救急一直線 特別ブログ Happy保存の法則 ー United in the World for Us ー

HP「救急一直線〜Happy保存の法則〜」は,2002年に開始され,現在はブログとして継続されています。

医学部講義 インフルエンザウイルス Flu

2009年05月21日 04時08分36秒 |  ひまわり日記
 インフルエンザウイルス(Flu)は,オルトミクソウイルス科に属するマイナス鎖RNAウイルス(negative-starand RNA virus)で,リポ蛋白のエンベロープに包まれた球系構造体です。RNAは,カプシド内で8本に分節して存在しているのが特徴です。さらに,インフルエンザウイルス細胞質内には,マトリックス蛋白(M蛋白)やヌクレオカプシド蛋白(NP蛋白)があり,主にこれらの抗原性の違いから,A,B,Cの3つの型に分類されています。このうち,ヒトに流行しているのはA型とB型です。特に,A型インフルエンザウイルスは抗原性を変化させ,ヒトへの流行性が高いです。A型インフルエンザウイルスは,B型インフルエンザウイルスと異なり,動物内でも繁殖し,新たな変異を獲得しやすい特徴があります。
 A型インフルエンザウイルス粒子表面には,赤血球凝集素(HA: hemagglutinin)やノイラミニダーゼ(NA: neuramidase)が,細胞膜エンベロープより突出するようにスパイク様に存在しています。現在,HAには16のサブタイブが,NAには9つのサブタイプが確認されています。このHAとNAの種類の組み合わせにより,基本的には A型インフルエンザウイルスのタイプがH1N1にように表示されます。しかし,A型インフルエンザはHAやNAの同一のサブタイプであっても,HAやNAの少数のアミノ酸配列を変化させることで,抗原性を変化させるため,我々の免疫能力から逃れて,流行し続ける傾向があります。これを,連続抗原変異(antigenic drift)とか「小変異」と呼んでいます。さらに,A型インフルエンザは,数年から数10年をかけて,突然に別のタイプに代わることがこれまでに確認されています。これが,「大変異」です。
 これまで,インフルエンザのような病態は1890年にも世界で大流行したことが知られています。1918年には,スペイン型インフルエンザ(H1N1)が世界各国で流行し,罹患者数は6億人,死亡者数は2,000-4,000 万人と推定されています。日本にはスペイン型インフルエンザが1918-1919年の冬に流行し,罹患者数は2,300 万人,死者数は38万人と評価されています。結果として,スペイン型インフルエンザは,その後36年間の流行が続きました。1957年には,アジア型A型インフルエンザ(H2N2)が発生し,その後11年間,流行が続きました。1968年には,香港型A型インフルエンザ(H3N2)が現われ,1977年にはソ連型A型インフルエンザがH1N1として再出現し,現在も「小変異」を続けています。近年は,A型であるH3N2とH1N1,およびB型の3種が,インフルエンザウイルスとして検出されるようになっています。
 このようなA型インフルエンザウイルスが突然にHAやNAサブタイプを変える抗原変異を,不連続抗原変異(antigenic shift)とか,「大変異」と呼んでいます。ウイルスの抗原性が大きく変化した状態では,皆が免疫を獲得していないために,感染が拡大し,パンデミック(大流行)となります。1997年に香港では,H5N1亜型の鳥インフルエンザがヒトに感染し,死亡6例を含む18例のヒト感染が確認されました。H5N1亜型の鳥インフルエンザウイルスは,既に南北アメリカを除く世界各地に定着しており,持続的に野鳥や鶏の間で流行を起こし,我々に感染することでパンデミックとなる可能性があります。また,今回,2009年5月に出現した豚インフルエンザのように,同種のHAやNAのサブタイプにおいてもアミノ酸変異の亜系が生じることにより,抗原性が高まり,強い感染力が生じる可能性があります。インフルエンザウイルスに対する免疫反応は,主に細胞障害性T細胞(cytotoxic T cell)が担当しています。
 現在のインフルエンザウイルス治療薬としては,2001年2月にリン酸オセルタミビル(タミフル®)とザナミビル(リレンザ®)がインフルエンザウイルス治療薬として保険適応となっています。これらの薬剤は,インフルエンザウイルスのNAを阻害することで,新しく合成されたインフルエンザウイルスが細胞外への放出されることを抑制します。NAはA型インフルエンザウイルスにもB型インフルエンザウイルスにも共通に存在していますので,リン酸オセルタミビル(タミフル®)とザナミビル(リレンザ®)はインフルエンザウイルスの両方に効果があります。
 さて,インフルエンザウイルス感染症が,真にパンデミックとなった際には,一時的に人工呼吸管理を必要とする患者さんが増加すると思います。こうした呼吸管理技術がなかったり,人工呼吸器の備蓄がなかったり,人工呼吸管理のスペースがないようでは,死亡率が高くなると考えられます。大病院であれば,このような対策を早急に採る必要があります。また,多臓器不全を同時に管理できる重症患者管理を得意とする専門医が増えることも必須です。15年も前の変な人工呼吸管理を,未だにしているようではいけません。そして,インフルエンザウイルスは飛沫感染です。確実な手洗いの実践を周囲に伝授し続けることも重要でしょう。標準予防策,飛沫感染予防策,必ずまとめておきましょう。これらに加えて,免疫力を高める学術が必要とされています。学生の皆さんは,インフルエンザウイルスの概要として参考とされてください。


今読むと良いインフルエンザ関連論文

1. Novel Swine-Origin Influenza A (H1N1) Virus Investigation Team. Emergence of a Novel Swine-Origin Influenza A (H1N1) Virus in Humans.
N Engl J Med. 2009 May 7. PMID: 19423869

2. Shinde V, Bridges CB, Uyeki TM, Shu B, Balish A, Xu X, Lindstrom S, Gubareva LV, Deyde V, Garten RJ, Harris M, Gerber S, Vagoski S, Smith F, Pascoe N, Martin K, Dufficy D, Ritger K, Conover C, Quinlisk P, Klimov A, Bresee JS, Finelli L. Triple-Reassortant Swine Influenza A (H1) in Humans in the United States, 2005-2009. N Engl J Med. 2009 May 7. PMID: 19423871

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救急医療 水銀中毒と体温計の注意事項/留意事項

2009年05月09日 04時09分32秒 | 講義録・講演記録 3

救急医療 水銀で注意すること

救急科指導医・専門医/集中治療専門医

松田直之 

 

 1歳の子供さんが,水銀式体温計で体温を測っている際に体温計を壊してしまい,水銀を飲んだのではないかと,お母さんに心配されて,救急搬入されました。体温計の水銀は,飲んでも体内に吸収されることはないとされており,基本的に心配は要らないです。

 しかし,口腔内に残っていたり,環境に水銀を放置すると,気化した水銀が経気道的に体内に吸収されることに注意します。このため,こぼれた水銀は,放置せずに掃除機で吸い取ったり,水に沈めて保存する必要があります。

 体温計1本中に含まれる金属水銀は0.8~1.2gレベルと報告されています。飲んでも消化管からの吸収はないとされています。通常,割れて口腔内にはいる体温計の水銀は先端部のものだけなら,0.1 gレベルです。このため注意すべきこととしては,気化した水銀を吸わないことです。

 気化した水銀を吸入してしまうと,発熱,悪寒,呼吸困難感,頭痛が数時間で出現し,下痢,腹痛,視力低下などに加え,痙攣,肺気腫や急性腎不全を合併する可能性があります。つまり,壊れた水銀温度計を机などの上に放置すべきではありませんし,気道に誤嚥した場合には水銀中毒としての注意が必要となります。

 体温計に限らず,蛍光灯にも水銀が含まれています。40 Wの蛍光灯は,約8 mgの水銀を含んでいます。また,魚介類では,日本は0.3 mg/kgまでの水銀含有を正常上限として認めていますし,米国FDAは1.0 mg/kgまでの水銀含有を正常上限として認めています。


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