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救急一直線 講座 高山病に対する予防・診断・治療

2008年08月10日 20時05分18秒 | 講義録・講演記録 2

講座 高山病・高地障害症候群に対する予防・診断・治療

京都大学大学院医学研究科
初期診療・救急医学分野
松田直之


はじめに

  救急科医や集中治療医は,登山者における対応として,高山病,高地障害症候群(high altitude syndrome: HAS)の病態と治療を理解していることが期待されます。富士山などの高山に登った後の頭痛や倦怠感や息切れとして,救急外来を受診される患者さんや救急搬送される患者さんもいます。3名以上で登山する時には,相手のペースで対応することで,弱者が高山病となります。一番の弱者に合わせた登山が原則と言われています。登山中の自覚症状としては,軽症で「軽いふらつき」や「労作時の息苦しさ」,中等症として,二日酔いに似た症状,重症になると高地肺水腫,高地脳浮腫として,頭痛,嘔気,呼吸困難が増悪します。これらの自覚症状の出現に対して,無理は禁物です。救急領域では,高山病やHASは重症病態としてヘリ搬送などとなる場合があるため,適切な知識と理解があると良いでしょう。本稿で,急性高山病,高地肺水腫,高地脳浮腫について,理解を共有することとします。

1. 急性高山病(Acute mountain sickness:AMS)

 急性高山病は,軽症型の高山病であり,標高2,000mレベルから発症する傾向があります。通常,高度を上げて6~10時間以内に症状が現れ,手足のむくみ,頭痛,ふらつき,吐気と嘔吐,疲労,脱力,易怒性が出現します。ご自身で登山をするときは,頭痛やイライラ感が出現したときには,「高山病かな?」と考えるとよいでしょう。急性高山病の症状は,「二日酔いのようだ」と表現する人もいます。症状は,約24~48時間続きます。放置すると,急性高山病は,重症化しますので,このレベルで下山する,あるいは高度を上げないなどの適切な対応が必要です。富士山でいうと,5合目が標高2,230 m,6合目が2,325 m,7合目の「花小屋」が2,700 m,7合目「花井荘」で2,900 m,8合目「太子館」で標高3,100 mに達します。富士山5合目で,要注意,急性高山病は発症するものとして,注意した対応が必要となります。また,標高2,700 m以上では,網膜出血が起きる場合があります。網膜出血は,標高5,000 mを超えると発症率が高まります。しかし,これも早期に下山するなどの対応をすれば,網膜出血は急速に消失し,長期的問題となることが少ないとされています。

 2. 高地肺水腫 (High altitude pulmonary edema: HAPE)

  急性高山病に随伴して,高地肺水腫は約標高2500 m以上まで,急速に登った場合に24~96時間後に発症します。高山病による死亡のほとんどが,高地肺水腫です。高地で肺水腫となり,低酸素状態として,心停止します。また,高地居住者が,低地に滞在して,戻ったときにも高地肺水腫を発症することが知られています。声がれや気管支炎などの呼吸器合併症がある場合には,登山は禁止です。死亡リスクが高まる可能性があります。症状は夜に悪化し、すぐに重症化する場合があります。肺水腫として,ピンク色の泡沫状痰に注意することとなります。

 3. 高地脳浮腫(High altitude cerebral edema: HACE)

 高地脳浮腫は稀と言われていますが,高血圧や高脂血症などの既往があったり,急性高山病を放置した場合に,HACEとして脳浮腫が進行して,死に至る可能性があります。一般に,高所に至ると末梢静脈は収縮し,中心血液量(central blood volume)が増加するため,登山過程でbaroreceptorが刺激されて,下垂体後葉からのバソプレシンや副腎皮質球状帯からのアルドステロン の分泌が抑制され,利尿が生じやすくなります。つまり,登山過程では循環血液量が高浸透圧血症(290~300mOsm)として減少します。これは,高地脳浮腫を発症させる引き金となり,頭痛に加えて,錯乱,歩行時にフラフラするなどの運動失調が出現し,さらに昏睡状態に移行します。軽い症状から生命を脅かす状態までは,数時間以内とされています。フラフラ感が出現した際には,脳浮腫が急速に進行する可能性に注意します。

 4.高山病の予防指導

 高山病予防は,ゆっくりと登るということです。その日に達した一番高い地点の標高よりも,睡眠をとる地点の標高が重要です。最初の夜は,標高2,500~3,000 mより高い地点では,睡眠をとらないようにします。その後,睡眠をとる高度を1日あたり300 mずつ上げる方針が良いとされています。睡眠時に,低い所へ戻ることも考慮します。また,到着後1~2日間は激しい運動を避けることで,高山病の予防となります。頭痛などの症状が出た場合には,無理をせずに下山することです。
 また,食事について工夫ができます。食事の留意事項は,食事の回数を増やし,消化されやすい炭水化物を豊富に含む食事として少量ずつの食事が推奨されています。そして,カフェインは血圧を上げる可能性があリ,避けるべき飲みのものとなります。さらに,アルコールや鎮静薬は,急性高山病の発生リスクを増加させるために避けるようにします。コーヒーやアルコールは増悪因子として,登山者に説明します。

5.急性高山病の診断

 高山病の診断は,症状に基づいて行われます。高地肺水腫の診断は,胸部の聴診と打診,パルスオキシメータによる酸素飽和度の評価を基本とし,emergency roomへの救急搬入後は,動脈血ガス分析,胸部X線像で診断補助とします。もちろん,肺エコーも有用です。ドクターヘリや山小屋医として対応する場合などは,意識評価,神経学的理学所見,呼吸様式評価,パルスオキシメータ,聴診,打診は不可欠ですし,携帯エコーを利用することと良いでしょう。胸水は認めないのに,心嚢液の貯留した例などのケースレポートもあります。
 
6.急性高山病の治療

 手足や顔面浮腫は,数日後に自然改善するとして,患者さんや御家族に説明します。急性高山病の多くは1~2日で症状が改善しますが,症状の緩和にはアセタゾラミド,頭痛の緩和にはアセトアミノフェンやNSAIDを用います。注意すべきことは,高地肺水腫や高地脳浮腫として,救急搬送する,あるいは救急搬入された場合です。肺水腫だけであれば,ジャクソンリース回路を用いた用手的PEEP(positive endoexpiratory pressure )やNPPV(non-invasive positive pressure ventilation)の適応となりますが,脳浮腫があると疑われる場合には搬送中の用手的PEEPなどは脳浮腫を進行させる可能性があリ,要注意です。神経学的理学所見の評価が優先され,脳浮腫があると想定される場合は,まずアセタゾラミドや,グリセオールのような浸透圧利尿薬を用い,その間の酸素化は高濃度酸素投与とせざるを得ないものとします。Emergency roomに到着後,頭部CT像を評価することも必要となります。ヘリ搬送等における留意事項となります。

おわりに

 救急領域では,高山病の救急搬入に対応することがあります。高山病にならないような登山指導が,医療安全として必要です。一方で,高山病になってしまった場合には,脳浮腫を進行させないことに注意が必要です。肺水腫により肺酸素化が悪いからと言って,high PEEPで陽圧をかけることが,脳浮腫を急激に進行させることがあります。このように,気道内圧を20 cmH2Oを超えて上げにくい場合があります。高山病に対する知識の拡充にお役立てください。

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