講 座
周術期の血糖コントロールの意義
京都大学大学院医学研究科
初期診療・救急医学分野
准教授
松 田 直 之(まつだなおゆき)
Title: Perioperative glucose control: challenges and the pathophysiology
Naoyuki Matsuda MD, PhD
E-mail:nmatsuda@med.u-toyama.ac.jp
キーワード:周術期,血糖値,インスリン
はじめに
周術期における血糖管理を厳密に行うことで,全身性炎症を軽減できるばかりか,術後感染症,急性腎不全の合併率を低下できる可能性が,多くの臨床研究や基礎研究で示されてきた。本稿では,周術期の血糖管理に焦点を当て,これまでの臨床研究や基礎研究に基づき,周術期の血糖管理の重要性を論じる。
Surviving Sepsis Campaign guidelinesにおける血糖値管理指針
2004年に米国集中治療医学会より公表されたSurviving Sepsis Campaign guidelines1)は,sepsis(セプシス,敗血症)における血糖値を150 mg/dL(8.3mmol/L)未満に管理することを推奨している。セプシスは感染に起因する全身性炎症症候群(systemic inflammatory response syndrome: SIRS)であり2),この重症化の主病態はサイトカイン過剰産生に伴う血管内皮細胞傷害と主要臓器傷害にある3, 4)。周術期には炎症性サイトカインの産生に伴い,全身性炎症が惹起されやすいばかりか,感染症を合併することでまさにセプシスとして全身性炎症が増悪し,重症病態として播種性血管内凝固症候群や多臓器不全に移行する可能性がある。
2004年のSurviving Sepsis Campaign guidelinesにおける血糖管理指針は,2003年までに発表されたVan den Berghe Gら5, 6)とFinney SJら7)の臨床研究を基盤としている。ベルギーのルーバン大学のVan den Berghe Gらの2001年のN Engl J Medの報告 5)は,2000年2月から2001年1月までの彼女らの単一施設で施行された前向き臨床研究であり,Acute Physiology and Chronic Health Evaluation - II score(APACHE-IIスコア)9レベルの重症度の低い外科系患者1,548名を対象とし,術後の維持血糖値を80~110 mg/dLレベル,180~200 mg/dLレベルの2群に分類し,死亡率を解析したものである。管理初病日より1日量200~300 gのグルコースを投与し,1日あたり約71単位の速効型インスリンを用いて,血糖値を80~110 mg/dLレベルに維持している。結果として,この強化インスリン療法で血糖値を80~110 mg/dLレベルに維持した群では180~200 mg/dLレベルに維持した群と比較して,集中治療室(intensive care unit: ICU)での死亡率を8.0%から4.6%,5日以上ICUに滞在した患者群のICU死亡率を20.1%から10.6%,院内死亡率を10.9%から7.2%に減じていた。また,Van den Berghe Gら6)は,2003年のCrit Care Medにおいて,先のN Engl J Med 5)に報告した解析に血糖値110~150 mg/dLの群を併設し,死亡率を解析した。累積院内死亡率は血糖値150 mg/dL以上で約40%だったが,血糖値110~150 mg/dLで約26%,血糖値110 mg/dLで約15%に減じられていた。多変量解析により,血糖値20 mg/dLの増加により急性腎不全や感染症の合併率が高まることも確認され,さらに,インスリン10 IU/日の増加は3日以上持続するCRP 15 mg/dL以上の発生を有意に減少させていた。しかし,インスリン投与量の増加は糖尿病重症度やAPACHE-IIスコアと正の相関を示したため,インスリン投与量の増加自体が,急性腎不全や感染症の合併率を低下させてはいなかった。この報告6)では,血糖値20 mg/dLの上昇で死亡率が30%上昇し,血糖値200 mg/dLでは血糖値100 mg/dLの2.5倍に死亡率が高まると見積もられた。
一方,Finney SJ7)らは,2002年1月から6月までの単一ICUでの外科および内科患者523名に対する多変量ロジスティック回帰分析の結果,インスリン投与量の増大が患者重症度やICU死亡率と正の相関を示すことを確認した。患者重症度を同等とした解析からは,血糖値144 mg/dL以下の管理で,血糖値145~200 mg/dL の管理よりICU死亡率が有意に低下することが確認された。
以上のVan den Berghe Gら5, 6)とFinney SJら7)の結果より,2004年までの段階で,インスリンとは独立した因子として,血糖値管理こそが生命予後の改善に重要と考えられるようになった。Van den Berghe Gら5, 6)の臨床研究からは血糖値80~110 mg/dLの管理が望ましいと考えられるが,低血糖に対する具体的安全策が定まらない状況にあったため,2004年のSurviving Sepsis Campaign guidelines1)では推奨グレードDとして,血糖値150 mg/dL未満を目標に血糖管理を行うことが望ましいと公表された。
強化インスリン療法に関する臨床研究・基礎研究の動向
Van den Berghe Gら8)は, 2002年3月から2005年5月までの内科ICUで,さらに,APACHE-II スコアが23レベルの1,200名の検討を行った。この患者重症度を高めた検討においても,血糖値180-200 mg/dLに比較して,血糖値80-110 mg/dLに管理することで,急性腎不全合併率,人工呼吸管理期間,ICU管理期間が有意に減少し,特に,ICUに3日以上滞在した767名のサブグループ解析では,院内死亡率が52.5%から43%に減少していた。このようにAPACHE-IIスコアが23レベルの患者群でも,血糖値80-110 mg/dLレベルに管理する強化インスリン療法の意義が,Van den Berghe Gらにより追認されている。
また,Van den Berghe Gら9)は,既に報告した外科ICU患者1,548名5,6)と内科ICU患者1,200名8)を合わせたサブグループ解析として,非糖尿病患者2,341名と糖尿病罹患患者407名の解析を加えた。非糖尿病患者群では,これまでの結果と同様に,血糖値150 mg/dL以上,110~150 mg/dL,80~110 mg/dLの管理の順に,有意に院内死亡率が低下していた。しかし,糖尿病罹患患者のサブグループ解析では,院内死亡率は血糖値150 mg/dLを超える管理で21.2%,血糖値110~150 mg/dLで21.6%,血糖値110 mg/dL未満で26.2%と,有意差を認めないものの,強化インスリン療法で死亡率が増加する危険性が示唆された。糖尿病病態の血管は,血管内皮細胞機能が損なわれ,血管拡張能が損なわれていることが,多くの基礎研究で示されている10-12)。糖濃度自体は,血漿蛋白存在下で濃度依存的に血管炎症を惹起し,誘導型NO合成酵素(iNOS)やプロスタサイクリンなどの血管拡張物質の産生を高めることが,培養細胞などを用いた基礎研究でも確認できる。また,糖尿病病態ではインスリンによる細胞内への糖取り込みに関与するグルコーストランスポータ4(GLUT4)などのインスリン受容体シグナル分子が減少している13)。糖尿病病態で血糖値を80-110 mg/dLに持ち込むには多量のインスリンを必要し,インスリン受容体のインスリン感受性を短時間で損なう可能性がある。
1995年に報告されたDIGAMI study(diabetes mellitus insulin-glucose infusion in acute myocardial infarction)14)は,急性心筋梗塞を発症したHbA1cが8~8.2%レベルの糖尿病患者620名を対象に,1990~1993年にスエーデン19施設で行われた多施設合同前向き臨床研究である。80 IUの速効型インスリンを5%糖液500 mLに溶解し,30 mL/hの速度で静脈内投与する,言わば,グルコース・インスリン療法(GI)の効果検討である。GIにより,血糖値170 mg/dLレベルに維持した306名と血糖値210 mg/dLレベルに維持した314名の生命予後を比較した結果,血糖値170 mg/dLに調節した群で1年死亡率が26.1%から18.6%に低下していた。後に追試されたDIGAMI 2 study15)は,急性心筋梗塞を発症したHbA1c 7.2~7.3レベルの2型糖尿病患者1,253名を対象として,1998年1月より2003年5月までヨーロッパ44施設で施行された前向き臨床研究である。インスリン投与方法を3群に分けて解析し,血糖値を3群ともに170 mg/dLレベルに調節している。DIGAMI study で施行された24時間のGIのみの群,初病日のGIに加えて第2病日以降もインスリン皮下投与を継続した群,さらに,施設独自の管理でインスリンの有無にこだわらずに血糖値を170 mg/dLレベルに調節した群の3群を比較した結果,3群間の院内死亡率に差が認められなかった。すなわち,糖尿病を合併した急性心筋梗塞患者の生命予後において,長期的なインスリン投与やインスリン投与量が重要なのではなく,管理初期の血糖値管理こそが重要と結論された。糖尿病を合併した成人心臓血管外科術後1,579名の解析16)では,人工心肺中の血糖値が360 mg/dLを越える管理では死亡率が平均値1.7%レベルから6%に高まるとする結果が示されている。糖尿病患者であっても,一時的に300 mg/dLを越える極端な高血糖は避けるべきと考えられる。以上の結果より,術前の糖尿病管理状態を考慮することが必要であるものの,糖尿病を合併する患者の急性期における血糖値管理目標は,正常患者で提唱されている80~110 mg/dLレベルではなく,やや高い値である150~170 mg/dLレベルを目標とするのが望ましいと現在は評価される。
強化インスリン療法における血糖値とインスリンの作用については,Ellger Bら17)による興味深い基礎研究がある。彼らは雄性ニュージーランド白兎を用い,膵β細胞をアロキサンで破壊し,20%熱傷を起こした全身性炎症モデルで検討を加えた。インスリンの外来投与により血漿インスリン値を43~47mU/Lに維持した正常インスリン群(NI)と血漿インスリン値を188~200 mU/Lに維持した高インスリン群(HI),グルコース投与により血糖値を80~110 mg/dLに維持した血糖正常群(NG)と血糖値を250~350 mg/dLに維持した高血糖群(HG)の2群ずつを掛け合わせ,4群の死亡率を比較評価した(図1)。その結果,高インスリン状態で高血糖に保った群(HI/HG)は正常インスリンレベルの高血糖群(NI/HG)と比べ,生存率が4日まで有意に高かった。この研究は動物研究であるものの,全身性炎症病態の初期における高濃度インスリンの生命保護効果をin vivoで示した貴重なデータである。
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