講座 ホタルイカの急性腹症
ホタルイカの腹痛で注意すること
名古屋大学大学院医学系研究科
救急・集中治療医学分野
松田直之
概 説
富山湾では,毎年3月〜6月にホタルイカを採取しています。ホタルイカの「踊り食い」は禁止,新鮮とされる未冷凍のホタルイカを食べてはいけません。激烈な腹痛として,救急対応となりますが,食あたり程度としての説明とせず,消化器内科での外来フォローなどの紹介対応が必要です。
イカではアニサキス,ホタルイカでは「旋尾線虫(せんびせんちゅう)(Crassicauda giliakiana)」に注意が必要です。ホタルイカの内蔵には,「旋尾線虫」の約13種類のうち,タイプⅩ(テン)の幼虫がいます。タイプⅩ(テン)は,長さ約1 cm,幅約0.1 mmの糸くずのようなものなので,胃や十二指腸にいてもなかなかわかりにく,一般に内視鏡での発見や摘出が困難なのです。アニサキスはすぐに内視鏡で摘出を行いますが,ホタルイカ旋尾線虫の幼虫は内視鏡で摘出困難なのです。
ゆでたり冷凍することなく生のホタルイカを食べると,約2%〜7%の確率で,あるいは時期により高確率で「旋尾線虫タイプⅩ」に暴露されます。ホタルイカによる急性腹症として,急激な腹痛や嘔気や嘔吐に加えて,約3日のうちに腹部などの皮膚にミミズばれができる「皮膚爬行(はこう)症」が生じたり,消化管浮腫として腸閉塞に至るケースがあることが知られています。また,血流に乗って目などに飛び火するのも困ります。クジラでは,腎障害の原因となることも知られています。
このようなホタルイカを万が一,知らないで生で食べてしまった場合,激烈な腹痛がやってくる場合があります。注意することは,ご自身では1)排便があるかどうか,2)腹痛,3)アレルギー症状,4)息苦しさ,5)発熱,6)眼痛・目のかすみなどの注意します。救急外来では,肝逸脱酵素の評価,炎症評価,目の評価なども必要に応じて追加します。十二指腸や空腸領域の消化管浮腫が強く,入院するケースでは,イレウスに準じた絶食や減圧などの対症療法となり,重症の場合には手術を考慮します。
救急医療における注意事項
1.要注意:ホタルイカの生食
フォロー体制が必要です。
・アレルギー症状:アナフィラキシーにも注意
・好酸球増加に注意:急性好酸球性肺炎,好酸球性心筋炎などに要注意
・排便確認:消化管浮腫,イレウス症状の進行
・急性虫垂炎:併発する急性虫垂炎の可能性
・眼症状
など
2.検査データ等のフォロー
・白血球数
・好酸球数
・炎症活性
・肝逸脱酵素
など
注意事項
1.ホタルイカの調理
生食では1)−30 ℃で4日間以上,2)内臓を除去すること,加熱処理では1)沸騰水30秒以上,2)中心温度で60℃以上の加熱が必要とのことです。とにかく,採れたての生のホタルイカに注意され,そのままで食べないようにして下さい。
2.最寄りの保健所への届け出
飲食店でホタルイカが出され,食中毒が疑われる場合は,24 時間以内に最寄りの保健所に届け出ます。旋尾線虫は,食中毒原因物質として例示はされていませんが,「食品媒介感染症の疑いの場合には,保健所長の一元的指揮のもと,現行の食中毒事件票に明示された病原体のみを対象とするのではなく,食品保健部門が一次的原因究明を行うことが効果的である」(公衆衛生審議会意見,平成9 年12 月24 日)および新しい時代の感染症対策について(公衆衛生審議会伝染病予防部会,平成9 年12 月9日)として,その後の発生を抑制するために届け出ることになります。適切な注意喚起をして頂くことになります。