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周術期の血糖コントロールの意義

2007年03月23日 13時48分05秒 | 講義録・講演記録

講 座
周術期の血糖コントロールの意義


京都大学大学院医学研究科
初期診療・救急医学分野
准教授

松 田 直 之(まつだなおゆき)

Title: Perioperative glucose control: challenges and the pathophysiology

Naoyuki Matsuda MD, PhD

E-mail:nmatsuda@med.u-toyama.ac.jp

キーワード:周術期,血糖値,インスリン



はじめに

 周術期における血糖管理を厳密に行うことで,全身性炎症を軽減できるばかりか,術後感染症,急性腎不全の合併率を低下できる可能性が,多くの臨床研究や基礎研究で示されてきた。本稿では,周術期の血糖管理に焦点を当て,これまでの臨床研究や基礎研究に基づき,周術期の血糖管理の重要性を論じる。

Surviving Sepsis Campaign guidelinesにおける血糖値管理指針

 2004年に米国集中治療医学会より公表されたSurviving Sepsis Campaign guidelines1)は,sepsis(セプシス,敗血症)における血糖値を150 mg/dL(8.3mmol/L)未満に管理することを推奨している。セプシスは感染に起因する全身性炎症症候群(systemic inflammatory response syndrome: SIRS)であり2),この重症化の主病態はサイトカイン過剰産生に伴う血管内皮細胞傷害と主要臓器傷害にある3, 4)。周術期には炎症性サイトカインの産生に伴い,全身性炎症が惹起されやすいばかりか,感染症を合併することでまさにセプシスとして全身性炎症が増悪し,重症病態として播種性血管内凝固症候群や多臓器不全に移行する可能性がある。
 2004年のSurviving Sepsis Campaign guidelinesにおける血糖管理指針は,2003年までに発表されたVan den Berghe Gら5, 6)とFinney SJら7)の臨床研究を基盤としている。ベルギーのルーバン大学のVan den Berghe Gらの2001年のN Engl J Medの報告 5)は,2000年2月から2001年1月までの彼女らの単一施設で施行された前向き臨床研究であり,Acute Physiology and Chronic Health Evaluation - II score(APACHE-IIスコア)9レベルの重症度の低い外科系患者1,548名を対象とし,術後の維持血糖値を80~110 mg/dLレベル,180~200 mg/dLレベルの2群に分類し,死亡率を解析したものである。管理初病日より1日量200~300 gのグルコースを投与し,1日あたり約71単位の速効型インスリンを用いて,血糖値を80~110 mg/dLレベルに維持している。結果として,この強化インスリン療法で血糖値を80~110 mg/dLレベルに維持した群では180~200 mg/dLレベルに維持した群と比較して,集中治療室(intensive care unit: ICU)での死亡率を8.0%から4.6%,5日以上ICUに滞在した患者群のICU死亡率を20.1%から10.6%,院内死亡率を10.9%から7.2%に減じていた。また,Van den Berghe Gら6)は,2003年のCrit Care Medにおいて,先のN Engl J Med 5)に報告した解析に血糖値110~150 mg/dLの群を併設し,死亡率を解析した。累積院内死亡率は血糖値150 mg/dL以上で約40%だったが,血糖値110~150 mg/dLで約26%,血糖値110 mg/dLで約15%に減じられていた。多変量解析により,血糖値20 mg/dLの増加により急性腎不全や感染症の合併率が高まることも確認され,さらに,インスリン10 IU/日の増加は3日以上持続するCRP 15 mg/dL以上の発生を有意に減少させていた。しかし,インスリン投与量の増加は糖尿病重症度やAPACHE-IIスコアと正の相関を示したため,インスリン投与量の増加自体が,急性腎不全や感染症の合併率を低下させてはいなかった。この報告6)では,血糖値20 mg/dLの上昇で死亡率が30%上昇し,血糖値200 mg/dLでは血糖値100 mg/dLの2.5倍に死亡率が高まると見積もられた。
一方,Finney SJ7)らは,2002年1月から6月までの単一ICUでの外科および内科患者523名に対する多変量ロジスティック回帰分析の結果,インスリン投与量の増大が患者重症度やICU死亡率と正の相関を示すことを確認した。患者重症度を同等とした解析からは,血糖値144 mg/dL以下の管理で,血糖値145~200 mg/dL の管理よりICU死亡率が有意に低下することが確認された。
以上のVan den Berghe Gら5, 6)とFinney SJら7)の結果より,2004年までの段階で,インスリンとは独立した因子として,血糖値管理こそが生命予後の改善に重要と考えられるようになった。Van den Berghe Gら5, 6)の臨床研究からは血糖値80~110 mg/dLの管理が望ましいと考えられるが,低血糖に対する具体的安全策が定まらない状況にあったため,2004年のSurviving Sepsis Campaign guidelines1)では推奨グレードDとして,血糖値150 mg/dL未満を目標に血糖管理を行うことが望ましいと公表された。
 
強化インスリン療法に関する臨床研究・基礎研究の動向

Van den Berghe Gら8)は, 2002年3月から2005年5月までの内科ICUで,さらに,APACHE-II スコアが23レベルの1,200名の検討を行った。この患者重症度を高めた検討においても,血糖値180-200 mg/dLに比較して,血糖値80-110 mg/dLに管理することで,急性腎不全合併率,人工呼吸管理期間,ICU管理期間が有意に減少し,特に,ICUに3日以上滞在した767名のサブグループ解析では,院内死亡率が52.5%から43%に減少していた。このようにAPACHE-IIスコアが23レベルの患者群でも,血糖値80-110 mg/dLレベルに管理する強化インスリン療法の意義が,Van den Berghe Gらにより追認されている。
 また,Van den Berghe Gら9)は,既に報告した外科ICU患者1,548名5,6)と内科ICU患者1,200名8)を合わせたサブグループ解析として,非糖尿病患者2,341名と糖尿病罹患患者407名の解析を加えた。非糖尿病患者群では,これまでの結果と同様に,血糖値150 mg/dL以上,110~150 mg/dL,80~110 mg/dLの管理の順に,有意に院内死亡率が低下していた。しかし,糖尿病罹患患者のサブグループ解析では,院内死亡率は血糖値150 mg/dLを超える管理で21.2%,血糖値110~150 mg/dLで21.6%,血糖値110 mg/dL未満で26.2%と,有意差を認めないものの,強化インスリン療法で死亡率が増加する危険性が示唆された。糖尿病病態の血管は,血管内皮細胞機能が損なわれ,血管拡張能が損なわれていることが,多くの基礎研究で示されている10-12)。糖濃度自体は,血漿蛋白存在下で濃度依存的に血管炎症を惹起し,誘導型NO合成酵素(iNOS)やプロスタサイクリンなどの血管拡張物質の産生を高めることが,培養細胞などを用いた基礎研究でも確認できる。また,糖尿病病態ではインスリンによる細胞内への糖取り込みに関与するグルコーストランスポータ4(GLUT4)などのインスリン受容体シグナル分子が減少している13)。糖尿病病態で血糖値を80-110 mg/dLに持ち込むには多量のインスリンを必要し,インスリン受容体のインスリン感受性を短時間で損なう可能性がある。
 1995年に報告されたDIGAMI study(diabetes mellitus insulin-glucose infusion in acute myocardial infarction)14)は,急性心筋梗塞を発症したHbA1cが8~8.2%レベルの糖尿病患者620名を対象に,1990~1993年にスエーデン19施設で行われた多施設合同前向き臨床研究である。80 IUの速効型インスリンを5%糖液500 mLに溶解し,30 mL/hの速度で静脈内投与する,言わば,グルコース・インスリン療法(GI)の効果検討である。GIにより,血糖値170 mg/dLレベルに維持した306名と血糖値210 mg/dLレベルに維持した314名の生命予後を比較した結果,血糖値170 mg/dLに調節した群で1年死亡率が26.1%から18.6%に低下していた。後に追試されたDIGAMI 2 study15)は,急性心筋梗塞を発症したHbA1c 7.2~7.3レベルの2型糖尿病患者1,253名を対象として,1998年1月より2003年5月までヨーロッパ44施設で施行された前向き臨床研究である。インスリン投与方法を3群に分けて解析し,血糖値を3群ともに170 mg/dLレベルに調節している。DIGAMI study で施行された24時間のGIのみの群,初病日のGIに加えて第2病日以降もインスリン皮下投与を継続した群,さらに,施設独自の管理でインスリンの有無にこだわらずに血糖値を170 mg/dLレベルに調節した群の3群を比較した結果,3群間の院内死亡率に差が認められなかった。すなわち,糖尿病を合併した急性心筋梗塞患者の生命予後において,長期的なインスリン投与やインスリン投与量が重要なのではなく,管理初期の血糖値管理こそが重要と結論された。糖尿病を合併した成人心臓血管外科術後1,579名の解析16)では,人工心肺中の血糖値が360 mg/dLを越える管理では死亡率が平均値1.7%レベルから6%に高まるとする結果が示されている。糖尿病患者であっても,一時的に300 mg/dLを越える極端な高血糖は避けるべきと考えられる。以上の結果より,術前の糖尿病管理状態を考慮することが必要であるものの,糖尿病を合併する患者の急性期における血糖値管理目標は,正常患者で提唱されている80~110 mg/dLレベルではなく,やや高い値である150~170 mg/dLレベルを目標とするのが望ましいと現在は評価される。
 強化インスリン療法における血糖値とインスリンの作用については,Ellger Bら17)による興味深い基礎研究がある。彼らは雄性ニュージーランド白兎を用い,膵β細胞をアロキサンで破壊し,20%熱傷を起こした全身性炎症モデルで検討を加えた。インスリンの外来投与により血漿インスリン値を43~47mU/Lに維持した正常インスリン群(NI)と血漿インスリン値を188~200 mU/Lに維持した高インスリン群(HI),グルコース投与により血糖値を80~110 mg/dLに維持した血糖正常群(NG)と血糖値を250~350 mg/dLに維持した高血糖群(HG)の2群ずつを掛け合わせ,4群の死亡率を比較評価した(図1)。その結果,高インスリン状態で高血糖に保った群(HI/HG)は正常インスリンレベルの高血糖群(NI/HG)と比べ,生存率が4日まで有意に高かった。この研究は動物研究であるものの,全身性炎症病態の初期における高濃度インスリンの生命保護効果をin vivoで示した貴重なデータである。

 

関連ページ(クリック)

周術期の血糖コントロールの意義 No.1

周術期の血糖コントロールの意義 No.2

周術期の血糖コントロールの意義 No.3


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周術期の血糖コントロールの意義 No.2

2007年03月23日 13時43分26秒 | 講義録・講演記録

高血糖による細胞傷害のメカニズム

 高血糖により傷害を受ける細胞はさまざまであり,網膜の毛細血管内皮細胞,腎糸球体のメサンジウム細胞,末梢神経のシュワン細胞に限られたものではない18, 19)。高血糖に対する生体反応は,血管内皮細胞や膵β細胞を含むさまざまな細胞で,その細胞内情報伝達系を介して惹起される。現在,高血糖の細胞傷害の機序には,①ポリオール経路,②ヘキソサミン経路,③AGE(advanced glycation end-product)産生経路,④ジアシルグリセロール(DAG)産生系路の4つの代謝経路が関与すると考えられている(図2)。
 急激な高血糖暴露では,まず,グルコースの細胞内取り込みを行うGLUTを介して細胞内グルコース濃度が上昇する。正常の血糖値レベルでは,細胞内に取り込まれたD-グルコースは主に解糖系で代謝されるが,細胞内に正常を超えるD-グルコースが取り込まれると,グルコースはアルドース還元酵素によりソルビトールに代謝され,ソルビトールはソルビトール脱水素酵素によりフルクトースに代謝される。ソルビトールやフルクトースは細胞内に貯溜しやすい安定物質であるため,アルドース還元酵素活性の高い網膜,水晶体,末梢神経,脳,肝臓,膵臓,赤血球,副腎では,高血糖にさらされて産生されるソルビトールやフルクトースにより細胞内浸透圧が上昇し,細胞傷害が惹起されると考えられていた。しかし,アルドース還元酵素阻害薬ソルビニルを用いた糖尿病犬の5年間の追跡研究20)では,ソルビニルは腎や筋肉や網膜の毛細血管レベルの構造変化を改善できず,末梢神経障害しか改善しなかった。Sorbinil Retinopathy Trial Research Groupによる臨床研究21)でも,ポリオール合成系を介した機序だけでは,糖尿病病態の細胞傷害を改善できないと評価された。現在本邦では,ポリオール合成経路に関与する糖尿病治療薬としては,エパルレスタット(キネダックⓇ)が糖尿病性末梢神経障害治療薬として臨床使用されているのみである。
一方,解糖系で産生されるフルクトース6リン酸の蓄積からは,グルタミン:フルクトース6リン酸アミドトランスフェラーゼ(GFAT)によるヘキソサミン経路を介して,グルコサミン6リン酸を経て,UDP-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)が生成される。このUDP-GlcNAcは,O-linked -N-アセチルグルコサミン(O-GlcNAc)のセリン/スレオニン残基をリン酸化し,ゴルジ体や核内転写因子を機能修飾することが確認されている22, 23)。血管内皮細胞においてもO-GlcNAcは,specificity protein 1 family(Sp1),activator protein-1(AP-1),nuclear factor-B(NF-B)などの転写因子活性を高めるため,高血糖が独自に血管炎症を惹起する説明となる23)。
 解糖系の代謝産物グリセルアルデヒド3リン酸からは,AGEやDAGが産生される。AGEは,グリオキサール,メチルグリオキサールや3-デオキシグルコゾンなどのジカルボニル化合物を基質として産生される糖蛋白であり,主にRAGE(receptor of AGE)と結合して血管内皮細胞や炎症性浸潤細胞の転写因子NF-Bを活性化させ,tumor necrosis factor-(TNF-),interleukin-1(IL-1),iNOS,プロスタグランジン,組織因子,plasminogen activator inhibitor-1などのさまざまな炎症性物質を産生させる可能性を持つ(表1)24)。また,グリセルアルデヒド3リン酸より代謝されたジヒドロキシアセトンリン酸塩(DHAP)は,-グリセロール1リン酸を経てDAGとなり,プロテインキナーゼC(PKC)を活性化する。高血糖状態の血管内皮細胞や血管平滑筋では,主にPKC-βとPLC-δが活性化することが知られている11, 12)。血管内皮細胞におけるPKC-β活性は,eNOSの発現を転写段階で抑制し,ずり応力による血管拡張作用を傷害する可能性が示唆されている25)。
 解糖系で重要な役割を担うglyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)などの解糖系酵素は,ミトコンドリア酸化ストレスにより産生された活性酸素種により,66%以上に活性を低下させる26)。周術期,虚血再灌流,SIRSによりさまざまな細胞で産生された活性酸素種は,GAPDHの活性を低下させることにより,ポリオール経路,ヘキソサミン経路,DAG産生経路,AGE産生経路を活性化させると考えられる。このような観点から,周術期管理においても組織虚血を如何に減じ,酸化ストレスを如何に抑制するかの治療指針も重要である27)。強化インスリン療法は,周術期の高血糖病態において,インスリン受容体を持つ細胞に無理やりグルコースを取り込ませることで血糖値を下げ,免疫担当細胞などのインスリン非依存的に糖を取り込む細胞の炎症を軽減させようとする方法である。インスリン受容体を持つ細胞には,インスリンを介した独自の細胞保護作用が存在するが,これらにも耐糖能異常を来たす限界があるようだ。

インスリンによる細胞保護のメカニズム
 
 インスリン受容体は分子量135 kDaのαサブユニットと,95 kDaのβサブユニットの糖蛋白がジスルフィド結合した4量体であり,骨格筋細胞,脂肪細胞,肝細胞のみならず,小腸,脾臓,血管内皮細胞にも存在し,脳では大脳皮質,線状体,脈絡叢,嗅球にも豊富に存在する28, 29)。インスリンがインスリン受容体と結合して細胞内にグルコースを取り込むには,①IRS(insulin receptor substrate)-PI3K(phosphatidylinositol 3-kinase)経路,②Gqα/11-PI3K経路,③CAP-Cbl-TC10経路の3つの経路が存在し,Akt,あるいは,PKC(λ,ζ)を活性化することが必要となる30-32)。このAktやPKCの活性化の結果として,GLUT4の細胞膜移動が高まり,インスリンによるグルコースの細胞内取り込みが行われる。
 このうち,Aktは,血管内皮細胞をはじめ,さまざまな細胞の恒常性を維持するために不可欠なリン酸化酵素である。元来,AktはAKT8と呼ばれるレトロウイルス由来の癌遺伝子v-aktに対応する癌原遺伝子として命名され,その構造がPKAやPKCに類似するため,PKBとも呼ばれるセリン・スレオニンキナーゼである33) 。このAktは,血管内皮細胞をはじめとするインスリン効果細胞で,GLUT4の細胞膜輸送を高めるほか,Badリン酸化によるアポトーシス抑制作用,mTOR活性化による蛋白合成促進作用を持つ。SIRSではPI3K-Akt活性が血管内皮細胞で低下する傾向があり, Akt活性を維持するスタチンやインスリンは,血管内皮細胞の恒常性を維持するために重要な役割を担う34-36)。インスリン受容体を介したインスリン受容体発現細胞への保護作用は,主にAkt活性の維持を介して惹起されると考えられている34-37)。
 
インスリン投与量の調節方法
スライディングスケールとダイナミックスケール

 強化インスリン療法として,血糖値を80~110 mg/dLレベルに維持するためには,低血糖対策や,目標血糖値達成の迅速性などの,いくつかの留意点が必要である。Vrisendrop TMら38)は,APACHE IIスコア 20レベルの2,272名のICU患者解析を行った結果,6.9%にあたる156名が血糖値45 mg/dL以下の低血糖を合併したと報告しており,その多変量解析により,低血糖リスク因子として,①糖尿病罹患暦,②敗血症,③インスリン投与,④インスリン投与中の低栄養化,➄重炭酸イオンを用いた体外循環,⑥心作動薬の併用を挙げている。Kanji Sら39)は,速効型インスリン50 IUを生理的食塩水50 mLに希釈して静脈内持続投与とするスライディングスケールのプロトコールを提示し,ベッドサイド簡易型血糖測定器を用いて,1~2時間ごとに血糖値測定を行っているものの,目標血糖値達成までに約11時間を必要としている点にも注意が必要である。
Thorell Aら40)の報告では,開腹胆摘術でさえ,術後初病日のインスリン感受性は約47%に減弱している。手術患者であれば,術中からの十分な血糖管理が,術後管理における血糖管理を用意とすることは疑いないが,その厳密な管理は生体侵襲の強い手術ほど難しい。さらに,第2病日以降のカロリー負荷により,血糖管理に難じる可能性があり,インスリン投与量を栄養と同時に評価する必要がある。このような観点から,スライディングスケールに変わるダイナミックスケールが注目され,試作コンピュータソフトやLonergan Tら41, 42)によるSPRINT(Specialized Relative Insulin Nutrition Tables)プロトコールなどが発表されている。このSPRINTは円型版として用意された栄養ホイールとインスリンホイールを回すことで,適切なインスリン持続投与量をベッドサイドで簡易に設定できるのが特徴である。Lonergan Tら42)は,APACHE IIスコア21レベルの患者19名を対象として,SPRINT プロトコールと,ルーバン大学プロトコール6),AIC4 プロトコール43),メイヨークリニックプロトコール44),バス大学プロトコール45),エール大学プロトコール46),CDHBプロトコール42)のスライディングスケールを比較評価した結果,血糖値75-110 mg/dLに持ち込むのに最も適したものとして,SPRINT プロトコール42)とAIC4 プロトコール43) を挙げている。現在,著者は,表2のスライディングスケールを用いている。このスライディングスケールは,患者のインスリン感受性を評価し,アルゴリズムの選択を変えるものである。しかし,この表におけるスケール3や4の選択は,過度の栄養負荷か,明らかにインスリン受容体シグナルの低下した病態を示すものであり,インスリン以外の別の治療を併用する必要がある。現在本邦では,peroxisome proliferator-activated receptor-γ(PPAR-γ)の作動薬であるピオグリタゾン(アクトスⓇ)が,インスリン抵抗性改善薬として臨床使用されている。PPAR-γ作動薬は,不全心の増悪に留意する必要があるものの,SIRSにおける抗炎症作用をもち,特にインスリン抵抗性を持つ炎症病態での血糖管理に十分に期待される薬物と考えている47-49)。

血糖値測定法に関する留意点

 集中治療領域の貧血の原因として頻回の採血が挙げられるため,血糖管理においてもベッドサイドの簡易型血糖測定器を用いた0.3 µLレベルの採血で対応する可能性がある。しかし,現在利用できる簡易型血糖測定器では低血糖値に対する誤差が大きいばかりか,術後などの血管透過性の亢進した病態では,採血部位により低血糖を見逃す危険があることに留意しなければならない。
Kanji Sら50)は,外科術後患者,血管作動薬使用患者,浮腫患者を対象に,動脈血と毛細血管血,および,ベッドサイド簡易型血糖測定器とガス分析器の感度比較を施行した結果,検査室でのオキシダーゼ/カタラーゼ法と比較して,毛細血管血や簡易型血糖測定器は低血糖を見落としやすいと報告した。低血糖阻止を目標としてベッドサイド簡易型血糖測定器が改良される必要があるが,それでも指先や耳介から採取する毛細血管血では,低血糖を見逃す可能性があることに留意しなければならない。周術期の血糖コントロールを厳密に行うためには,観血的動脈圧測定と同様に,持続モニタが望ましい。現在,このような観点より,皮下脂肪糖濃度が血糖値と正の相関することを利用した皮下グルコースセンサーが公表され51, 52),また,腸液を用いた微量持続解析や動脈圧ラインからの持続測定法などが検討されている。このような開発を日本でも独自に進め,実用化を検討することが,今後の周術期血糖管理に必要と考えられる。


おわりに

 周術期血糖管理は,周術期炎症を軽減し,患者生命予後を改善するために不可欠と考えられるようになった。本稿では,血糖管理に関するこれまでの臨床研究をまとめ,この病態生理学的意義を基礎研究に照らして整理した。しかし,現在のさまざまな臨床研究においても,患者急性期のインスリン感受性の極端に低下した病態における薬剤指針は見当たらない。重症度の高い急性期病態では,インスリン受容体シグナルが損なわれている可能性があり,インスリン持続投与に頼る血糖値管理が,すべてではない。我々麻酔科医は,全身性炎症の一環として高血糖病態を捕らえるとともに,急性期高血糖の病態をより探求し,より良き治療を発見する可能性をもつと考えている。

記載
周術期の血糖コントロールの意義 No.2

2007年3月

京都大学大学院医学研究科
初期診療・救急医学分野
准教授

松田直之

 

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周術期の血糖コントロールの意義 No.1

周術期の血糖コントロールの意義 No.2

周術期の血糖コントロールの意義 No.3


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周術期の血糖コントロールの意義 No.3

2007年03月23日 13時40分19秒 | 講義録・講演記録

文  献

1. Dellinger R, Carlet JM, Masur H, et al: Surviving sepsis campaign guidelines for management of severe sepsis and septic shock. Crit Care Med 2004; 32:858–73
2. Members of the American College of Chest Physicians/Society of Critical Care Medicine Consensus Conference Committee: Definitions for sepsis and organ failure and guidelines for the use of innovative therapies in sepsis. Crit Care Med 1992; 20: 864–74
3. Matsuda N, Hattori Y: Systemic inflammatory response syndrome (SIRS): Molecular pathophysiology and gene therapy. J Pharmacol Sci 2006;101: 189-98
4. 松田直之: 全身性炎症反応症候群とToll-like受容体シグナル -Alert Cell Strategy-. 循環制御 2004; 25:276-84
5. Van den Berghe G, Wouters P, Weekers F, et al: Intensive insulin therapy in the critically ill patients. N Engl J Med 2001;345:1359-67
6. Van den Berghe G, Wouters PJ, Bouillon R, et al: Outcome benefit of intensive insulin therapy in the critically ill: insulin dose versus glycemic control. Crit Care Med 2003;31:359–66
7. Finney SJ, Zekveld C, Elia A, et al: Glucose control and mortality in critically ill patients. JAMA 2003;290:2041-7
8. Van den Berghe G, Wilmer A, Hermans G, et al: Intensive insulin therapy in the medical ICU. N Engl J Med 2006;354:449-61
9. Van den Berghe G, Wilmer A, Milants I, et al: Intensive insulin therapy in mixed medical/surgical intensive care units: benefit versus harm. Diabetes 2006;55:3151-9
10. Hattori Y, Matsuda N, Sato A, et al: Predominant contribution of the G protein-mediated mechanism to NaF-induced vascular contractions in diabetic rats: association with an increased level of Gq expression. J Pharmacol Exp Ther 2000;292:761-8
11. Deedwania PC: Diabetes is a vascular disease: the role of endothelial dysfunction in pathophysiology of cardiovascular disease in diabetes. Cardiol Clin 2004;22:505-9
12. Winer N, Sowers JR: Diabetes and arterial stiffening. Adv Cardiol 2007;44:245-51
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16. Doenst T, Wijeysundera D, Karkouti K, et al: Hyperglycemia during cardiopulmonary bypass is an independent risk factor for mortality in patients undergoing cardiac surgery. J Thorac Cardiovasc Surg 2005;130:1144 e1-8
17. Ellger B, Debaveye Y, Vanhorebeek I, et al: Survival benefits of intensive insulin therapy in critical illness: impact of maintaining normoglycemia versus glycemia-independent actions of insulin. Diabetes 2006;55:1096-105
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20. Engerman RL, Kern TS, Larson ME: Nerve conduction and aldose reductase inhibition during 5 years of diabetes or galactosaemia in dogs. Diabetologia 1994;37, 141–4
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24. Lin L: RAGE on the Toll road? Cellular & Molecular Immunology 2006;3:351-358
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関連ページ(クリック)

周術期の血糖コントロールの意義 No.1

周術期の血糖コントロールの意義 No.2

周術期の血糖コントロールの意義 No.3


図と表の説明


図1 ウサギ20%熱傷モデルの累積生存率
 Ellger Bら17)は雄性ニュージーランド白兎を用い,膵β細胞をアロキサンで破壊し,20%熱傷を起こした全身性炎症モデルで検討を加えた。高インスリン状態で高血糖に保った群(HI/HG)は正常インスリンレベルの高血糖群(NI/HG)と比べ,生存率が4日まで有意に高かった。図は文献17より引用。

図2 高血糖による細胞傷害のメカニズム
 高血糖の細胞傷害の機序には,①ポリオール経路,②ヘキソサミン経路,③AGE(advanced glycation end-product)産生経路,④ジアシルグリセロール(DAG)産生系路の4つの代謝経路が関与する。GFAT: グルタミン フルクトース6リン酸アミドトランスフェラーゼ,UDP-GlcNAc: UDP-N-アセチルグルコサミン,ジヒドロキシアセトンリン酸塩(DHAP),PKC: プロテインキナーゼC,GAPDH: グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ。

図3 インスリン受容体シグナル
 
表1 転写因子NF-kB の活性化により増加する炎症性物質

表2 ICUにおける血糖値管理スケールの1例


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