9日間,ポートメッセなごや(http://portmesse.com)において,名古屋大学は第30回日本医学会総会2019中部「健康未来EXPO2019」のテーマ展示の1つとして,50m2の広さを用いた「展示」と「プレゼンテーション用特設ステージ」を用いて,医療従事者と一般の皆様へ「敗血症啓発ブース」を展開します。日本集中治療医学会そして日本救急医学会とも連動させて頂きます。この内容は,適時,本稿に追記とさせて頂きます。多くの皆さんのプレゼンテーションの機会とさせて頂き,Youtube等にアップさせて頂く「Sepsis Hiro Presentation Campaign」とともに,新しいクリーンハンドキャンペーン「New Generation Clean Hans」を企画しています。世界との急性期学術連携として,大きな学術的イベントとできますように,多くの皆さまと相談しながら企画の過程にあります。

おわりに

 2011年から7年間ほどの短期間において,敗血症および集中治療のレベルが国内外で高まりました。世界保健機構も,敗血症を当面の解決すべき診療課題として決定しました。感染管理と感染予防において,敗血症への進展を念頭に置き,感染症の早期発見,早期治療,全身管理などの敗血症診療に対する世界的必要性と急性期医療活動に,日本は強く尽力しています。私たちは,GSAと連携する一方で,多くの医学会,また医療従事者,医療関係者と連携し,より一層に敗血症診療を適正化することに尽力する必要があると考えています。

 

参考文献

1.Singer M, Deutschman CS, Seymour CW, et al. The Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock (Sepsis-3). JAMA 2016;315:801-10. 
2.Czura CJ. "Merinoff symposium 2010: sepsis"-speaking with one voice. Mol Med. 2011;17:2-3.
3.日本集中治療医学会 Sepsis Registry 委員会. 日本版敗血症 診療ガイドライン,The Japanese Guidelines for the Management of Sepsis. 日集中医誌 2013;20:124-73. 
4.  http://www.globalsepsisalliance.org/world/
5.http://www.jsicm.org/seminar/


図・写真


図1 世界保健機構によるクリーンハンドキャンペーンのHP掲示 毎年5月5日

図2 文献 2018年5月5日 世界保健機構によるクリーンハンドキャンペーン

図3 名古屋におけるWorld Sepsis Day 2013の掲載

図4 名古屋におけるWorld Sepsis Day 2014の掲載

図5 名古屋におけるWorld Sepsis Day 2017の掲載

図6 日本集中治療治療医学会学術集会におけるクリーンハンドキャンペーンの実施

http://emergency.muse.weblife.me/WSD.html

図7 日本集中治療治療医学会におけるクリーンハンドキャンペーンの実施 2014 in Kyoto

名古屋大学救急・集中治療医学分野では2012年よりクリーンハンドシステムを管理バンドルに含めました。
日本集中治療医学会では,2014年より2017年までの4年間,クリーンハンドキャンペーンを展開しました。
一方,現在は手掌認証の時代であり,個人情報の観点より,2018年に開催された日本集中治療医学会でのクリーンハンドキャンペーンを私は推進しませんでした。
現在は,これまでの企画と変わる「新しいクリーンハンドキャンペーン」を考案しています。
 
※ 告知 東海セプシスフォーラム 2018年9月9日(日)

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講 義 救急医療 看護師の特定行為研修の理解 2017 PART 1

2017年11月19日 21時04分54秒 | 講義録・講演記録4

講 義 看護師の特定行為研修について
~指導者講習会の企画と実施の工夫 2017~
 

名古屋大学大学院医学系研究科
救急・集中治療医学分野

松田直之

 

はじめに

 医療の明日を架ける橋,地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律(平成26年法律第83号)により,昭和23年法律第203号の保健師助産師看護師法の一部が改定され,平成27年10月1日より「特定行為に係る看護師の研修制度」が施行されるようになりました。「看護師の特定行為」の基準として,平成27年(2015年)3月13日には「保健師助産師看護師法第三十七条の二第二項第一号に規定する特定行為及び同項第四号に規定する特定行為研修に関する省令(厚生労働省省令33号)が定められました(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000077077.html)。この看護師の特定行為を資格として推進するシステム,そして指導者を要請する養成研修は,平成27年度より1日6時間程度,以下などのテーマとして「看護師の特定行為における指導者育成コース」として運営されています。超急性期,先端医療,地域医療(へき地医療),災害医療等に,多職種連携の質を高め,広く活躍する人材育成の場となっています。 


看護師の特定行為における指導者育成コースの工夫


1.特定行為研修を終了した特定行為看護師の役割の理解の認識
 研修制度の概要について:講義方式で基盤理解とされます。小グループ討論として,文殊カード,ワールド・カフェ方式などが利用されます。
2.指導者のあり方の体得
 フィードバック形式として動画を見ての2人組ロールプレイ方式が用いられたり,コーティング法や働きながら学ぶものに対する理解が得られるような講義を含みます。指導にあたってのコーチング力とフィードバック力の基盤の作成が目標とされます。
3.実習を行う際の指導計画作成の工夫
 自施設に適応したい「指導計画書の原案」の作成などをとして,既存内容の参照と応用,医療安全の確保,責任体制の明確化,指示系統の明確化などの理解を深めます。仕事の教え方については,「仕事の教え方カード」を以下の段階として使用していきます。
※ 仕事の教え方カード
 第1段 習う準備をしてもらう:すべての修行は準備から始まります
 第2段 作業を説明してもらう
 第3段 実際にやってみてもらう
 第4段 教えたあとを観察する
4.受講者に対する評価方法
 受講者や被教育者に対する学習の評価は,WBA(Workplace-based Assessment),DOPS(Direct Observation of Procedural Skills),Mini-CEX(Mini-Clinical Evaluation Exercise)などが用いられます。これらに対する理解を深めます。
5.指導者が留意すべき事項の整理
 「特定行為研修を進めていくための課題」として,平成27年度と28年度は講義,平成29年度は少グループ討論として,問題事項と留意事項を整理するようにして進められます。今後も,ワークショップ形式として,積極的に討議する流れとなってきました。
 看護師の特定行為における指導者育成コースは,能動的かつ主体的に開催され,ワークショップ形式,および講義とバズセッションなどとして,広く開催されるようになっています。
 
 
特定行為研修について理解する内容について
 
1.看護師の特定行為研修の指導医の特性について
 全日病協会の実施する「看護師特定行為研修指導者講習会」を終了した医師,歯科医師,薬剤師,看護師は,特定行為研修の指導者となることができます。特定行為研修では,特定行為研修の質の確保のために,仕組み化が必要とされます。2017年での特定看護の対応する特定行為38行為(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000050325.html)の共通科目および区分別科目の指導には,必ず研修教育資格を持つ医師を含めることが必要になります。現在は,研修教育資格を持つ医師と同等の経験を有するものを指導者に含めていますが,研修の質の維持のためと客観的評価性と厳格性が必要とされるため,「研修教育における資格の保持」が必要です。教育及び指導の方法に関しては,研修に当たる皆に共通の認識を施す必要があり,指導者教習会で「教育及び指導の方法」を学ぶことになります。その上で,ディレクター,チーフタスクフォース,タスクフォースなど,主担当により留意する事項の重きがシフトします。タスクフォースの数は,講習会のグループ数より多く設定されます。
 現在,2017年度の指定機関数は,49施設であり,大学院8施設,大学病院4施設,大学・短大9施設,地域病院28施設,医療関係団体5施設などの内訳です。
 
2.看護師の特定行為研修の研修生の特性について
 厚生労働省特別研究事業データでは,2017年度レベルの特定行為研修の研修生は,35~44歳の年齢,10年目~20年目の看護師に終了者の中央値があります。特定行為研修に進むものは,概ね3~5年以上の看護実務経験を持つ特徴がありますし,一定の看護経験が期待されます。
 看護実践は,①健康の維持増進に向けての援助,②健康の回復に関する援助の2つの実践を目標としますが,特定医療行為は主に②の「健康の回復に関する援助」に深く関与します。
 
3.専門看護師と認定看護師の定義について
 専門看護師の皆さんとは,患者と家族に起きている問題を総合的に捉える「判断能力」と「広い視野」を持ち,専門看護分野を担うものとして「クリティカルケア看護」,「災害看護」,「がん看護」,「精神看護」,「地域看護」,「小児看護」,「母性看護」,「老年看護」,「慢性看護」,「家族看護」,「感染看護」,「在宅看護」,「遺伝看護」の13分野の各専門性を発揮しながら,専門看護師の6つの役割として「実践」,「相談」,「実務調整」,「倫理調整」,「教育」,「研究」を果たし,施設内にとどまらず,地域を含む「看護の質の向上」に勤める看護師を言います。2016年12月の段階で,専門看護師登録者数は1,883名です。
 一方,認定看護師の皆さんは,看護師として5年以上の実践経験を持ち,日本看護協会が定める615時間以上の認定看護教育を修めて,認定看護師認定審査に合格することで特定の資格を持った看護師さんです。この認定看護資格は,5年毎の再審査として,更新となります。2017年8月の時点で,認定看護師数は18,728名であり,救急認定看護師は1,205名,集中ケア認定看護師は1,169名,小児救急認定看護師は266名です。こういう状況を把握して,救急医療,災害医療,小児救急医療などの厚生労働省の掲げる「6次医療計画 5疾病5事業」(http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000139231.pdf)を充実させることになります。
 
4.特定行為看護師養成の教育特性について
 特定行為看護師養成においては,①省察的視察,②抽象的概念化,③積極的実践,④具体的経験の4つの流転において,省察的視察と抽象的概念化として,特に従来の看護教育の基盤を重視することとなります。その上で,特定行為に対する積極的実践および具体的経験として,例えばOSCE(objective structured clinical examination:いわゆる手技試験)において,手技のみではなく準備から報告を含めて評価することとなります。自身の能力を客観的に評価できる能力も育成されなければなりません。手技に特化するあまりに,患者さんに対する声かけを忘れる,針などに対する安全廃棄が抜けるなどの医療安全面を含めた「広義の手技」としての実習経験とすることになります。
 
5.特定行為研修の終了後の多職種連携
 研修を終了した後も,同じ現場の医療従事者としての共同とフォローが必要となります。21区分を終了して500床未満の病院の看護部に所属して10種以上の特定行為を行っているもの,7区分を終了して5~10種程度の看護特定行為を行っているものなどがいらっしゃいます。これらの多くに,職場の看護の質の改善に向けての橋渡しを期待するものがいらっしゃいます。チーム医療で中心的役割を担うようになることにも留意します。
 
 
特定行為研修における教育のあり方について
 
1.カリキュラム
 カリキュラムの構造には,①目標,②方略,③評価の3つが明確とされている必要がある。具体的な目標が,まず,明記される必要がある。一般目標(GIO),到達目標は,施設によって期待するところが異なり,各施設で目標を明確とすることになります。
 学習は,認知心理学的観点より1970年代より変化してきています。1970年代までの学習の成果は,理想的な「行動主義」として「行動が変化すること」を目標として能力の強化を目標としてきました。この内容は,1950年代より,知識(認知),技能(精神運動),態度(情意)の3つの行動の総和として評価されてきていましたし,大学教育シラバスでも踏襲されてきました。社会構造や医学構造が,何を求めているのか,何を変革しようとしているのかの総体を見つめることになります。
 
2.研修目標
  現在は,「アウトカム基盤型教育」として,我々がどのような人材を望んでいるかを明確にすることから始めようとしています。人材像を明確にすることが,正しいか,不確かかは別として,教育の方向性は漠然とした個々人の可能性拡大ではなく,個々人の期待されるべきところに能力を発揮できるものに変化しています。その下で,学習者は既に学習者に存在する知識に照らして,周囲からの相互作用に影響を受けながら発展していく「構成主義的」に立脚するように期待されます。構成主義的学習では,zone of proximal development(最近接発達領域)のように他からの少しの援助により解決能力を獲得できる領域があること,legitimate perpheral participation(正統的周辺参加)のようにカルガモ式に周辺的な立場から徐々に中心的立場に成長していくことなどの社会学習が期待されます。以上を考慮して,目標を定めますが,目標設定は我々がどのような人材を望んでいるかを明確にするところから始まります。
 
3.研修方略
 研修方略というのは,目標を達成するための学習手段です。講義,演習,実習で,学習手段のカリキュラムを作成します。Semantic memory(事実との関連付け),episodic memory(経験との関連付け)などとして,学習を長期記憶化します。エキスパートになると,自己で振り返り,自己で修正できるようになります。このようなレベルへ教育していくこととなります。研修方略では,学習者に「メタ認知」をもたらすことができると良いです。 
 研修を遂行する研修手段としては,negativeなフィードバックについては前後にpositive を挟むサンドイッチ法,対話形式として,1)自分でしてみてどこが良かったと思う?,2)私はここが良かったと思います,3)次に同じことをした時の工夫はあるかな?,4)私はここを●●のようにすると良いと思います,5)それでは,実際にどう改善できるともいますか?6)私はこういうふうにすると●●が●●のようにもより良くなると思います。7)次はもっとうまくできそうですね,とするClub Sandwich法などがあります。その上で,教育は聞き手の姿勢が整っていればいるほど,より良くなるのです。
 さて,ファイブマイクロスキル(5 micro skills)は,①考えを述べさせる,②根拠を述べさせる,③一般原則の伝達,④できていたことの具体的な伝達,⑤間違いを正す,以上の5つを基盤とします。

4.評価の方法
 学習の評価は,「総括評価」と「形成評価」の2つに分けて評価します。総括評価は,合格評価に達するかどうかの評価となります。この合格に足りない内容を相互確認し,学習者が合格レベルを形成できるように指導していく評価方法を「形成評価」と呼びます。Millerのピラミッド(図)などを理念とします。目標と評価の方策をまとめたものを,ブループリントと呼んでいます。当たり前なこととして,設定された目標によって,評価は変化します。複数の評価者が,同様の評価とできるように目標を明確として評価することが必要となります。評価の正当性には,目標の明確化が重要となります。
 

 


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講 義 救急医療 看護師の特定行為研修の理解 2017 PART 2

2017年11月19日 21時00分28秒 | 講義録・講演記録4

講 義 看護師の特定行為研修について PART 2
~指導者講習会の企画と実施の工夫 2017~

 

名古屋大学大学院医学系研究科
救急・集中治療医学分野

松田直之


 非積極者に対する対応

 
 クリエイティブ・トレーニング・テクニックとして,参加者に主体性を持って頂くための工夫を作るように努力できると良いです。以下の内容が実践されないとどうなるのか,やる気の出ない要因の幾つかを解析し,参加者にやる気や元気がでる対策を考えることも大切となります。
 
1.ニーズを作り出す
 なぜ,いま,ここに君がいるのか。当日だけではなく,プロセスとして,長い目で正しく向かっていとを理解できるように発信する。逃避的ならないようにする。研修はイベントではなく,プロセスであり,上司がしっかり理解していることが大切となる。
2.自己責任を感じさせる
 参加者ができることを,講師は行わない。自分たちで,目標設定や学ぶ環境を作ってもらうことが大切です。分担して役割を与えることも大切かもしれません。
3.興味をもたせて興味を維持して頂く
 中身に興味を持てるようにする必要があります。理解のためには90分までが最大時間,20分に1回復習し,8分に1回参画してもらう。アクティブ時間を8分に1回は持たせます。ペアワークなどで学んだ成果を共有することや,周りに悪い影響を与えないようであれば放置することも考えます。
4.実生活に当てはめることができるような経験をさせる
 実体験がないことで,長期的なモチベーションを維持しにくく,長続きできない可能性があります。
5.賞賛する
 結果だけではなく,プロセスを含めて承認したり,賞賛したりすることにより,自己肯定感を重視していただくことも大切です。小グループ会議などでは,シールを貰えたり,賞賛が形になる方法も考慮することになります。
6.健全な競争を促進する
 自尊心が傷つかない,スピードなどを競うことができるように楽しむ。
7.トレーナー自体がワクワクしている
 どのような酷い内容であっても,楽しく明るく主使用差を引き出すような内容として,トレーナーはワクワクしている必要がある。
8.長期的な目的を設定する
9.内面的なモチベーションの価値を理解する
 人により内面的なモチベーションは異なるので,理解してあげるようにすると良いのですが,話しかける際にはとにかくニュートラルなポジションとして,先入観を伝えないように聞くようにします。
10. 対人関係を強化する
 自己紹介を含めたアイス・ブレイクがとても大切です。また,メンバーの偏りをなくすために,意図的にメンバーをシャッフルすることも大切です。
11. 参加者に選択の自由を与える
 選択枝を幾つか設定することにより,自由度を持って頂き,活動性とモチベーションを維持して頂く方法があリます。
 

特定認定看護師の特定行為 手順書の運用について
 
 特定認定看護師の特定行為38行為(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000050325.html)を中心として,チーム医療推進のための牽引とします。手順書は,医師の包括的指示書であり,物事の手順を記載したプロトコールではないことにも注意します。対応範囲を逸脱した際には,直ちに連絡をとれるようにしておく体制の記載が必要です。
 特定認定看護師に対しての医師の手順書に記載されるべき内容は,①対象となるべき病態・患者さん,②診療補助を行わせる範囲,③診療補助内容,④確認事項,⑤連絡方法,⑥報告方法の6つに基づきます。
 ①対象となるべき病態・患者さんでは,特定行為を行う上での「必要条件」の記載となります。②の補助診療の範囲ですが,病態が不安定で緊急性のあるものやrapid resposnce systemを稼働させるべき状況などでは,まず人を呼ぶことを原則とします。
 手順書における緊急性は,例えば呼吸に関係する場合は一般に,1)息苦しさの存在,2)喀痰量増加,3)呼吸音異常の有無,4)呼吸数>20回/分,5)SpO2<90%などを含むようにしますが,このように意識,呼吸,循環,体温におけるバイタルサインの緊急性を定めておくようにします。その上で,「臨時応急の手当(保健師助産師看護師法第37条)」に準じて,できる応急処置を優先させることとなります。
 ③④特定行為を行う際の確認事項は,全身状態評価,バイタルサイン評価,局所所見,器具に関する場合は器具の性状の確認を中心とします。これらは,実施前,実施中,実施直後,実施後少したった時点の4つの評価を基本とします。⑤連絡方法は院内PHSやiPhoneなどでの連絡体制の明記,⑥報告方法はカルテ記載と電話連絡等の直接対話の2つを必須とするように工夫します。

 

特定看護の手順書の運用について
 
 特定認定看護師の特定行為38行為(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000050325.html)を中心として,チーム医療が推進されることが期待されます。手順書は,医師の包括的指示書であり,物事の手順を記載したプロトコールではないことに注意します。対応範囲を逸脱した際には,直ちに連絡をとれるようにしておく体制の記載が必要です。
 特定認定看護師に対しての医師の手順書に記載されるべき内容は,①対象となるべき病態・患者さん,②診療補助を行わせる範囲,③診療補助内容,④確認事項,⑤連絡方法,⑥報告方法の6つに基づきます。
 ①対象となるべき病態・患者さんでは,特定行為を行う上での「必要条件」の記載となります。②の補助診療の範囲ですが,病態が不安定で緊急性のあるものやrapid resposnce systemを稼働させるべき状況などでは,まず人を呼ぶことを原則とします。
 手順書における緊急性は,例えば呼吸に関係する場合は一般に,1)息苦しさの存在,2)喀痰量増加,3)呼吸音異常の有無,4)呼吸数>20回/分,5)SpO2<90%などを含むようにしますが,このように意識,呼吸,循環,体温におけるバイタルサインの緊急性を定めておくようにします。その上で,「臨時応急の手当(保健師助産師看護師法第37条)」に準じて,できる応急処置を優先させることになります。
 ③④特定行為を行う際の確認事項は,全身状態評価,バイタルサイン評価,局所所見,器具に関する場合は器具の性状の確認を中心とします。これらは,実施前,実施中,実施直後,実施後少したった時点の4つの評価を基本とします。⑤連絡方法は院内PHSやiPhoneなどでの連絡体制の明記,⑥報告方法はカルテ記載と電話連絡等の直接対話の2つを必須とするように工夫します。


おわりに

 看護師さんの特定行為研修における指導者養成の講習会では,8名の4グループでの32名を基盤とすることが多いようです。各地域で,看護師の特定行為研修として,開会の説明,特定行為に関する研修制度の概要と法的整備(講演),手順書の作成過程と活用について(講演,実習),特定行為研修の目標・方略・評価(講演,実習),フィードバック方法・コーチング法(実習),特定行為研修を進めるための課題(実習)を含む内容として,1日コース6時間程度として,開催されています。医療が,多職種連携として新しく整備されてきています。2017年度における「特定行為研修」,および「特定行為研修指導者」を育成する教育体制の状況として理解されて下さい。


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講座 ARDSの病態と管理 2017

2017年10月24日 01時11分22秒 | 講義録・講演記録4

講座 急性呼吸促迫症候群 ARDSの病態と管理 2017

Acute Respiratory Distress Syndrome

名古屋大学大学院医学系研究科

救急・集中治療医学分野

教授 松田直之(まつだなおゆき)

 

 はじめに 

 急性呼吸促迫症候群(acute respiratory distress syndrome:ARDS)は,炎症性分子の産生を伴う血管透過性亢進を主体とした非心原性肺水腫であり,病理学的にはびまん性肺胞傷害(diffuse alveolar damage:DAD)を特徴とする。1967年にAshbaughら1)によってショックや外傷に急性呼吸不全が合併することが報告され,1971年にはPettyとAshbaugh2)により成人に発症する呼吸不全症候群としてARDS(adult respiratory distress syndrome)が提唱された。その後,1988年にはMurrayら3)は,肺傷害スコア(lung injury score:LIS)を用いて,急性肺傷害(acute lung injury:ALI)の用語が紹介した。以上を主軸とする経緯の中で,1992年には米国胸部疾患学会(ATS)と欧州集中治療医学会(ESICM)の合同検討会(American-European consensus conference:AECC)が開催され,1994年にBernardら4)によってARDSの定義と診断基準が公表され,ARDSの臨床研究ベースが構築された。2012年には, ARDSの臨床研究を踏まえて,新たにBerlin定義5)が公表されている。この治療のエッセンスは,炎症性サイトカインおよび増殖性サイトカインの制御である。敗血症に合併しやすいが,外傷,急性薬物中毒,熱傷などにも合併する。第45回日本救急医学会総会・学術集会(大阪)では,以下の内容に基づいて,当教室のsevere ARDSの管理ストラテジーついてディスカッションした。随伴する線維化についても,未然の注意した管理が期待される。本稿では,ARDSの定義を振り返り,病態,および現在の治療について基本的内容を整理する。

 
 ARDSの定義 

1.AECCによるARDS定義
 1994年に公表されたAECCによるARDS定義4)は,①急性発症,②胸部X線像における両側びまん性浸潤影,③肺動脈楔入圧<18 mmHgもしくは左房圧の上昇がない,④PaO2/FIO2比 ≦ 300 mmHgをALI,PaO2/FIO2比 ≦ 200 mmHgをARDSとするという4項目からなる(表1)。このAECC定義に基づき,前向き臨床研究が施行され,人工呼吸管理などの幾つかの指針が構築され,非侵襲的陽圧管理(non-invasive positive pressure ventilation: NPPV)や人工呼吸における終末呼気陽圧(positive endexpiratory pressure:PEEP)の使用がルーティンになった。この状況において現在は,PaO2/FIO2比の評価をより末梢気道に陽圧を残した状態として,厳密に行う必要が生じた。また,急性発症の定義の具体化,画像評価の検討,心不全評価の見直しなどが提案され,これまでの研究に準じた実証性と実現性を求める定義として,2012年に新たにBerlin定義5)が公表された。
 
2.ARDSのBerlin定義
 2011年9月30日から10月2日までの3日間, ARDSの新定義に対するテーブル会議がBerlinで行われた。Berlin定義の特徴は,①急性発症を1週間以内としたこと,②両側性胸部陰影において胸水,無気肺および結節では説明がつかないもの,③心原性肺水腫の臨床上の否定,④PEEPやCPAP(continuous positive airway pressure)の設定に基づくPaO2/FIO2比の評価,⑤ARDSとしてPaO2/FIO2比による3段階評価とした,以上の5内容にある(表2)。管理においてリスクがない場合には,心エコーによる心原性要因の評価,体血管抵抗などの理学所見,bronchoalveolar lavage(BAL)などの施行を検討することも検討された。さらに,本定義にCT像や炎症分子マーカーを含めるかどうかも検討されたが,多くの施設における実現性の問題などの理由より,定義に含めることが見送られた。また,肺コンプライアンス,死腔,画像所見による重症度などの評価基準を定義に含めることも見送られた。Mild ARDSをPaO2/FIO2比 ≦ 300 mmHg,Morerate ARDSをPaO2/FIO2比 ≦ 200,severe ARDSをPaO2/FIO2比 ≦ 100 mmHgとして,肺酸素化低下の各レベルに適した診療にたいする臨床研究が期待されている。

 
 ARDSの病態 

  ARDSは,酸素投与だけでは改善しない高度な低酸素状態を特徴とする。肺胞腔への水分貯留による酸素拡散低下,肺コンプライアンス低下,換気血流比低下,肺サーファクタントの機能不全,肺血管内皮細胞傷害を伴う肺血管抵抗上昇などの複数の病態が関与する。このようなARDSの病理学的所見は,DADを特徴とする。DAD病理像は,ARDS発生時より大きく,滲出期,増殖期,線維化期の3つの病期に分類されている(図1)6)

 まず,ARDS初期の血管透過性亢進を特徴とする時期は,滲出期と呼ばれ,肺胞上皮細胞や血管内皮細胞の細胞死,および硝子膜形成が認められる。硝子膜は,フィブリノーゲンやフィブロネクチンなどの血液成分が肺胞壁に沿って沈着したものである。その後,ARDS発症の約1週間以降は,増殖期と呼ばれ,線維芽細胞が間質内から末梢気道にまで増殖し,さらに肺胞内ではII 型肺胞上皮の過形成が認められる。その後,線維化期が訪れるが,ARDSが長期化した例では線維化期が長引き,膠原線維の沈着により肺構造を変性する可能性がある。

 このようなARDSの病理像の分子機構としては,pathogen-associated molecular patterns(PAMPs)およびdamage associated molecular patterns(DAMPs)(表3),さらに炎症性サイトカインや炎症性分子の産生が関与する。血管透過性亢進による滲出期に加えて,増殖期はtumor growth factor−βなどの増殖因子やトロンビンによる線維芽細胞増殖と筋線維芽細胞化,さらに膠原線維増生のトリガーとなる。炎症性病態に増殖因子の産生が混入することで,時系列だけではなく,肺内の血流に依存した部位による空間的差異が認められ,単純に時系列で滲出期,増殖期,線維化期の3つの病期に分けることができない場合も存在する。このようにARDSでは, PAMPsやDAMPsを作動物質として,表4のような炎症性分子が新たに転写段階から産生されることが関与する。ARDSの治療のためには,鑑別が必要な病態として表5に注意するとよい。
 
 ARDSの画像評価 

 ARDSの診断では,胸部単純X線像,胸部CT像,肺エコーの評価を加え,それらの画像に照らして,診療指針を討議する。

 1.胸部単純X線像
 ARDSの胸部単純X線像では,両側性すりガラス陰影と浸潤影を特徴とする。線維化の進行する時期には,すりガラス状陰影の内部の網状影に加えて,肺野の容積減少と気管支拡張像の所見に注意する。心原性肺水腫との鑑別としては,気管支血管周囲間質,小葉間間質,胸膜下間質のうっ滞所見として,cuffing sign(正面像における左右B3bの腫大と不鮮明化),KerleyA線,KerleyB線,KerleyC線,胸水などに注意する。このようなARDSの陰影分布は,必ずしもびまん性とならずに肺内での部位差が生じる場合もあり,器質性病変,胸水,無気肺,腫瘍などの評価を胸部CT像で追加する。また,動脈血ガス分析による酸素化の変化に対して,胸部単純X線像の変化は鋭敏ではなく,12時間程度の時間差が生じることが知られている。ルーチンな日々の胸部単純X線像では,気胸,肺炎,胸水,カテーテル位置などを時系列で評価する。

 2. 胸部CT像
 胸部CT像により,ARDSに肺炎や誤嚥などの直接的な肺障害因子が関与するかどうかを評価する。炎症性サイトカインなどの炎症性分子が関与する間接的な肺障害因子は,血流依存的に荷重領域障害を主とする。また, ARDSの進展に伴うDADの滲出期,増殖期,線維化期の3つの病期に合わせて,high-resolution CT(HRCT)で病態を評価する(図2)。胸部CT像では,気胸,縦隔気腫,胸水や皮下気腫などの合併の詳細評価にも留意する。また,すりガラス陰影(multifocal ground-glass opacities)などの進展に注意する。ウイルスやレジオネラなどの病態では,それらに寄生された2型肺胞上皮細胞やクララ細胞などの細胞機能障害や,線維芽細胞の急激な増殖に留意する。

 3.肺エコー
 肺病変として,肺水腫や肺線維化の間質肥厚として,B-lineやlung slidingの観察は有用である。Lung slidingはリニアプローブを用いるのが理想的であり,呼吸による臓側胸膜と壁側胸膜とのずれが横方向のhigh echoのA-lineとして観察できる。ARDSにおける含気不良領域では,A-lineやlung slidingが消失傾向を示す。ARDSに気胸を合併した際には,障害肺有意にA-lineやlung slidingが消失する。一方,B-lineは,胸膜から縦方向に尾を引く線状陰影であり,横方向のlung slidingとともに左右に動く特徴がある。コンベックスプローブを用いた観察において,B-lineの異常は視野内に3本以上のB-lineの観察や,B-line間の幅が7mm以内に狭小化する所見となる。ARDSでは,びまん性肺病変として,肺エコーにおけるB-lineが不均一な分布として観察できる。また,肺エコーでは,無気肺,胸水,横隔膜運動などを合わせて評価する。


 ARDSの病理所見 

 ARDSの病理学的所見は,DADを特徴とする。DAD病理像は,ARDS発生時より大きく,滲出期,増殖期,線維化期の3つの病期に分類されている(図2)。まず,ARDS初期の血管透過性亢進を特徴とする時期は,滲出期と呼ばれ,肺胞上皮細胞や血管内皮細胞の細胞死,および硝子膜形成が認められる。硝子膜は,フィブリノーゲンやフィブロネクチンなどの血液成分が肺胞壁に沿って沈着したものである。その後,ARDS発症の約1週間以降は,増殖期と呼ばれ,線維芽細胞が間質内から末梢気道にまで増殖し,さらに肺胞内ではII 型肺胞上皮の過形成が認められる。その後,線維化期が訪れるが,ARDSが長期化した例では線維化期が長引き,膠原線維の沈着により肺構造を変性する可能性がある。
 
 ARDSの治療 

 ARDSの治療においては,原因の同定と,原因の治療が必要となる。このような原疾患の治療に加えて,呼吸管理,循環管理などの幾つかの補助治療が行われる。図3は,今後のARDSに治療指針や臨床研究のテーマを,Fergusonら7)が示したものである。

1.疾患の治療
 ARDSの先行病態として,肺炎や敗血症には注意が必要であり,肺炎や敗血症を疑う場合には,喀痰や血液などの細菌培養検体を採取し,抗菌薬の適正に使用する。ARDSを引き起こす病態として,敗血症などの全身性炎症病態の治療を適正化する。

2.非侵襲的人工呼吸
 非侵襲的人工呼吸(noninvasive positive pressure ventilation:NPPV)は, EPAP(expiratory positive airway pressure)を5 cmH2Oを初期設定としてARDSの初期評価に用いることができる。ARDSのBerlin定義はARDSの診断に,PEEP 5 cmH2O以上を必要とする。ARDSにおけるNPPVは,図1のように軽症ARDSに対する位置づけであり,中等症ARDSおよび重症ARDSにおける適応を含めて,今後の検討が必要とされている。

3.人工呼吸管理
 ARDSにおける低酸素血症は,末梢気道の開放が病態生理学的には重要であり,人工呼吸管理ではまず,PEEP(positive endexpiratory pressure)を適正化する。FIO2については臨床研究では明確な指針が得られていないが,PEEPに優先してFIO2を高めることで,死亡率が上昇する危険性が確認されている8)。FIO2は0.6以下を目標として,動脈血ガス分析により虚血が進行しない安全なレベルに,可能な限り低下させる。ARDSにおける呼吸管理において,肺保護を目的とした人工呼吸管理とする。換気条件については,①1回換気量を6~8 mL/kg体重とするlow tidal ventilation,②driving pressure(最大級気圧-PEEP)を可能な限り低下させること,③最大気道内圧≦30 cmH2Oにを維持することの少なくとも3つの内容に注意する。

4.鎮痛と鎮静
 ARDSの人工呼吸管理においては,Richmond Agitation Sedation Scale(RASS)9)などの鎮静スケールを用いて,適切な鎮痛と鎮静を必要とする。集中治療領域では,フェンタニル(成人:25μg〜125 μg/時),デクスメデトミジン(成人:0.1〜0.7 μg/kg/時),プロポフォール(成人:30〜100 mg/時)などが,静脈内持続投与として利用される。これらの一部は,1日に1回持続投与を中止し,浅い鎮静状態で意識状態,せん妄合併の有無,薬物代謝を評価し,早期離床につなげる工夫が行われている。

5.重症ARDSに対する補助療法
 重症ARDSにおいては,図3のように人工呼吸下での筋弛緩薬の併用,腹臥位療法,高頻度換気,extracorporeal membrane oxygenation(ECMO)などの有効性が,より一層に臨床研究として検討されようとしている。各施設における検討課題である。重症ARDSでは,間質性肺炎,肺線維症の増悪や器質化に注意が必要であり,救命と社会復帰のためには適切な時期にECMOを導入することを検討している。

6. グルココルチコイド療法
 グルココルチコイドは,DAMPsやPAMPsの細胞内情報伝達系において炎症性分子の産生を転写レベルで制御するために,ARDSの治療において有効であるかもしれない。しかし,急性期ARDSにおけるメチルプレドニゾロン大量療法の臨床研究10)では,生存率を改善させず,感染症を悪化させる結果だった。一方,メチルプレドニゾロン1 mg/kgレベルのメチルプレドニゾロン少量療法11)では,lung injury score,人工呼吸期間,ICU滞在日数の減少が認められている。少量ステロイド療法における臨床研究では,研究によって投与方法がさまざまであり,少量メチルプレドニゾロン持続投与法(表6)12)などの投与法を統一した治療効果の集積が期待される。少量ステロイド持続投与法は,ステロイドの観血的投与に比較してグルココルチコイド濃度のトラフ値を一定に保つため,コルチゾルの日内変動を維持し,極端な免疫抑制を阻止し,また急性期の血糖コントロールを行いやすい特徴がある。2006年のデータではあるが,発症後1週間以上経過したARDSにおいて,メチルプレドニゾロン2 mg/kg/日を2週間使用して漸減する少量メチルプレドニゾロン療法は,人工呼吸管理期間を短縮させている13)。今後は,Berlin定義に準じてARDSと明確に区分できる群において,グルココルチコイド療法の検討が進められようとしている。メチルプレドニゾロン1~2 mg/kg/日レベルの少量グルココルチコイド持続投与療法は,炎症性サイトカイン産生に伴う炎症,および随伴して増加するTGF-β,PDGF,FGFなどを介した線維化に対する先取り治療として,中等度以上のARDSにおける効果が期待できるかもしれない。

7.その他の薬物療法
 ARDSの薬物療法においては,無作為臨床試験を用いたシステマチック・レビューとして,生命予後を改善することを示すことができない。その内容としては,一酸化窒素吸入療法,サーファクタント補充療法,抗酸化剤(ビタミンC,N-アセチルシステイン,プロシステイン),グルタミン,スタチン(ロバスタチン,シンバスタチン),GM-CSF,β刺激薬アルブテロールなどが含まれる。一方,スタチンを内服している場合には,継続するように指導している。スタチンは,細菌感染率を低下させる効果があることや,血管内皮などにおけるオートファジーやマイトファジーを維持できる可能性を持つ。 

 おわりに 

 1994年におけるALI/ARDSのAECC定義4)以降,ARDSによる集中治療室内の死亡は30%以上,病院死亡は40%以上で推移したが,60日死亡は25%レベルに低下してきている14-16)。基礎基盤研究ではARDSの病態および病理像の解析も進み,臨床研究としてもBerlin定義5)により,薬物療法を含めたさまざまな治療の見直しが行われるであろう。ARDSの臨床研究は,Berlin定義5)により,多くのエビデンスとして公表されることが期待される。

 

  文 献 

1. Ashbaugh DG, Bigelow DB, Petty TL, et al. Acute respiratory distress in adults. Lancet. 1967;2:319-23.  
2. Petty TL, Ashbaugh DG. The adult respiratory distress syndrome. Clinical features, factors influencing prognosis and principles of management. Chest. 1971;60:233-9.
3.Murray JF, Matthay MA, Luce JM, et al. An expanded definition of the adult respiratory distress syndrome. Am Rev Respir Dis. 1988;138:720-3.
4. Bernard GR, Artigas A, Brigham KL, et al. The American-European Consensus Conference on ARDS. Definitions, mechanisms, relevant outcomes, and clinical trial coordination. Am J Respir Crit Care Med. 1994;149:818-24.
5. ARDS Definition Task Force Acute respiratory distress syndrome: the Berlin Definition. JAMA. 2012;307:2526-33.
6. Tomashefski JF Jr. Pulmonary pathology of the acute respiratory distress syndrome: diffuse alveo- lar damage. In: Matthay MA, ed. Acute Respiratory Distress Syndrome. New York: Marcel Dekker. 2003; 75-108.
7. Ferguson ND, Fan E, Camporota L, et al. The Berlin definition of ARDS: an expanded rationale, justification, and supplementary material. Intensive Care Med. 2012;38:1573-82.
8. Britos M, Smoot E, Liu KD, et al. The value of positive end-expiratory pressure and Fio₂ criteria in the definition of the acute respiratory distress syndrome. Crit Care Med. 2011;39:2025-30.
9. Sessler CN, Gosnell MS, Grap MJ, et al. The Richmond Agitation-Sedation Scale: validity and reliability in adult intensive care unit patients. Am J Respir Crit Care Med. 2002;166:1338-44.
10. Peter JV, John P, Graham PL, et al. Corticosteroids in the prevention and treatment of acute respiratory distress syndrome (ARDS) in adults: meta-analysis. BMJ. 2008;336:1006-9.
11. Meduri GU, Golden E, Freire AX, et al. Methylprednisolone infusion in early severe ARDS: results of a randomized controlled trial. Chest. 2007;131:954-63.
12. Meduri GU, Annane D, Chrousos GP, et al. Activation and regulation of systemic inflammation in ARDS: rationale for prolonged glucocorticoid therapy. Chest. 2009;136:1631-43.
13. Steinberg KP, Hudson LD, Goodman RB, et al. Efficacy and safety of corticosteroids for persistent acute respiratory distress syndrome. N Engl J Med. 2006;354:1671-84.
14. Rubenfeld GD, Caldwell E, Peabody E, et al. Incidence and outcomes of acute lung injury. N Engl J Med. 2005;353:1685-93.
15. Villar J, Blanco J, Añón JM, The ALIEN study: incidence and outcome of acute respiratory distress syndrome in the era of lung protective ventilation. Intensive Care Med. 2011;37:1932-41.
16. Erickson SE, Martin GS, Davis JL, et al. Recent trends in acute lung injury mortality: 1996-2005. Crit Care Med. 2009;37:1574-9.


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Alert Cell Strategy in Multiple Trauma, Cancer, Sepsis and Multiple Organ Failure

2017年09月29日 14時00分00秒 | 講義録・講演記録4

Alert Cell Strategy: Regulation Theory of Inflammation and Multiple Organ Failure

 

Naoyuki Matsuda M.D. , Ph.D.

 

Summary

 There are "Alert cells" that have the function of inducing white blood cells and cancer cells in tissues. The "Alert cell" is capable of producing inflammatory cytokine and chemokine via inflammatory receptors, intracellular signaling proteins, and transcription factor activities. 

 My series of studies analyzes "Alert cell" function from 2000 as a clarification of the pathology and therapy of sepsis, which is multi-organ failure due to infectious diseases. I identified "Alert cells" that can induce inflammation in tissues, and pathophysiologically explained the relationship between cellular functions that cause inflammation and multiple organ failure. For the progression of organ failure in systemic inflammation and cancer metastasis, it is expected to control the function of "Alert cells" in tissues. 

 Here, a technique such as decoy oligonucleotides of transcriptional factors can be effective by utilizing hyperphagocytosis of "Alert cells” in alerting. In order to specifically regulation of the transcription factor activity of "Alert cells", decoy oligodeoxynucleotides against nuclear factor kappa B (NF-κB) and activator protein-1 (AP-1) and siRNA of apoptotic factors. It was confirmed that Alert cell was an important target for regulation of inflammation and multiple organ failure.


Definition of "Alert cell”

  Multiple organ failure tends to be induced by systemic inflammation caused by infection/sepsis, trauma, tumor, diabetes, etc. Overproduction of cytokine, chemokine and inflammatory molecules concurrently leads to organ dysfunction such as acute lung injury, acute heart failure, vasodilation, acute kidney injury, liver failure, neuromuscular disorder, disseminated intravascular coagulation. There are epithelial cells that have inflammation-inducing receptors such as Toll-like receptor, tumor necrosis factor (TNF) receptor, interleukin-1 (IL-1) receptor. These are named as "Alert cell" that senses inflammation and produces chemokine and inflammatory cytokines, and several types of inflammatory molecules such as nitric oxide (NO). "Alert cell" is a leading actor of a process of sounding a horn in tissue inflammation through production of chemokine and inflammatory molecules. After the horn, "Alert cell" will undergo cell death, supply amino acids and nucleic acids to surrounding tissues and spread inflammation around by its own molecules, ATP and mitochondrial DNA. The specific cell, other than the leukocyte, can produce inflammatory alarm to  the organ, which cell type is defined as "Alert cell".

 

Relationship between "Alert cell” and inflammation and multiple organ failure

 An important cell inducing multiple organ failure is not only leukocytic cells such as monocytes, neutrophils, dendritic cells, lymphocytes, but also alert cells which have TNF receptor, IL-1 receptor, Toll-like receptor (TLR), and other inflammatory receptors and have an activity of adhering to platelets.

 Some cells of the major organs such as the lungs express inflammatory receptors on the cell membrane like the leukocyte and exactly senses inflammation and produces chemokine, adhesion molecules, inflammatory cytokines, NO, prostaglandins, von Willebrand Factor, tissue factor and other inflammatory molecules as "Alert cells". Even though various cells of major organs are classified as histologically homogeneous cell types, their inflammatory activity and capacity are different. Particularly in major organs and vascular endothelial cells, "Alert cells" are responsible for the initiation of inflammation, mainly by producing chemokine, thereby mobilizing leukocyte cells such as dendritic cells and neutrophils to the vicinity of the "Alert cells” for removal of foreign matters.

  Receptor for advanced glycation end product (RAGE) and protease activated receptor (PAR) was detected Receptors on "Alert cells” in addition to TLR, TNF-R, IL-1R. Apart from progression in the inflammatory process, "Alert cells” was characterized as acceleration of cell death in Type II alveolar epithelial cells and Clara cells in the lungs and vascular endothelial cells in the aorta.

 

Activation of transcription factors in "Alert cell”

 Overproduction of inflammatory cytokines and inflammatory molecules involved in the induction of multiple organ failure is a result of increased mRNA production due to increased transcriptional activity via binding of inflammatory ligand and the inflammatory receptor. 

 My study used a systemic inflammatory mouse model with Escherichia coli lipopolysaccharide and a systemic inflammatory mouse model by keyhole incision cecal ligation puncture for evaluation of "Alert cell" in tissues such as  the lung, heart, kidney, muscle and blood vessel. It was confirmed that such cells also had similar functions for inflammation in the cultured cells. Bronchial epithelial cells in the lung and vascular endothelial cells in the aorta express the above-mentioned inflammatory receptor, activate transcriptional factor of NF-κB and AP-1, and produce inflammatory molecules such as chemokine and iNOS (Figure 1). Activation of the NF-κB alone enhances transcription of inflammatory cytokines such as TNF-α and IL-1β, inflammatory molecules such as NO and cyclooxygenase, an inflammatory receptor such as TLR2, and Flice inhibitory protein (FLIP) and Bcl-2, which are involved in inhibition of apoptosis.  

 On the other hand, in various Alert cells of major organs and vascular endothelial cells, the inflammatory receptor signal activates mitogen-activated protein kinase (MAPK) such as the Jun family and Fos family, and the transcription factor AP-1. It was activated and revealed to be involved in the transcription of apoptosis-related molecules. In summary, activation of NF-κB and AP-1 can be observed in "Alert cell" as  bronchial epithelial cells, Clara cells, type II alveolar epithelial cells and vascular endothelial cells in the lung.

  

"Alert cell” death and multiple organ failure

 

 In the situation where transcriptional activity of NF-κB and AP-1 increases in "Alert cell", TNF receptor type-1 (TNF-R1) diffused and associated with TNF receptor-associated death domain protein (TRADD) and receptor interacting protein-1 (RIP-1) and induced autophagy and apoptosis via Fas-associated death domain (FADD). As AP-1 activity increased, FADD increased in the "Alert cell", and the death receptor signal was activated in the "Alert cell” as  a tendency to induce autophagy and extrinsic apoptosis (Figure 2). 

 In the "Alert cell”, NF-κB activity suppresses apoptosis via production of anti-apoptotic factors such as Bcl-2 and FLIP to prevent acceleration of cell death. However, once NF-κB activity starts to decrease in the "Alert cell”, apoptosis proceeds through AP-1 activity, and cell death of the "Alert cell” was accelerated. Thus, selection of whether intracellular signal in "Alert cell"  activates NF-κB or AP-1 should be considered as an association of cell death in multiple organ failure.

 

Alert cell strategy

Multiple organ failure in infection and sepsis is pathologically in inflammation and cell death of "Alert cell" under activation of transcription factors such as transcription factor NF-κB, AP-1, etc. "Alert cell" tends to increase the number in systemic inflammation with hyper cytokineinemia, enhances multiple organ inflammation and exacerbates multiple organ failure by recruiting leukocytes and platelets. Such mechanisms could be involved in metastasis of cancer cells in local  and systemic inflammation. "Alert cell strategy" is an therapeutic theory for specific target of "Alert cells” in systemic inflammation and organ failure. The treatment strategy focused on "Alert cell" will play an important role in development of pathophysiology and therapeutic management in sepsis and cancer.

 

Key publications

  1. Matsuda, N. (2004). Alert cell strategy. Circ Cont 25, 276-284.
  2. Matsuda, N., Hattori, Y.Takahashi, Y.Nishihira, J.Jesmin, S.Kobayashi, M.Gando, S.(2004). Therapeutic effect of in vivo transfection of transcription factor decoy to NF-κB on septic lung in mice. Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol 287: L1248-L1255.
  3. Matsuda, N., Hattori, Y.Takahashi, Y.Jesmin, S.Gando, S. (2005). Nuclear factor-κB decoy oligonucleotides prevent acute lung injury in mice with cecal ligation and puncture-induced sepsis. Mol Pharmacol 67:1018-1025.
  4. Matsuda, N., Hattori, Y. (2006). Systemic inflammatory response syndrome (SIRS): Molecular pathophysiology and gene therapy. J Pharmacol Sci 101: 189-198.
  5. Matsuda, N., Takano, Y.Kageyama, S.Hatakeyama, N.Shakunaga, K.Kitajima, I.Yamazaki, M.Hattori, Y.  (2007). Silencing of caspase-8 and caspase-3 by RNA interference prevents vascular endothelial cell injury in mice with endotoxic shock. Cardiovasc Res 76:132-140.
  6. Matsuda, N., Yamazaki, H., Takano, KI., Matsui, K., Takano, Y., Kemmotsu, O., Hattori, Y. (2008). Priming by lipopolysaccharide exaggerates acute lung injury and mortality in responses to peptidoglycan through up-regulation of Toll-like receptor-2 expression in mice. Biochem Pharmacol 75:1065-1075.
  7. Matsuda, N., Yamamoto, S., Takano, KI., Kageyama, SI., Kurobe, Y., Yoshiwara, Y., Takano, Y., Hattori, Y. (2009). Silencing of Fas-associated death domain protects mice from septic lung inflammation and apoptosis. Am J Respir Crit Care Med, 79:806-815.
  8. Matsuda, N., Yamamoto, S., Yokoo, H., Tobe, K., Hattori, Y. (2009). Nuclear factor-κB decoy oligodeoxynucleotides ameliorate impaired glucose tolerance and insulin resistance in mice with cecal ligation and puncture-induced sepsis. Crit Care Med 37:2791-2799.
  9. Matsuda, N., Teramae, H., Yamamoto, S., Takano, KI., Takano, Y., Hattori, Y. (2010). Increased death receptor pathway of apoptotic signaling in septic mouse aorta: effect of systemic delivery of FADD siRNA. Am J Physiol Heart Circ  Physiol 298;92-101.
  10. Matsuda, N. (2016). Alert cell strategy in SIRS-induced vasculitis: sepsis and endothelial cells. J Intensive Care 4:21.


Figures 

Figure 1. Intracellular signal transduction of inflammatory receptors in "Alert cell".

 "Alert cell” has a intracellular signal transduction to activate transcriptional factors through inflammatory receptors. Nuclear factor-κB (NF-κB) and activator protein-1 (AP-1) were activated in alert cells and lead to produce inflammatory mRNA. 

TNF-R1: tumor necrosis factor receptorIL-1R: Interleukin-1 receptor, MyD88: myeloid differentiation factor 88, IRAK: Interleukin-1 receptor-associated kinase, TRAF: tumor necrosis factorTNFreceptor –associated factor, TAK1: TGF-βactivated kinase 1, JNK: c-Jun N-terminal kinase, ERK: Extracellular signal-regulated kinase, MAPK: mitogen-activated protein kinase, IKK: inhibitory κB kinase, NEMO: NF-κB essential modulator, I-κB: inhibitory-κB, TRADD: TNF receptor-associated death domain, FADD: Fas-associated death domainp: phosphorylation.

 

 Figure 2. The death receptor signaling in Alert Cell.


 Death receptors (DR) signal is present also in alert cells of the major organs and vasculature. TNF-R1, Fas (CD95), and DR4 (TRAIL receptor 1), and DR5 (TRAIL receptor 2) have a death signal in alert cells via adaptor molecules of TRADD and FADD. On the other side, TNF-R1 produces the anti-apoptotic factors such as FLIP and BclX via activation of nuclear factor-κB (NF-κB) through RIP1-TRAF pathway. When NF-κB activity decreases and AP-1 activity increases, DR family and FADD tend to proceed apoptosis in alert cells. TNF-R1: tumor necrosis factor receptor 1, TRADD: TNF receptor-associated death domain protein, RIP1: receptor-interacting protein 1, IKK: inhibitory-κB kinase, TRAF: tumor necrosis factor receptor-associated factor, FADD: Fas -associated death domain protein, FLIP: FLICE inhibitory protein. 

※ 本内容は,2017年9月29日に一部を一般公開し,2018年5月6日に内容に追記しています。 松田直之  


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敗血症の定義と診断 2016

2017年09月13日 01時01分23秒 | 講義録・講演記録4

  敗血症の定義と診断 2016 〜Sepsis-3〜 

名古屋大学大学院医学系研究科 救急・集中治療医学分野

教授 松田直之

 はじめに 

 敗血症(Sepsis)の定義と診断が,2016年にSepsis-31)として変更され,そろそろ国内でも,新しい定義が定着してきています。Sepsis-31)の定義のキーワードは,臓器不全です。感染症あるいは感染症が疑われる状態で,臓器不全が進行する場合,ただの感染症ではなく,敗血症と定義し,感染症管理以上の治療を行っていきましょうという理念です。現在,敗血症は,感染症により臓器不全が進行する病態と理解して下さい(図1)。

 敗血症の学術の進化は,振り返れば1992年にSepsis-12)として,Roger C. Bone達により,敗血症の定義と診断が発表されたことによります。このSepsis-1の定義では,全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome:SIRS)という概念が重要であり,感染症による全身性炎症を敗血症と定義したものでした。以後,全身性炎症の病態が,学術として解明されてきました。

 一方,現在のSepsis-31)の定義は,「臓器不全の進行」をターゲットとしています。Sepsis-1では,全身性炎症の感染症(敗血症:sepsis),臓器不全を合併した感染症(重症敗血症:severe sepsis),ショックを合併した感染症(敗血症性ショック:septic shock)の3段階分類としていましたが,Sepsis-3では,全身性炎症の感染症がなくなってしまいました。すなわち,Sepsis-3では敗血症の治療ターゲットを,臓器不全を合併した感染症,そしてショックを合併した感染症(敗血症性ショック:septic shock)に絞り込んだわけです。そのため,重症敗血症(severe sepsis)の重症度区分が削除されました。

 現在,敗血症は,Sepsis-3により,感染症による重篤な臓器傷害と定義されています。そして,敗血症性ショックは,輸液と血管作動薬に反応しない急性循環不全として乳酸値≧2mmoL/Lの細胞障害および代謝異常であると定義されています。日本集中治療医学会敗血症診療ガイドライン20163)も,このSepsis-3の定義に準じています。以上のように,敗血症を「感染症により進行する臓器傷害」と定義することで,原疾患ではなく,感染症により臓器不全が進行することを広く医療従事者や国民に伝えるための「言葉の戦略」となります。私は,このような意図として,敗血症を教えていますが,一方で「全身性炎症」は「臓器不全」を進行させるという病態生理学的理解も極めて重要なものとなります。

 

 敗血症の概念の変遷 

 

 敗血症(sepsis)は,「崩壊」や「腐敗」を意味するギリシャ語のseptikosを語源としています。必ずしも菌が血液中に存在しなくとも,菌体成分がToll-like受容体などと反応として全身性炎症が進展し,サイトカイン血症として敗血症病態が形成されます。

 1990年レベルでは,Schottmüllerら4)のように,敗血症は「微生物が局所から血流に侵入した病気」と捉えられていました。血液における微生物の検出が,敗血症の確定診断と考えられていたのです。しかし,1989年にBone達5)によりseptic syndrome(セプシス症候群)という概念が提唱され,この頃から感染症による感染部位局所炎症反応の全身性波及,すなわちサイトカインストームの概念が生まれ始めました。

 そして,1992年に米国集中治療医学会と米国胸部疾患学会によるSepsis-12)がBone達の独創性の下で公表されたのです。ここに,炎症性サイトカイン血症や高C反応性蛋白血症すると伴走する「全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome:SIRS)(表1)」の概念が導入されたわけです。SIRSは,呼吸,脈拍,体温,白血球数で規定される4つのクライテリアのうち,2つ以上を満たす症候群です。敗血症を,感染症によるSIRSと定義したのが,はじめての敗血症の国際的定義Sepsis-1でした。Sepsis-1による敗血症の重症度は,①全身性炎症のみの敗血症,②臓器不全を伴う重症敗血症,③ショックを伴う敗血症性ショックの3つでした。

 しかし,SIRSの診断基準を用いたSepsis-12)による敗血症診断は感度は高いけれども,敗血症の重症化に対する特異度が低いことから,2003年にSepsis-26)(表2)として,バイオマーカーや理学所見の追加による24項目で構成される敗血症診断が提案されました。Sepsis-2においても,敗血症の定義はSepsis-1と変わるものではなく,敗血症は感染症に伴うSIRSと定義していました。しかし,結果としてSepsis-2の診断はSepsis-1と比較して,敗血症診断や敗血症重症化の特異度を高めませんでした7-9)

 このような過程において,敗血症管理の対象を全身性炎症とするのではなく,臓器傷害の進展とするという概念が集中治療との関連としてクローズアップされてきました。SIRS基準(表1)2)は,敗血症における制御不能に陥った致命的状態を示すものではなく,多くの入院患者で陽性となり,感染症を併発しない患者や良好な転帰をとる患者にも認められるとするSIRSに対する疑義です10)

□ オーストラリアとニュージーランドにおいて2000年から2013年まで172の集中治療室(intensive care unit:ICU)において後向きに解析した研究11)において,全1,171,797例が解析されました。このデータにおいて,約9.4%にあたる109,663例が感染症と主要臓器傷害を合併していたが,このうちの12.1%にあたる13,278例にSIRS兆候を認めなかったというものです。SIRSの診断が必ずしも臓器傷害の進行を示すものではないことが世界レベルで注目されました。

 以上の背景の中で,2016年2月にSepsis-31)(表3)が,公表されました。Sepsis-3は,敗血症を感染症による臓器傷害の進行する病態として定義した。重症度は,敗血症と敗血症性ショックの2つとし,臓器傷害の進行はqSOFAとSOFAを用いることが提案されました3)。

 

 敗血症の診断 Sepsis-3 

 

 Sepsis-31)は,臓器傷害の進行に治療の照準をあわせています。臓器傷害の進行にあたって,病院前救護体制,救急外来,一般病棟における場合と,集中治療室などの重症管理をしている場合で分けて行うことを推奨しています。

 病院前救護,救急外来,一般病棟では,感染症あるいは感染症が疑われる場合に,quick sequential (sepsis-related)organ failure assessment score(quick SOFA,qSOFA)を用います。qSOFAは,①呼吸数 ≧ 22回/分,②意識変容,③収縮期血圧 ≦ 100 mmHgの3項目で評価し,2項目以上が存在する場合に敗血症を疑うこととします。

 このSepsis-3 1)およびqSOFAの導入には,Seymourらの原著論文12)が用いられています。Seymourら12)は,ペンシルバニア州南西部にある12の病院で2010~2012年の間に記録された約130万件の電子カルテより,感染を疑う148,907例を抽出し,SIRSスコア,SOFAスコア,ロジスティック器官機能障害スコア(logistic organ dysfunction system score:LODS)を比較し,さらに多変量ロジスティック回帰を用いて,新たな基準としてqSOFAを提案しました。感染を疑ってからの72時間における,SIRS,SOFA,そしてLODSの最悪値,さらに感染発症の48時間前から24時間後までの,2点以上のSOFAスコアの変化値が評価されました。qSOFAとして,①呼吸数 ≧ 22回/分,②Glasgow coma scale ≦ 13(意識変容),③収縮期圧 ≦ 100 mmHgの3項目のうち2項目以上を満たすとした場合,集中治療室外の約89%の症例において,qSOFAはSOFAスコアやSIRSスコアより優れた臓器傷害の予測を示すものでした。qSOFA 2項目以上では,1項目以下に比べて,院内死亡率が3~14倍に増加していたというものです。

 最終的に,ICUなどの重症管理では感染症あるいは感染症の疑いにおいて,SOFAスコア合計2点以上の上昇により敗血症と診断します(表4)。SOFAの測定のためには,glasgo coma scale(GCS)による意識評価,動脈血ガス分析,および血液生化学検査に血小板,総ビリルビン,クレアチニンを含むものとします。救急外来や病棟等での緊急検査項目に,これらを含めることで,SOFAスコアの変動を早期に評価します。敗血症の確定診断は,感染症や感染症の疑いにおいて, SOFAスコアの2点以上の上昇となります。

 

 敗血症性ショックの診断 Sepsis-3 

  Sepsis-31)における敗血症性ショックの診断は,平均動脈血圧65 mmHg以上を保つために,十分な輸液と血管収縮薬(ノルアドレナリンアリン持続投与など)を用いることが前提となっています。2L/時を超えるような輸液と血管収縮薬の持続投与を開始して,平均動脈血圧65 mmHg以上を維持する,あるいは維持できない場合,敗血症性ショックを疑います。その上で,敗血症性ショックの確定診断には,さらに,血液ガス分析などで血清乳酸値 > 2 mmol/L(18 mg/dL)を必要とします。

 Shankar-Heriら13)は,Surviving sepsis campaignデータベース28,150例より,敗血症性ショックと血中乳酸値を評価できる18,840例を抽出し,血清乳酸値>2 mmoL/L(18 mg/dL)を敗血症性ショックの閾値として定めました。Sepsis-31)では,このShankar-Heriら13)の評価基準を採用し,敗血症性ショックを細胞代謝異常をさせ,死亡率を高める重症病態として区分しています。

 

 敗血症の定義と診断における注意事項 

 敗血症の定義を,感染症から全身性炎症から臓器傷害に移行した場合,敗血症の初期病態をスクリーニングしにくくなります。これは,感染症から臓器傷害が進行する可能性のある状態を見逃す可能性があるため,敗血症を疑うような初期病態の感度が低下します。つまり,SIRSスコアは炎症に関する「感度」が良い,qSOFAは臓器傷害の進展に対する「特異度」が高いと考えて良いと思います。このような論文が,2018年には約100編ほど出ていますので,2019年にはqSOFAの特徴を整理していくことになります。

 また,SOFAスコアは,意識,循環,腎機能,血液凝固線溶などの評価において,このスコアリングが現在の臓器傷害の評価に適しているとは限らないことです。意識では,気管挿管されている場合にGCSの評価が難しいこと,腎機能についてはKDIGO分類14),血液凝固線溶系では急性期DIC診断基準15)などに注意が必要です。循環の評価においても,SOFAスコアは現在のカテコラミンの使用にそぐわないため,ノルアドレナリンを使用することでプラス3点となり,敗血症の確定診断がついてしまうことになります(表4)。

 Sepsis-31)における問題点として,1)Seymourら12)の論文では敗血症発症の予測ではなく院内死亡を評価基準としていること,2)SOFAスコアは古く現在の診断基準としては鋭敏ではないこと(SOFAの陳旧性),3)qSOFAとSOFAとの診断基準値の解離(収縮期血圧 ≦ 100 mmHg,平均血圧 ≦ 65 mmHg,平均血圧 ≦ 70 mmHgなどの不統一性),4)感染症を疑う基準の不明瞭性,5)SOFAスコアや血中乳酸値測定のルーティン化などの実行的問題,6)全身性炎症の新定義の必要性などの課題が残されています。以上を含めて,日本版敗血症診療ガイドライン20163)を手に取られて,知識の整理とされて下さい。

 文 献 

1. Singer M, Deutschman CS, Seymour CW, et al. The Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock (Sepsis-3). JAMA 315:801-10, 2016

2. American College of Chest Physicians/Society of Critical Care Medicine Consensus Conference: definitions for sepsis and organ failure and guidelines for the use of innovative therapies in sepsis. Crit Care Med 20: 864-74, 1992

3. 日本版敗血症診療ガイドライン2016. http://www.jsicm.org/pdf/jjsicm24Suppl2-2.pdf

4. Budelmann G. Hugo Schottmüller, 1867-1936. The problem of sepsis. Internist (Berl) 10: 92-101, 1969

5. Bone RC, Fisher CJ Jr, Clemmer TP, et al. Sepsis syndrome: a valid clinical entity. Methylprednisolone Severe Sepsis Study Group. Crit Care Med 17: 389-93, 1989

6. Levy MM, Fink MP, Marshall JC, et al. 2001 SCCM/ESICM/ACCP/ATS/SIS International Sepsis Definitions Conference. Crit Care Med 31:1250-6, 2003

7. Weiss M, Huber-Lang M, Taenzer M, et al. Different patient case mix by applying the 2003 SCCM/ESICM/ACCP/ATS/SIS sepsis definitions instead of the 1992 ACCP/SCCM sepsis definitions in surgical patients: a retrospective observational study. BMC Med Inform Decis Mak 9: 25, 2009

8. Zhao H, Heard SO, Mullen MT, et al. An evaluation of the diagnostic accuracy of the 1991 American College of Chest Physicians/Society of Critical Care Medicine and the 2001 Society of Critical Care Medicine/European Society of Intensive Care Medicine/American College of Chest Physicians/American Thoracic Society/Surgical Infection Society sepsis definition. Crit Care Med 40: 1700-6, 2012

9. Vincent JL, Opal SM,Marshall JC, et al. Sepsis definitions: time for change. Lancet  381:774-5, 2013.

10. Churpek MM, Zadravecz FJ, Winslow C, et al. Incidence and prognostic value of the systemic inflammatory response syndrome and organ dysfunctions in ward patients. Am J Respir Crit Care Med 192:958-64, 2015 

11. Kaukonen K-M, Bailey M, Pilcher D, et al. Systemic inflammatory response syndrome criteria in defining severe sepsis. N Engl J Med 372:1629-38, 2015

12. Seymour CW, Liu VX, Iwashyna TJ, et al. Assessment of Clinical Criteria for Sepsis: For the Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock (Sepsis-3). JAMA 315:762-74, 2016

13. Shankar-Hari M, Phillips GS, Levy ML, et al. Developing a New Definition and Assessing New Clinical Criteria for Septic Shock: For the Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock (Sepsis-3). JAMA 315:775-87, 2016

14. Kidney Disease: Improving Global Outcomes (KDIGO) Practice Guidline for Acute Kidney Injury. Kidney Int Suppl 2:1-138, 2012

15. Japanese Association for Acute Medicine Disseminated Intravascular Coagulation (JAAM DIC) Study Group.Natural history of disseminated intravascular coagulation diagnosed based on the newly established diagnostic criteria for critically ill patients: results of a multicenter, prospective survey. Crit Care Med 36:145-50, 2008


 図と表の解説 

 

図1 敗血症の定義の変化

 解説:Sepsis-31)の定義では,重症敗血症という区分がなくなり,臓器不全の進行する感染症を敗血症(感染症+臓器傷害)と定義しました。敗血症としての治療範疇が,塗られた範囲として変更されました。SIRS(Systemic Inflammatory Response Syndrome)2)という概念は,早期発見と早期治療の観点において病態学的に重要と考えますが,定義及び治療の概念領域として用いなくなりました。 

図2 Sepsis-3:感染症における臓器傷害の進行

 解説:敗血症の新定義Sepsis-31)は,全身性炎症反応症候群(SIRS)2)の基準を満たさない感染症を,敗血症に取り込もうとしたものです。Sepsis-3は,感染症により進行する「臓器傷害」を,敗血症と定義しました。


表1 Sepsis-1における全身性炎症反応症候群

解説:Sepsis-12)では,表の4つのクライテリアのうち2つ以上を満たす場合に,全身性炎症反応症候群(SIRS:Systemic Inflammatory Response Syndrome)と診断されます。Sepsis-12)では感染症或いは感染症を疑う場合のSIRSを,敗血症と定義しました。現在のSepsis-31)は,臓器不全の進行や臓器傷害をターゲットとしているので,Sepsis-12)における重症敗血症以上の重症度を治療の対象としていることになります。

 

表2 Sepsis-2における敗血症を疑う所見

 

解説:Sepsis-26)では,24項目の所見の追加により,Sepsis-12)の敗血症診断の特異度を高めようとしました。


表3 SOFAスコア

解説:感染症あるいは感染症が疑われる状態において,SOFAスコア3)の合計点数(最重症点:24点)が2点以上,急上昇することで,敗血症の確定診断とします。



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講義 ICUにおける不眠対策およびセロトニン症候群への留意

2017年04月03日 21時45分12秒 | 講義録・講演記録4
集中治療管理における鎮痛と鎮静 2017
2017年度版 集中治療室における鎮痛と鎮静の工夫
 
名古屋大学大学院医学系研究科 救急・集中治療医学分野
松田直之
 
 
 鎮痛・鎮静のプロトコル化 
 
  集中治療室(ICU:intensive care unit)における鎮痛と鎮静の手順は,日本集中治療医学会より「日本版・集中治療室における成人重症患者に対する痛み・不 穏・せん妄管理のための臨床ガイドライン(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsicm/21/5/21_539/_pdf)」として,しっかりとした内容が公表されています。また,集中治療専門医を配置している施設では,その指導下で,集中治療過程における「鎮痛」と「鎮静」の管理システムが完成されてきています。
 一方,2017年4月の現時点においても,急性期管理においては薬剤調節性の良さを追求し,より良い薬剤選択,薬剤の組み合わせを模索したり,模倣すると良いでしょう。
 従来私は,① フェンタニール,② デクスメデトミジン(DEX),③ ロゼレム®(ラメルテオン)を基盤とする鎮痛・鎮静の管理に加えて,CAM-ICUやIntensive Care Delirium Screening Checklist(ICDSC)などで日中に不穏を評価した場合には,④リスペリドンを併用していました。夜間せん妄や夜間不穏に対しては,リスペリドンに変えて,「トラゾドン」を併用するようにし始めています。「トラゾドン」を3時間毎に50mgを3回経管投与する方法もあります。
 鎮痛レベル,鎮静レベル,不穏レベルを適切にモニタリングしながら,その時点の最適な管理指針を討議できると良いでしょう。ICUにおけるロゼレム®(ラメルテオン)の効果については,MERIT trial(Melatonin Evaluation of Lowered Inflammation in ICU Trial)のデータを公表しています。
 プロポフォールについては,使用する機会が減少しています。propofol infusion syndrome(PRIS)は,病態が明確となってきており,小児に限らず,成人でも生じる危険性があり,社会的に問題となっています。特に,プロポフォールの溶剤である脂質の負荷に注意し,高用量投与とフラッシュが禁止であることに注意します。禁忌として集中治療における人工呼吸中の小児(15歳未満),禁止事項としてフラッシュに注意して下さい。
 トラゾドン 
レスリン錠 25~50 mg,デジレル錠 25~50 mg
 トラゾドンはトラゾドン塩酸塩として,成人で1日50~100 mgを初期用量とし,経過を見て必要とする場合は1日200 mgまで増量し,1~数回に分割して服用とします。胃管挿入時には,作用機序は,脳内のセロトニン再取り込みを阻害して,脳内セトロニン濃度を上昇させるとされていますが,① 脳内セロトニン濃度上昇によるセロトニン受容体1を介した抗うつ作用,② セロトニン受容体2の拮抗作用による睡眠増強です。トラゾドンの代謝は,肝代謝であり,尿中排泄が約80%,胆汁排泄が約20%とされています。血漿除去半減期は,約6時間です。服用期間が長期化した場合には,セロトニン症候群として,以下の症状などに注意します。
 
 セロトニン症候群の留意事項(薬剤熱の一つとして) 
 
1.体温上昇
2,異常発汗
3.消化器症状(下痢)
4.ミオクローヌス様症状
5.筋硬直

 留意事項 セロトニン症候群の評価に用いるHunter Criteria 

The Hunter Serotonin Toxicity Criteria: simple and accurate diagnostic decision rules for serotonin toxicity.

Dunkley EJ, Isbister GK, Sibbritt D, Dawson AH, Whyte IM.

QJM. 2003 Sep;96(9):635-42.

Hunter Criteriaは,感度約84%,特異度97%と考えられています。

セロトニン作動薬の内服歴と下記の1つ以上

1. 自発的なミオクローヌス

2. 誘発クローヌスと興奮ないし発汗

3. 眼球クローヌスと興奮ないし発汗

4. 振戦と腱反射亢進

5. 筋強剛

6. 体温が38℃以上で眼球クローヌスまたは誘発クローヌス 

 

 経腸栄養におけるトリプトファン:メラトニン・セロトニンの分泌バランス 

 経腸栄養を早期に完成させることは,薬剤投与の選択を静脈薬だけではなく,内服薬に広げる利点があります。また,早期からのアミノ酸補充をたやすくできる利点があります。トリプトファンは,代謝物であるセロトニン,メラトニン,NADの産生に重要な必須アミノ酸です。トリプトファンの1日の必要量は,約2~3 mg/kgとされています。急性期においては第4病日までなどの早期に経腸栄養や経口栄養を完成させることができれば,トリプトファンや微量元素やビタミンの補充の困りません。トリプトファンの含有量が多い食物は,乳製品,大豆,肉類ですが,白米やパンです。

 さて,その上でメラトニンとセロトニンは,トリプトファンの代謝物であることが知識としては重要です。メラトニンの分泌は,一般には夜9時ころから始まり,夜11時くらいに眠気を感じるレベルにまで高まります。私達のICUは現在,22時に暗くしていますが,21時が良いのかもしれません。一方,生体におけるセロトニンは消化管に約90%で含有されていることが知られているが,これらが分泌されるのは日中であり,セロトニンは光刺激によりメラトニンへの変換が抑制されているようですが,暗室とすることでセロトニンからメラトニンへの代謝が高まります。メラニンアナログであるラルテオン(ロゼレム®)を19時,トラゾドン(レスリン®)を21時と設定していますが,これはラルテオン(ロゼレム®)のみの効果をまず評価することを目的としており,生理学的な順番としては,① 日中を含めた経腸栄養の完成,② 19時のトラゾドン(レスリン®),③ 21時に消灯,④ 21時〜24時レベルのラルテオン(ロゼレム®),⑤ AM6時に明灯,この手順が良さそうでです。休薬の方針としては,トリプトファンの補充が行われている状態では,メラトニン補充を止めて②の19時のトラゾドン(レスリン®)のみにするので良いでしょうし,②の19時のトラゾドン(レスリン®)を止めて④ の21時〜24時レベルのラルテオン(ロゼレム®)とする必然性はないように考えています。

 トラゾドンにより脳内セロトニン濃度を高めるためには,トリプトファンの血中濃度の維持が必要なのでしょう。トリプトファン欠乏と夜間覚醒は,ICUAW(ICU-aquaired weekness)などを進行させる一部の集中治療患者さんに認められる事象と考えています。また,肝不全における肝性脳症などでは芳香族アミンが蓄積する病態ですが,トリプトファンの蓄積により血漿および脳内のセロトニン濃度が上昇し,目を閉じた状態でメラトニン濃度が増加するでしょうから,昏睡として意識レベルを低下させる修飾因子となる可能性があります。以上は,病態学的見地として,集中治療領域における重要な検討課題の一つと考えています。

Effect of Administration of Ramelteon, a Melatonin Receptor Agonist, on the Duration of Stay in the ICU: A Single-Center Randomized Placebo-Controlled Trial.

Nishikimi M, Numaguchi A, Takahashi K, Miyagawa Y, Matsui K, Higashi M, Makishi G, Matsui S, Matsuda N.

Abstract

OBJECTIVES: 

Occurrence of delirium in the ICU is associated with a longer stay in the ICU. To examine whether the use of ramelteon, a melatonin agonist, can prevent delirium and shorten the duration of ICU stay of critically ill patients.

DESIGN: 

A single-center, triple-blinded, randomized placebo-controlled trial.

SETTING: 

ICU of an academic hospital.

PATIENTS: 

Eligible patients were ICU patients who could take medicines orally or through a nasogastric tube during the first 48 hours of admission.

INTERVENTIONS: 

The intervention group received ramelteon (8 mg/d), and the control group received placebo (1 g/d of lactose powder) at 20:00 hours every day until discharge from the ICU.

MEASUREMENTS AND MAIN RESULTS: 

A total of 88 subjects were randomized to the ramelteon group (45 subjects) or the placebo group (43 subjects). As the primary endpoint, there was a trend toward decrease in the duration of ICU stay (4.56 d) in the ramelteon group compared with the placebo group (5.86 d) (p = 0.082 and p = 0.028 before and after adjustments). As the secondary endpoints, statistically significant decreases in the occurrence rate (24.4% vs 46.5%; p = 0.044) and duration (0.78 vs 1.40 d; p = 0.048) of delirium were observed in the ramelteon group. The nonintubated patients of the ramelteon group showed statistically significantly fewer awakenings per night and a higher proportion of nights without awakenings.

CONCLUSIONS: 

Ramelteon tended to decrease the duration of ICU stay as well as decreased the occurrence rate and duration of delirium statistically significantly.This is an open-access article distributed under the terms of the Creative Commons Attribution-Non Commercial-No Derivatives License 4.0 (CCBY-NC-ND), where it is permissible to download and share the work provided it is properly cited. The work cannot be changed in any way or used commercially without permission from the journal.

PMID:29595562
 
追記:2018/04/11 松田直之(当教室の臨床研究論文の追記:ICUにおけるラメルテオンの効果検証),2020/03/09 デザイン変更

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文献 早期経腸栄養 感染症罹患率減少効果

2017年02月08日 01時32分40秒 | 講義録・講演記録4
Intensive Care Med. 2017 Mar;43(3):380-398.
doi: 10.1007/s00134-016-4665-0. 

Early enteral nutrition in critically ill patientsESICM clinical practice guidelines.

 

Abstract

PURPOSE: 

To provide evidence-based guidelines for early enteral nutrition (EEN) during critical illness.

METHODS: 

We aimed to compare EEN vs. early parenteral nutrition (PN) and vs. delayed EN. We defined "early" EN as EN started within 48 h independent of type or amount. We listed, a priori, conditions in which EN is often delayed, and performed systematic reviews in 24 such subtopics. If sufficient evidence was available, we performed meta-analyses; if not, we qualitatively summarized the evidence and based our recommendations on expert opinion. We used the GRADE approach for guideline development. The final recommendations were compiled via Delphi rounds.

RESULTS: 

We formulated 17 recommendations favouring initiation of EEN and seven recommendations favouring delaying EN. We performed five meta-analyses: in unselected critically ill patients, and specifically in traumatic brain injury, severe acute pancreatitis, gastrointestinal (GI) surgery and abdominal trauma. EEN reduced infectious complications in unselected critically illpatients, in patients with severe acute pancreatitis, and after GI surgery. We did not detect any evidence of superiority for early PN or delayed EN over EEN. All recommendations are weak because of the low quality of evidence, with several based only on expert opinion.

CONCLUSIONS: 

We suggest using EEN in the majority of critically ill under certain precautions. In the absence of evidence, we suggest delaying EN in critically ill patients with uncontrolled shock, uncontrolled hypoxaemia and acidosis, uncontrolled upper GI bleeding, gastric aspirate >500 ml/6 h, bowel ischaemia, bowel obstruction, abdominal compartment syndrome, and high-output fistula without distal feeding access.


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講義 成人の敗血症性ショックのガイドライン診療

2017年01月01日 22時15分36秒 | 講義録・講演記録4

成人の敗血症性ショックのガイドライン診療

日本集中治療医学会 理事

名古屋大学大学院医学系研究科 救急・集中治療医学分野 教授

松田直之

 はじめに 

 敗血症の定義と診断の国際基準が2016年にSEPSIS-31)として改定され,最新の敗血症ガイドラインとして日本版敗血症診療ガイドライン20162)およびSurviving Sepsis Campaign guidelines 2016(SSCG2016)3)が,SEPSIS-3に準じた敗血症の定義と診断としてまとめられている。敗血症は,感染症を疑う状態や感染症が確定された状態において,臓器不全が進行する病態として定義することで,感染症の先を予測する全身管理のためのテクニカルタームとして期待される。このパラダイムシフトを,5疾病に随伴する急変病態にどのように応用するのか? 急変では,①感染症を疑う,②臓器不全が進行する状態であるとする診断が必要となる。

 従来,感染症による状態の急変は,ショックで初めて認識される傾向があった。敗血症性ショックは,「敗血症の中でも急性循環不全として死亡率が高い重篤な状態」として敗血症と区分されるのも,感染症による臓器不全の進行が予測されるにもかかわらず,時が隔てられているからかもしれない。Sepsis-3での敗血症性ショックの定義では,輸液蘇生をしても平均動脈血圧65 mmHg 以上を維持するためにノルアドレナリンなどの血管収縮薬を必要とし,かつ血清乳酸値2 mmol/L(18 mg/dL)を超える病態としてしている。

 診断に用いるスコアとしては,quick SOFAスコア4)とSepsis-related Organ Failure Assessment(SOFA)スコア5)を理解しておくとよいが,SOFAスコア5)は,1996年の作成であり,現在の実臨床では臨床統計学的手法に基づいた改良が期待される。その上で,敗血症性ショックは,炎症性サイトカインや一酸化窒素などの過剰産生に伴う血液分布異常性ショックと心原性ショックを主病態とするが,①心外閉塞・拘束性ショック,②循環血液量減少性ショック,③血液分布異常性ショック,④心原性ショックのショック分類のすべてを敗血症は併発する可能性があり,これらの診断と評価が必要である。また,敗血症性ショックは,敗血症の重症化した代表的な病態であり,急性呼吸促迫症候群(septic acute respiratory distress syndrome:septic ARDS),急性腎傷害(acute kidney injury),播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation:DIC),意識障害,敗血症性脳症,肝機能異常,消化管異常,骨格筋異常などの多臓器傷害を合併しやすい。

 日本版敗血症診療ガイドライン20162)は,日本集中治療医学会と日本救急医学会の連携として作成された診療エビデンスに基づく根底的内容である。敗血症診療に用いるガイドラインとして,敗血症性ショックの管理を主に解説する。その上で,救急・集中治療領域では,病態生理学的理解が重要である。この解釈を深めることも期待される。

   日本版敗血症診療ガイドライン2016   

 1)日本版敗血症診療ガイドラインの背景

 日本版敗血症診療ガイドライン初版6)は,日本集中治療医学会Sepsis Registry委員会により2007年から2008年までに施行された2回のSepsis Registryの調査に基づいて2012年に日本集中治療医学会より発表されたものである。Sepsis Registry委員会は,当時,敗血症診療のデータが本邦に認められなかったこと,諸外国と比較して実際の敗血症診療が異なる可能性があることを想定して,集中治療専門施設の敗血症管理状況を前向きに調査し,ガイドラインに取り込もうとしたものだった。一方,日本版敗血症診療ガイドライン初版の作業工程において敗血症診療に関する臨床エビデンスが充実してきていることが確認でき,日本版敗血症診療ガイドラインの改訂においては,大規模な作業となることと日本救急医学会からの申し出により日本集中治療医学会と日本救急医学会の合同特別委員会が組織された。

 このように日本版敗血症診療ガイドライン20162)は,日本版敗血症診療ガイドライン改訂第2版として初版の改訂を越えて,広く理解しやすく,そしてMinds診療ガイドラインの手引7)に準じた「質の高いガイドライン」を目指した。内容としては,海外のガイドラインをエビデンスの整理として超えることを目指し,敗血症の新しい定義Sepsis-Ⅲに準じた敗血症の定義と診断,さらに播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation:DIC),深部静脈血栓,ICU-acquired weakness(ICU-AW)/Post-Intensive Care Syndrome(PICS),小児など,いくつかの重要な内容とし,19領域89のクリニカルクエスチョン(CQ)が評価された。また,中立的な立場として,各CQグループで横断的に活躍するアカデミックガイドライン推進班が組織され,ガイドラインの質の担保と作業過程の透明化が行われた。最終的に,日本版敗血症診療ガイドライン20162)は,合計3回のパブリックコメントに応えるものとしてまとめられている。

2)日本版敗血症診療ガイドライン2016の推奨度の記載

 日本版敗血症診療ガイドライン20162)の推奨度の記載は,推奨する「1」,弱く推奨する「2」の2段階である。また,推奨のためのエビデンスの強さは,効果の推定値に強く確信がある「A」(強),効果の推定値に中程度の確信がある「B」(中),効果の推定値に対する確信は限定的である「C」(弱),効果の推定値がほとんど確信できない「D」(とても弱い)としてA~Dの4段階評価としている。

3)敗血症および敗血症性ショックの定義

  敗血症の定義は,Sepsis-31)に準じて「感染症によって重篤な臓器障害が引き起こされる状態」と定義している。敗血症は,感染症に対する生体反応が調節不能な病態であり,生命を脅かす臓器障害が導きかれる病態である。その上で,敗血症性ショックは,敗血症の一分症として定義し,「急性循環不全により細胞障害および代謝異常が重度となり,死亡率を増加させる可能性のある状態」と定義する。

4)敗血症および敗血症性ショックの診断

 敗血症の診断には,qSOFA4)とSOFA5)を用いる。感染症もしくは感染症の疑いがあり,SOFA スコア(表1)の合計2点以上の急上昇により敗血症と確定診断する。一方,病院前救護,救急外来,一般病棟ではSOFAスコアの早期評価が難しい。病院前救護,救急外来,一般病棟などの集中治療管理と異なる状況では,感染症あるいは感染症が疑われる場合にqSOFA(表2)を用いて評価し,qSOFAの3項目中で2項目以上が存在する場合に敗血症を疑い,臓器障害に関する検査と早期治療を含めて集中治療医への紹介を推奨している。また,敗血症の重症度を敗血症と敗血症性ショックの2つに分類し,従来使用してきた敗血症の「重症敗血症」の区分を用いない。敗血症性ショックは,輸液蘇生をしても平均動脈血圧65 mmHg以上を保つためにノルアドレナリン持続投与などの血管収縮薬を必要とし,かつ血清乳酸値2 mmol/L(18 mg/dL)を超える病態とする。このため,臨床上ショックを疑う状態であっても,血清乳酸値2 mmol/L(18 mg/dL)未満の場合は,厳密には敗血症性ショックに含めず,その後も血清乳酸値を評価しながらプレショック状態として対応する。

5)血液培養検査の必要性

 敗血症・敗血症性ショックの患者に対して,抗菌薬投与前に血液培養を採取することが,エキスパートコンセンサスとして推奨される。これは,抗菌薬の適正使用に基づくものである。検出菌株と薬剤感受性に基づいて,抗菌薬の変更を考えることになる。敗血症および敗血症性ショックの抗菌薬治療において,ディエスカレーションを実施することが弱く推奨されている(2D)。

6)抗菌薬の選択および使用開始と中止の時期

 Sespsis-31)の診断において,菌の検出や同定まで敢えて抗菌薬投与を待つというコンセンサスは得られていない。これまで,複数の報告において抗菌薬投与開始が敗血症の診断から1時間以内であれば,死亡リスクが低下することが示唆されている。一方,日本版敗血症診療ガイドライン20162)の公表後の改訂審議として,敗血症における抗菌薬の中止が検討され,プロカルシトニンを利用した抗菌薬の中止を弱く推奨している(2B)。この「プロカルシトニンを利用した抗菌薬の中止」は,毎日のリアルタイムでのPCT定量評価を指標とするものであり,連日測定ではない場合,外注である場合,定性評価である場合は,本推奨の適用外としている。また,免疫状態,臨床症状および菌検出状況の評価は必要である。

7)ショックの初期蘇生の方法

 日本版敗血症診療ガイドライン20162)では,①初期蘇生に早期目標達成指向型管理法(early goal-directed therapy, EGDT)を実施しないことを弱く推奨する(2A),②敗血症性ショックにおいて初期蘇生において血管内容量減少のある場合の初期輸液は細胞外液補充液を30 mL/kg以上の投与を推奨する(エキスパートコンセンサス/エビデンスなし),③敗血症の初期蘇生の開始時においてエコーを用いた心機能評価を行うことを推奨する(エキスパートコンセンサス/エビデンスなし),④初期輸液として人工膠質液を投与しないことを弱く推奨する(2B),⑤初期輸液療法としてアルブミンを用いないことを弱く推奨する(2C) ,⑥初期蘇生における輸液反応性のモニタリングとして複数のモニタリングを組み合わせて評価することを推奨する(エキスパートコンセンサス/エビデンス「C」), ⑦初期蘇生の指標に乳酸値を用いた経時的な虚血改善の評価を行うことを推奨する(エキスパートコンセンサス/エビデンスなし), ⑧初期蘇生の指標としてScvO2と乳酸クリアランスのいずれを使用してもよい(エキスパートコンセンサス/エビデンスの質「D」),⑨初期輸液に反応しない敗血症性ショックに対する昇圧薬の第一選択薬としてノルアドレナリンの選択を推奨する(1B),⑩ノルアドレナリンの昇圧効果が不十分な場合にはアドレナリンの使用を弱く推奨する(エキスパートコンセンサス/エビデンスなし),⑪ノルアドレナリンの昇圧効果が不十分な場合にはバソプレシンの追加使用を弱く推奨する(エキスパートコンセンサス/エビデンスの質「B」),⑫敗血症性ショックの心機能不全に対してドブタミンを使用するかに対して,十分な輸液とノルアドレナリン投与を行っても循環動態の維持が困難であり,心機能が低下している敗血症性ショックにおいては,ドブタミンを使用することを弱く推奨する(エキスパートコンセンサス/エビデンスの質「C」)として要約される。

8)ステロイドの使用

 敗血症性ショックにおいて,初期輸液と循環作動薬によりショックから回復した場合は,ステロイドを投与するべきでない。初期輸液と循環作動薬に反応しない敗血症性ショック患者に対して,ショック離脱を目的として低用量ステロイドとしてハイドロコルチゾン200 mg/日などの持続静脈内投与などがショックにおけるステロイド投与として弱く推奨されている(2B)。また,敗血症性ショックに少量ステロイドを投与する場合,ショック発生後6時間以内の投与開始が推奨されている(エキスパートコンセンサス/エビデンスなし)。 

9)ARDSおよび人工呼吸の管理

 敗血症性ショックにおけるARDSおよび人工呼吸等の管理は,ARDS 診療ガイドライン20168)に準じるものとする。

10)急性腎傷害の合併時の管理

 敗血症性ショックに,AKIを合併することがある。敗血症性AKIに対する血液浄化療法は,高度な代謝性アシドーシス,高カリウム血症や溢水などの緊急導入が必要な場合を除き,早期導入は行わないことが弱く推奨されている(2C)。 

11)血糖値の管理

 敗血症患者の血糖値は,144〜180 mg/dLを目標血糖値としたインスリン治療を行うことが弱く推奨されている(2C)。

12)播種性血管内凝固の管理

 敗血症性DICの診断には,急性期DIC診断基準9)が有用である(エキスパートコンセンサス/エビデンスなし)。敗血症性DICに対して,アンチトロンビン活性値が70%以下に低下した場合,アンチトロンビン補充療法の開始が弱く推奨されている(2B)。

13)深部静脈血栓症の管理

 敗血症における深部静脈血栓症の予防として抗凝固療法,弾性ストッキング,間欠的空気圧迫法を行うことが弱く推奨されている(エキスパートコンセンサス/エビデンスなし)。 また,ベッドサイドで可能なリスク因子,臨床症状,D-dimer測定,静脈圧迫エコーや,造影CTなどを行い,深部静脈血栓症の診断に留意することが弱く推奨されている(エキスパートコンセンサス/エビデンスなし)。

14)ICU-acquired weakness(ICU-AW)とpost-intensive care syndrome(PICS)に対する留意 

 2010 年に米国集中治療医学会より,ICU-AWやPICSという概念が提唱された10)。ICU-AWは,ICU入室後に発症する左右対称性の急性の四肢筋力低下を来たす症候群である。一方,PICSは,ICU在室中,ICU退室後,さらには退院後に生じる運動機能,認知機能,精神などの障害である。日本版敗血症診療ガイドライン20162)では,PICSの予防に早期リハビリテーションを行うことを弱く推奨している(2C)。敗血症性ショックにおいては,早期にショックから離脱することが大切であり,敗血症性ショックから敗血症へ改善させた後には,早期リハビリテーションを考慮することになる。


  ガイドラインの解説  

 本稿では,日本版敗血症診療ガイドライン20162)を紹介し,推奨される敗血症性ショックの診療を総括した。国際的な敗血症診療ガイドラインとして広くSSCG20163)が使用されているが,日本版敗血症診療ガイドライン20162)を理解する過程で比較すると良い。その上で,すべての診療に共通するように,日々の診療からは病態に基づいて治療を構築する必要がある。日本版敗血症診療ガイドライン20162)は,臨床研究エビデンスに基づいた標準的となる治療指針の提案であり,敗血症性ショックの病態や応用的な対応についての言及を差し控えている。心タンポナーデ,血胸,胸水,肺血栓塞栓症による心外閉塞・拘束性ショック,また,消化管虚血や下血による循環血液量低下に対しては,本ガイドラインを使用する前提としている。ショック管理では,ショック管理の基本に立ち返り,ショックの鑑別と除外を重視したい。

 その上で,敗血症では,感染症があるかどうかを疑うことが重要な鍵となる。実際のところ,ショックは突然やってくるため,ショックに移行する前に敗血症の評価ができており,さらに抗菌薬や輸液などの適正な治療を開始でき,ショックへの移行を予防できると良い。感染症が疑わしいけれども,細菌培養検査で明確に菌を同定できないこともある。敗血症の診療では,このような場合も含めて,感染症を疑う状態においてqSOFAの3項目のうちで2項目以上を満たす場合に敗血症を疑い,集中治療専門医等に相談したり,敗血症の治療を開始することを推奨している。

 一方,敗血症性ショックは,患者個々の診療背景(合併症,血管機能,心機能,合併症など),敗血症の進行経過(交感神経緊張状態の持続,傷害臓器の重症度など)などの要因により複雑な病態となるため,ショックの適正管理までの時間がまちまちであることにも注意する。敗血症は,①心外閉塞・拘束性ショック,②循環血液量減少性ショック,③血液分布異常性ショック,④心原性ショックの「ショックの4病態」を増悪させる能力があり,血管透過性が亢進することによる心拘束性要因の増悪,易出血性,さらに血中カテコラミン濃度が上昇している時間が長い場合の敗血症性ショックでは,心筋細胞のカルシウム過負荷によりアドレナリン作動性β受容体刺激による心拡張不全,不整脈性の増悪,さらに血管拡張増悪などの病態学的に負の側面が生じる。

 このような病態学的背景から,ショックの管理についてはモニタリングが必要となる。ガイドラインにより行うべきことと行うべきではないことを適切に理解するとよい。一方で,薬理学的評価や病態学的評価を絶やさないことは,不可欠である。薬理学的側面からは,薬物動態(Pharmacokinetics,PK)と薬力学(Pharmacodynamics, PD) に基づいた抗菌薬などの有効使用,カテコラミンなどの循環作動薬の適正使用が基本となる。病態学的側面11)からは,適切な輸液,ノルアドレナリン持続投与(0.05 μg/kg/分~),心機能低下例ではアドレナリン持続投与の併用(0.05 μg/kg/分~),体表エコー評価(拘束性要因,心機能,下大静脈径,stroke volume variation(SVV)など),パルス波形評価,呼吸評価,腎ろ過機能評価などが重要なモニタリングとなる。

 日本版敗血症診療ガイドライン20162)は,日本集中治療医学会および日本救急医学会から選出された19名の委員と52名のワーキンググループメンバー,さらに両学会の担当理事2名の総勢73名によるエビデンスの収集と討議の中で作成されたものである。敗血症および敗血症性ショックの診療を把握するための根底となるものと考える。2016年レベルの敗血症性ショックの根底となる管理指針として,日本版敗血症診療ガイドライン2016をまずは把握されるとよい。

 

  参 考 文 献   

 1. Singer M, Deutschman CS, Seymour CW, Shankar-Hari M, Annane D, Bauer M, Bellomo R, Bernard GR, Chiche JD, Coopersmith CM, Hotchkiss RS, Levy MM, Marshall JC, Martin GS, Opal SM, Rubenfeld GD, van der Poll T, Vincent JL, Angus DC. The Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock (Sepsis-3). JAMA 2016;315:801-10.

2. 日本版敗血症診療ガイドライン2016. http://www.jsicm.org/pdf/jjsicm24Suppl2-2.pdf

3. Rhodes A, Evans LE, Alhazzani W, et al. Surviving Sepsis Campaign: International Guidelines for Management of Sepsis and Septic Shock: 2016. Intensive Care Med. 2017 ;43:304-377. 

4. Seymour CW, Liu VX, Iwashyna TJ, et al. Assessment of Clinical Criteria for Sepsis: For the Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock (Sepsis-3). JAMA 2016;315:762-74. 

5. Vincent JL, Moreno R, Takala J, et al. The SOFA (Sepsis-related Organ Failure Assessment) score to describe organ dysfunction/ failure. On behalf of the Working Group on Sepsis-Related Problems of the European Society of Intensive Care Medicine. Intensive Care Med 1996;22:707-10. 

6.日本集中治療医学会Sepsis Registry委員会. 日本版敗血症診療ガイドラインThe Japanese Guidelines for the Management of Sepsis. 日集中医誌20:124-73, 2013

7. Minds 診療ガイドライン作成の手引き2014. 監修 福井次矢,山口直人.

医学書院2014.

8.日本集中治療医学会,日本呼吸療法医学会,日本呼吸器学会ARDS 診療ガイドライ2016 作成委員会.ARDS 診療ガイドライ2016. 東京:総合医学社; 2016. 

9.Gando S, Iba T, Eguchi Y, et al. A multicenter, prospective validation of disseminated intravascular coagulation diagnostic criteria for critically ill patients: comparing current criteria. Crit Care Med 2006;34:625-31. 


10.Needham DM, Davidson J, Cohen H, et al. Improving long-term outcomes after discharge from intensive care unit: report from a stakeholders’conference. Crit Care Med 2012;40:502-9. 

11. Hattori Y, Hattori K, Suzuki T, et al.  Recent advances in the pathophysiology and molecular basis of sepsis-associated organ dysfunction: Novel therapeutic implications and challenges. Pharmacol Ther. 2017;177:56-66.

 

  表 参考  

 

表1 SOFAスコア

 Sepsis-related Organ Failure Assessment(SOFA)スコア5)は,1996年にVincent先生達により作成された臓器障害スコアです。感染症もしくは感染症の疑いがあり,SOFA スコアの合計点数が2点以上の急上昇を認める場合に,敗血症と確定診断することになりました。


 

表2 quick SOFAスコア

 感染症あるいは感染症が疑われる患者さんに対して,quick SOFA(qSOFA)4)の3項目中で,2 項目以上が存在する場合に,敗血症を疑います。臓器不全の進行の危険性を強調することに意義を持つスコアです。敗血症の確定診断には,SOFAスコア5)を用います。SOFAスコアは,改定が必要です。


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