集中治療
ショック管理のポイント2010
名古屋大学大学院医学系研究科
救急・集中治療医学分野
教授 松田直之
【はじめに】
ショックは急性循環不全と同義であり,血圧低下,組織低灌流,組織酸素代謝失調により,組織や臓器の恒常性が損なわれる病態である1, 2)。出血性ショック,敗血症性ショック,アナフィラキシーショック,心原性ショック,神経原性ショック,外傷性ショック,熱傷性ショックなどのさまざまな呼称が1970年までになされ3, 4),1972年にはHinshowとCoxによりショックを導く直接の心血管病態をもとに,急性循環不全の分類としてショックは再編成された5)。さまざまなショックの管理において微小循環を維持するためには,微小循環の臨界閉鎖圧を超えて血圧を維持する必要がある。従来,心原性ショックでは,正常者であれば収縮期圧90mmHg以下,高血圧症患者であれば通常の収縮期圧の60mmHg以上の低下,また,収縮期血圧が110mmHg以下の低血圧症患者であれば20mmHg以上の血圧低下により,微小循環障害を疑い,ショックの評価と治療にあたるとされてきた。
近年,基礎研究の目覚しい進歩により,ショックの病態形成に関与するサイトカインシグナルや転写因子の役割が解明されてきた6, 7)。ショック治療においても,患者一人ひとりの生体恒常性を読み取り,診断と治療にあたることが大切であり,病態生理学的知識に根ざした治療姿勢は不可欠である。また,近年は,敗血症性ショックを含め,多くの臨床研究がガイドラインとしてまとめられている。
蓄積された臨床研究から,自らの管理技法を再考し,治療成績のよいエビデンスを取り入れる工夫も急性期管理に必要とされている。本稿では,ショックの診断と治療として,特にショック初期の循環管理に焦点を当て,その治療戦略を,近年の臨床研究の動向に基づいて論じる。
【ショックの分類】
2000年までの段階で,敗血症性ショック8, 9),心原性ショック10-12),アナフィラキシーショック13, 14),出血性ショック15, 16)に対する病態と治療の戦略がほぼ確立し,近年はそれらが治療ガイドラインとしてまとめられてきた。また,2000年以降は,私などの研究結果も含め,敗血症性ショックに対する病態解明が進んだ8, 9)。ショック病態では,異なる誘因であっても,組織低灌流と組織虚血により好中球やマクロファージなどの炎症性細胞が活性化し,多量に炎症性サイトカインが産生される。このため,ショックでは炎症性サイトカイン血症を主病態とする全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome: SIRS)を認めやすい。現在,ショックは,HinshowとCox の提唱を用いて,心血管系の病態を基盤とした急性循環不全の分類5, 17)として理解されている(表)。
HinshowとCox の提唱した急性循環不全の分類は,病態生理学的観点より心血管病態を個別に分類したものである5,17)。緊張性気胸,肺血栓塞栓症,心タンポナーデで惹起される心外閉塞・拘束性ショックは,その誘因を除去することで重篤なショック状態を速やかに回避できるため,突然にショックが出現した際には,まず,除外しなければならない病態群である。出血性ショックに代表される循環血液量減少性ショック,そして,敗血症性ショックやアナフィラキシーショックなどで惹起される血流分布異常性ショックでは,組織酸素運搬を維持するためにショック初期における輸液が不可欠である。一方,心原性ショックはまさに心機能に依存する急性循環不全であり,エコー図や肺動脈カテーテルを用いた心機能評価と,Forrester分類に基づく治療指針や抗不整脈治療が必要となる。
しかし,このようなさまざまな誘因によるショックにおいて,治療に難渋し,ショックが遷延した際には,SIRS重篤化に類似した血流分布異常性ショックを併発し,死亡率が高まることが知られている18)。組織の低灌流や虚血が炎症性サイトカインの転写活性を高めることは,膨大なな研究より明らかとされている。ショックの治療が遷延すればSIRSが合併し,血管内皮細胞傷害,播種性血管内凝固症候群や多臓器不全が進展し,組織低灌流の病態が複雑となることを,治療の念頭に置かねばならない。このように,すべてのショック病態において,ショック初期の治療を把握することが重要である。
【Early Goal-Directed Therapy】
SIRSを惹起するさまざまな疾患がまとめられ, sepsis(敗血症)が感染症に起因するSIRSとAmerican College of Chest PhysiciansとSociety of Critical Care Medicineの合同カンファレンスより公表されたのは1992年である19)。外傷,熱傷,膵炎などの病態や,食道摘出手術や膵頭十二指腸切除術などの高侵襲手術は,敗血症と同様に,炎症性サイトカインの産生が高まる病態であり,血流分布異常性ショックを合併しやすい。敗血症の治療指針が2004年に発表されたSurviving Sepsis Campaign guidelines8)により明示されたことは,SIRS疾患群の急性期管理を標準化し,新たな臨床研究やエビデンスを構築させる上での重要な意義を持つ。
敗血症を代表とするSIRS病態では,産生されたNOやプロスタノイドなどの血管拡張に伴う血流分布異常性ショックが初期の主病態であるものの,心収縮性は時系列とともに低下し,心原性ショックが具現化する20-22)。Surviving Sepsis Campaign guidelinesでは,この敗血症性ショック出現の初期における輸液療法をearly goal directed therapy(EGDT)として重視し,十分に心前負荷を維持することを推奨している8, 23, 24)(図1)。従来,過剰輸液により,1)心負荷増大,2)肺内水分貯溜の増加と肺酸素化能低下,3)腸管浮腫と腹腔内圧増加,4)創処治癒の遅延などの,望ましくない病態が惹起されると考えられており,輸液バランスとタイミングのさじ加減こそが,周術期管理のセンスとも考えられる。盲目的な過度の輸液負荷は,身体ストレスとして働くことは,十分に注意しなければならない点に変わりはない。
このEGDT としてRivers達が提唱した輸液プロトコールは,ショック出現後6時間までを目標に輸液を行い,初期到達目標としてCVP 8-12mmHg,平均血圧≧65 mmHg,中心静脈酸素飽和度≧70%を達成し,ショック初期から末梢循環不全を軽減しようとするものである。輸液は晶質液であれば1-2 L/h,膠質液であれば0.6-1 L/hの輸液速度を目標として,6時間の初期輸液治療を重視している8, 23, 24)。
これまで急性期循環管理にEGDTを導入したのは,1988年のShoemaker WCらの報告にさかのぼる25)。Shoemaker WCらは,外科術後重症患者の前向き検討より,肺動脈カテーテルを用いて術後患者の心係数(CI),酸素供給量(D(・)O2),酸素消費量(V(・)O2)を高めることで,人工呼吸管理日数,集中治療日数,在院日数を短縮させる可能性を提示した。これを受けて,1993年にBoyd Oらは107名の外科術後重症患者の前向き検討より,術中よりドパミン受容体作動薬であるドペキサミンを持続投与してD(・)O2 600 mL/ min/m2を達成させることで,院内死亡率が対照群22.2%から,5.7%に低下すると報告した26)。しかし,CIやD(・)O2を過剰に高めることが,敗血症性ショックを含めた集中治療患者の生命予後を改善するとは限らないことが,後の臨床研究により明らかとされている。1994年にHayes MAらは,肺動脈カテーテルを用いてCI 4.5 L/min/m2,D(・)O2 600 mL/ min/m2,V(・)O2 170 mL/ min/m2を達成させる前向き臨床試験を施行し,対照群50例,ドブタミン負荷群50例の前向き検討の結果,この目標値をドブタミン負荷で達成させても,院内死亡率は減少せず,むしろ,院内死亡率が34%から54%に高まると報告した27)。この結果は,集中治療患者762名を対象に解析された1995年のGattinoni Lらの報告においても追認され28),ドブタミン負荷によりCI 4.5 L/min/m2以上,D(・)O2 600 mL/ min/m2以上に保つことは,むしろ有害であると考えられるようになった。さらに,1997年にHayes MAらは,敗血症と敗血症性ショックの患者79名の後ろ向き解析より,ドブタミンを使ってCI 4.5 L/min/m2,D(・)O2 600 mL/ min/m2の目標を達成しても,死亡例では組織酸素代謝失調のため,V(・)O2が高まらないことを指摘した29)。これらの先駆的EGDTの検討においても,V(・)O2を改善するには至適な循環血流量の維持が必要であることが示唆されていた。すなわち,ドブタミンによるアドレナリンβ受容体刺激を介した心陽性変力作用を重視する前に,必要な輸液により救命率が高まる可能性が示されている。
2001年にRivers Eらが報告したEGDTは,救急初療の段階で敗血症性ショックと評価された対照群133症例,EGDT群130症例を前向き検討したものであり,カテコラミン投与に優先して十分な輸液を行うことで,末梢の虚血に伴う代謝性アシドーシスと乳酸産生を救急初療の段階で有意に軽減し,院内死亡率を46.5%から30.5%に減じている23)。この輸液を中心としてプログラムされたRivers EらのEGDTでは,ショック初期6時間における中心静脈酸素飽和度≧70%が患者の94.9%で達成されており,EGDTを施行しない対照群では60.2%の達成率に過ぎない。この報告は,3つの重要な提案として,1)ショックが進行性病態であり時間経過に伴い不可逆的循環不全へ移行する可能性があること,2)輸液の治療目標を具体的に定めるべきであること,3)初期の必要な輸液により院内死亡率を低下させる可能性を示したと考えられる。
彼らの輸液療法を主体としたEGDTプロトコールは,中心静脈圧8 mmHg以上を目標として輸液を行い,平均血圧65mmHg以上を達成させ,混合静脈血酸素飽和度(Sv(-)O2)のかわりに中心静脈酸素飽和度>70%を目標とするものである。プロトコールでは,救急外来での敗血症性ショックの初期診療を円滑に行うために,肺動脈カテーテルによる詳細な評価ではなく,Sv(-)O2の改善に着眼し,これを中心静脈酸素飽和度で代用している。Varpula Mらの111症例の後ろ向き解析でも,敗血症性ショック初期6時間における平均血圧65mmHg以下の時間が長いほど,院内死亡率が高まることが示されており,Sv(-)O2>70%で循環管理することで院内死亡率を低下させる可能性が追認できる30)。この結果はさらに,Polonen Pら31)やZieglerら32)の報告した心血管手術管理におけるSv(-)O2と生命予後の結果にも合致する。従来,さまざまなショック病態で,盲目的に輸液量を設定してきた「一か八かの輸液輸液療法」,すなわち,「dry side v.s. wet side論争」を,より厳密に,エビデンスとして標準化させて行こうとする姿勢が,今後のショック管理に必要とされる。しかし,敗血症性ショックでは,必ずしもSv(-)O2やScvO2は高く保たれる傾向があり,必ずしも有用とは言い難い。EGDTにおける大きな誤りは,敗血症性ショックにドブタミンやドパミンを推奨している点にある。また,パルス波の解析ができるようなモニタリング力や教育体制があれば十分であり,ヘモグロビン値には注意するものの,実施には中心静脈圧などの厳格管理はむしろ輸液量を過剰にしてしまう危険もある。敗血症病態では,アドレナリンβ1シグナルが障害されるため,ドブタミンはアドレナリンβ2シグナルを介した頻脈を惹起するものの,陽性変力作用は期待できない。敗血症性ショックでは,血管拡張に伴う血流分布異常性ショックなのか,血管内皮細胞傷害による組織血流低下状態なのかを区分したカテコラミンの使用が不可欠であり,結論から言えば,ノルアドレナリン以外のカテコラミンをできるだけ使わない工夫こそが生命予後を改善させる。
【肺動脈カテーテルと中心静脈カテーテル】
さまざまなショック形態において,肺動脈カテーテルは,肺動脈楔入圧,CI,Sv(-)O2などを連続して評価できるため,心血管系病態を把握するのに有用である。従来,心機能をエコー図のみで評価しずらい場合や,心臓手術などの心機能が刻一刻と変化する病態では肺動脈カテーテルを挿入し,そのデータを個人の特性として解析し,循環管理に役立ててきた。ここには,患者個々のショック病態形成に,個性が存在することが前提となっている。しかし,その臨床上の有用性にもかかわらず,これまでに行われた大半の臨床大規模研究では,肺動脈カテーテルの有無は,在院日数や患者死亡率の改善に影響していない33, 34)。
敗血症性ショックや急性肺障害を対象に1999年1月から2001年6月までに施行されたRichard らの報告では,肺動脈カテーテルで管理した患者335名の14日死亡率は49.9%,28日死亡率は59.4%,90日死亡率は70.8%と,非挿入患者群341名と差がなく,人工呼吸管理期間にも有意な短縮を認めなかった35)。英国65施設における1041例の集中治療患者の前向き検討でも,肺動脈カテーテル挿入患者の院内死亡率は68%と,非挿入患者群の66%と差がなく,むしろ,挿入例の約9.5%にカテーテル挿入時の合併症を認めている36)。また,ヨーロッパ198施設の集中治療室に2002年5月1日から5月15日までに入室した3147症例の追跡調査では,15.3%にあたる481名が肺動脈カテーテルを挿入され,肺動脈カテーテル挿入例の集中治療室死亡率は28.1%と非挿入群の16.8%より有意に高く,院内死亡率も32.5%と非挿入群の22.5%より有意に高かった37)。心血管イベントに伴う患者に限定した解析でも,肺動脈カテーテルの挿入患者と非挿入患者の60日死亡率に差が認められない37)。肺動脈カテーテルを用いることでショックの病態評価ができ,厳密な循環管理が行いやすくなるものの,心原性ショックの短期的な治療においてのみ有効性が認められるに過ぎない。
前述したRivers Eらの輸液療法を中核としたEGDTでは,中心静脈酸素飽和度≧70%をショック改善の目標値として定めている23)。循環血流量減少性ショックや血流分布異常性ショックでは,このような管理到達目標を定めることが必要なのかもしれない。Reinhalt Kらは,中心静脈酸素飽和度70%はSv(-)O2 65%に相当し,絶対値は中心静脈酸素飽和度がSv(-)O2より高いとし38),さらに,Ladakis Cらにより中心静脈酸素飽和度はSv(-)O2と正の相関で変動することが確認されている39)。これらを背景として,現在,敗血症性ショックを含めたさまざまなショック病態において,中心静脈酸素飽和度であれば70%以上,Sv(-)O2であれば65%以上を目標として,循環管理を行うことが望ましいと考えられている。
エコ-図による心血管評価がベッドサイドでルーチンに行われている現在,カテコラミンや輸液負荷の基本指針が立てられない場合は稀であり,肺動脈カテーテルの代わりに中心静脈酸素飽和度を用いる指針でも,確かに十分にショックの治療を行うことができる。患者病態が複雑化していないショック初期の治療においては,エコーによる評価を優先すべきであり,肺動脈カテーテルを用いる場合には,その利用方法を最大限に高めるべく,十分な知識が必要である。
【ショックにおける赤血球輸血の適応】
ショック病態では出血に限らず,十分な輸液により希釈性に貧血が進行する。赤血球は酸素運搬能の改善,新鮮凍結血漿は凝固因子やフィブリノーゲンの補充,血小板は血小板数減少を目標として投与されるものの,赤血球輸血による循環血液量の維持力は強いものであり,循環維持のために赤血球輸血をせざるをえない場合も多い。しかし,現在,赤血球輸血の適応は,虚血性心疾患,急性持続性出血や乳酸アシドーシスを除き,ヘモグロビン値7 g/dL未満と考えられている。
Weiskopf らは,健常成人を対象として施行した脱血と膠質液輸液による出血性ショックの研究より,ヘモグロビン値5 g/dLでもD(・)O2とV(・)O2および血漿乳酸値に瀉血前と差が生じないことを示した40-42)。しかし,彼らは,ヘモグロビン値5-7 g/dLレベルでは頻脈と心電図のST変化を認め,さらに,意識低下や記憶障害が出現しやすいと報告している。この研究の一方で,Hebert らは,1994年から1997年に838名の重症患者を対象に施行した多施設合同前向き試験で,ヘモグロビン値を7-9 g/dLに維持した群と10-12 g/dLに維持した2群を比較し,院内死亡率はヘモグロビン値を7-9 g/dLに維持した群が22.2%と,ヘモグロビン値10-12 g/dLに維持した群の28.1%より有意に低いことを報告した43)。この報告ではさらに,Acute Physiology and Chronic Health Evaluation II score(APACH II score)が20以下の患者群において,ヘモグロビン値を7-9 g/dLに維持した群の30日死亡率(8.7%)と,10-12 g/dLに維持した群の30日死亡率(16.1%)を比較すると,ヘモグロビン値を10-12 g/dLに維持した輸血群の30日死亡率が有意に高いことを示している。さらに,55歳未満の患者群においても,ヘモグロビン値を7-9 g/dLに維持した群が5.7%,10-12 g/dLに維持した群が13.0%と,ヘモグロビン値を10-12 g/dLに維持した群で30日死亡率が有意に増加していた。1999年に西ヨーロッパの146施設の集中治療室で施行されたABC study(anemia and blood transfusion in critical care)では,3534症例の輸血に関する前向き検討が行われた。集中治療室での輸血率は約37%であり,28日死亡率は輸血群で18.5%,非輸血群で10.1%と有意に輸血群で死亡率が高かったと報告され,患者重症度によるpropensity解析も同様の結果だった44)。2000年8月から2001年4月まで米国の多施設284の集中治療室で施行されたCRIT studyでは,患者の44%が集中治療室で輸血を受け,その輸血直前のヘモグロビン値は8.6±1.7 g/dLであり,このレベルにおける3単位以上の輸血は30日死亡率を増加させると結論している45)。これらの結果より,赤血球輸血の適応は現在,ヘモグロビン値7 g/dL未満が望ましく,輸血量に依存して死亡率が高まると考えられるようになった。
一方,Hebert らは,4470名の重症患者を対象とした追跡調査で,ヘモグロビン値9.5 g/dL以下で心血管病変を持つ患者の院内死亡率は55%と,心血管病変を持たない患者の42%より,有意に院内死亡率が高まる可能性を指摘した46)。また,Carson らは,冠動脈病変などの心血管病変を持つ外科術後患者1958名を対象として,ヘモグロビン値6 g/dL以下と12 g/dL以上の2群を比較した結果,ヘモグロビン値6 g/dL以下の患者群の院内死亡率は33.3%,ヘモグロビン値12 g/dL以上の患者群の院内死亡率は1.3%と,術後ヘモグロビン値が6 g/dL以下と低い方が心血管系イベントが増加し,院内死亡率が高まる可能性を指摘した47)。さらに,Carson らは2083名を対象とした後向き解析で,心血管病変を持つ患者は,術後ヘモグロビン値8 g/dL以下で,死亡率が2.5倍に高まると報告した48)。これらの臨床研究などにより,心血管系病変を持つ患者では,ヘモグロビン値は8 g/dLを超えて高く保つほうがよいと考えられてきた。しかし, Hebert らの後の2001年に報告されたTRICCトライアルでは,心血管系病変をもつ集中治療患者357名を無作為に2群に分けた解析が施行され,ヘモグロビン値7 g/dL以下で輸血を開始し,ヘモグロビン値を7-9 g/dLに維持した群と,ヘモグロビン値10 g/dL以下で輸血を開始し,ヘモグロビン値を10-12 g/dLに維持した群では,30日死亡率,60日死亡率,院内死亡率に差がなく,むしろ,ヘモグロビン値を10-12 g/dLに維持した群で多臓器不全発症が増加すると結論している49)。以上の結果より,心血管系イベントを持つ患者の赤血球輸血は現在,ヘモグロビン値を8-10 g/dLを目安とするのが望ましいと考えられる。
このような赤血球輸血による院内死亡率の増加には,輸血による免疫低下と混入した白血球の影響が強く関与する。2006年までの臨床研究では,基本パッケージあたり赤血球濃厚液2単位で約10(9乗),新鮮凍結血漿5単位で約10(6-7乗),血小板濃厚液10単位で約10(6乗)未満の白血球が混入していたことに注意が必要である。白血球除去フィルターを用いることにより,非溶血性発熱反応(non-hemolytic febrile transfusion reactions: NHFTRs),サイトメガロウイルス感染症,抗HLA抗体産生に伴う血小板不応症の発生を低下させることが,これまでの臨床研究により明らかとされている50)。また,近年の多くの臨床研究で,白血球除去フィルターの使用により,院内死亡率の低下が示されている51-56)。以上のことからも,採血時に白血球を除去することが望ましいため,2007年からは白血球除去製剤として,赤血球濃厚液が供給されている。このため,日本の輸血製剤における輸血後の生命予後は,特に白血球除去製剤として日本独自に評価する必要がある。白血給除去製剤の供給に伴い,これまでの輸血適応の基準が変更される可能性がある。
一方,新鮮凍結血漿や血小板濃厚液の投与は,厚生労働省の基準に準じて施行される。血小板濃厚液の投与目安は血小板数5万/mm3未満,新鮮凍結血漿の投与目安は,プロトロンビン時間(PT)がINR 2.0以上あるいは活性値30%未満,活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)が各施設の正常値の2倍以上の延長あるいは活性値25%未満,フィブリノーゲンが100 mg/dL未満が推奨されている57)。しかし,外傷や手術などの出血性ショックにおいては,低体温を阻止し凝固能を保つとともに,赤血球輸血が6単位を超えて行われるようなケースでは,新鮮凍結血漿を濃厚赤血球液と同等の比率で早期から十分に投与することにより,生命予後が改善することも示唆されている58)。凝固因子と血小板の補充に対しても,早期より十分な対応が必要である。
続く