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講義 敗血症管理における血糖コントロールの2008年における姿勢 PART 1

2008年08月03日 04時16分14秒 | 講義録・講演記録 3

講義 敗血症管理における血糖コントロール 2008

京都大学大学院医学研究科 初期診療・救急医学分野
准教授
松田直之


はじめに

 Surviving Sepsis Campaign guidelines(SSCG)が米国集中治療医学会および欧州集中治療医学会により2008年に改定された。敗血症(sepsis)の管理では,血糖コントロールを厳密に行うことが,2008年改訂版Surviving Sepsis Campaign guidelines(SSCG)1)でも,推奨されている。本稿では,敗血症病態における血糖コントロールについて,2008年改訂版SSCG1)の2004年初版2)との変更点をまとめ,近年の臨床知見を紹介する。本邦で2008年改訂版SSCGを利用する際の問題点を,血糖コントロールの観点より論じる。

2008年改訂版Surviving Sepsis Campaign guidelines(SSCG)の変更点

 2008年改訂版SSCG1)では,推奨度を1(強い),2(弱い)の2つに分類し,エビデンスグレードをA(高)-D(低)の4つとして,敗血症における血糖コントロールに対して4つの推奨がまとめられている。1. 重症敗血症や高血糖を伴うICU患者には血糖値を下げる目的でインスリンの持続静注を行う(Grade 1B)。2. インスリン持続静注による血糖値調節は,150 mg/dL未満を目標とする(Grade 2C)。3. インスリン持続静注を受ける患者のすべてにグルコース負荷を行い,血糖値とインスリン投与速度が安定するまでは1-2時間毎,血糖値やインスリン投与速度安定後は4時間毎に血糖値測定を行う(Grade 1C)。4. 毛細血管からの採血による血糖値測定は,動脈血や血漿グルコース濃度と解離しやすく,注意が必要である(Grade 1B)。2008年改訂版SSCG1)においても2004年版SSCG2)と同様にインスリン持続静注を推奨し,血糖値150 mg/dL未満を目標にする点には変更は認めない。しかし,2008年改訂版SSCG1)では初期の血糖測定時間は0.5-1時間毎が1-2時間毎に変更された点,経腸栄養を併用する記載が消去された点,毛細血管からの採血による血糖値測定に対する注意を加えた点の3点に変更が認められた。

集中治療における血糖コントロールのエビデンス

 2008年改訂版SSCG1)においても,2004年初版SSCG2)と同様に,敗血症における血糖値を150 mg/dL(8.3mmol/L)未満に管理することが推奨されている。2004年初版SSCG2)における血糖管理指針は,Van den Bergheら3, 4)とFinneyら5)の臨床研究を基盤としていたが,2008年改訂版SSCG1)ではさらにいくつかの研究が引用されている。
 ベルギーのルーバン大学のVan den Bergheらの2001年のN Engl J Medの報告 3)は,Acute Physiology and Chronic Health Evaluation II score(APACHE IIスコア)9レベルの重症度の低い外科術後患者1,548名を対象とし,集中治療室(ICU)での維持血糖値を80~110 mg/dLレベル,180~200 mg/dLレベルの2群に分類し,死亡率を解析したものである。ICU管理の初病日より1日量200~300 gのグルコースを投与し,1日あたり約71単位(3単位/h)の速効型インスリンを用いて,血糖値を80~110 mg/dLレベルに維持している。結果として,intensive insulin therapyで血糖値を80~110 mg/dLレベルに維持した群では180~200 mg/dLレベルに維持した群と比較して,ICUにおける死亡率を8.0%から4.6%,5日以上ICUに滞在した患者群のICU死亡率を20.1%から10.6%,院内死亡率を10.9%から7.2%に減じている。
 Van den Berghe ら4)はさらに,2003年のCrit Care Medにおいて,先のN Engl J Med 3)に報告した解析に血糖値110~150 mg/dLの調節群を併設し,累積院内死亡率が血糖値150 mg/dL以上で約40%,血糖値110~150 mg/dLで約26%,血糖値110 mg/dLで約15%と報告している。この報告では,多変量解析により,血糖値20 mg/dLの増加により急性腎不全や感染症の合併率が高まることが示されている。一方,インスリン10 IU/日の増加は3日以上持続するCRP 15 mg/dL以上の発生を有意に減少させるが,インスリン投与量の増加自体が,急性腎不全や感染症の合併率を低下させないことが確認されている。Van den Berghe ら4)により,血糖値20 mg/dLの上昇で死亡率が30%上昇し,血糖値200 mg/dLでは血糖値100 mg/dLの2.5倍に死亡率が高まると見積もられた。
 ロンドンのFinney5)らの報告は,2002年1月から6月までのRoyal Brompton病院ICUでのAPACHE-IIスコア16-17レベルの外科および内科患者523名を対象としたものである。この患者群の85.1%は心血管術後患者であり,全体の16.4%に糖尿病罹患患者が含まれている。彼らのデータの多変量解析では,患者重症度やICU死亡率はインスリン投与量の増加と正の相関を示すことが確認できる。患者重症度を同等とした解析からは,血糖値144 mg/dL以下の管理で,血糖値145~200 mg/dL の管理よりICU死亡率が有意に低下している。
 以上のVan den Bergheら3, 4)とFinneyら5)の臨床研究より,血糖値管理はインスリンとは独立した因子として,死亡率低下に重要と考えられるようになり,2004年初版SSCG2)では血糖値150 mg/dL未満を目標に敗血症病態の血糖コントロールを行うことが推奨された。
 Van den Bergheら6)は,さらに,2002年3月から2005年5月までの内科系ICUで, APACHE II スコアが23レベルの1,200名を対象とした臨床研究を報告している。この患者重症度を高めた内科系ICUにおける検討でも,血糖値180-200 mg/dLに比較して,血糖値を80-110 mg/dLに管理することで,急性腎不全の合併率,人工呼吸管理期間,ICU管理期間を有意に減少させている。特に,ICUに3日以上滞在した767名のサブグループ解析では,院内死亡率が52.5%から43%に減少している。このようにVan den Bergheらは,APACHE IIスコアが23レベルの患者群においても,血糖値80-110 mg/dLレベルに管理するintensive insulin therapyの重要性を追認しているが,本報告におけるインスリン投与のルーバンプロトコールにより,低血糖発症率が6.2%から18%の約3倍に上昇していることには留意が必要である。
 Van den Berghe Gら7)は,さらに2006年に,既に報告した外科ICU患者1,548名3,4)と内科ICU患者1,200名6)を合わせたサブグループ解析として,非糖尿病患者2,341名と糖尿病罹患患者407名の解析を加えた。Finneyらの報告5)をはじめ,高血糖管理データには糖尿病合併症患者がさまざまな比率で混入されている。Van den Berghe Gら7)の非糖尿病患者群では,これまでの彼女らの結果と同様に,血糖値150 mg/dL以上,110~150 mg/dL,80~110 mg/dLの血糖値管理の順に,有意に院内死亡率を低下させている。しかし,ICU入室前に糖尿病を罹患していた患者群のサブグループ解析では,院内死亡率は血糖値150 mg/dLを超える管理で21.2%,血糖値110~150 mg/dLで21.6%,血糖値110 mg/dL未満で26.2%と有意差は認めないものの,血糖値110 mg/dL未満の強化インスリン療法で院内死亡率がむしろ増加する傾向が認められた。これは,Egiら8)によるオーストラリアにおける臨床研究でも追認できる。
 Egiら8)によるオーストラリアの4つのICUにおける2000年1月より2004年10月までの7,049患者を対象とした血糖値の解析調査は,血糖値の平均値のみならず,同一患者における血糖値のばらつきが小さいことが院内死亡率低下に重要であることを示した貴重なデータである。Egiら8)の報告はAPACHE IIスコア17レベルの患者群を対象としており,解析に用いた168,337血液検体の血糖値の平均は8.0 mM(144 mg/dL),同一患者における血糖値の標準偏差の平均は1.7 mM(30.6 mg/dL),変動係数は21%である。このうち,ICU生存患者群6,213名(88.1%)の血糖値平均は7.9 mM(142 mg/dL),血糖値標準偏差の平均は1.7 mM(30.6 mg/dL),変動係数は20%であり,ICU死亡患者群836名(11.9%)の平均血糖値8.8 mM(158 mg/dL),標準偏差平均2.3 mM(41.4 mg/dL),変動係数26%に比較して,それぞれがICU生存患者群で有意差に低いことが示されている。また,ICU生存患者群とICU死亡患者群の最大血糖値の平均は,それぞれ11.5 mM(207 mg/dL)と13.6 mM(245 mg/dL)であり,最大血糖値はICU生存患者群で有意に低いことが示されている。さらに,ICUにおける平均血糖値6.8 mM(122 mg/dL)未満と6.8 – 7.9 mM(122-142 mg/dL)の2群では,ICU死亡率と院内死亡率に差を認めないものの,平均血糖値7.9-8.9 mM(142-160 mg/dL)および9 mM(160 mg/dL)以上では,濃度依存的にICU死亡率と院内死亡率が増加している。これらのデータは,2008年改訂版SSCG1)における血糖値管理指針に合致する。さらに,ICUにおける血糖値の標準偏差は,1.2 mM(21.6mg/dL)未満,1.2-1.7 mM(21.6-30.6 mg/dL),1.7-2.4 mM(30.6-43.2 mg/dL),2.5 mM(43.2 mg/dL)以上の4群で,この増加に依存してICU死亡率と院内死亡率を高めている。このように,同一患者において血糖値平均を150 mg/dL未満に維持する重要性が示される一方で,同一患者において血糖値変動の少なさが予後を規定する可能性が示唆される。Aliら9)は,2005年に施行した1,599名の単一のICU施設での後向きコフォート研究で,glycemic lability index(GLI:Σ〔血糖値の差2/測定間隔時間〕)10)が敗血症患者の院内死亡に影響を与える因子であることを提示している。このような同一患者内での血糖値変動は,炎症性サイトカン産生による敗血症罹患患者の病態の不安定さや重症度を示す可能性はあるが,血糖値150 mg/dL未満での血糖値変動自体が敗血症自体に悪影響を及ぼすか否かの病態生理学的解釈は未だ定かでない。
 Egiら8)はさらに,728名の糖尿病罹患暦を持つ患者群のサブグループ解析を行っている。これらの糖尿病罹患患者解析では,8.1 mM(145 mg/dL)未満,8.1-9.1 mM(145-164 mg/dL),9.1-10.3 mM(164-185 mg/dL),10.4 mM(186 mg/dL)以上の4群において,各郡間に院内死亡率とICU死亡率に差を認めていない。しかし,同一患者内の血糖値の標準偏差においては1.7 mM(30.6 mg/dL)未満と2.5-3.5 mM(45-63 mg/dL)においてのみ院内死亡率とICU死亡率に統計学的有意差を認めている。このように,糖尿病罹患患者では,急性期管理における血糖値変動の少なさが予後を改善する可能性が示唆される。
 2003年4月から2005年6月までにドイツの18施設の大学病院ICUで検討されたVISEPトライアル(the Efficacy of Volume Substitution and Insulin Therapy in Severe Sepsis trial)11)では,APACHE IIスコア20レベルの重症敗血症患者群を対象に,血糖値を110 mg/dLレベルで管理するintensive insulin therapy群(n=247)と,180 mg/dLレベルで管理するconventional therapy群(n=290)が比較された。これらの患者群には,両群ともに糖尿病罹患患者を約30%含んでいるのが特徴である。ICU初日の投与カロリーは600 kcalレベル,第2病日で900 kcalレベルであり,経腸栄養が初病日より約40%の比率で併用されている。このような群間比較において,intensive insulin therapy群の28日死亡率は24.7%,conventional therapy群の28日死亡率は26.0%であり,intensive insulin therapy群に死亡率減少傾向を認めるものの有意差は認められていない。このVISEPトライアル11)では,intensive insulin therapy群で17%の低血糖合併を認め,conventional therapy群の4.1%と比較して,有意に高い低血糖合併の危険性が示唆された。このように,VISEPトライアル11)は,糖尿病群を個別解析していないことが特徴である一方で,intensive insulin therapyによる低血糖合併の危険性を提示している。

続く

講義 敗血症管理における血糖コントロールの2008年における姿勢 PART 2

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