手術管理において気をつける感染対策について
京都大学大学院医学研究科
初期診療・救急医学分野
松田直之
留意事項のポイント
集中治療室,術前および術後に免疫機能を維持するためのモニタリングは,未だ不十分な状況にあります。このため,院内診療の際と同様に,手術管理においても院内感染を考慮し,細菌感染症を阻止するための接触感染予防が大切となります。術後の起炎症菌として問題となるのは,黄色ブドウ球菌,MRSA,大腸菌,緑膿菌などの一般細菌であり,必ずしもA群β溶連菌のような病原性の強いものではありません。これらは,医療従事者の手を介して伝播することに注意が必要です。
呼吸器感染,カテーテル感染,創感染などは,丁寧な接触感染予防策によって発症率を低下させることができます。注意すべきこととして,①処置前処置後のアルコール性手指消毒(手掌,指間,手背,爪床,たこ,親指,手首),②静脈留置針や動脈留置針のライン接合部などを素手で触らないこと,③気管チューブやスタイレットを手指消毒していない素手で触らないこと,④吸引チューブ挿入部を素手で触らないことなどが挙げられます。麻酔導入において研修医の動作を観察すると,実に多くの研修医がアルコール性手指消毒剤による手指消毒をすることなく,また手袋をすることなく,静脈路や動脈路を確保したり,喉頭鏡に触れています。手袋は,自らの手指の汚染を防ぐためのものです。さらに,静脈路や動脈路の確保の際には,環境や挿入者の手を汚染させない技術が要求されるとともに,接続部に血液汚染培地を作らない技術も必要です。気管内吸引においても,同様の接触感染予防に対する配慮が必要です。これらが徹底して注意されている手術室は,極めて感染症管理ができていると評価できます。接触感染を抑制する習慣が,一般細菌や多剤耐性菌の術後感染症の予防となります。気管挿管においては,喉頭鏡ブレードやスタイレットを素手で触ることは禁忌です。ブレードを滅菌袋に入れずに管理することも禁忌と考えています。
一方,手袋を装着していれば,接触感染を抑制できるかといえば,必ずしもそうとは言えません。静脈路確保や気管内吸引など一般手技では,滅菌手袋を着用しているわけではありません。昨今,院内感染対策により院内での手袋の使用が増加しているため,多くの病院は安価な手袋を購入し,日本製ではないものを購入しています。これらの製造過程は必ずしも明らかではなく,製造過程で微量な泥などの不純物が混入するケースも確認されています。通常の手袋は必ずしも無菌ではないことに注意します。さらに大切なことは,手袋は処置直前に着用し,処置後にはすぐに廃棄することです。手袋を長期に着用することにより発汗が高まり,手指の細菌数が増加します。塩化ビニル製の手袋は安いものであれば1枚2.7円程度,アルコール性手指消毒剤は1プッシュ1.6円程度です。
そして,最後の注意点としては,活動期の細菌は20分レベルで分裂することです。これは非常に重要な事項であり,1時間で8倍,2時間で64倍,4時間で4,096倍,5時間で32,768倍,6時間で262,144倍になるということです。手袋を4時間以上に渡り,つけっぱなしでいることは危険と考えています。手指に細菌増殖をさせる可能性が高いことになります。
Standard PrecautionsとMaximum Barrier Precautions
標準感染予防策(standard precautions)は,汚染が予想される際に必要な感染予防策です。①手洗い,②手袋,③マスク,④ガウン,⑤ゴーグルあるいは眼鏡により,患者への汚染と患者からの汚染を予防します。また,中心静脈カテーテルや肺動脈カテーテルの挿入では,血流感染症が生じ易いことが知られています。通常の手洗いに加えて,maximum barrier precautionsとして滅菌手袋および長袖ガウンを着用し,非滅菌マスクおよび非滅菌帽子を着用し,十分なサイズの滅菌覆布を行う必要があります(Raad II, Hohn DC, Gilbreath BJ, et al: Prevention of central venous catheter-related infections by using maximal sterile barrier precautions during insertion. Infect Control Hosp Epidemiol 15:231–238, 1994)。カテーテル感染の起炎菌としては,①ブドウ球菌属,②カンジダ属,③大腸菌,④腸球菌属などが高頻度に検出されています。
抗菌薬の適正使用について
感染症が同定されている場合には,抗菌薬を適切に用いる必要がありますが,抗菌薬は漫然と使用することを避ける必要があります。すなわち,抗菌薬にはカテコラミンのように徐々に強度を高めるとか,徐々に離脱するという概念はなく,用いる際には最大効力を期待し,最大量を投与するようにし,不必要であれば潔く投与を中止します。これにより,十分な治療効果が得られるばかりか,薬剤耐性菌の出現を防ぎます。抗菌薬が周術期に用いられる場合には,①予防的投与,②治療的投与の2つの側面で考える必要があります。
一般に,「予防的抗菌薬投与」は,手術部位感染を予防することにあり,組織の無菌化を目的とするものではありません。術野での汚染菌量を患者が防御できる範疇に減量することを目的としています。ヘルニア,乳腺,甲状腺,心臓・血管などの清潔創では,黄色ブドウ球菌や連鎖球菌などの皮膚常在菌をターゲットとし,まずは術野消毒を適切に行い,抗菌薬としては第1世代セファロスポリン系薬(セファゾリンなど)やペニシリン系薬(クロキサシリン/アンピシリン)を用います。しかし,これらの抗菌薬はMRSAに対して抗菌活性を持たないので,胸骨縦切開を行う心臓・大血管手術では,MRSA縦隔炎の発症に留意する必要があります。このように,すべての手術において,予防的抗菌薬はMRSAに対する対応が未然であることを念頭に置き,皮膚消毒や術野洗浄を重視する必要があります。
一方,食道,肝臓などの開腹を伴う準清潔手術では,予防的抗菌薬として大腸菌や肺炎桿菌に抗菌活性を持つ第1世代セファロスポリン系薬(セファゾリンなど)や第2世代セファロスポリン系薬(セフォチアムなど)を用います。結腸や直腸などの下部消化管や虫垂(非穿孔)の手術では,バクテロイデス・フラジリス(Bacteroides fragilis)などの嫌気性菌への抗菌活性も必要となるため,第2世代オキサセフェム系薬(フロモキセフ)や第2世代セファマイシン系薬(セフメタゾールなど)を用います。下部消化管には,バクテロイデス・フラジリスが常在していることに注意が必要です。さらに注意点として,フロモキセフはEnterobacter cloacae,Enterobacter aerogenes,Enterococcus facecalisに抗菌活性を持ちませんので,特にプロトンポンプインヒビターなどで術後の胃酸分泌を抑制した状態では,フロモキセフの3日を越える長期投与によりこれらが胃内や口腔内に逆行性感染し,人工呼吸器関連肺炎の原因となります。しかし,一般的には,人工呼吸器関連肺炎の最大の問題点は,不潔な気管挿管(気管チューブの不潔取扱,喉頭鏡の不潔管理,スタイレットの不潔管理)および気管挿管前を含む患者さんの口腔内および鼻腔内の不潔環境によると考えています。
このような予防的抗菌薬の投与タイミングは,いつがよいのでしょうか。Classen等の1708名の手術患者解析によると,術前2時間前から執刀直前までの間に投与することで創感染率が0.6%レベルに低下でき,皮膚切開より3時間以上遅れると極めて高い創感染率となると報告されています(N Engl J Med 326:281-286, 1992)。一般に,抗菌薬の皮下脂肪組織濃度を考慮しますと,半減期の2倍の時期に抗菌薬を再投与すると皮膚常在菌などのMIC(minimum inhibitory concentration)を超える抗菌薬濃度が十分に維持できると考えられています。臨床研究のデザインも,抗菌薬の半減期の2倍の時間での再投与をプロトコールとされました。現在用いられている主な予防的抗菌薬の半減期は,セファゾリン(約1.6時間),フロモキセフ(約50分),セフォチアム(約50分),セフメタゾール(約1時間)であり,セファゾリンは3時間で再投与,その他は2時間で再投与が望ましいと考えられます。もちろん,ここに患者の腎機能を考慮する必要があります。しかし,一般に予防的抗菌薬は腎機能が正常域にあれば3時間毎の再投与とし,現在,創感染の発症率を評価しているのが現状です。また,こうした予防的抗菌薬の再投与には,出血量や輸液量が影響を与えます。たとえば1.5Lを超えるような短時間の出血では,予防的抗菌薬の血中濃度が輸液や輸血により低下します。出血では再投与間隔を短くする必要があると思いますが,このような臨床評価も必要とされています。そして,セファゾリンなどの腎排泄で代謝される薬剤では,予防的抗菌薬投与においても腎機能を評価して,クレアチニンクリアランスに合わせて,投与間隔を延長します。
以上の予防的抗菌薬投与に対して,感染症が明確である場合は,「治療的抗菌薬投与」が必要となります。治療的抗菌薬の選択に当たっては,①グラム陽性菌が原因なのか,②グラム陰性菌が原因なのか,③嫌気性菌が原因なのか,④グラム陽性菌であればMRSAの可能性があるのか,⑤グラム陰性菌であれば緑膿菌の可能性があるのかの5点を考慮することにより,選択する抗菌薬の大筋が決定できます。このためにグラム染色は不可欠ですし,抗菌薬を再開する前に,細菌培養検査の提出も不可欠となります。
さらに,実際の抗菌薬の使用に当たっては,抗菌薬の薬理学的特性を尊重することが重要です。ペニシリン系抗菌薬,カルバペネム系抗菌薬,セファロスポリン系抗菌薬は,細菌細胞壁に作用するため,起炎菌のMICを血中濃度が超える時間が重要であり,time above MICを十分に長く取るために,1日3~4回の投与が原則となります。キノロン系抗菌薬とアミノグリコシド系抗菌薬は,菌体細胞内に入ることにより殺菌効果を示すため,最大血中濃度が重要となります。キノロン系抗菌薬とアミノグリコシド系抗菌薬の最大血中濃度を高め,AUC(aria under the curve)を大きくするためには,分割投与ではなく1日1回の投与が原則となります。アミドグリコシド系抗菌薬であれば,アミカシンは7-7.5mg/kgの短時間投与でピーク濃度56-64 μg/mLを目標とし,トラフ濃度は10 μg/mL以下に持ち込み,ゲンタマイシンやトブラマイシンでは3 mg/kgの短時間静脈内投与でピーク濃度を16-24 μg/mLを目標とし,トラフ濃度を2 μg/mL以下に持ち込みます。これにより,腎機能障害や第8脳神経障害を軽減させます。また,MRSA治療では,バンコマイシン(トラフ濃度10-15µg/mL),テイコプラニン(トラフ濃度 17 µg/mL以上),アルベカシン(ピーク濃度12 µg/mL)が必要であり,添付文書や従来の投与法では菌体数減少が期待できないのが現状です。真菌感染では,血漿(1→3)-β-D-glucan値の上昇が認められる場合は,抗真菌薬の投与を開始します。血液培養検査で真菌が検出された場合は,眼内炎の合併にも留意しなければなりません。
現在,起炎菌が明確ではない敗血症性ショックなどでは,血液培養2セットに加え,喀痰,尿,胃液,便の細菌培養検査を提出し,広域スペクトラムの抗菌薬を選択し,細菌培養検査の結果に基づき,抗菌薬のスペクトルを狭いものに変更しています。この抗菌薬使用戦略をde-escalating strategyと呼び,敗血症性ショックや重症敗血症に有効な抗菌薬投与法となります。
以上のように,手術中や術後には,特に細菌感染症や真菌感染症が生じ易いことに留意し,適切な抗菌薬の使用により患者の免疫機能低下を補助しています。あわせて,周術期の免疫管理が重要です。私自身は,術後24時間以内の経腸栄養開始や血糖コントロールに加えて,免疫機能のモニタリングの考案も必要と考えています。