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救急医療 嘔気と嘔吐に対するプリンペランに対する考察

2008年11月18日 23時13分15秒 | 救急医療

プリンペラン®(メトクロプラミド)の適正使用

 

京都大学大学院医学研究科

初期診療・救急医学分野

松田直之

 

はじめに

 めまい,アルコール飲酒後,ケトン性,中枢性,感冒性胃腸炎(疑),吐気に対して安易にメトクロプラミドを研修医の先生が処方するのはよくないと考えています。この習慣の多くは,手術後の吐気抑制に対しての指導,産婦人科領域で産婦人科医が指導,看護師さんが緊急時に「プリンペラン」を使用すると安心してくれるからかもしれません。しかし,プリンペラン®(メトクロプラミド)には注意が必要です。

 まず,私が極めて大変な思いをしたのは,夜間急病センターの夜間診療のときでした。ここは,冬ですと夕方5時から翌朝までに200名を超える患者さんが訪れていました。10分後には10名分の紙カルテが机の上に積まれることはまれなことではありませんでした。医師1人に対して看護師さんが20名ほどの体制であり,待合で待てない患者さんは観察ベッドに既に横たわり,看護師さんが経過を教えに来てくれる状態でした。消化器症状として嘔吐の患者さんは,夏冬にかかわらず,多いものでした。そうした状況で患者さんがたくさんいらっしゃいますので,看護師さん「嘔毛が強いようなのですが,どうしますか」,医師「プリンペラン10 mg ivします」は,ルーティンな指示になりやすいのだと思います。

 こうしたプリンペラン投与後の問題として,① 我慢できないぐらいお腹が痛くなった,② 実際に嘔吐した,③ 震えが止まらない,④ そわそわして座ってられない,⑤ ベッドから転落した,⑥ 興奮している,⑦ 徐脈・血圧低下,⑧ 舌がもつれる,⑨ なんか変?,⑩ 先生 痙攣です,などの異常に遭遇します。その上で,研修医の先生には,ナウゼリン®(ドンペリドン)とプリンペラン®(メトクロプラミド)の違いを質問するようにしています。

 

留意事項と注意ポイント

1.十二指腸に浮腫がある場合は要注意

 ドンペリドンもメトクロプラミドも,ドパミンD2受容体の拮抗薬です。結果的に,消化管でアセチルコリンの遊離を促進しますが,毒素性食中毒やウイルス性胃腸炎で十二指腸に浮腫のある場合には十二指腸や胃は動きにくく,症状は変わらないか,腹痛や嘔吐の原因となります。このような状態などでアセチルコリン濃度が上昇し,ムスカリン受容体を刺激すると① 消化管蠕動にむらが生じる,② 胃液と腸液の分布が増加する,③ 非常にまれですがムスカリン受容体M2作用出現(徐脈・血圧低下)に注意しなければなりません。

2.錐体外路症状やアカシジアの出現に注意

 手術直後や「つわり」などの中枢性や内耳性の嘔気や嘔吐に対しては,メトクロプラミドは効果的です。これは,メトクロプラミドが脳血管関門を通過して,ドパミンで刺激された嘔吐中枢を抗ドパミン作用として抑制するからです。嘔吐中枢の神経伝達受容体は,ドパミンD2受容体,ムスカリン受容体,ヒスタミン H1受容体,セロトニン5HT2受容体および5HT3 受容体,ニューロキニン NK1受容体などが知られています。嘔吐中枢は例えば下垂体などのような局在のはっきりしたものではなく,一連の嘔吐運動を引き起こすネットワークのようなものであり,脳内では孤束核,迷走神経背側核, 疑核,唾液核などを介して嘔吐運動を起こすことや,さらに上位中枢へ伝えられて「嘔気」として認識されることが知られています。この部位は血液脳関門に覆われているので,直接に催吐性物質に影響を受けないようですが,脳内で産生されたドパミン,アセチルコリン,ヒスタミン,セロトニンに影響を受けます。

 プリンペランⓇ(メトクロプラミド)は脳血管関門(Blood-Brain barrier:BBB)を通過しますが,ドンペリドンは通過しにくい薬剤です。このため,メトクロプラミドには中枢作用や中枢性副作用が出現しやすいですが,ドンペリドンにはほとんど中枢作用が認められないのが特徴となります。一方,第4脳室のChemoreceptor Trigger Zoneの化学受容器は,pH低下,CO2貯留,中枢傷害や内耳性めまいに随伴する「嘔気」や「嘔吐」に関与していると報告されています。この第4脳室にはBBBが存在しませんので,ドンペリドンでもメトクロプラミドでも同様に嘔吐中枢に拡散し,ドパミンD2受容体に対する抑制作用により化学受容器を介した嘔気や嘔吐を緩和できる可能性があります。

 また,子供さんが生まれた後の授乳中のお母さんの吐気や嘔吐に関しては,ドンペリドンは乳汁中に漏出しにくいことが知られています。授乳中の吐気には,ドンペリドンが推奨されています。プリンペランⓇ(メトクロプラミド)は,乳汁に出ますので,子供のメトクロプラミドによる中枢性異常に注意しなければならないのです。

 さて,錐体外路症状とは,パーキンソン様症状,ジスキネジア(口周辺や舌の異常な運動,舌がもつれる,手足が勝手に動く),ジストニア(顔や首の強いこわばり,首がそり返る,ひきつけ,目が正面を向かない,目が回旋する,眼球上転),アカシジア(落ち着きがない,頻回に足を組みかえる,ベッド上で動き回る,少し動き回ると楽になる)であり,メトクロプラミドの静注後に家に帰宅してから「舌がもつれる」という副作用を経験しています。アカシジアは,3ヶ月以上経過してから生じる「遅延性アカシジア」も知られています。飛び降りや交通事故などの原因としても,私たち救急医はプリンペランⓇ(メトクロプラミド)の静注を安易に行わないように気をつけています。プリンペランⓇ(メトクロプラミド)で,「痙攣」や「てんかん」を起こすこともありますので,不必要に使用しないことが望ましいと思います。

 

メトクロプラミドとドンペリドンの注意点

1.消化器症状の増悪:腹痛,下痢,胃酸分泌亢進

2.けいれん・てんかん

3.錐体外路症状

4.血圧低下

※ 嘔気については,必ず原因を評価しましょう。救急医療においては,病態生理を理解することが大切です。対症療法をできるだけ減らすことが必要です。プリンペランⓇ(メトクロプラミド)で症状を緩和できるときは良いのですが,嘔気の原因を必ず明確として対応するようにするのが大切と考えています。

 

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