―古い薬に対する新たな概念―
京都大学大学院医学研究科初期診療・救急医学分野
准教授 松田直之
はじめに
セプシス(sepsis)が感染症に起因する全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome: SIRS)と定義されたのは1992年である1)。合成ステロイドの開発により1940年代にはステロイドが臨床応用されており,セプシス治療においてもステロイドのさまざまなトライアルが行われてきた。かつてはショックにたいしてルーティンに行われていたメチルプレドニゾロン大量療法も,1995年にはセプシス患者の生命予後を改善しないことが指摘され2),近年はセプシスへのグルココルチコイド(glucocorticoid: GC)投与は縮小傾向にあった。これに対し,2004年に公表されたSurviving Sepsis Campaign guidelines3)は,大量メチルプレドニゾロン療法を否定する一方で,2002年にJAMAに掲載されたAnnaneの報告4)などからseptic shockにおける少量GC投与を肯定し,セプシスに合併する副腎機能不全5)という視点を再起させた。GC投与における,その適応,タイミング,投与量,投与期間の臨床研究は,現在もさまざまな施設で継続されている。基礎研究においてもステロイド受容体やその細胞内情報伝達機構の解析が分子レベルで進み,今後はより一層,セプシス病態における詳細なシグナル解析も行われるであろう。本稿ではGCの細胞内情報伝達を整理するとともに,Surviving Sepsis Campaign guidelinesに照らしてセプシスにおけるGCの役割を再考したい。
グルココルチコイド放出に対するセプシスの影響
GCはコレステロールより生合成される副腎皮質ホルモンである。視床下部から放出されるコルチコトロピン放出ホルモン(corticotrophin-releaseing hormone: CRH)により下垂体前葉が刺激されると,adrenocorticotrophic hormone(ACTH)が下垂体前葉より放出され,副腎皮質束状帯のACTH受容体に作用してコルチゾル(cortisol)が分泌される。分泌されたコルチゾルの90-95%は血中でコルチコステロイド結合グロブリンやアルブミンと結合した非活性体として存在し,5-10%の遊離型コルチゾルがさまざまな細胞に入りこみ,GC受容体(GR)と結合し生体の恒常性に関与する。また,コルチゾルは肝臓や腎臓などの鉱質コルチコイド受容体陽性細胞で11β-hydroxysteroid dehydrogenase type2(11β-HSD2)によりコルチゾンに変換され,GR作用が減じる。外来的に投与されたヒドロコルチゾンは11β-HSD1でコルチゾルに変換されることでGR作用を高める6)(図1参照)。これらの11β-HSD活性は炎症性サイトカイン(TNF-α,IL-1,IL-2,IL-6など)により減じられる。
視床下部―下垂体―コルチゾル産生系は,コルチゾルによる負のフィードバックや日内リズムに制御されているが,全身性炎症にも制御される。セプシスが惹起された急性期では高カテコラミン状態や産生された炎症性サイトカインにより直接に視床下部でのCRHの産生が高まり,一時的に下垂体前葉からのACTH放出が促進するが,炎症性サイトカインの長期曝露によりCRH産生が減弱し,視床下部―下垂体―副腎皮質ネットワークが障害される。また,炎症性サイトカインは直接に副腎皮質におけるコルチゾル産生を低下させるばかりか,セプシスの持続により副腎でも血管内皮細胞障害,微小血栓症が認められ,副腎皮質機能が低下し,コーチゾル分泌が低下する。セプシス発症の急性期には,GCシグナルが副腎を含めたさまざまな細胞で転写因子nuclear factor-kB(NF-kB)やactivator protein-1(AP-1)の活性を抑制し,炎症性サイトカインや,組織因子などの凝固促進因子の過剰産生を抑制するが,セプシスの持続によりGCシグナルが減弱し,これによる防御機構が破綻する。
グルココルチコイド受容体の産生機構
ヒトのGR遺伝子はクロモゾーム5q31-32に位置し,Nuclear Receptor Subfamily 3, Group C, member1(NR3C1)に分類されている。GRのDNAは図2に示すように9つのエクソンから構成され,GR mRNAへの転写段階でエクソン9の選択的スプライシングのために9αと9βの2つのバリアントが生じ,翻訳後のC末端領域のの違いからリガンド結合活性を持つGRαと活性とリガンド結合活性を持たないGRβが生成される。エクソン1などのスプライシングを加えるとGRには少なくとも7種類以上のmRNAが存在し,翻訳開始点の選択などにより,蛋白レベルではGRαA,GRαB,GRβA,GRβB,GRγなどの表現形が存在する7)。
このGRのうち核内へ移行してさまざまな物質の転写活性を直接に調節するのはGRαである。GRβはGCと結合できないため直接の転写調節作用を持たず,GRαと結合することでGRαによるGCシグナルを抑制する。GRγはさまざまな腫瘍細胞に発現が増加することが知られており,GCと結合するものの,その作用力価は弱い。GRは脳(大脳皮質,視床背側核,海馬,嗅覚皮質,小脳扁桃,縫線核),肺,心臓,肝臓,腎臓,膵臓,骨格筋,脂肪組織,血管内皮,免疫担当細胞,炎症性細胞などのさまざまな細胞に発現しており,各細胞におけるGC作用の強弱はGRサブタイプの細胞質内分布比に規定される。
GR自体の転写にはいくつかのプロモータ領域が確認されており,GR遺伝子のエクソン1に対しては3つのプロモータ領域が知られている。これらのプロモータ領域の活性を高める転写因子としてNF-κB,AP-2(activator protein-2),Sp1,Yin Yang 1 (YY1)などが報告されている8)。セプシスでは特にNF-κBの活性が高まるためGR の転写活性が高まるが,未だ詳細は不明であるがGRβへの転写が高められやすい傾向があり,相対的にGRαとGRβの複合体比率が増加し,GRαによる抗炎症作用が抑制される。
翻訳後のGRαはmitogen-activated protein kinases(MAPKs)やcyclin-dependent kinases などにより,113位,141位,203位,211位,226位の5箇所のセリン残基で細胞種特異的にリン酸化を受け,特に211位のセリン残基のリン酸化を受ける細胞ではGR作用が高まりやすい9)。セプシスの急性期では主要臓器のさまざまな細胞でMAPK活性が高まりGRαを介した抗炎症作用が期待されるが,主要臓器のどの細胞でMAPK活性が高まるかが重要である。リン酸化されたGRαはポリユビキチン化を受けプロテアソームで分解されるため,GRαの蛋白レベルでの代謝回転が速まる。長期化したセプシスに低栄養が合併している場合,MAKP活性化細胞ではGRαの発現が低下し,GC作用が損なわれやすい可能性がある。
セプシスにおけるグルココルチコイド受容体αを介した抗炎症作用
セプシスではさまざまな炎症性物質や炎症性サイトカインが転写段階で過剰産生されるが,これらの産生には炎症性受容体発現と,転写因子NF-κBやAP-1の活性が強く関与する10-12)。GRαシグナルはこうした炎症を惹起する転写活性を制御し,抗炎症作用を示す。
通常GRαは細胞質内でHSP90,HSP70,イムノフィリンなどと結合することでGCとの結合ポケット構造を形成している。このリガンド結合領域にGCが結合するとGRα-GC複合体となり,核内へ約30分以内に移行する。GRα-GC複合体はNF-κBと直接に結合し,NF-κB活性を減じることで炎症性メディエータの産生を抑制する(表1参照)。また,GRα-GC複合体はFosファミリーやJunファミリーと結合することで,それらが結合するDNA上のAP-1転写活性領域phorbol 12-o-tetradecanoate-13-acetate-responsive element(TPA- responsive element:TRE)や cAMP-responsive element(CRE)の活性を抑制する。
核内へ移行したGRα-GC複合体はさらにホモ2量体として直接にDNA上のglucocorticoid response element(GRE)と結合し,直接にMAPK phosphatase 1(MKP-1),inhibitory-κB(I-κB),IL-1 receptor antagonist,lipocortin-1などの転写を高めることができる。MKP-1の産生によりMAPKs活性が抑制されるため,結果的にAP-1やCREの活性が減じる。また,I-κBの産生によりNF-κBの核移行が細胞質内で抑制され,NF-κBの転写活性が減じられる。その他,lipocortin-1はホスホリパーゼA2阻害物質であるためアラキドン酸産生を抑制し,プロスタグランジンやロイコトリエンの産生を減じる。
以上の機序をふまえると,合成GC投与により,GRα-GC複合体の抗炎症作用をセプシスに期待できるが,これはセプシスの原因菌を消失させる根治治療ではないことに留意するべきである。
セプシス救命ガイドラインにおけるステロイド治療の位置付け
セプシスに対するGC治療には,いくつかの転換と流れが存在する。1980年代にはメチルプレドニゾロン1日量30 mg/kgに対する2つの多施設前向き研究が報告され,セプシスにおけるステロイド大量療法の有効性が否定された。Veterans Administrationトライアル13)では233名の無作為試験で14日後の死亡率を改善させなかったとし,Bornらの報告14)では381名の無作為試験で2次感染による死亡率が増加していた。これについで1995年には2つのメタ解析が報告され2, 15),メチルプレドニゾロン大量投与はセプシス患者の生命予後を改善しないばかりか,有害である可能性が示唆された。このようなセプシス救命におけるステロイド投与の危険性が示唆される中で,septic shock患者がACTH負荷試験でコルチゾル分泌が低下していることをBriegelらは提起し16),さらに,Bollaertらは41名のseptic shock患者を対象に1日量100 mgのヒドロコルチゾンを5日間静脈内投与することで28日後の死亡率を対照群の63%から32%へ低下させるとするデータを公表した17)。そして,2002年にはAnnaneらにより1995年10月から1999年2月までに行われたフランスの19施設のICUにおける前向き臨床研究が報告され18),ACTH負荷試験によりコルチゾルレベルが9 μg/dLまでしか上昇しないseptic shick患者229名では,ヒドロコルチゾン1日量200 mgの4分割静脈内投与と1日量50 mgのフルドロコルチゾンの1回内服を7日間行うことで,死亡率が63%から53%に改善すると結論された。
結果として,2004年に米国集中治療医学会より公表されたSurviving Sepsis Campaign guidelines3)では,1日量300 mgを超えるヒドロコルチゾンの投与は行うべきでないと結論され,輸液やカテコラミンで昇圧できないseptic shockに対してのみヒドロコルチゾン200-300mg/日を3-4分割あるいは持続投与で7日間の投与とすることが推奨され,septic shockでない場合にはステロイド投与の既往や内分泌異常が指摘されない限り,ステロイド投与を行うべきではないとされた。さらに,Annane らの報告18, 19)に準じてACTH負荷試験の有用性が提示されているが,ACTH負荷試験の結果が出るまでヒドロコルチゾン投与を待機する必要はないとしている。ACTH 250μgの負荷30-60分後に,負荷前より9μg/dLを超える血漿コルチゾン濃度の上昇が生じれば,ヒドロコルチゾン投与を中断する指針としている(図3参照)。現在日本で臨床使用できる静注用合成GCを表2に示した。
おわりに
Surviving Sepsis Campaign guidelines3)により,セプシス管理におけるさまざまな治療の視点とその基準が示されたことは,今後,さまざまなエビデンスを発展させる基盤となるであろう。通常のセプシス治療においては,セプシスは原疾患に付随した合併症であり,増悪因子という背景がある。このため,実際のセプシス患者の治療には,原疾患の治癒期間を考えることが大切であり,長期展望で原疾患の治療に当たる場合には,ステロイドによるインスリン抵抗性や易感染性,創傷治癒遅延などはリスクとなる可能性が大きい。ステロイドはGRαによる抗炎症作用を示すものの,セプシスにおいては補助療法に過ぎないものであり,根治療法ではないことに留意しなければならない。セプシスの原因菌を定期的に探り,効果的に抗菌薬や抗真菌薬を用いることがステロイドを使用する絶対条件である。手術や外傷に合併したセプシスにおいても患者の創傷治癒力に差があるため,適切な感染防御が行われない限りセプシスが再燃し,原疾患の治癒が遅延する可能性が常に存在する。長期的な患者管理においては栄養,免疫,血糖値管理という視点は特に重要であり,重症セプシスの管理においても炎症制御とともに原疾患の治癒に配慮しなければならない。
炎症は細胞や臓器のアラームである。ステロイドは菌との闘争を放棄させ,細胞を低迷させるアルコールに過ぎない。セプシス救命においては3日単位で治療戦略を建て直し,7日で勝負をつける姿勢が大切である。ステロイド治療には,適切な抗菌戦略・抗ウイルス戦略が不可欠となる。
引用文献
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