fromイーハトーヴ ーー児童文学(筆名おおぎやなぎちか)&俳句(俳号北柳あぶみ)

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『みちのく山のゆなな』(国土社)『ファミリーマップ』、エンタメシリーズ『家守神』1~4巻、『おはようの声』幼年童話『ヘビくんブランコくん』『オンチの葉っぱららららら♪』、短編集『友だちの木』・歴史物語『アテルイ 坂上田村麻呂と交えたエミシの勇士』他、好評発売中です。原稿・講演など各種ご依頼は、左側のメッセージからお願いいたします。    

春の散歩

2013年03月30日 | 日記

  雪が解けて、以前の散歩道に北上川沿いに出る、行ったことのない道を発見しました。

  よそ様の畑の間を抜けて 

 一応車の轍の跡もあり、道なんだよね。通っていいんだよね、と思いながら歩きました。あちこちに小さな穴があるのは、蛇か蜥蜴(とかげ)か? ちょっと早い?

 蜥蜴出て執事のごとく進みけり   高橋らら(『いちばんわかりやすい俳句歳時記』)

  


『命のバトン』(堀米薫)ー佼正出版

2013年03月29日 | 本の紹介

              命のバトン 津波を生きぬいた奇跡の牛の物語  中学年~大人

 堀米薫さん、渾身のノンフィクションです。本文を読む前、手にして最初にある震災直後のみやのう(宮城農業高校)の写真を見たとき、ぐっと泣いてしまいました。いえ、でもお涙ちょうだいの作品ではありません。ご自身が被災者でもある作者堀米さんが辛い状況ををこらえ震災後から取材をし、そして出てくるみやのうの先生や生徒さんたちもまたそれに応じ、牛を守り、命というものを考え、生きぬいてきた事実なのですから。

 みやのう(宮城農業高校)は、沿岸から1キロのところにあります。あの地震のあとの津波は、校舎もそして実習の牧舎も飲み込みんでいきました。

 震災後、みやのうの牛たちは逃げきったものと、命を失ったものに分かれてしまいます。逃げ切った牛たちは、多くの人がその面倒を見てくれもします。しかし助かった牛たちには、福島原発の放射能の影響で牧草が汚染されていることが判明し、エサを十分に与えることができないという状況が襲いかかってもきます。これはもう酪農家でもある作者堀米さんご自身の状況とも重なります。そんな中、みやのうの牛たちは震災後わずか3ヶ月後の宮城県の共進会(コンテスト)で出場した3頭の牛が上位入賞を果たすという快挙をなしとげます。

 本の表紙になっている陽子さんの笑顔、この笑顔が読後、さらに太陽のように輝いて見えます。一緒に映っている牛は「サニー」という陽子さんが名づけた仔牛。この物語は、震災という苦難を経て、人と動物が結びついている姿を描いたものであると同時に、私達は肉を食べて命を受け継いでいるのだということを改めて感じさせる、二本立てのテーマの作品です。いえ、命という一つのテーマの中に2本の柱があると言ったらいいでしょうか。

 陽子さんは農業高校に入り、鶏の解体を経験します。最初、二の足を踏んでいた陽子さんは、鶏を捉え、肉として食するという一連の経験を経て、自分たちが動物の命をいただいているという実感を持つのです。「サニー」と名づけた牛もまた、いずれは肉牛となります。

 私たちは、他の動物の命をいただいて生きているのです。豚を飼ってそれを食するという授業が話題になり映画にもなりました。その是非はともかく、スーパーで売られているパックの肉も、生きていた動物だったのだという事実をもう一度噛みしめたいと思いました。

 子どもはもちろんですが、大人の方たちにも読んでいただきたい一冊です。


『海街diary』(吉田秋生)

2013年03月28日 | 日記

                

 マンガ大賞を受賞しました。パチパチ。今4巻まで出てるのでしょうか? 5巻? 1巻、ボロ泣きでした。うーん、でも吉田秋生のマンガとしてはもっと毒気が欲しいという欲張りなファンです。ドラマや映画になりそうな話。『ラヴァーズキス』の主人公がちょいと出てきて、鎌倉でいろんなドラマが同時進行なんだなあというところはツボです。

 1巻がピークで、このあとどうなるんだろう、というのがないのかな?(←えらそーに)

 ところで漫画家は、小説家とちがい、ほとんどプライバシーが出ないですね。顔を出さないのは、ファンの夢を壊さないためなのでしょうか? 吉田秋生って、女性ですよね。と、ずっとファンで読んでいるのに、そこすらはっきりしていない。あ、でも顔出ししている漫画家も結構いるか。(あの人とか、あの人とか)作品オンリイで勝負というのは、すごいと思いますし、芸術っていうのは本来そういうものであってほしい。作者の人生が付加価値となるというのは、好きじゃない、と最近まで思っていたのですが、このところちょっと考えが変わっています。作品オンリイで感動させてくれたらベターだけど、+作者もあり。

 あ、また漫画が読みたくなってきた。このごろの漫画、長くって……。


お願い

2013年03月27日 | あいさつ

 現在私は岩手にいるのですが、郵便物は家のものに転送をしてもらっていました。が、少しの期間(これが一ヶ月になるかもっとになるかはわからないのですが)東京の家が留守になります。

 このブログをごらんになっている方で、私に郵便物やメール便を送ってくださる方は、おそれいりますが岩手の住所へ出していただきたくお願いいたします。といっても、ここに住所を書くわけにもいかず、メールまたはこのブログの左側にあるメッセージというところからお問い合わせくださいませ。

 郵便局とクロネコには、住民票を移さずとも届けると転送してくれると聞いたので、そうするつもりではいるし、ずっと留守にはしないように、東京にも行くつもりですが

 どうぞよろしくお願いいたします。

 いぬふぐり


古いものたち

2013年03月25日 | 日記

 花巻市に「賢治の広場」というお店があり、立ち寄りました。ギャラリーと喫茶、ハンドメイドの小物のお店というところ。

   

 賢治の時代のものが展示されてました。「椎茸」……乾物屋さんなのでしょうね。

  後ろの写真、古い駅舎と駅員さん

 

『くものちゅいえこ』(森川成美)ーPHP研究所、に出てきた扇風機みたい。

 ガリ版、経験ありますよ。

 ガリ版って、もしかしたら私の年代あたりが最後の使用者かもしれませんね。私も小学校高学年ではもう使ってなかったか? しかし今のパソコンとプリンターを考えると、その進歩に目を見はります。50年経ってないですよ。ということは50年後はどうなっているのだろう。今のプリンターが展示されているのでしょうか。

 このお店では、マフラーとーペンダントなども購入。お店の二階で織っているというマフラー、とてもお手軽な値段で、なかなかよいものでした。コーヒー(300円)もおいしかったです。ただ「はなまるカフェ」といネーミングはいかがなものか。市内の書道家たちが、賢治の作品の一部を書いたものの展示会も行われていて、これも味のある作品ばかりでした。また行こう。


「虚子の一足」(千字評論)

2013年03月23日 | 俳句

 「童子」で募集していた千字評論賞へ応募し、今年1月号に秀作として掲載していただいたものです。今「カミと神ーアニミズムと宇宙の旅(岩田慶治)」という本を読んでいて(古い本です。岩田慶治さん、最近亡くなられました。いや、難しくって10分の1も理解できない……)、自然、アニミズムなどのことを、乏しい頭で考えたり、感じたりしています。するとふと、この「虚子の一足」もまた自然への畏敬、神への畏敬ということを書いたものだったと思いだしたのでした。「童子」以外の方で、このブログにおいでくださっている方でも、興味があったら、読んでみてください。千字といっても、原稿用紙3枚ということだったので、1200字です。(雲海は夏、登高は秋です)

 *先日友人にこの評論を読んでいただいたところ、冒頭で、え? という感じだったみたいです。俳句をやっていない方にとっては、いきなり「雲海の本意は」という出だしに戸惑われるかもしれません。申し訳ありません。日頃、「季語の本意」というのをよくよく言われているもので、そこをすっとばして書いています。本意というのは、本来の意味(←そのまんま)、朝寝という春の季語がありますが、ただの寝坊ではなく、艶のある季語、恋を感じるべきものということだそうです。春の季語には、すべて恋の季節というものが根底にあるとか、秋の季語には寂しい、わびしいが本意としてあるとか。そんな感じです。

「虚子の一足」

 雲海の本意は、山開き後、山に登って眼下に雲の海を見ること。とすれば、やはり飛行機から見る雲海は、季語の本意からはずれているということでしょうか。先生は、飛行機の窓から見る雲海を季語と見なしますか?

 日頃疑問に思っていたこの件を主宰に尋ねる機会を得、主宰からは次のような答えをいただいた。

 山開きは、神事である。山神に敬意を表し、山に入るお許しをいただくもの。山開という季語を使うには、そこを踏まえなくてはいけない。ほとんどの季語は、つきつめると神への畏敬、自然への畏敬が根底にある。雲海もしかりで、山から見た雲海であっても山神への敬意のないものは、季語の本意を捉えているとは言い難いし、また逆に飛行機から見た雲海でも、神への敬意を持って作ったものは、季語の本意に即しているといえる。俳句を作るときは、その本意を逆手にとって、ひっくりかえすということもあるが、その場合にしても根底は同じである。

『いちばんわかりやすい俳句歳時記』でも、

「山開」には、「昔の登山は信仰行事で、登拝の解禁を山開と言った」と記してある。『カラー図説日本大歳時記』(講談社)は、「往時わが国の霊山は山岳信仰の徒によって守られ、一般の人は山に入ることができなかった。それが夏期にのみ解放される習慣があり、それがお山開きであり、また山仕舞いの行事があって山は閉じられた」とある。

 榊にて外天を祓ふ山開   平畑静塔

 他にもわかりやすい例を一つあげたい。

 登高。高きの登るは、「重陽の日に高い山や高い処に登って厄災を祓った中国の古俗。赤い袋に薑を入れ、菊酒にひたし、『茱萸の酒』と言って飲んだ」(『わかりやすい俳句歳時記』)。「高い処」が、神に近いからだ。『カラー図説日本大歳時記』では、加えて「日本においては、今はこのようなことは行われていないが、秋晴れの一日、近くの野山に一家団欒のハイキングをこころみたり、グループでの登高が行われたりする。そういう意味からも季語として生かされているのである」と付記している。ここで思い浮かぶのは、

 一足の石の高きに登りけり  虚子

という句だ。庭か川原か、沓脱石か、何も言っていない。実にシンプルで、象徴的な句だ。

 わざわざ山に登りはしないが、少し高いところに足を運び、俳人は「登高」という季語を使おうかという心持ちになる。そのとき、穢れを祓うという意識を持つことが大事なのだ。

 行く道のままに高きに登りけり 富安風生 

 雲海にもどれば、かつて実際の山から見たその神々しさは、飛行機からのものとは別ものだった。しかしその経験さえ踏まえれば、いずれスカイツリーへの登高の句、スカイツリーからの雲海の句も可能か。しかし虚子の一足に、スカイツリーの高さは及ばないようにも思える。

 登高最後の巖を登りけり  辻 桃子  (句集『津軽』) *今年この句を刻んだ句碑が青森県南津軽郡、岩木山が見える公園に建立されます。(評論の中にこの句をいれるべきでした)


たしかに春が

2013年03月21日 | 日記

           見つけた

  湖のような雪解けの田んぼ

 四五枚の田の展けたる雪間かな  高野素十

 雪解川(ゆきげがわ)

 先日暖かかった日の散歩でした。

 そして先日は、スーパーでサンマのすりみ(だんごになってない状態)があり、そこにあった8パック全部買ってきて、冷凍しました。スーパーの人が、このブログを見て、出してくれたか? ないない。


映画「八日目の蝉」

2013年03月20日 | 日記

 たまーに、ネットで映画を見ます。この「八日目の蝉」も、少し前GYAOで見られたのですが、終わっちゃった? 確か日本アカデミー賞で、井上真央が主演女優賞をとったと思います。そのとき映画を観ていなかったので、なんで誘拐された娘が主演なの? と思いました。小説では誘拐した女性が主人公でしたから。ようやく映画を観て、なるほどと思った次第です。小説をそのままなぞるのではなく、娘の視点を全面に出してできあがっている作品でした。そして、小説でも映画でも、やはり最後のほうで、誘拐犯の女性が言う台詞が泣かせてくれる。

 ひたすら女性の映画であり、小説なのだなあというのも今回観た感想でした。男が浮気なんてしなければ、こんなことはないわけですからね。(そこもまた人間ってこういうものってことなのかなあ)角田光代さん、最近の作品とか読んでいないのですが、こういう代表作があるって、すばらしい。最初のころは児童文学も書いてらしたんですよね。(←遠い目)最近ので、これがいいよというのとか、ありましたら教えてください。

  雪解けの田と残る白鳥

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 神戸のTさん、メッセージありがとうございます。白鳥がうちのまん前に来るのは、私もいいなあと思っています。でも数年前までは、市民がこぞって川や沼でエサをあげていたので田んぼにエサを求めてくることはありませんでした。鳥インフルエンザの影響で、エサをもらえなくなった白鳥たちなのです。 


白鳥帰る

2013年03月19日 | 日記

               

もう北へ帰ったかな。数日前、うちの前の田んぼに5羽が来てましたが、きのうはいなかった。田んぼの雪が解けてきて、落ち穂とか虫とかいるのか、

  

 食べてました。雪はゆるんでいるので、歩いていて、ときどきザシッと足が沈んでつまづきそうになります。

 白鳥は帰りつつ月育ちつつ   村上三良

 大き影落とし白鳥帰りけり   富樫風花

 白鳥の残つてをるが泥まみれ  斉藤夕日  (『いちばんわかりやすい俳句歳時記』より)


骨取りサンマ

2013年03月18日 | 日記

                      

 流動食といっても、全部ドロドロにしているわけではなく、柔らかいものならオーケー。繊維のあるものはちょっと無理かなというところです。そこで一週間に一度は活躍しているのが、これ。

 本来はこのまま焼いて食べるものらしいのですが、私は皮を剥いで、ぶつ切りにし、ボールにショウガのすりおろしと片栗粉を入れ、バーミックスでガーッと廻します。それでサンマのつみれができるというわけで、これを蕪なんかと煮ます。蕪はすぐにとろとろになるので、これもしょっちゅう登場。

 この骨取りシリーズ、最近ではサバが出ました。若い人がターゲットで、このキャラ。(いいんですけどね。三陸鉄道のキャラクターらしい)バジル風味、シソ風味とありますが、うちは年寄りが食べるのでバジルはちょっとね。サバのつみれというのはきかないですね。イワシも出してほしいかな。つみれとなって売っているものは、(鶏にしても、なんにしても)ちょっと固めなんですよね。自分で作った方が柔らかくできるので。

 それで彼は、田野畑ユウといい、実家は酪農家でワインが好きという設定らしいです。三陸には田野畑村というところがあるので。三陸鉄道にはもう一人、恋し浜レンという鉄道男子もいます。レンのほうがワイルドっぽい? 

  田野畑ユウ

 この骨抜き魚を置いてあるコーナー、以前はスルーだったのですが、最近へえ、ほっけも赤魚も骨抜きで食べやすい状態にして売ってあるんですね。


ツリーハウス 

2013年03月17日 | 日記

         

 岩手にあるこのツリーハウス。たまに通るのですが、すごいなあ。作ったんだなあ。

  超立派。

 いいなー、上ってみたい。木はなんだろう、欅かな。東京のうちの近くにもあるらしいんだけど、(そういう記事が某所に出ていて)周辺さがしたのですが、見つけていません。近くの図書館の方に、「まわりを歩いていて、家主に『上らせて』といえば、のぼらせてくれますよ」と教えていただいたのですけど。


雪をめくる

2013年03月16日 | 日記

           

 よーく見ていたけば、左端の木がずーーっとしなって枝先が雪の下になったいるのがわかると思います。普通は雪の重みで折れてしまうとことを、この木はこうやって頑張ったんだなあ。まるで雪をめくっているみたいで、心引かれる姿でした。