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白鷺だより

50年近く過ごした演劇界の思い出話をお聞かせします
     吉村正人

白鷺だより(263)「明日の幸福」解題

2017-09-15 16:11:56 | 日本香堂
 
     「明日の幸福」解題

 色々ないきさつがあったが来年の日本香堂観劇会の出し物は「明日の幸福」に決まった
八重子十種にも選ばれた劇団新派の名作中の名作が満を持して登場する 
そう言えば新派は来年130周年を迎えるのでおめでたい企画だと言える

八重子十種とは初代八重子の舞台生活60年を記念して本人が選定した10作品で「大尉の娘」「風流深川唄」「滝の白糸」「花の生涯」「十三夜」「皇女和の宮」「鹿鳴館」「明治の雪」「寺田屋お登勢」とこの「明日の幸福」の10作である

新派のHPにのっている「明日の幸福」の紹介文と「あらすじ」は以下の通り

「明日の幸福」

戦禍の様相漸く癒えた昭和29年の新派の舞台に新しいホームドラマとして登場したのがこの作品である 
中野実の巧みな人物配置が好評を博し 当年の毎日新聞劇作賞に選ばれ 新派自体も芸術祭団体賞を受けた

あらすじ
昭和30年頃のこと 経済同友会の理事長を務める松崎寿一郎の家はその妻淑子と息子寿敏と妻恵子 孫の寿雄と富美子の三組の夫婦が同居する家である 寿一郎は当時の家族がらしく一家の権力者として君臨していた ある日寿一郎が国務大臣に決まりそうだと知らせがくる 寿一郎は推薦してくれた政治家に家宝の埴輪を贈ろうとするが妻淑子が大反対する その反対を押し切り蔵から出させるが結局大臣の話は雲行きが怪しくなり埴輪を恵子が仕舞うことになる が、そのとき落として脚を壊してしまう 
それから一か月後 寿敏のもとに考古学者が埴輪を見たがっているとの連絡があり 恵子はすべてを打ち明ける決心をするが途中でケガをしたとの連絡が入り告白する機会を失ってしまう 恵子のかわりに今度は富美子が埴輪を仕舞うが突然帰って来た寿雄に驚いて箱を落としてしまった・・・・ 

(以下ネタばれ)
ある日ついに埴輪の件が寿一郎の知るところとなる 自分が割ったと思い込み富美子は正直に告白し それを庇う寿雄の姿を見て恵子は自分が割ったと名乗り出る その時淑子が泣きながら自分が割ったと告白する 埴輪を割ったことを告白出来ない家庭環境の中でどれだけつらい毎日を送って来たかと思い 恵子は家族の明日の幸せのため埴輪を叩き壊す
そこへ寿一郎が本当に大臣になったと新聞記者が押し寄せる 女たちは高らかに笑うのであった


初演は昭和29年11月明治座の「秋の新派祭」
藤田洋の劇評を集めた「明治座評判記」での当該の記事は次の通り

「明日の幸福」は各紙絶賛された 早速翌月の演舞場にロングしたのだから この初演は大成功だったといっていい 
今も新派の財産演目にもなっている作で 秘蔵の古代の馬の埴輪がブリッジになって財界の大物の祖父(小堀誠)と祖母(花柳章太郎)、家庭裁判所の所長の息子夫妻(伊志井寛・水谷八重子)、その新婚の息子夫婦(花柳武始・若水美子)の三代の夫婦が広い邸宅に一緒に住んでいる 三人の女が埴輪を壊したのはてんでに自分だと思って修理しょうとする sのおかしさを笑劇に堕とさずに微笑ましく描き 最後まで客をハラハラさせながら興味をもたせていく構成は心憎いほど巧妙 最後に家庭裁判所の離婚問題は若夫婦の愛情が姑のワガママに勝って解決し 所長の家庭も祖父の念願の大臣就任が決まり家族一同の朗らかな笑いのうちに幕で万事めでたしだが 作者自身の演出も隅々まで神経が行き届き とかく誇張しがちな役者の演技を適度に押さえて舞台に良きアンサンブルを見せるというぐあい 安藤評は「商業演劇における今年の芸術祭参加の賞はこの作品に決定したと思われる」という援護ぶりだったが 実際「明日の幸福」関係者一同が芸術祭奨励賞を受賞した





白鷺だより(34)「ゆうれい長屋は大騒ぎ」解題

2016-04-08 06:56:51 | 日本香堂
2015年5月日本香堂観劇会で上演
2016年中日劇場5月特別公演にて上演


原作 山本周五郎 「ゆうれい貸屋」(新潮文庫「人情裏長屋」収録)

             
原作の舞台・テレビ

歌舞伎 上演 
昭和34年 松緑(2代目)梅幸(7代目)で初演
平成19年8月 歌舞伎座で三津五郎が復活公演
弥六(三津五郎)お兼(孝太郎)平作(弥十郎)
それになんと染次(福助)又蔵に勘三郎 お千代に七之助という豪華メンバーで上演
平成24年 松竹座団菊祭で再演
 弥六(三津五郎)染次(時蔵) この公演は見た

劇場公演
昭和41年以前の資料がありません
昭和57年 歌舞伎座「人情噺ゆうれい貸屋」 布施博一脚本 梅本茂演出
         谷幹一 淡島千景
平成13年4月 名鉄ホール「浮世長屋は春爛漫」 小国正皓 脚本演出
    左とん平 増田恵子 宮園純子 高田次郎
 
 この年の3月僕は珍しく一か月丸々名鉄ホールにいた
 座長の芦屋雁之助が公演前に倒れ休演が決まる
雁之助さんは作演出(共同演出は僕)も兼ねていたので出来ていた一本「忠治?と言われた男」は渋谷天外を代役にお願いして 
もう一本「火の大輪」は題名はそのままにして雁之助の古い旧作をボクが脚色して小雁さん主演でなんとか初日を迎えた。 
とはいえ何かと心配でずーっと名鉄にいたのだ 
だから舞台事務所で4月公演の打ち合わせから見聞きしていて制作の古田さんから色々相談を受けた
「あのピンクレディーのケイちゃんが舞台に出る」との評判を呼んでいたのをよく覚えている  本編は未見
 
平成14年 俳優座劇場 劇団昴創立40周年記念公演「幽霊貸し屋」
平成24年 明治座 ゆうれい貸します「うらめし屋繁盛記」 市川正 脚本演出
細川たかし(やもめの浪人) 長山洋子

平成15年 NHK時代劇シリーズ
「ゆうれい貸します」
   弥六(風間杜夫)お染(鶴田真由)平作(左とん平) 
お兼は死んいて出ない お染の母親(朝丘雪路)、妹(乙葉)も出る
        

白鷺だより(4)  月夜の一文銭

2016-03-26 18:07:37 | 日本香堂
平成24年度日本香堂観劇会「月夜の一文銭」 作品解題

この作品は川村花菱作「上州土産百両首」を原作に吉村が出演者の皆様のキャラクターに合わせて脚色したものです。

川村花菱(かわむらかりょう)1884(明治17年)当時の東京市牛込区に生まれる
(本名・川村久輔)旧制・早稲田大学英文科の入学した彼は 友人の下宿先(階下が踊りの師匠の稽古場)で後の松井須磨子となる小林正子と出会います。登校すると坪内逍遥のシェークスピアの授業が待ち受けています。後に早稲田中学の時の英語教師、島村抱月が留学から帰ってきて文芸協会を創設、協力することになり そこへ入ってきた人妻、小林正子と生真面目な教授との恋を一番身近で見ることになります。このあたりの描写は川村の著書 芸術座盛衰記「松井須磨子」に詳しい(青蛙房発行2800+税)
「嘆きの天使」(知ってる人は少ないだろうな)みたいでなかなか面白い、若き日の沢田正二郎も出てきます・・
そして大正8年 須磨子が前年死んだ抱月の後追い自殺してしまい、芸術座は終焉します。
川村は芸術座解散後は新派に係わって脚色・演出、若手俳優の育成に尽力する一方で、
大正12年、日活向島撮影所の脚本部に入り 移転に伴い京都撮影所に異動、昭和6年
松竹蒲田撮影所で「金色夜叉」「不如帰」「父姉妹」などの通俗小説の脚本化に携わる 代表作とされる「母三人」は戦中戦後とわたり 三度も映画化された
昭和29年(1954) 死去

英文学の研究家でもある川村はオー・ヘンリーの「20年後」「賢者の贈り物」という
二つの短編を原案にしてこの作品「上州土産百両首」を書いたと吉村は思っている。
(興味のある方は電子図書館・プロジェクト杉田玄白 オー・ヘンリーで検索して読んで下さい)
 
初演は昭和8年 6代目菊五郎と初代吉右衛門で上演されました。

戦後には昭和35年6月新歌舞伎座で勝新太郎と藤山寛美のコンビで上演 
あと中村錦之介と嘉葎雄兄弟、五木ひろしと古今亭志ん朝、秋野大作のコンビで、
また松竹新喜劇のレパートリーとして藤山寛美主演で何度か上演された。(DVD藤山寛美十八番箱に入っていて見ることが出来る)

歌舞伎公演では1994年市川猿之助、中村勘九郎(現、勘三郎)のコンビでの上演があり近年は2010年国立劇場・第8回亀治郎の会で市川亀治郎と福士雅冶のコンビで上演されている

なお昭和8年 この作品は木村富士夫脚本・井上金太郎監督で映画化されている。
                                 
           (2012上演に際して)