救急一直線 特別ブログ Happy保存の法則 ー United in the World for Us ー

HP「救急一直線〜Happy保存の法則〜」は,2002年に開始され,現在はブログとして継続されています。

手技 適切なA-line採血と動脈血ガス分析の実際 2010

2010年12月29日 04時02分08秒 | 急性期管理技術

完全手技 適切なA-line採血と動脈血ガス分析の実際

接触感染予防策の徹底


名古屋大学大学院医学系研究科
救急・集中治療医学分野

日本救急医学会 指導医・専門医

日本集中治療医学会 専門医


松田直之

 

 はじめに 


 動脈圧ライン(arterial line: A-line,A line,Aライン)が確保されている状況では,医師に限らず,適時,看護師が動脈ガス分析を行い,さらに圧ラインを清潔に管理することが大切です。医師のみが動脈ガス分析をしているような施設では,虚血のモニタリングとして代謝性アシドーシスの進行を把握するタイミングが遅れたり,高血糖や低血糖の発見が遅れます。A-line採血は,適切に,注意事項を遵守することで,問題なく施行できます。この注意点は,①  アルコール手指消毒,②手袋着用,③ 三方活栓の使い方に慣れること,④ 清潔管理です。感染対策を適切に施行し,A-line採血を適切な方法として自施設のA-lineにあわせて工夫されるとよいと思います。施設の管理の質は,A-lineを見るだけでわかる特徴があるのです。是非,留意されて下さい。

 現在,A-lineは閉鎖回路を用いることができれば,安全に採血がしやすく,また,血液への汚染が少ないものとすることができます。しかし,まだすべての施設でA-lineの閉鎖回路を使用していないのが現状です。非閉鎖回路でも,日々の丁寧な管理を志すことにより,血液汚染や感染培地を予防することが大切です。研修医の皆さん,および看護師さんのために,現行の非閉鎖回路における適切なA-line採血(実践A-line採血メソッド)を記載します。ここで紹介する方法は,1996年から,研究医や他科のDRに伝授している方法です。この中で,皆ができていない一番大切なのは,図11と図12のステップです。参考として下さい。

1. A-lineの実際:接触感染予防策 三方活栓には血液を残さない清潔管理が大切(図1)

 松田「どうして,A-lineの三方活栓(三活:図1先端部)に血液が残存し,ガビガビになっているのか・・・。」バイ菌マン様の紫手袋さん「???。急いで,ガス分析器まで走るからでしょうね・・なにかエビデンスがあるのでしょうか?ちゃんとみんな理解しないといけないですね」。A-lineへの空気混入を防ぐことや採血をしやすくするために,図1のような側副路(ひげ)を付ける施設もあります。また,「ひげ」をつけずに,そのまま三方活栓から採血する施設もあります。大切なことは,いずれの場合でも,三方活栓を素手で触ったり,三方活栓に血液が残った状態でキャップをするのを止めることです。ここには,ブドウ球菌属やカンジダ属,そして大腸菌や腸球菌属などが一般的に検出されやすいですし,海外ではアシネトバクター,またセラチアが検出されることもあります。血液を三方活栓に残さないことや,ベッドサイドに血液をこぼしてしまわないことなどの予防策として,現在は,吸引シリンジが回路にあらかじめ備え付けられている「閉鎖式A-line」が普及しはじめています。


2. 三方活栓の清潔管理が大切(図2)

 三方活栓に血液を残す医師がいれば,注意して下さい。不適切です。また,患者さんが手首を曲げるなどの理由として,動脈圧波形が出ない状態で奉仕しておくことも不適切です。その領域に血栓傾向を促進する危険性,A-lineの入れ替えのインシデントに繋がる可能性があります。正しく,持続モニタリングするためのものですし,電子記録に不適切な血圧の連続記録を残すことは不適切です。その上で,三方活栓は,細菌の培地とならないように,絶えず清潔に保つように工夫してください。

3. 吸引用注射器の設置法(図3) 

シリンジは立てて接続し,立てて,ゆっくりと吸引するのが原則です。立てることで重たい血球成分が下に沈下します。これが大切であり,コツとポイントです。A-line採血の際にシリンジを横につけて陰圧をかけるのは間違いです。これは,たくさん血液を引いても,混入しているヘパリンが,引いたシリンジや三方活栓の接続部上方に残存しやすいからです。

4. 回路内液の吸引はシリンジを立てて施行(図4)

 回路内吸引のコツとポイントは,1)注射筒を立てて引く,2)ゆっくり引くこと,この2つです。この目的は,回路内の非血液(回路内ヘパリン加え生理的食塩水,あるいは単身の生理的食塩水)の十分かつ適切量の吸引です。注射筒を立てると下に血液の沈殿が生じてきます。この沈殿が最低でも1 mLできるまで吸引します。僕のデータでは,丁寧にゆっくり引くと,下方血液部 1 mLで適切な血液ガス分析ができます。ゆっくり引くと,この1 mL吸引の観察ができます。陰圧をかけて早く引くと,ヘパリン加生食と血液がごちゃごちゃです。ヘパリンが接続部に残存する可能性が出てきます。

5. 動脈血の吸引は0.4 mL以下でよい(図5)

 動脈血用の採血筒に切り替えて,約0.4 mLを採血します。もちろん,慣れてくれば,しっかり引いて,実採血は空気を入れずに0.4 mLにチャレンジできると良いです。この縦長の1 mLシリンジを用いる際には,0.4 mLあれば十分です。横幅のあるシリンジの場合は,血液ガス分析器が斜め横スタイルで血液を自動吸引することから,0.4 mLであると空気が混入してしまう場合があり,僕は0.5 mLとしています。実際に血液ガス分析器が使用する血液量は,0.3 mL以下です。少なくとも1 mL などの大量な血液は,現在の血液ガス分析に不要です。ご自身の施設で使用している血液ガス分析機の必要最少量の血液量を把握しておきましょう。


6. クロスロック:採血完了(図6)

 注射筒や採血筒を外すときは,図6のようなクロスロックでもよいです。

 シリンジを立てて,空気混入のないように,回路内液をゆっくり返却します。注意点は,1)空気を混入させないこと,2)シリンジ内や回路内に血栓傾向のないことの確認,3)三方活栓部に汚染を起こさないこと,4)周囲に血液をこぼさないことの確認と実践です。

8. 圧トランスデューサで生食フラッシュ(図8)

 圧トランスデューサ下方のノブ(白矢印)を押したり引いたりすることにより,回路内に(ヘパリン加)生理食塩水が急速流入します。「親の敵」のように生食をフラッシュするひとがいますが,丁寧に,優しくフラッシュして下さい。手先や指先は非常に重要であり,指先は流れるように連続性を保つように,加速度を抑えることができるように鍛えることが大切です。ガス分析などに用いる採血シリンジの中には,抗凝固剤が含まれています。慌てて圧トランスデューサのノブを引っ張ったり,走ってガス分析器に向かう必要はありません。

9. 吸引用注射筒の再充満による三活洗浄(図9)

 圧トランスデューサ下方のノブを押したり引いたりして,注射筒を再充満させます。北斗の拳のように100連攻撃的にフラッシュする先生がいますが,適度にフラッシュしましょう。そして,この廃液シリンジは,汚染物用ボックスに廃棄します。



10. 吸引用注射筒を外した時点での三活管理「さよならガビガビ君」(図10)

 血液が残存しています。これを放置しないことが大切です。連続テレビ小説「市原悦子さん」は,家政婦さんのカリスマですが,こっそりとベッドサイドから見ていると,血液が中途半端に残っているのに三方活栓に堂々とふたをしようとする場合がいます。これが,あとで,三方活栓に潜む「ガビガビ君」になります。また,手袋をしない手で触っていたりします。これは持続血液浄化法においても,回路の付替えにおける基本阻止事項です。集中治療室には,時折,「家政婦的カリスマ」がいます。その場で,適切に指導してあげましょう。

11. もっときれいに三活管理(図11)

 図11は,僕の考案したお薦めの方法です。圧トランスデューサ下方のノブを,丁寧に押したり引いたりして,アルコール綿パック内に三方活栓を沈めた状態で血液残量を落とし,さらに少し浮かせた状態で付着アルコールをアルコール綿パック内へ流し落とします(ポットン法)。「ポットン法」は,アルコール綿の中に三方活栓のシリンジ接合部をポットンと沈下させて約2 mLの回路内液で洗浄する方法で,3方活栓が綺麗になります。それを捨てて,もう一度,フラッシュしてもらいながら,最終的に三方活栓に付着したアルコールを除去します。最終的にアルコールが三方活栓に残存しないようによく流します。注射針付きシリンジで三活の残存血液を吸引する先生もいますが,針刺し事故の可能性があるので,お勧めしません。

12. きれいな三法活栓の維持(図12)

 上述した11の方法などの工夫により,きれいな三法活栓を維持しましょう。

13. 回路内残存血液の最終フラッシュ(図13)

 圧トランスデューサ下方のノブを押したり引いたりして,回路内残存血液を最終フラッシュします。

14. A-line採血後のA-line内の状態(図14)

15. 血液ガス分析に必要な血液量は0.3 mLレベル以下(図15)

 現在,血液ガス分析に使用する実際の血液0.3 mL以下です。以下の細1mLシリンジであれば0.4 mLで,適切な動脈血ガス分析ができるようになりました。1日10回動脈血ガス分析をしても,4 mL程度の採血です。自施設での,最低血液必要量を評価できるようにしましょう。

16. 血液と手袋の廃棄(図16)

 実際に必要とした血液量は0.2 mLレベルです。血液ガス分析後は,必ず責任を持って,採血シリンジ,着用手袋などの廃棄物を,汚染物として白ボックスに廃棄しましょう。使用した手袋もすぐに廃棄ボックスへ破棄しましょう。

17. 動脈血ガス分析の評価(図17)

 血液ガス分析の評価は,皆さんできるようになりましょう。

ポイント:① 酸素化の評価(PaO2/FIO2),② 代謝性アシドーシスと代謝性アルカローシスの評価(Base Excessと乳酸値の変化),③ 呼吸性アルカローシスと呼吸性アシドーシスの評価(PaCO2),④ アシデミアかアルカレミアかノーマルか,⑤ 血清乳酸値,⑥ 血糖値,⑦ 電解質。



結果は,DR, NS,MEさん,リハビリテーションの皆さんなどで,皆で共有することが大切です。
管理の注意点は,たくさん見つかることでしょう。

協力:山本尚範 先生(手)(名古屋大学大学院医学系研究科 救急・集中治療医学分野)

撮影・執筆:松田直之(名古屋大学大学院医学系研究科 救急・集中治療医学分野)

※ 本内容は,プリントしたりコピーして使用していただいて構いません(松田直之)。


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感染対策 多剤耐性アシネトバクターの動向と治療

2010年12月21日 20時04分06秒 | 救急医療

多剤耐性アシネトバクターの動向と治療

名古屋大学大学院医学系研究科
救急・集中治療医学分野 教授
松田直之


はじめに

 救急・集中治療領域の対象とする多発外傷などの患者は,好中球やリンパ球などの白血球系細胞の機能低下を特徴とする1)。このような免疫低下病態では,2次性侵害刺激として院内感染を合併しやすく,敗血症として全身性炎症が再燃する傾向がある。現在,院内感染の起炎菌として,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA: Methicillin-resistant Staphylococcus aureus),基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL: extended-spectrum β-lactamase)産生菌,バンコマイシン耐性腸球菌(VRE: Vancomycin Resistant Enterococci),多剤耐性緑膿菌(MDRP: multi-drug resistant Pseudomonas aeruginosa)に加えて,多剤耐性アシネトバクター(MDRA: multi-drug resistant Acinetobacter)やNew Delli Metallo-β-Lactamase-1(NDM-1)産生腸球菌2)などの動向が注目されるようになった。
 1980年代後半より院内感染症として脚光を浴びたMRSAに加えて,依然として現在も,ESBL産生菌には注意が必要である3,4)。Klebsiella pneumoniae や Escherichia coli など菌種は,β-ラクタマーゼ産生遺伝子を突然変位させ,ESBLを産生することにより,β-ラクタム系抗菌薬のβ-ラクタム構造を加水分解する能力を持つ。このようなESBLは第三世代セフェム系抗菌薬を分解するものとして知られてきたが,ESBLは伝達性プラスミドでコードされるため,同一菌種間だけではなく,異なる菌種間にも伝達される特徴がある。現在,ESBL産生菌はK.pneumoniae,E.coliに加えてSerratia marcessense,Enterobacter cloacae,Proteus mirabirisなどの菌種に拡大していることに,注意が必要である。また,近年,NDM-1産生腸球菌2)やKlebsiella pneumoniaecar bapenemase(KPC)産生肺炎桿菌5)は,免疫低下病態に対する日和見感染だけではなく,健常成人にも発症することが知られている。NDM-1やKPCは,カルバペネム系抗菌薬を分解するばかりではなく,キノロン系抗菌薬やアミノグリコシド系抗菌薬にも薬剤耐性を示すため,多剤耐性菌として,今後,より一層の警戒が必要である。
 一方,MRSAに対して用いられてきたバンコマイシンに対して耐性を獲得したVREが検出されている。現在,VREはバンコマイシン耐性遺伝子の型によりVanA,VanB,VanC,VanD などに分類されている。このようなVREに対する抗菌薬としてリネゾリドが本邦でも臨床使用されているが,リネゾリドはMRSAにも抗菌活性を持つためにMRSA治療にも用いられている。しかし,2008年には,スペインでリネゾリド耐性MRSA(LRSA: Linezolid-resistant Staphylococcus aureus)が院内感染の原因菌となり,本邦におけるリネゾリド使用に対してもより一層の注意が必要である。
 このような多くの多剤耐性菌に対する対応の背景の中で,本邦の近年の救急・集中治療領域では特にMDRPの管理に留意してきた。しかし,その後,2008年に福岡大学病院,2009年に船橋市立医療センター,2010年に愛知医科大学病院および帝京大学病院でMDRAが検出され,多剤耐性菌に対する接触感染予防策等の管理が再び徹底されようとしている。2008年以降,本邦でも,アモキシシリンおよびクラブラン酸,第3セフェム,キノロン,カルバペネム,アミノグリコシドなどの抗菌薬に耐性を獲得したMDRAに十分な注意が喚起されるようになった。本稿では,アシネトバクター属の特徴,多剤耐性化機構,抗菌薬使用の観点より,MDRAについて論じる。


アシネトバクター属の特徴

 グラム陰性桿菌であるアシネトバクター属は,土壌,河川水などの自然環境から分離される環境菌であり,乾燥に強く,健常成人の皮膚や便などからも分離される。遺伝子相同性を持つ Moraxella属,Nisseria属,Kingella属と異なり,ミルク,冷凍食品,ベッド,枕,浴室,手洗い場などにも比較的多く検出される6)。このようなアシネトバクター属は,病院等の環境で1ヶ月以上生息することができ,また,クロルヘキシジンやベンザルコニウムに耐性を持つことが知られており7,8),院内より消失しにくい特徴がある。
 表1には,アシネトバクター属と類似するMoraxella属,Nisseria属,Kingella属の違いをまとめた。アシネトバクター属は,1900年初頭には色のない,運動性を持たない,硝酸塩を利用しない,発酵性のない,言わば特徴のない菌として知られていたが,1911年にドイツの微生物学者BeijerinckによりDiplococcus mucosusとして同定され,その特徴が記載された9, 10)。このようなアシネトバクター属は,後の1971年における遺伝子解析11)や,遺伝子解析結果などに基づいた新分類12)によって,特に運動性を持たないこと(Acinetobacter: motionless)を残した属名としてアシネトバクター属として名称が統一された。1970年代には新しい種としてA. calcoaceticus が同定され,Moraxella lwoffiiと呼ばれていた菌種もA. lwoffiiと属名が変更され,現在,少なくとも19種類以上のアシネトバクターが確認されている(表2)。
 このようなアシネトバクター属の中で,現在多剤耐性化が問題となっているのは,A. baumanniiである。A. baumanniiは,他のアシネトバクターと異なり,酸素下でブドウ糖を分解する発酵能を持つ。また,A. baumanniiは,外毒素などの病原性分子を産生・放出せず,さらにウイルスのような細胞侵入性を持たないが,内毒素であるエンドトキシンを比較的多く含有する特徴がある。このため,A. baumanniiの生体内繁殖によりエンドトキシンの局所濃度が高まると,その受容体であるToll-like受容体(TLR)を介した炎症性シグナルとして,ケモカイン,接着分子,誘導型一酸化窒素合成酵素などが転写段階より過剰に産生され,急性肺傷害,ショック,播種性血管内凝固症候群,多臓器不全などが惹起され,死亡率が高まる可能性がある13, 14)。また,A. baumanniiの細胞壁タンパク(OMP: outer membrane protein)やペプチドグリカンを介した全身性炎症反応には,TLR4に加えてTLR2が関与することが細胞培養系研究で確認されている13)。このように,A. baumannii は1970年代以降にヒトに病原性を示す種として新たに認知され,現在,多剤耐性菌の1つとして,本邦でも対策が模索されている。


多剤耐性アシネトバクターの耐性化機構と抗菌薬対策

 現在,多剤耐性化を示すアシネトバクター種は,A. baumanniiである。このA. baumanniiは,生体内や環境下で鉄を利用して生息することが知られている15)。また,鉄を利用した生体内や環境下で,A. baumanniiは遺伝子bfmRなどによりバイオフィルム形成を促進し16, 17),生体やカテーテルへの生着性を高め,かつ薬剤感受性を低下させる。一方,各種抗菌薬に対する特異的感受性低下の機序としては,さらにβ-ラクタマーゼ産生,OMP消失による抗菌薬の細胞壁透過性減退,抗菌薬の排泄ポンプ産生,ペニシリン結合蛋白2の減少,リポゾーム保護などの分子機構が明らかとされている18)(表4)。
 このようなA. baumanniiの多剤耐性化状況において,従来,カルバペネム系抗菌薬が第1選択として推奨されていたが19),第2選択として推奨されるアンピシリン/スルバクタムはMDRAに効果を示す可能性がある19-23)。カルバペネムに耐性を持つA. baumanniiの検討22, 23)では,アンピシリンではなく,スルバクタムの併用が有効であるとされている。このような観点より,アンピシリン/スルバクタムをカルバペネム系抗菌薬に併用する治療が,MDRAに効果を示す可能性が本邦でも期待されている。
 一方,多剤耐性グラム陰性菌はポリミキシン感受性を維持する傾向があり,ポリミキシンBやコリスチン(ポリミキシンE)が有効となる可能性がある。MDRAに対してのポリミキシンBや,ポリミキシン吸着カラムを用いた治療は,今後,本邦でも検討される可能性がある。一方,コリスチンは,本邦で開発されたものの,吸入で用いると急性肺障害,さらに静脈内投与で用いても容量依存性に腎毒性や神経毒性など臓器毒性に注意が必要であるため,現在,本邦では医薬品として未承認である。コリスチンは水溶性の陽イオン性界面活性剤であり,生体の細胞膜結合性が高いことが知られている。MDRAやMDRPに対する海外の臨床研究におけるコリスチン投与量はまちまちであるが,生体内からの除去半減期は約5時間であり,静脈内投与では1日量5 mg/kgの分2~4投与24),成人の髄膜炎では米国食品医薬品局の認可はないものの10 mgの髄液内投与がInfection Diseases Society of Americanにより推奨されている25)。無尿状態で持続血液浄化法を併用する際には,セルロース膜を用いての透析流量 1L/時,濾過流量 1L/時の条件で,コリスチンは48時間毎に2.5 mg/kgの投与が推奨されている26)。また,本邦で用いることのできない抗菌薬として,チゲサイクリンがMDRAに感受性を持つ。このような背景をもとに,2010年10月には,日本感染症学会,日本化学療法学会,日本環境感染学会,日本臨床微生物学会の4学会が,コリスチンとチゲサイクリンの早期承認の要望書を厚生労働省に提出している。
 以上のように,現在のMDRAの治療にはカルバペネム系抗菌薬とアンピシリン/スルバクタムを併用が推奨される。また,コリスチン以外の併用薬として,リファンピシン,ミノマイシン,ホスホマイシンなどが有効となる可能性があるが,今後,本邦で検出されるMDRAに対してのより詳細な評価が必要である。このような状況において,今後,コリスチンやチゲサイクリンの本邦での承認が期待される。


おわりに

 本稿では,アシネトバクター属の一般的特徴,アシネトバクター属の多剤耐性化機構,抗菌薬使用の3つの観点よりMDRAを論じた。MDRAの治療には,現在,アンピシリン/スルバクタムとカルバペネム系抗菌薬の併用療法を優先する必要がある。その一方で,MDRAの管理には,救急・集中治療領域における急性期全身性炎症管理や栄養管理を含め,さらにこれまでのMRSA,MRDPに準じた接触感染予防に十分に留意する必要がある。以上に対して,今後,本邦におけるコリスチンやチゲサイクリンの承認が期待される。



文 献

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