週刊浅草「江戸っ子瓦版」 -のんびりHiGH句な日々-

文学と食とRUNの日々を、PHOTO5・7・5で綴るエッセイ♪

「あねチャリ」にハマったわ!

2016年06月19日 | ★江戸っ子エッセイ★


        【あねチャリ】
     著:川西蘭 


【もも上げろ回せや回せ玉の汗】哲露


 その本は何気なく振り返ったそこにあった。

 川西蘭。

 作者は知っていたが、かつて読んだことがない。

 食わず嫌いというわけではないが、縁がなかったのだろう。

 立ち寄った図書館の特設コーナー。

 カッコいい装丁の画角、色遣いが胸に飛び込んできたのだ。

 即座に借りて、通勤、移動の合間に一気に読んでしまう。

 恐竜と呼ばれた伝説の元競輪選手と、引きこもり女性高生の出会い。

 ハマっていくうちに、読み終えてしまうのがどうにも惜しくなった。

 そんな本を読んだのはいつ以来だろう。

 作者の世界が好みなのか、たまたまテーマの自転車競技の世界に興味を抱いたからなのかわからない。

 恐らく両方とも正解なのだ。

 これ以上はネタバレになるので控えるが、

 カラダを動かし続けた先に現れる突き抜けた全身の快感と魂の解放。

 限界を超えたところに、目指す未来がある。

 回せ、回せ、回せ!

 川西蘭、まとめて読むぞ。





 そして、自転車を扱った本を2冊借りた。

 最近テレビでよく見る羽田圭介と近藤史恵。

 こうした出会いも、紙の本だから。

 あねチャリは、手元に置きたいので、改めて購入しようと思う。

 ああ、競技自転車に乗りたくなった。

 いつか北へ南へ、おじチャリで旅したい。

 モードが入ってきた。

 祭りも過ぎた。もう夏だもんな。

 もうすぐジャンが鳴る。

 やるしかない。


 



 

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アサギをよぶ声

2016年06月12日 | ☆文学のこと☆


          「アサギをよぶ声」
        著:森川成美  画:スカイエマ

  
 2巻、3巻と立て続けに読んだ。

 初巻を読んでから随分と開いてしまったが、すんなりと架空の古の世界へ飛ぶ。

 アサギはタケに競争で勝ったにも関わらず、村の掟に従い女屋へ入る。

 信頼できる戦士ハヤと訓練した弓の腕は、ここでは役に立たない。

 そんな中、サコねえが村から消えた。

 神とりにあったと人々は口にする。

 心の拠り所にしたサコねえの失踪、かつて矢羽を交換した謎の女ナータ。

 ハヤとタケの偵察。

 物語がいよいよ動きだす。

 「新たな旅立ち」から「そして時は来た」へ。

 スカイエマの絵が古の舞台を想起させる。

 半信半疑のアサギ自身の力を、あの声が、猿が、弓が導いてゆく。

 ページが進むごとに夢中になった。

 後半の展開は先が見えたが、それも気にならない。

 丹念に世界が描かれているからだろう。

 自分が生きるためとはいえ、人と人はなぜ争わなくてはならないのだ。

 根源的な人間の業を深く考え、共感した。

 ただ惜しむとしたら、ラストのあの言葉。

 作者ならではの表現で置き換えて欲しかった。

 安全と食い扶持が担保されても自由がなければ生きている価値は薄い。

 現代の私たちにも言えることを作者は問いかける。

 私たちの古かこいや柵は、自分で壊し、出ていくしか道はないのだ。

 物語の世界に浸れる。

 本を読む楽しみはこれに尽きる。

 森川さん、面白かったよ。 


【梅雨空に思いの矢を放つ時】 哲露






 かのK女史が銀座で美味い蕎麦を食べた話しをFBで書いていた。

 そしたら、松屋裏の山形田を思い出した。

 名物の蔵王冷やし地鶏そば。

 顎が痛くなるほどの噛みごたえのある手打ち、

 野性味のあるわりにさっぱりといただける地鶏。

 出汁の効いた薄口の塩味のスープは丁寧な仕込みゆえだろう。

 京橋から移って、しばらくぶりに食べた。

 たっぷりの一味をかけて、汁まで飲み干した。

 やっぱり旨い。

 夜は地酒や山菜や馬刺しなどのつまみも充実。

 またきっと来るだろうな。

 昨夜はせいのあつこさんの初出版のお祝い会があった。

 同人へ入会以来、あちらこちらで合評し、切磋琢磨した仲間のデビューは本当に嬉しい。

 何があっても書き続けてきたからこそのご褒美である。

 せいのさん、本当におめでとう。

 さて、まもなく鳥越の宮入り。

 屋台を冷やかしに出掛けるとしますかな。
  

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車夫。

2016年05月31日 | ☆文学のこと☆


      【車夫】
     著:いとうみく 


 冒頭の一文から本の世界へ引きずり込まれた。

 ミュールの靴擦れに悪態つく女の子の独白が生々しい。

 どうやらその原因が父親の再婚問題に絡んでいるらしいと判る。 

 その父親と再婚相手を一緒に追っかけてくれたのが車夫の吉瀬走だ。

 浅草の町に人力車が復活したのはいつの頃だったろう。

 あの頃、ローカルは人力車なんて流行らないと決めつけていたように思う。


 



【紫陽花や笑顔が滑る足袋の音】哲露
 

 いまでは六区の町の灯が消えかけたのが嘘のように、観光地として息を吹き返した。

 それと呼応するように勢力を増した人力車。

 住人として今では当たり前の風景だが、それを動かすのは生身の人間の力だ。

 そして観光客を口説き、乗せるのが商売だから、

 見てくれ、風采がいいに越したことはない。

 まさに体育会系の若者にはうってつけの職だろう。

 陸上出身の主人公とはよく思いついたものだ。

 人力車が行き交う辻の風景や描写、町の空気感。

 作者は実際、よくよく取材されてのことに違いない。

 「この仕事をはじめてから、季節の変化に敏感になった気がする。」

 お気に入りの一文だ。

 欲を言えば、喰い物のシーンにシズル感と香り立つ匂いがもっとあればと思った。

 野暮かもしれないが、一読者として、
 
 ここを削ったらもっと余韻が残るのにと残念に思ったとこは内緒で伝えたい。

 過酷な運命に翻弄され、ストイックでニヒルになった主人公が、
 
 浅草の町人と共生することで、この町を訪れる人と触れ合うことで自然と明るく再生していく。 

 予定調和の結論を急がない運びがいい。 

 もっとこの先を読んでみたいと思った。

 仕事の合間に本を開きながら、神保町の老舗で元祖冷やし中華を食う。

 くらげも椎茸もたっぷりとさっぱりと酸味の効いたタレが沁みている。

 胡瓜はあくまで潔い食感で、老舗の焼き豚とハムは口に含むと柔らかく滋味深い。

 頬が緩むほど肉肉しいシュウマイを噛み、冷えた麦酒で流し込んだ。 




 
 揚子江飯店の冷やし中華は、おいらの中でいちばんの味。

 車夫はいとう作品でいちばん気に入った本。

 一度、人力車に乗ってみたくなった。

 いとうさん、続編はいつ!?

 

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三社祭のこと。

2016年05月22日 | ★江戸っ子エッセイ★





 例年なら三社祭の週末

 サミットのおかげで穏やかな休日を過ごしている。

 件の理由で13日から祭りが始まった。

 象潟三丁目は本社神輿二ノ宮を担ぐ。

 本来は神輿を上から覗いてはいけない。

 神様を見下ろすことになるからだ。神様ごめんなさい。

 土曜日の連合渡御の三倍は人が集まっている。

 仕事のせいか、本社神輿の人気ゆえか。 





【シャンシャンと祭り半纏汗も飛び】哲露


 土曜日は浅草寺の裏手に、およそ100基の神輿が集まる。

 それから決められた順番に、浅草神社へ神輿ごと参詣する。

 この時ばかりは、子供の小神輿、中神輿も一緒。

 参道界隈の観光客の手拍子の中、いちばんの見せ場でもある。





 子供たちも大人たちも晴れ晴れとした表情で気合が入る。

 じつに気分のいい瞬間なのだ。 

 子供らにはお菓子とジュース。

 うちらには、お弁当とビールが待っている。

 一週間早まったおかげか、例年降る雨もなく、じわっと身体の内から汗が吹き出る。

 まさにトランス状態。

 祭囃子が江戸っ子の魂を鼓舞する。





 夕方に発進すると、町は徐々に宵の表情をみせる。

 各地区の町会がいくつか合同で、揃い、町を練る。

 象三は聖天前から浅間神社へ向かう。

 そう来月始まるお富士さんの植木市の神社だ。

 一本締めの後、五基の神輿が一斉に上がるのはいつ見ても格好いい。






 日曜日の本社の宮入り。

 昨年の喧嘩騒動で、青年部と一帯で警備が厳しかった。

 祭り好きと喧嘩好きは似て非なるもの。

 担ぐ人、見る人、町の人がうっとりと楽しめる祭りであって欲しいものだ。

 たらふくビールを飲んで膨らんだ腹ごなしに、

 子供らと宮入りを見に行く。

 バリケードで境内には立ち入れなかったけど、

 一ノ宮と三ノ宮の宮入りを見られた。

 新門辰五郎お墨付きの木遣りにうっとり。

 たっぷり担いで大満足の祭りだった。

 来月は、今戸神社の本祭がある。

 お江戸の浅草は、夏まっしぐらでござる




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亀戸天神様の藤祭り

2016年05月07日 | ★江戸っ子エッセイ★





【藤棚を見下ろしたるやたいこ橋】哲露


 こどもの日、ふと思い立ち亀戸へ

 4月末から始まった藤まつり。

 ランニングのあとに、自転車でエッチラオッチラ。

 5月5日が最終日とあって、たいへんな賑わいだ。

 この暑い中、おまわりさんもおつかれさん。







 北斎や広重で有名な天神様境内の太鼓橋もご覧の通り大盛況。

 藤の見ごろはとうに過ぎてしまったが、露天の威勢は健在。

 簡易のベンチでは、イカ焼きやビールを美味しそうに頬張っている。

 船橋屋の行列も相変わらず。

 マラソン前でなければ、飲みたいところを我慢する。






 綺麗な紫が目に入る。

 初夏の陽光に、緑との色合いが艶やかだなぁ。

 僅かに残る藤棚にスマホのレンズがあちこちから狙う。

 僕は往時への思いを馳せた。

 江戸の名残りをこんな形で楽しめるのも平和な日本だから。





 
 学問の神、菅原道真公の5歳の像。

 亀は万年、長閑な休日がいつまでも続くといいなと願う。

 それにしても、このたいこ橋。

 昔のひとは、下駄で渡ったとおもうと驚く。

 参道に、いい感じの蕎麦屋があった。

 今度あの人とゆっくり来てみたいものだ。





 ツリーとのツーショットも現代ならでは。

 気軽にタイムスリップできる天神様。

 有名な餃子もせんべいもある。

 これからの季節、おすすめの散策コースでござる。

 明日は長男と初のマラソン大会。

 早朝からさつきで有名な鹿沼に向かう。

 久しぶりの大会、とりあえず目指せ完走なのだ

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不条理な世界!

2016年05月01日 | ★江戸っ子エッセイ★




 「それでも人は生きていく」

 こんなコピーが気になって、ある日名画座に入った。

 橋口監督を知らずにみたから意表を突かれた形で恐れ入った。

 恋愛物のようなタイトルだから余計騙される。

 不思議な独白から始まる。

 低予算で創ったであろう撮り方。

 なのに、徐々に作品に引きこまれていく。

 キネマ旬報日本映画第1位ほか各映画賞を受賞していたと知り、驚いたが、

 それもそのはず、観終えた後、微かな光の余韻に浸れたからだ。

 日本アカデミーで新人俳優賞を取った篠原篤が、不条理な日常を淡々と、ときに熱く演じる。

 仏教では、十界という10個の世界に区分する教義がある。

 四聖という悟りの世界と、六道という迷いの世界に分けられる。

 六道のなかで、天上界と修羅界の間に存在するのが、私たちのいる人間界。

 歓びもある一方、毎日の暮らしは辛く苦しいものだ。

 真面目に生きていても、不条理な災厄が起こるのが人生。

 その真理を見事に表現している。





 不条理極まりない、理不尽なことが年々多くなったと感じる。

 それも歴史に学べば、いまに限ったことではない、人間界の定めなのかもしれない。

 人間界に歓びがあると定義されている通り、この作品でも最後に希望が見える。

 文学も映画も、その最後の光こそが救いなのだ。

 この作品、観てよかったと思う。



【通勤のOLさんも衣替え】哲露






 いつも敬愛する先輩が食べている上海焼きそば。

 かの池波正太郎が好んだ一品である。

 添え物と思えない焼売から甘い肉汁が溢れる。

 文豪もきっと辛子をつけて、ビールを飲んだに違いない。

 この日は、大切なひととランチなのでビールは我慢。

 ああ、お腹いっぱいだ。

 揚子江菜館は、冷やし中華の発祥の店と言われる。

 丁寧に揃えられた

 胡瓜やハム、焼き豚、クラゲ、エビ、さやえんどうに、盛られた金糸卵が圧巻。

 GWは、長男と走るマラソンの調整に忙しい。

 翌週は、今年少し早い「三社祭」でござる。

 もうそんな季節になった
 

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日本で一番悪い奴ら

2016年04月24日 | ★江戸っ子エッセイ★


 綾野剛のイメージをぶち壊す体当たりの演技を見て、彼に対する印象ががらりと変わった

 発端は「覚醒剤130キロ、大麻2トン、拳銃100丁」と帯巻きされた講談社文庫、

 北海道警察の元警部稲葉圭昭が書いた「恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白」だ。

 現役の警部として道警史上初めて覚醒剤使用で逮捕されたツワモノだ。

 その後、懲戒免職、覚醒剤取締法違反、銃刀法違反で懲役、9年の刑期を満了する。

 柔道で鍛えた体で、S(=スパイ)たちを手なずけ、すすきのでのし上がり警察内の点数を稼ぎまくる。

 でっちあげ、やらせ逮捕、おとり捜査、拳銃の購入、麻薬の密輸などなど。

 拳銃(チャカ)を挙げるために、歪んだ正義がはびこっていく。

 事件が生々しいゆえ、撮影は北海道で行えず、三重県四日市の桑名で敢行されたという。

 当初、映画化は不可能といわれた所以だ。

 Sの一人、黒岩役の中村獅童とのコンビが面白い。

 ところで、題名の悪い奴らだが、

 モデルの著者は刑務所に入ったとはいえ、本当に悪い奴らはいつも高見にいる。

 沈黙の組織の怖ろしいこと。

 子供の頃は、大人は警察は先生はみんな聖人君子の偉い人間だと思っていたよ。

 ところが現実はどうだ。

 地上波のドラマに骨太を求められなくなって久しい。

 だが日本映画、まだまだ捨てたもんじゃない。

 それにしても、獅童はともかく、綾野のやくざ紛いの衣装は、まるで浅草やくざそのもの。

 それがまた格好いいから憎いね。

 昭和ノリたるジーを感じさせる作品は、6月25日から全国一斉ロードショー。



【はなみずきリアルな悪は上を向く】哲露






 
 さてはて、流感後、気力体力がガタ落ちだわさ。

 次男の入学式の帰路、精をつけるために立ち寄る。

 勝海舟や龍馬も通ったといわれる老舗、やっ古だ。

 日本の鰻は何年ぶりだろう。

 甘すぎず、濃すぎず、あっさりといただけれるタレは俺好み。

 ステンドガラスの大正モダンの様式はじつに落ち着く。

 老舗だがランチは庶民派だ。

 気っ風のいい女将さんから笑顔の祝いももらった。

 さて、次回も日本映画を推しやす

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東京零年

2016年04月10日 | ☆文学のこと☆


    【東京零年】
    著:赤川次郎 
   2015/8/10 新潮社


【自由だと知らぬ仏を山笑う】哲露
 
 久しぶりの赤川次郎

 小学生の頃、よく読んでいた作家だ。

 中学に上がり、スノッビーな同級から「赤川次郎なんて読んでいるの!?」と、心の底から揶揄された。

 多感な年頃、実際面白かったのだが、たしかにどの作も似たり寄ったりで、変化に欠け、飽きていたこともあった。

 そこからベストセラー大衆作家として敬遠してきたままこの歳に至る。

 自分では決して手を出さないジャンルの本に気づくから、

 同級生が嫌がった高校のオオタカ先生の課題図書も嫌いでなかったし(誰にも言ったことないが)、

 日曜の書評欄が好きである。

 そこに意外なことに、赤川次郎の新作が載っていた。

 2011年の震災以降、被災地を歩いたり、記事や番組をチェックしたり、

 反原発のデモに行ったりと自分なりに意識が変化した。

 書評欄の中で、赤川次郎はこれまで書いてきたことの意味を問い、反省し、この作品を書いたとあった。

 国家と権力者が奢り、行き着いた先の恐ろしいまでの管理社会を描いている。

 ジョージオーウェル「1984」の現代版といったところか。

 このフィクションを読んでいて、物語と達観できない妙にリアルな想像力が怖い。

 改めて、文章の技法もさすがと思った。

 書かない物書きがバカにするほど恥ずかしい無知はないと思い知らされた。

 国家統制、そこには力に絡め取られたものの終焉が暗示されている。

 B型の流感の惚けた頭にも読みやすい文体。

 この世へのアンチテーゼとして、必読の一作である

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ガラスの壁のむこうがわ

2016年03月27日 | ☆文学のこと☆


 「ガラスの壁のむこうがわ」
著:せいのあつこ 画:北澤平祐 
    発行:国土社


 同人のせいのさんのデビュー作を読んだ

 表紙のカラフルな色彩のシャボン玉は、本文に入るとガラスの玉だと気づく。

 うつろな女の子の目は本を見ているようで、どこを見ているのか。

 日本人はとかく枠にはめたがる。

 個性を伸ばそうという教育者のスローガンなんて嘘っぱちだ。

 国も、会社も、学校も、軍隊も、家庭ですら輪を乱すもの、異端を嫌う文化がわが民族には脈々とあるような気がする。

 人と同じでなければいけないなんて誰が決めたんだろう。

 友達100人できるかなという歌を、何の疑問も湧かず歌っていたけど、

 成長するにつけけたくさんの友達を持てば持つほど、関係性のあいまいさ、薄さに孤独感が現れるはずだ。

 ツイッターやFBなどのSNSがいい例だ。

 ここでも利便と引き換えに、孤独が誘発される。

 いっそ一人でいたほうが気が楽なのだ。

 ただ、時折、自分の考えに共感できる、共鳴できる友がいると妙にうれしい。

 それこそが真の友情ではないのか。

 常に群れることを、組織を嫌う私もまた一人の由香なのかもしれない。

 一般的に言う、普通なんてものは幻影なのだ。

 同人の一人として、せいのあつこの短編を読んできた。

 作者のメッセージが結実し、潔く一冊にまとまったことが仲間として感慨深い。

 読み終え本を閉じた。

 由香の目が心なし笑って見えた。

 せいのさん、デビューおめでとう。形になってホントよかったね。

 これからも異端を、不器用がかっこいいを、子供たちにいっぱい届けて欲しい。 


【薄紅のガラスに映る友の顔】哲露


 


 満月の光が照らす隅田川の桜も一部咲き。

 雨の予報も外れ、晴れ間が広がっている。

 春の公園。のんびりと、風のラブソングを聴きながら、花に語りかけたい。

 墨堤の露店を冷やかしにいこうか。

 ああ、花粉さえなければなぁ

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ハロルドが笑うその日まで

2016年03月20日 | ★江戸っ子エッセイ★




【眩しさやビューと吹く風花開き】哲露


 世界最大の家具販売店といえば、言わずと知れた「IKEA」である

 わが伝統工芸の国、日本でもいまやファストファッションとIKEAが隆盛を誇る。

 主人公はノルウェーで40年に渡り家具店を営んできたハロルド。

 その店の前に、ある日突如IKEA」が出現した。

 職人気質のハロルドは強気で商売を続けた。

 街の名士でもある彼は自分の方針の正しさを疑わなかった。

 しかし、わずか半年後には閉店に追い込まれ、認知症の妻も先立ってしまう。

 IKEAはまさにハロルドにとって、北欧の黒船だったのだ。

 築き上げてきたものをすべて失った初老の男の喪失が切ない。





 思えば、幼年期に暮らした町の商店街もいまや死滅してしまった。

 通学路にあった電気屋さんのおじさんおばさんは元気いっぱいだった。

 近所の喫茶店のマスターの作るカツサンドはどこよりも美味しかった。

 自営業の忙しさからよく出前を頼んだ中華屋の五目そばやとんかつ屋のヒレカツ弁当ももう食べることはできない。

 取材で訪れた北陸の商店街は、10年前にすでに寂れていた。

 東北は震災と放射能による人災で過疎化にさらに拍車がかかっている。

 世界各国、資本主義の行き着く先は、大資本の勝利、株主と資本家の天下でしかないのだろうか。

 そんな虚しさでハロルドを追っていく。

 焼身自殺も失敗した男は、ふとしたことで、その資本家と遭遇する。

 代々の家具店を潰された男と潰す要因を作った男が出会ってしまったのだ。

 ときに、シリアスに、またコメディタッチに物語は進行する。

 酒乱で寂しがり屋の母を持つエバが、「IKEA」創業者のカンプラードの誘拐に加担する辺りから動き出す。





 それぞれの信念は違えど、それぞれに確固たる考えを持つ二人の男。

 そこには懸命に生きる人間の姿が投影されている。

 そして、独りよがりの母を突き放せないエバの健気が愛おしい。

 現代のあらゆる悲劇、喜劇、およそ時勢が凝縮されている。

 ハロルドがふたたび笑える日はくるのだろうか。

 ほぼ三人で構成された作品、金をかけずともヒューマンドラマを描ける。

 いいや、金がかかっていないからこそ、市井の日常を映し出せるのだ。





 ハロルドが笑うその日まで。

 形あるものはいつか崩れる、その刹那を等身大でセンチに、じんわりと包んでくれる。

 4月16日より公開スタート!

 静謐な大気、大雪原に放たれた花火やネオンの煌めきの一瞬が美しい。

 花開きの週末、北欧の男の温かな白い息を思い浮かべる

  

 

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孤独のススメ。

2016年03月06日 | ★映画★





【ひとりぼちしがらみ外し梅香る】哲露


 試写で不思議な作品に出会った

 オランダの美しい田園風景が印象的だ。 

 最愛の妻を失い、天使の声を持つ一人息子とは音信不通。 

 空いたバスで仕事に通う、主人公フレッド。

 彼の孤独が画面いっぱいに染み入る。

 ある日そこへ現れた謎の男。

 その名前も判らない男と時間を共有することで、彼の生活リズムが少しずつずれていく。

 色彩を失くした彼の孤独な日常が徐々に温かみを帯びていった。 

 フレッドの笑顔に、田舎町の偏見が立ちはだかる。

 だが決して暗いだけの作品ではない。

 所詮誰もがみんな孤独なのだ。

 果たして、孤独であることを受け入れることが人生を謳歌する要諦なのか。

 孤独を認めることは誰しも怖い。

 私も孤独をススメるわけではない。

 しかし、認めることで豊かになるものがあるのもたしかだ。

 お互い孤独であることに気付くことで近づく縁もあるのだ。

 敬虔な彼が呪縛から解き放たれる瞬間がハラハラとし魅了する。

 4月9日から上映がスタート。

 ロッテルダム国際映画祭、モスクワ国際映画祭の観客賞などを受賞。

 不思議な魅力に溢れた作品である

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東京マラソンの日に想うこと。

2016年02月28日 | ★江戸っ子エッセイ★




【蕎麦香る胃袋いっぱい春嵐】哲露


 まもなく弥生に入る

 早いもんだ、もう今年も6分の1が過ぎたということだ。

 とある午前中の商談を終え、四ッ谷駅まで戻る。

 ランチ時、旨そうな看板メニューが多い。

 駅前の十割りそばの店に決めた。

 九条ネギと会津豚に誘われたのだ。

 しかも大盛り無料。

 そば粉100%の蕎麦は、弾力があって噛み応え十分。

 仄かに香る蕎麦の実、会津豚の甘い脂身がそれを包む。

 九条ネギの青みがいいアクセントだ。

 なんて素敵な組み合わせ!


 


 これだけでもボリュームがあるのに、どうしてもひかれてしまった。

 葉わさびご飯。

 ツーンと抜けるわさびの潔さが白米と相まって素晴らしい味に。

 半熟の玉子をのせるともうたまらない。

 旨いもんを食べられる至福を満喫した。

 これがいまの楽しみなのだ。

 目下の課題やら目標やら、あれもこれも考えは止めどない。

 まずはこのカロリー、走り込んで消費せねばなるまい。

 十割りそば蔵やさんやるね。ごちそうさま。





 週末は、東京マラソン2016の観戦。

 朝から両国から浅草にかけて大会関係者と警察の方がわんさと。

 ご苦労様です。

 トップ集団が銀座を過ぎたので雷門へ。

 彼らの速いことといったら。

 こいつらは化け物だな。

 ボルトも凄いが、二時間で42.195kmなんてやはり尋常じゃないよ。





 さらに最近流行りのペースメーカーの彼ら。

 本気で走ったら、彼らだってメダル取れる実力があるんだろう。

 トップより速いペースで、この30km付近まで引っ張っているんだ。

 とにかくすごすぎる。

 これは自分が走って初めて実感すること。

 そして、今回は箱根駅伝の猛者の活躍があった。

 青学の天下はまだまだ続くらしい。

 おいらは、摂り過ぎたカロリーを消費すべく、土日30km。

 朝ランしてシャワー浴びて、スタートをTV観戦。

 スマホで東京マラソンを検索するとびっくりポンの発見!

 なんと友人のゼッケンを入力すると現在走っている位置がリアルタイムで判るのだ。

 こりゃ、高くなるはずだわ。

 しかしまこと便利だが、これってじつは怖くない?

 雷門から神谷バーへ移動しながら観戦ポイントのベスポジを確保。

 そのおかげでカープ姿の友人を応援することができた。

 来年こそ走ろう。

 そう固く誓った東京マラソンの日である。

 次は花見の計画だな。

 春よこい 

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魑魅魍魎の妖怪たち。

2016年02月21日 | ★江戸っ子エッセイ★




 さる如月の週末のこと

 新吉原に妖怪たちが集まった。

 花園公園に入るとたくさんの人だかり。

 そこに混じって人でないものがいた。

 前年よりパワーアップした節分お化けたちに、子供が笑ったり、泣いたりしている。






 オープニングは、地元でも働く二丁目のオカマが笑わせ、

 お三味線の姐さんが、踊りも披露してくれる。

 浅草は演芸の町でもあるのだ。

 日頃、演芸ホールで磨かれた芸で沸かせてくれた。

 






【闇を裂き魑魅魍魎が豆を撒く】哲露

 
 鈴娘の凝った装飾に目をみはり、八咫烏の粋に拍手が起きた。

 心中しちまったお侍は幸薄く、百目の目は一つずる大きさがちがう。

 それもそのはず、紙粘土で目ん玉を一つずつ作ったらしい。

 百均のグッズを工夫したもの、

 何日もかけて衣装を縫いあげてきたなど涙なくしては語れない苦労での登壇だ。

 この節分のお化け祭り。

 元々は子供が島田髷に結ったり、男性が女装したりするお化髪からきた語源という。

 京都の祇園や先斗町など花街やら、北新地で盛んに行われている行事なのだ。

 江戸の廓の妖怪たちも凝りに凝ったコスプレで頑張っている。








  歌あり踊りあり、書道パフォーマンスあり、玄人はだしの芸達者が動き回る。

 仮装だけの沈黙のお化けもいたけど。

 屋台や抽選大会もあった。

 プレーヤー、観客、審査員とそれぞれに楽しむ。

 寒風の中、皆さんよく頑張った。

 思えば、江戸から闇は去り、長らく昼と夜の区別すらつかなくなった。

 畏れを抱くことで、人は自然界に畏怖を持てたのではないか。

 神仏を崇める気持ちもまことコンビニエンスになっちまった。

 24時間スーパーで買いたいものが買える。

 この利便と引き換えに、大切な何かを失ってしまったのではないだろうか。

 妖怪たちすら寄り付かない現代において、

 人間こそが魑魅魍魎ではないのか。





 吉原七丁にあった廓の守護神稲荷社は五つ存在した。

 五十間通りに「玄徳稲荷社(吉徳稲荷社)」、

 廓内の四隅には「榎本稲荷社」「明石稲荷社」「開運稲荷社」「九郎助稲荷社」がお祀りされていた。

 九郎助稲荷は時代小説でもお馴染み、花魁が様々な祈りを捧げた社である。

 この五つの社と吉原弁財天(火事で亡くなった花魁を祀る)を合祀したのが今の吉原神社。

 この日はお狐さんがお出迎え。

 妖怪たちが活躍できた時代の謙虚さが今こそ望まれているような気がしてならない。
 
 雨水過ぎ、梅も香る。

 春は近い

  

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闇医者おゑん秘録帖

2016年02月14日 | ★江戸っ子エッセイ★


   闇医者おゑん秘録帖
 あさのあつこ著 中央公論新社 


【青い目に眩しき一陣春嵐】哲露


 封建の世は取り上げ婆という、お産婆さんが赤子を拾い上げた

 明治から昭和を経て、その仕事は医師に引き継がれ、助産婦がその一端を担っている。

 一方、貧しい家の子、訳ありの子を堕す(間引き)のも産婆の仕事であった。

 封建から科学の時代になってもそれは変わっていない。

 あさのあつこは闇医者という新たな用語で女性の哀しみと強さに焦点を充てる。

 鎖国の時代に、遠い異国から浜に流れ着いた者の無常は常人には計り知れない。

 異人の血を持つおゑんの祖父や末音の諦念は如何程のものだろう。

 暗闇のなかで生きる彼らの気力は、敬虔なほどの渾身によるものか。

 外国籍の船医としての医術が祖父を救い、調香の技術が末音の生きる術となった。

 この時代にそうした交流を受け入れる町があったことに新鮮な驚きを憶える。

 けれどあさのは徹底的に、人の欲への浅ましさを書いてゆく。

 長年の血と汗を信じた果てに、容易に騙し騙される人間の傲慢と愚かさ、闇の深さに読み手は絶望を感じるはずだ。

 女性の社会的立場の弱さと悲惨は物語の時代特に顕著だが、希望を見、定を受け入れた時の強靭さは、この両者が対になることで成り立つものであるかもしれない。

 おゑんやお春もまた希望を失いかけた女を救うことで、自らを救っているのだ。

 銭で子を堕すことを生業とする闇医者だが、その実態は世の女たちを解放することにある。

 ここにこの物語の特異性がある。

 石見銀山が舞台の「ゆらやみ」でも、定に抗い、子宮で男を愛し、一筋に生きる女性の逞しさを描いた。

 鉱山の底の暗がりと銀の煌めきは、子を宿す子宮そのものであるかのように思えた。 

 タイトルほどに暗さは感じられない。

 それはおゑんの捌けた立ち振る舞いと、女たちの気丈な生き様によるものだろう。

 ラストの語り、おゑんの饒舌はちと気になるが、先がどうしても読みたくなった。

 上手い切り口をみつけたものだ。

 おゑんの続編に期待したい
 

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薄情とは!?

2016年02月07日 | ★江戸っ子エッセイ★


   「薄情」(新潮社)
     絲山秋子著
   

【豆を撒き心の鬼に豆食わす】 哲露


 久しぶりに絲山秋子の新作を読む
 
 文芸誌の連載をまとめたものだが、普段文芸誌の最新刊など高くて読まないからこの小説初の体験である。

 相変わらずタイトルが巧い。

 絲山作品で最も好むのは「海の仙人」。

 「薄情」の主人公宇田川に、河野と少し近い感覚を憶える。

 もちろんファンタジーは出てこないし、まったく別の話で目指すベクトルも違う。

 心地よい文脈のリズムに、沁みいるように引きずり込まれる。

 九州と群馬、絲山が意図的に意欲的に描く土地が舞台。 

 この作品では土着からみる群馬の内部を境界区域として余すところなく照らしている。

 またバツイチUターンの後輩蜂須賀と、都会からきた鹿谷からの群馬と、それぞれの視点の対比も面白い。

 よそ者が作る「変人工房」と名付けた場所に集い、憩う宇田川たち。

 日常に非日常を求める田舎暮らしのツボを心得ている。

 しかし事が起きたときには、親しくした「よそ者」がいた事を容赦なく忘れていく(忘れたふりをする)。

 それは果たして情が薄いということなのか!?

 いや、その薄情さが群馬土着の優しさなんだと、絲山は書く。

 敢えて話題にしない、忘れ去ることでその人を自分のうちに受け入れるということだろうか。

 彼女がこだわってきたたくさんのメッセージが随所に込められている。

 宇田川の日常と非日常が超現実的なセリフで埋められる迫力。

 叔父の家業神職をこなしながら、夏は嬬恋で強烈な疲労に襲われるほどハードなキャベツ収穫のバイトに出かける。

 不安定なフリーターという設定だが、仕事に向き合う姿勢はストイックでもある。

 かつての友人から誘われ、その妻子と食事中にお互いの人生のチューニングが違うことに気づき、宇田川は孤独感に苛まれる。

 蜂須賀やバイト先で出会った女吉田に安らぎと苛立ちを憶えつつ、淡々と時間が紡がれていく。

 絲山作品には欠かせない、ドライブのシーンが心地よい。

 車のなかでかかる曲に委ね、想像を膨らませるのも彼女の楽しみ方。

 一見重いテーマをさらりと描くことで実際をあぶり出す。 

 好きな作家を貪る至福を味わえた。

 脳の内が徐々に活性していく。

 時代物の名手、杉本章子、宇江佐真理の新作はもう読めなくなってしまった。

 哀しいことだ。

 宇江佐の遺作となる連載が夕刊で読める。

 毎夜、複雑な気分で読んでいる。

 自分には何がある? 

 不埒な自分にスイッチを入れてくれた「薄情」。

 節分が過ぎ、立春も過ぎた。

 前に進まなきゃ 

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