救急一直線 特別ブログ Happy保存の法則 ー United in the World for Us ー

HP「救急一直線〜Happy保存の法則〜」は,2002年に開始され,現在はブログとして継続されています。

第48回臨床呼吸機能講習会

2008年08月29日 18時52分06秒 |  ひまわり日記


 第48回臨床呼吸機能講習会が,平成20年8月26日(火)~29日(金)までの4日間,軽井沢で開催されました。このうち2日間,休暇を利用し,A2コース講師として参加させていただきました。朝8時より夕方6時まで,充実した日程の中で,有意義な時間を頂きました。講師陣の先生の皆さんに深く感謝しております。また,私は,レクチャー「挿管下での人工呼吸管理」,および実習「BLS/ACLS」を担当させていただきました。熱心な御聴講を頂き,ありがとうございました。今後とも,御指導賜りますよう,よろしくお願い申し上げます。本日午後より,京都大学病院での業務に復帰しております。

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症例 羊水塞栓症の救命の1例

2008年08月17日 04時18分27秒 | 救急医療

 羊水塞栓症は,母体の血液中に流入した羊水や胎児成分により,肺高血圧症,急性右心不全,ショック,DICを引き起こす病態であり,2~5万分娩に1例の発症率として知られています。1926年にMeyerにより初めて紹介された産科合併症であり,その病態は,1941年にSteinerとLuschbaughや1969年のLiban とRazにより,胎児由来の扁平上皮細胞やムチンが母体血中に流入することに起因することが確認され,僕の観点では毛細血管性肺塞栓症と重度な全身性炎症反応症候群と解釈されます。これらの異物が血液内で炎症性alert細胞を活性化させることで,多臓器不全やDICを惹き起こすと考えられます。マクロファージや好中球も極めて活性化されるのでしょう。
 救急外来が少し落ち着いた朝方4時頃,分娩後の弛緩出血・出血性ショックとしての産科への転院がありました。緊急応援コールとして,産科病棟に呼ばれて駆けつけた瞬間には,呼吸停止直前。直ちに気管挿管するとともに,輸液路を確保,産科の先生たちとともに,弛緩出血として出血性ショックに準じた蘇生対応をしましたが,輸液や輸血で心前負荷を高めようとしても,全身性に血管透過性が亢進しており,どうにも昇圧できない状態でした。出産後の子宮もどうにも収縮してくれないという状態で,大量の出血が持続し,出血コントロールがつかない状態でした。出血量だけでも初療の2時間で4Lレベル,出産時より約8Lの出血が予想されました。こういう際には,過去の30 Lレベルの大量出血の蘇生の経験や,左手でも右手でも静脈路などを確保できる技術を鍛えていますので,このような特殊技術は役立つものです。実際には,パルス波形と心電図波形のみで蘇生を成功させている内容です。3度の極度のwide QRS,3度の心肺停止直前を回避し,適時,頸動脈の指モニタリングより心臓マッサージを併用し,一方で産科の皆さんの力により出血をコントロールして頂きました。その後,極めて重度の急性肺傷害,急性循環不全を含めた多臓器不全とDICの治療のため,集中治療管理となっています。ICUでは2次感染を防ぐことができ,早期経腸栄養とでき,4日目に人工呼吸離脱,5日目には会話をされ,10日目には歩行開始,明確な脳後遺症を残さずに第17病日に退院となりました。ICU入室後,羊水塞栓症の診断をつけることができ,子宮収縮薬は効力が減じ,出産後の子宮出血がコントロールできなくなった病態と解釈されました。このような羊水塞栓症の診断としては,亜鉛コプロポルフィリン(胎児特有のポルフィリン),シリアルTN抗原(胎便中のムチン)の母体血中からの検出が有効とされています。
 ショックの形態は,今回の弛緩出血による出血性ショックに加えて,炎症性サイトカンの産生に伴う血流分布異常性ショック,および肺毛細血管圧上昇に伴う肺血栓除去塞栓症に準じた拘束性ショック様の複合形態となりました。P/F ratio 70mmHgレベルの重症呼吸不全も3-4日で改善されています。母子ともに元気です。早い回復ということを意識して管理することは,とても大切です。十分な輸液療法,補助的心臓マッサージ,早期経腸栄養,DIC対策,抗菌薬の適正使用で救命した致死的羊水塞栓症のショックからの救命でした。ステロイド使用なし,CHF併用なし。しかし,病態を考えれば,ステロイドは使用してもよかったのでしょう。症例報告として,発表させていただいています。

症例報告:Hosono K, Matsumura N, Matsuda N, Fujiwara H, Sato Y, Konishi I. Successful recovery from delayed amniotic fluid embolism with prolonged cardiac resuscitation. J Obstet Gynaecol Res 2011;37:1122-5.


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救急一直線 講座 高山病に対する予防・診断・治療

2008年08月10日 20時05分18秒 | 講義録・講演記録 2

講座 高山病・高地障害症候群に対する予防・診断・治療

京都大学大学院医学研究科
初期診療・救急医学分野
松田直之


はじめに

  救急科医や集中治療医は,登山者における対応として,高山病,高地障害症候群(high altitude syndrome: HAS)の病態と治療を理解していることが期待されます。富士山などの高山に登った後の頭痛や倦怠感や息切れとして,救急外来を受診される患者さんや救急搬送される患者さんもいます。3名以上で登山する時には,相手のペースで対応することで,弱者が高山病となります。一番の弱者に合わせた登山が原則と言われています。登山中の自覚症状としては,軽症で「軽いふらつき」や「労作時の息苦しさ」,中等症として,二日酔いに似た症状,重症になると高地肺水腫,高地脳浮腫として,頭痛,嘔気,呼吸困難が増悪します。これらの自覚症状の出現に対して,無理は禁物です。救急領域では,高山病やHASは重症病態としてヘリ搬送などとなる場合があるため,適切な知識と理解があると良いでしょう。本稿で,急性高山病,高地肺水腫,高地脳浮腫について,理解を共有することとします。

1. 急性高山病(Acute mountain sickness:AMS)

 急性高山病は,軽症型の高山病であり,標高2,000mレベルから発症する傾向があります。通常,高度を上げて6~10時間以内に症状が現れ,手足のむくみ,頭痛,ふらつき,吐気と嘔吐,疲労,脱力,易怒性が出現します。ご自身で登山をするときは,頭痛やイライラ感が出現したときには,「高山病かな?」と考えるとよいでしょう。急性高山病の症状は,「二日酔いのようだ」と表現する人もいます。症状は,約24~48時間続きます。放置すると,急性高山病は,重症化しますので,このレベルで下山する,あるいは高度を上げないなどの適切な対応が必要です。富士山でいうと,5合目が標高2,230 m,6合目が2,325 m,7合目の「花小屋」が2,700 m,7合目「花井荘」で2,900 m,8合目「太子館」で標高3,100 mに達します。富士山5合目で,要注意,急性高山病は発症するものとして,注意した対応が必要となります。また,標高2,700 m以上では,網膜出血が起きる場合があります。網膜出血は,標高5,000 mを超えると発症率が高まります。しかし,これも早期に下山するなどの対応をすれば,網膜出血は急速に消失し,長期的問題となることが少ないとされています。

 2. 高地肺水腫 (High altitude pulmonary edema: HAPE)

  急性高山病に随伴して,高地肺水腫は約標高2500 m以上まで,急速に登った場合に24~96時間後に発症します。高山病による死亡のほとんどが,高地肺水腫です。高地で肺水腫となり,低酸素状態として,心停止します。また,高地居住者が,低地に滞在して,戻ったときにも高地肺水腫を発症することが知られています。声がれや気管支炎などの呼吸器合併症がある場合には,登山は禁止です。死亡リスクが高まる可能性があります。症状は夜に悪化し、すぐに重症化する場合があります。肺水腫として,ピンク色の泡沫状痰に注意することとなります。

 3. 高地脳浮腫(High altitude cerebral edema: HACE)

 高地脳浮腫は稀と言われていますが,高血圧や高脂血症などの既往があったり,急性高山病を放置した場合に,HACEとして脳浮腫が進行して,死に至る可能性があります。一般に,高所に至ると末梢静脈は収縮し,中心血液量(central blood volume)が増加するため,登山過程でbaroreceptorが刺激されて,下垂体後葉からのバソプレシンや副腎皮質球状帯からのアルドステロン の分泌が抑制され,利尿が生じやすくなります。つまり,登山過程では循環血液量が高浸透圧血症(290~300mOsm)として減少します。これは,高地脳浮腫を発症させる引き金となり,頭痛に加えて,錯乱,歩行時にフラフラするなどの運動失調が出現し,さらに昏睡状態に移行します。軽い症状から生命を脅かす状態までは,数時間以内とされています。フラフラ感が出現した際には,脳浮腫が急速に進行する可能性に注意します。

 4.高山病の予防指導

 高山病予防は,ゆっくりと登るということです。その日に達した一番高い地点の標高よりも,睡眠をとる地点の標高が重要です。最初の夜は,標高2,500~3,000 mより高い地点では,睡眠をとらないようにします。その後,睡眠をとる高度を1日あたり300 mずつ上げる方針が良いとされています。睡眠時に,低い所へ戻ることも考慮します。また,到着後1~2日間は激しい運動を避けることで,高山病の予防となります。頭痛などの症状が出た場合には,無理をせずに下山することです。
 また,食事について工夫ができます。食事の留意事項は,食事の回数を増やし,消化されやすい炭水化物を豊富に含む食事として少量ずつの食事が推奨されています。そして,カフェインは血圧を上げる可能性があリ,避けるべき飲みのものとなります。さらに,アルコールや鎮静薬は,急性高山病の発生リスクを増加させるために避けるようにします。コーヒーやアルコールは増悪因子として,登山者に説明します。

5.急性高山病の診断

 高山病の診断は,症状に基づいて行われます。高地肺水腫の診断は,胸部の聴診と打診,パルスオキシメータによる酸素飽和度の評価を基本とし,emergency roomへの救急搬入後は,動脈血ガス分析,胸部X線像で診断補助とします。もちろん,肺エコーも有用です。ドクターヘリや山小屋医として対応する場合などは,意識評価,神経学的理学所見,呼吸様式評価,パルスオキシメータ,聴診,打診は不可欠ですし,携帯エコーを利用することと良いでしょう。胸水は認めないのに,心嚢液の貯留した例などのケースレポートもあります。
 
6.急性高山病の治療

 手足や顔面浮腫は,数日後に自然改善するとして,患者さんや御家族に説明します。急性高山病の多くは1~2日で症状が改善しますが,症状の緩和にはアセタゾラミド,頭痛の緩和にはアセトアミノフェンやNSAIDを用います。注意すべきことは,高地肺水腫や高地脳浮腫として,救急搬送する,あるいは救急搬入された場合です。肺水腫だけであれば,ジャクソンリース回路を用いた用手的PEEP(positive endoexpiratory pressure )やNPPV(non-invasive positive pressure ventilation)の適応となりますが,脳浮腫があると疑われる場合には搬送中の用手的PEEPなどは脳浮腫を進行させる可能性があリ,要注意です。神経学的理学所見の評価が優先され,脳浮腫があると想定される場合は,まずアセタゾラミドや,グリセオールのような浸透圧利尿薬を用い,その間の酸素化は高濃度酸素投与とせざるを得ないものとします。Emergency roomに到着後,頭部CT像を評価することも必要となります。ヘリ搬送等における留意事項となります。

おわりに

 救急領域では,高山病の救急搬入に対応することがあります。高山病にならないような登山指導が,医療安全として必要です。一方で,高山病になってしまった場合には,脳浮腫を進行させないことに注意が必要です。肺水腫により肺酸素化が悪いからと言って,high PEEPで陽圧をかけることが,脳浮腫を急激に進行させることがあります。このように,気道内圧を20 cmH2Oを超えて上げにくい場合があります。高山病に対する知識の拡充にお役立てください。


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講義 敗血症管理における血糖コントロールの2008年における姿勢 PART 1

2008年08月03日 04時16分14秒 | 講義録・講演記録 3

講義 敗血症管理における血糖コントロール 2008

京都大学大学院医学研究科 初期診療・救急医学分野
准教授
松田直之


はじめに

 Surviving Sepsis Campaign guidelines(SSCG)が米国集中治療医学会および欧州集中治療医学会により2008年に改定された。敗血症(sepsis)の管理では,血糖コントロールを厳密に行うことが,2008年改訂版Surviving Sepsis Campaign guidelines(SSCG)1)でも,推奨されている。本稿では,敗血症病態における血糖コントロールについて,2008年改訂版SSCG1)の2004年初版2)との変更点をまとめ,近年の臨床知見を紹介する。本邦で2008年改訂版SSCGを利用する際の問題点を,血糖コントロールの観点より論じる。

2008年改訂版Surviving Sepsis Campaign guidelines(SSCG)の変更点

 2008年改訂版SSCG1)では,推奨度を1(強い),2(弱い)の2つに分類し,エビデンスグレードをA(高)-D(低)の4つとして,敗血症における血糖コントロールに対して4つの推奨がまとめられている。1. 重症敗血症や高血糖を伴うICU患者には血糖値を下げる目的でインスリンの持続静注を行う(Grade 1B)。2. インスリン持続静注による血糖値調節は,150 mg/dL未満を目標とする(Grade 2C)。3. インスリン持続静注を受ける患者のすべてにグルコース負荷を行い,血糖値とインスリン投与速度が安定するまでは1-2時間毎,血糖値やインスリン投与速度安定後は4時間毎に血糖値測定を行う(Grade 1C)。4. 毛細血管からの採血による血糖値測定は,動脈血や血漿グルコース濃度と解離しやすく,注意が必要である(Grade 1B)。2008年改訂版SSCG1)においても2004年版SSCG2)と同様にインスリン持続静注を推奨し,血糖値150 mg/dL未満を目標にする点には変更は認めない。しかし,2008年改訂版SSCG1)では初期の血糖測定時間は0.5-1時間毎が1-2時間毎に変更された点,経腸栄養を併用する記載が消去された点,毛細血管からの採血による血糖値測定に対する注意を加えた点の3点に変更が認められた。

集中治療における血糖コントロールのエビデンス

 2008年改訂版SSCG1)においても,2004年初版SSCG2)と同様に,敗血症における血糖値を150 mg/dL(8.3mmol/L)未満に管理することが推奨されている。2004年初版SSCG2)における血糖管理指針は,Van den Bergheら3, 4)とFinneyら5)の臨床研究を基盤としていたが,2008年改訂版SSCG1)ではさらにいくつかの研究が引用されている。
 ベルギーのルーバン大学のVan den Bergheらの2001年のN Engl J Medの報告 3)は,Acute Physiology and Chronic Health Evaluation II score(APACHE IIスコア)9レベルの重症度の低い外科術後患者1,548名を対象とし,集中治療室(ICU)での維持血糖値を80~110 mg/dLレベル,180~200 mg/dLレベルの2群に分類し,死亡率を解析したものである。ICU管理の初病日より1日量200~300 gのグルコースを投与し,1日あたり約71単位(3単位/h)の速効型インスリンを用いて,血糖値を80~110 mg/dLレベルに維持している。結果として,intensive insulin therapyで血糖値を80~110 mg/dLレベルに維持した群では180~200 mg/dLレベルに維持した群と比較して,ICUにおける死亡率を8.0%から4.6%,5日以上ICUに滞在した患者群のICU死亡率を20.1%から10.6%,院内死亡率を10.9%から7.2%に減じている。
 Van den Berghe ら4)はさらに,2003年のCrit Care Medにおいて,先のN Engl J Med 3)に報告した解析に血糖値110~150 mg/dLの調節群を併設し,累積院内死亡率が血糖値150 mg/dL以上で約40%,血糖値110~150 mg/dLで約26%,血糖値110 mg/dLで約15%と報告している。この報告では,多変量解析により,血糖値20 mg/dLの増加により急性腎不全や感染症の合併率が高まることが示されている。一方,インスリン10 IU/日の増加は3日以上持続するCRP 15 mg/dL以上の発生を有意に減少させるが,インスリン投与量の増加自体が,急性腎不全や感染症の合併率を低下させないことが確認されている。Van den Berghe ら4)により,血糖値20 mg/dLの上昇で死亡率が30%上昇し,血糖値200 mg/dLでは血糖値100 mg/dLの2.5倍に死亡率が高まると見積もられた。
 ロンドンのFinney5)らの報告は,2002年1月から6月までのRoyal Brompton病院ICUでのAPACHE-IIスコア16-17レベルの外科および内科患者523名を対象としたものである。この患者群の85.1%は心血管術後患者であり,全体の16.4%に糖尿病罹患患者が含まれている。彼らのデータの多変量解析では,患者重症度やICU死亡率はインスリン投与量の増加と正の相関を示すことが確認できる。患者重症度を同等とした解析からは,血糖値144 mg/dL以下の管理で,血糖値145~200 mg/dL の管理よりICU死亡率が有意に低下している。
 以上のVan den Bergheら3, 4)とFinneyら5)の臨床研究より,血糖値管理はインスリンとは独立した因子として,死亡率低下に重要と考えられるようになり,2004年初版SSCG2)では血糖値150 mg/dL未満を目標に敗血症病態の血糖コントロールを行うことが推奨された。
 Van den Bergheら6)は,さらに,2002年3月から2005年5月までの内科系ICUで, APACHE II スコアが23レベルの1,200名を対象とした臨床研究を報告している。この患者重症度を高めた内科系ICUにおける検討でも,血糖値180-200 mg/dLに比較して,血糖値を80-110 mg/dLに管理することで,急性腎不全の合併率,人工呼吸管理期間,ICU管理期間を有意に減少させている。特に,ICUに3日以上滞在した767名のサブグループ解析では,院内死亡率が52.5%から43%に減少している。このようにVan den Bergheらは,APACHE IIスコアが23レベルの患者群においても,血糖値80-110 mg/dLレベルに管理するintensive insulin therapyの重要性を追認しているが,本報告におけるインスリン投与のルーバンプロトコールにより,低血糖発症率が6.2%から18%の約3倍に上昇していることには留意が必要である。
 Van den Berghe Gら7)は,さらに2006年に,既に報告した外科ICU患者1,548名3,4)と内科ICU患者1,200名6)を合わせたサブグループ解析として,非糖尿病患者2,341名と糖尿病罹患患者407名の解析を加えた。Finneyらの報告5)をはじめ,高血糖管理データには糖尿病合併症患者がさまざまな比率で混入されている。Van den Berghe Gら7)の非糖尿病患者群では,これまでの彼女らの結果と同様に,血糖値150 mg/dL以上,110~150 mg/dL,80~110 mg/dLの血糖値管理の順に,有意に院内死亡率を低下させている。しかし,ICU入室前に糖尿病を罹患していた患者群のサブグループ解析では,院内死亡率は血糖値150 mg/dLを超える管理で21.2%,血糖値110~150 mg/dLで21.6%,血糖値110 mg/dL未満で26.2%と有意差は認めないものの,血糖値110 mg/dL未満の強化インスリン療法で院内死亡率がむしろ増加する傾向が認められた。これは,Egiら8)によるオーストラリアにおける臨床研究でも追認できる。
 Egiら8)によるオーストラリアの4つのICUにおける2000年1月より2004年10月までの7,049患者を対象とした血糖値の解析調査は,血糖値の平均値のみならず,同一患者における血糖値のばらつきが小さいことが院内死亡率低下に重要であることを示した貴重なデータである。Egiら8)の報告はAPACHE IIスコア17レベルの患者群を対象としており,解析に用いた168,337血液検体の血糖値の平均は8.0 mM(144 mg/dL),同一患者における血糖値の標準偏差の平均は1.7 mM(30.6 mg/dL),変動係数は21%である。このうち,ICU生存患者群6,213名(88.1%)の血糖値平均は7.9 mM(142 mg/dL),血糖値標準偏差の平均は1.7 mM(30.6 mg/dL),変動係数は20%であり,ICU死亡患者群836名(11.9%)の平均血糖値8.8 mM(158 mg/dL),標準偏差平均2.3 mM(41.4 mg/dL),変動係数26%に比較して,それぞれがICU生存患者群で有意差に低いことが示されている。また,ICU生存患者群とICU死亡患者群の最大血糖値の平均は,それぞれ11.5 mM(207 mg/dL)と13.6 mM(245 mg/dL)であり,最大血糖値はICU生存患者群で有意に低いことが示されている。さらに,ICUにおける平均血糖値6.8 mM(122 mg/dL)未満と6.8 – 7.9 mM(122-142 mg/dL)の2群では,ICU死亡率と院内死亡率に差を認めないものの,平均血糖値7.9-8.9 mM(142-160 mg/dL)および9 mM(160 mg/dL)以上では,濃度依存的にICU死亡率と院内死亡率が増加している。これらのデータは,2008年改訂版SSCG1)における血糖値管理指針に合致する。さらに,ICUにおける血糖値の標準偏差は,1.2 mM(21.6mg/dL)未満,1.2-1.7 mM(21.6-30.6 mg/dL),1.7-2.4 mM(30.6-43.2 mg/dL),2.5 mM(43.2 mg/dL)以上の4群で,この増加に依存してICU死亡率と院内死亡率を高めている。このように,同一患者において血糖値平均を150 mg/dL未満に維持する重要性が示される一方で,同一患者において血糖値変動の少なさが予後を規定する可能性が示唆される。Aliら9)は,2005年に施行した1,599名の単一のICU施設での後向きコフォート研究で,glycemic lability index(GLI:Σ〔血糖値の差2/測定間隔時間〕)10)が敗血症患者の院内死亡に影響を与える因子であることを提示している。このような同一患者内での血糖値変動は,炎症性サイトカン産生による敗血症罹患患者の病態の不安定さや重症度を示す可能性はあるが,血糖値150 mg/dL未満での血糖値変動自体が敗血症自体に悪影響を及ぼすか否かの病態生理学的解釈は未だ定かでない。
 Egiら8)はさらに,728名の糖尿病罹患暦を持つ患者群のサブグループ解析を行っている。これらの糖尿病罹患患者解析では,8.1 mM(145 mg/dL)未満,8.1-9.1 mM(145-164 mg/dL),9.1-10.3 mM(164-185 mg/dL),10.4 mM(186 mg/dL)以上の4群において,各郡間に院内死亡率とICU死亡率に差を認めていない。しかし,同一患者内の血糖値の標準偏差においては1.7 mM(30.6 mg/dL)未満と2.5-3.5 mM(45-63 mg/dL)においてのみ院内死亡率とICU死亡率に統計学的有意差を認めている。このように,糖尿病罹患患者では,急性期管理における血糖値変動の少なさが予後を改善する可能性が示唆される。
 2003年4月から2005年6月までにドイツの18施設の大学病院ICUで検討されたVISEPトライアル(the Efficacy of Volume Substitution and Insulin Therapy in Severe Sepsis trial)11)では,APACHE IIスコア20レベルの重症敗血症患者群を対象に,血糖値を110 mg/dLレベルで管理するintensive insulin therapy群(n=247)と,180 mg/dLレベルで管理するconventional therapy群(n=290)が比較された。これらの患者群には,両群ともに糖尿病罹患患者を約30%含んでいるのが特徴である。ICU初日の投与カロリーは600 kcalレベル,第2病日で900 kcalレベルであり,経腸栄養が初病日より約40%の比率で併用されている。このような群間比較において,intensive insulin therapy群の28日死亡率は24.7%,conventional therapy群の28日死亡率は26.0%であり,intensive insulin therapy群に死亡率減少傾向を認めるものの有意差は認められていない。このVISEPトライアル11)では,intensive insulin therapy群で17%の低血糖合併を認め,conventional therapy群の4.1%と比較して,有意に高い低血糖合併の危険性が示唆された。このように,VISEPトライアル11)は,糖尿病群を個別解析していないことが特徴である一方で,intensive insulin therapyによる低血糖合併の危険性を提示している。

続く

講義 敗血症管理における血糖コントロールの2008年における姿勢 PART 2


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講義 敗血症管理における血糖コントロールの2008年における姿勢 PART 2

2008年08月03日 04時10分33秒 | 講義録・講演記録 3

講義 敗血症管理における血糖コントロール 2008

京都大学大学院医学研究科 初期診療・救急医学分野
准教授
松田直之

 

続き

血糖値測定法

 Intensive insulin therapyにより,血糖値を80~110 mg/dLレベルに維持するためには,目標血糖値達成の迅速性や低血糖対策などのいくつかの注意点が存在する。Kanji Sら12)は,速効型インスリン50 IUを生理的食塩水50 mLに希釈して静脈内持続投与とするスライディングスケールのプロトコールを提示し,ベッドサイド簡易型血糖測定器を用いて,1~2時間ごとに血糖値測定を行っている。しかし,このプロトコールでは目標血糖値達成までに約11時間を必要としている。さらに,ベッドサイド簡易型血糖測定器による毛細血管血を用いた血糖値測定に対しては, 2008年改訂版SSCG1)でも測定誤差に関して注意を喚起している。
 Kanjiら13)は,外科術後患者,血管作動薬使用患者,浮腫患者を対象に,動脈血と毛細血管血,およびベッドサイド簡易型血糖測定器とガス分析器の感度比較を施行した結果,検査室でのオキシダーゼ/カタラーゼ法と比較して,毛細血管血や簡易型血糖測定器は低血糖を見落としやすいとことを報告した。低血糖阻止を目標としてベッドサイド簡易型血糖測定器は改良される必要があるが,それに加えて指先や耳介から採取する毛細血管血では,低血糖を鋭敏に検出しないことに注意しなければならない。。
 Vrisendrop TMら14)は,APACHE IIスコア 20レベルの2,272名のICU患者解析を行った結果,6.9%にあたる156名が血糖値45 mg/dL以下の低血糖を合併したと報告している。その多変量解析から,低血糖誘発のリスク因子として,①敗血症,②糖尿病罹患,③インスリン投与,④インスリン投与中の栄養の中断,➄重炭酸イオンを用いた体外循環,⑥心作動薬の併用などを挙げている。Van den Berghe Gら7)のデータでは,intensive insulin therapyにより敗血症罹患患者の19.6%,糖尿病罹患患者の14%,呼吸器合併症患者の18.3%に低血糖合併を認めている。重症敗血症をターゲットとした前述のVISEPトライアル11)においても,conventional therapy群でさえ4.1%の低血糖合併率を示している。現在,このように,目標血糖値達成の迅速性や,低血糖対策には,未だ,改善すべき多くの点が残存していると考えてよい。

2008年改訂版Surviving Sepsis Campaign guidelines(SSCG)を用いる際の留意点

 2008年版SSCG1)の使用においては,低血糖の発症に留意することに加え,1)インスリン持続投与の具体的提案がなされていないこと,2)インスリン持続投与を推奨していること, 3)敗血症初病日の栄養負荷を定義していないこと,4)糖尿病罹患暦のある患者の明確な指針がないことに留意する必要がある。
 本ガイドラインでは,インスリン持続投与の具体的な方法が記載されていない。ダイナミックスケールとして,Van den Bergheらのルーバンプロトコール4),Goldbergらのイエールプロトコール18),Dazziらのパルマプロトコール19)を用いることもできる。しかし,敗血症病態では患者のインスリン抵抗性が変化するため,インスリン抵抗性を評価したインスリンスライディングスケールを私は2006年より使用している。インスリン抵抗性グレードを5つにわけ,患者のインスリン抵抗性を時系列で評価するものである。
 一方,炎症期におけるインスリン抵抗性やカロリー負荷の変化を同時に評価する必要があるという観点から,スライディングスケールやダイナミックスケールに変わるインスリン投与プログラムが注目されており,コンピュータ制御方法20, 21)やLonergan Tら22, 23)によるSPRINT(specialized relative insulin nutrition tables)などが報告されている。このSPRINT22, 23)は円型版として用意された栄養ホイールとインスリンホイールを回すことで,適切なインスリン持続投与量をベッドサイドで簡易に設定できる特徴がある。
 また,インスリン抵抗性の強い状態では,インスリンは万能とは言えない。ピオグリタゾンなどのPPAR-γ作動薬は,敗血症病態で活性化される転写因子nuclear factor-κBを抑制し,炎症に伴うインスリン抵抗性を改善させるため,炎症病態での血糖コントロールに応用できる薬剤である24-26)。
 糖尿病罹患患者に関しては,既に上述したように,intensive insulin therapyが無向であるばかりか,有害となる可能性がある7, 27)。糖尿病罹患暦のある状態では,全身が独自のホメオスタシスで維持されている可能性があり,糖尿病罹患患者においては,現在はintensive insulin therapyはさけ,150 mg/dLレベルの血糖値管理を目標としたインスリン投与にとどめておくのが良いと考えられる。
以上のように,2008年改訂版SSCGを用いる際には,その詳細の実施に当たっては,各施設やICU指導者の細かな工夫が必要であろう。


おわりに

 2008年改訂版SSCGでも,血糖コントロールとしてインスリンの持続投与による血糖値150 mg/dL未満の管理が推奨された。敗血症管理におけるintensive insulin therapyでは,低血糖の合併に注意する必要があり,その安全性が定まらない現在,血糖値管理目標は150 mg/dL未満とされている。血糖値管理においては,炎症進行の傾きに患者の血糖値変動が影響を受ける。現在は,治療経過の流れの中で適切なインスリン投与量を探る状態にあるが,やがては持続血糖値モニタリングの臨床応用により,より厳密に血糖管理が達成されなければならない。Intensive insulin therapyについては,NICE-SUGAR studyの結果が待たれる一方で,海外に比較して極めて治療成績の良い本邦において,臨床研究で追認する必要がある。このような観点より,現在,私たち日本集中治療医学会sepsis registry委員会は,独自の敗血症治療成績の解析に入っている。

文  献
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講義 敗血症管理における血糖コントロールの2008年における姿勢 PART 1


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