亜鉛中毒について
京都大学大学院医学研究科
初期診療・救急医学分野
松田直之
亜鉛中毒と亜鉛欠乏症
亜鉛(zinc)を用いた自動車のメッキ作業中に,亜鉛を吸入してしまうことがあるようです。頭痛を主訴として,救急搬入されることがあります。
亜鉛の必要量は,成人で15 μg/日と言われています。70 kgの成人の場合,総量1.4~2.3 gを保持し,血清亜鉛濃度は約80〜160 μg/mLであり,血液中の亜鉛含量は体内の1%レベル未満です。亜鉛は,体内で,①筋肉(約60%),②骨(約30%)の2部位に多く,その他の主要臓器や血球系細胞には均等に分布しています。膵臓においては,α細胞,β細胞などの細胞質内に存在し,グルカゴンやインスリンの合成と分泌に関与しています。白血球系細胞では血液中の約100倍,赤血球では血液中の約10倍の亜鉛が含まれていることも知られています(Whitehouse RC, et al. Zinc in plasma, neutrophils, lymphocytes and erythrocytes as determined by flameless atomic absorption spectrophotometry. Clin Chem 1982;28:475)。 このような血清亜鉛濃度は,さらに日内変動があります。朝起きたときに高く,活動中の午後3時に最低値にあることが知られています(Lifshitz MD, et al. Circadian variation in copper and zinc in man. J Appl Physiol 1971;31:88)。亜鉛は生体にとって必須金属です。9種の微量元素(クロム,鉄,コバルト,モリフデン,マンガン,ヨウ素,セレン,銅,亜鉛)の一つです。亜鉛は,急性期病態では欠乏している可能性があり,まず,欠乏した場合にも望ましくない影響が現れていることに注意します。救急・集中治療における重症患者さんの管理では,亜鉛欠乏に注意し,亜鉛,セレンなどの微量元素補充を栄養管理の必須としています。
亜鉛欠乏症に注意
成人の慢性的な亜鉛欠乏による影響は,以下の7つなどが知られています。老人,免疫膠原病,糖尿病,消化器疾患,慢性的アルコール摂取,その他炎症病態などでは血清亜鉛濃度が低下していることが知られており,以下の症状を併発することに注意が必要です。ウイルス感染症などの感染症になりやすくなる可能性も指摘されています。亜鉛欠乏症では,血清亜鉛濃度が60 μg/dL未満となります。
(1)味覚障害
(2)生殖機能障害
(3)うつ状態や食欲不振
(4)易感染性:亜鉛の免疫細胞活性化,ラジカル消去作用,ウイルスの増殖などの機能低下
(5) 創傷治癒遅延
(6)貧血:亜鉛欠乏性貧血,腎性貧血におけるエリスロポイエチン活性に亜鉛が関与
(7)皮膚炎・脱毛
食物から摂取する亜鉛の推奨規定摂取最大量は一般成人で約15 mg/日,推奨量は男性成人9 mg/日,成人女性 7 mg/日とされています。
主要食品中で亜鉛含量の多いものは,カキ140~270 μg/g,牛肉50~80 μg/g,豚肉20~50 μg/g,鶏肉5~30 μg/g,魚肉3~15 μg/g,大豆40~50 μg/g,インゲン豆20~60 μg/g です。ノロウイルスで有名なカキには,亜鉛が多く含まれています。
急性亜鉛中毒:亜鉛過剰で注意すること
亜鉛の急性中毒は,溶接作業やメッキ作業中に空気中に散布された亜鉛を吸入した場合などにおいて,最終的な血中濃度に依存して,発熱,頭痛,悪寒,嘔気,関節痛などが主症状となり,インフルエンザウイルス感染症に似た症状となるようです。一方,亜鉛欠乏状態ではインフルエンザウイルスなどのウイルス感染症にかかりやすいことにも注意します。亜鉛の代謝は,主にメタロチオネインと亜鉛トランスポーターファミリーのzinctransporter(ZnT)とIRT-like protein(ZIP)です。一般に急性亜鉛中毒は,4時間-12時間の経過観察で,症状は自然落着する傾向があります。酸化亜鉛を塗料された配管や,亜鉛を含んだメッキ作業で,発熱や頭痛などの急性亜鉛中毒になる可能性があります。夏場などでは,熱中症との鑑別や併発にも注意が必要となります。
一方,亜鉛の慢性中毒,亜鉛に慢性的に暴露された状態では,腸からの銅の吸収障害が生じて銅欠乏症となります。銅に関与するセルロプラスミンやチロクロムオキシダーゼの活性が低下し,鉄芽球性貧血を併発するようです。慢性的に,亜鉛に暴露されることにも注意が必要です。
急性亜鉛中毒,急性亜鉛血症では,輸液を十分に行い,利尿をはかり,発熱徴候や吐気の推移を評価し,緩和し,神経症状が出現しないことを観察することが大切となります。