まいぱん日記

身近なあれこれ、植物のことなど

土手を右に行くと

2020年08月06日 | 川原の植物

いつも散歩は川原の土手を上って左に行きます。上流に向かうことになります。

生えている、なじみの草たちの変化が分かって、楽しいです。

でもたまには右に行ってみましょうか。そうすると鳩舎があります。

その隣の公園の入り口に生えているセンダンに実がなっていました。

橋の下をくぐったら、土手は草刈りをしていません。管轄が違うのでしょうか。

すぐ下に川が流れているのですが、生い茂る灌木と草で全く見えません。川が流れる音もセミの鳴き声がうるさくてかもしれませんが、聞こえません。

マイやパンジーやめぐちゃんと散歩した道なのですが、夕方で薄暗くなってきたし、最近は通りつけない道なので、ひとりだとちょっとこわい。

帰りは土手でなく、住宅街の中の道を選びました。

ひさしぶりに矢沢バレエスクールの前を通って、橋のところでいつもの土手に出て、家に帰りました。

    

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伝書鳩

2020年08月06日 | 「くるくるしんぶん」から

今日散歩で見かけた伝書鳩です。このお家ではもう長い間飼われていて、マイと散歩していたときは毎日空を飛ぶ鳩たちの姿を立ち止まって見上げていました。

    

 

子どものころから生き物が好きでした。今でも生き物の記憶は生き生きと私の中にあります。飼い始めるときのわくわくした気持ちだったり、手に負えなくてつらかったり、そばにいてくれる満たされた気持ちだったり・・・。そして別れのつらい思い出があります。これはそのどれともちがう、憧れの記憶です。


  伝書鳩                    くるくるしんぶんNo.612 (1991.3.4)

2月19日昼休みにいつもの構内散歩も終わりに近づいたころ、ほとんど骨になった鳥の死骸を見つけました。

「あら、足環をしているみたい。」

足環には電話番号が書いてあるようでした。

「連絡してあげた方がいいんじゃない? でも足環がとれない。」

からからの骨の足をつまんで足環をひっぱると、かんたんにはずれました。足環には電話番号と「鈴木」の文字がありました。

鈴木さん宅に電話すると、奥さんらしいひとが出ました。訳を話すと

「先週日曜日、レースに出した伝書鳩が戻らなかった。天候が悪かったので、事故にあったのでしょう。わざわざありがとう」とよくあることなのか、ごく冷静でした。

電話をかけたあと、同僚のSさんにその話をしたら、ご主人が子供のころ、50羽も伝書鳩を飼っていた話をしてくれました。

餌代をつくるために農家だったおうちの畑からミョウガなどを掘り出しては、立川の青果市場に運び、並べておくと、けっこう売れて自力で鳩たちを養うことができたのだそうです。

Sさんのご主人って、イギリスの児童文学に出てきそうな、自立した少年だったんだなとわたしは感心しながら、聞いてきました。

そういえば、子供のころ、わたしは伝書鳩を飼うのが夢でした。

中学1年の一時期、『伝書鳩の飼い方』という本を毎日毎日暗記するほど読んだものでした。
自分の夢を具体化する手がかりを与えてくれる実用書、これを読む秘かなる楽しみ、言うに言えないものがありますね。

わたしは『伝書鳩の飼い方』を読んでは、小屋から飛び立たせたわたしの鳩たちが大空を飛翔し、また整然と列をなして戻ってくる、そんな様子を思い描いて、張り裂けんばかりに胸を高鳴らせるのでした。

でも張り裂ける寸前でいつも高鳴りを押しとどめるものがありました。

それは、本には鳩の訓練は朝6時と書いてありますが、わたしは八王子から御茶の水まで電車通学していたので、6時にそんなことをしていたら遅刻してしまいます。

「いったいどうしたらいいだろう?」真剣に悩んだ末、私はその本の著者に往復はがきで質問することにしました。

「鳩の訓練は朝6時と書いてありますが、私はどうしても6時にはできません。5時ではだめでしょうか。」

著者から折り返し誠意のある返事がきて、そこには「5時でも大丈夫」とありました。

(子供のどうでもいい疑問に真面目に対してくれるのが、伝書鳩のような少年時代からの夢を大人になっても持ち続けているひとのすてきなところです。)

その手紙を何度も何度も読み返しながら、「お金を貯めて、絶対このひとから鳩のつがいを譲ってもらおう」とわたしは決めました。

でも、結局、鳩を飼うのは12歳の女の子ひとりの手には負えず、私の夢は実現しませんでした。

最近、土鳩が増えた代わりに伝書鳩は見かけなくなりましたね。わたしが見かけるのは日野駅の豊田よりのホームの南側にあるぼろの鳩小屋です。
もう訓練などしていないのかもしれませんが、けっこう、たくさんの鳩が出入りしています。

日野駅のホームに降りることがあると、これを眺めるのを楽しみにしています。

そしてごくたまに整然と列をなして空を飛ぶ伝書鳩の群を見ると、胸の奥をきゅっと締めつけるものがあるのは、伝書鳩への憧れがまだどこかに残っているからでしょうか。

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