報恩坊の怪しい偽作家!

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“Gynoid Multitype Cindy” 「リトルロックの一夜」

2016-06-01 17:17:27 | アンドロイドマスターシリーズ
[5月16日21:00.天候:晴 アメリカ合衆国アーカンソー州州都リトルロック・市街地のホテル]

 夜になってようやくボーカロイドの規格に合ったバッテリーが届き、これで鏡音リン・レンの再起動が可能になった。
「すいません、御迷惑をお掛けして……」
 レンが申し訳無そうに言った。
「いや、お前達のせいじゃない。とにかく、お前もリンもシンディも無事だったから、ここではもう何もすることが無いな」
「シンディは無事でしたか」
「ああ。今、俺の部屋で充電してる。この部屋はお前とリンで自由に使っていいから」
「ありがとうございます」
「じゃ、俺は下のレストランで夕食を取ってくる」
 シンディの修理とリン・レンの再起動に立ち会っていた為、遅い夕食となった。

 充電中のシンディを部屋に置いて、敷島とアリスはホテルのレストランへと向かった。
「リトルロックの治安も、あまり良くないから、夜は外に出ない方がいいね」
 と、アリス。
「シンディが動けない以上、今のアタシ達は丸腰のようなものだから」
「さすがにもう銃撃戦は勘弁だよ」
 レストランに入ると、敷島が頼んだのはビーフステーキ。
「アメリカに来てから、こればっかだ。そろそろ日本食が食べたいよ」
「気持ちは分かるわ。日本の方が食事は美味しいよね」
 しかし分厚いステーキを頼んだら、日本では数千円以上吹っ飛ぶのに、ここではそれ以下だ。
「レアで頼むよ、レアで。分かった?」
 敷島のしつこい注文をアリスが英訳する。
 アリスの英語を聞いたウェイターは、にこやかに頷いた。
「前に別のレストランでミディアムで頼んでみたら、ウェルダンで来やがった。今度はレアだぞ。アメリカ人ってのは、皆ウェルダンで食いたがるのか?」
「いや、そんなことは無いよ」
 さすがのアリスも眉を潜めた。
 赤ワインを口に運ぶ。
「アタシだって、焼き加減のマックスはミディアムだね」
「だよなぁ」
「ネイティブ・アメリカン(旧称、インディアン)なんかはウェルダンで食べたがるかもね」
「なるほど。こういう時、アメリカ文化のあれ……バーベキューなんかやってみると面白いだろうな。俺は絶対レアだから」
「そうだねぇ……。キース辺りはウェルダンで食べそうね」

 そんなことを話していると、早速、ステーキが運ばれてくる。
 アメリカはチップの文化であるので、ウェイターにはその時、チップを渡す。
 実際には、席に案内される前に渡すと良い席に案内してくれる。
 だが敷島は、この時点ではチップを渡さない。
 渡されないので、ウェイターは文字通り、そこで待たされることになる。
 敷島が何を意図しているのかというと、まずは肉のど真ん中をステーキナイフで真っ二つに切った。
 すると、
「やはり!」
 レアと注文した割には、中もしっかり焼けていた。
「ちょっと、さっきのウェイター呼んでくれ」
 敷島が注文を取ったウェイターを呼ぶと、
「私はレアと頼んだはずだ。覚えているね?」
 敷島があえてしつこく注文したのは、ウェイターに覚えさせる為であった。
 その為、ウェイターも、
「はて?何のことやら」
 と、トボけることができない。
「で、これはどう見てもウェルダンに見えるが、どうか?」
 敷島の“破折”に、反論不能のウェイターは顔色を変え、
「申し訳ありませんでした。ですが私は、ちゃんと厨房のコックに伝えてあります。すぐに替えをお持ちしますので、しばらくお待ちください」
 と、ウェイターはウェルダンに焼かれた肉を下げた。

 しばらくして、再び件のウェイターがステーキ肉を持って来る。
 神妙な面持ちで敷島の“精査”を、固唾を飲んで見守っている。
 敷島もまた神妙な面持ちで、ステーキ肉を真っ二つに切った。
 今度はちゃんと肉の内側には赤みが残っており、文字通り、『血のしたたるステーキ』が出来上がっていた。
「これならいいよ。ありがとう」
 敷島はニッコリ笑って、そのウェイターにチップを渡した。
 ウェイターもホッとした様子で、敷島からチップを受け取った。
「日本だと、逆にこうは行かないよなー」
「まあ、そうね」
 その理由は先述した通り、日本ではステーキ肉が高価である為、こういったやり直しをなるべくしたがらない(店の損益が大きい)傾向がある。
 その分、アメリカより丁寧な仕事はするのだが。
 また、アメリカはチップ制であり、飲食店の従業員は客からのチップが店からの給料よりも多い為、客の機嫌を損ねてチップが貰えないとなると大変だからである。
「シンディの調子はどうだ?」
「エミリーより損傷が小さくて済んだのが良かったね。あとは充電するだけよ」
「リンとレンも大丈夫そうだ。だが、もしかしすると、デイライト側からメモリーだのデータだのはコピーされたかもしれない」
「その可能性はあるね」
「なあ。アルバート常務の言っていた、『ボーカロイドの力を最大限に引き出すと、それはマルチイプよりも優れる』ってのは何なんだ?」
「ヒントは東京決戦よ」
「東京決戦?」
「タカオ。あなた、東京決戦を行う時、ボーカロイド達に何をしたかしら?」
「歌を歌わせたな。確か……ああっ!?」
「思い出した?」
「バージョン連中の制御をメチャクチャにする為に、あいつらにそういう電気信号を放つ歌を歌ってもらった。確か、“初音ミクの消失”だ」
「その通り、じー様が放ったバージョン3.0達は殆どが動きを止めたり、同士打ちをしたりしたでしょう?あの時、タカオはバスを強奪して、バージョン達の包囲網に突っ込んで行ったことが武勇伝になってるけど、本来それはできないことだよ?」
「強奪とか、人聞きの悪いことを言うなっ!無断拝借と言え!」
「似たようなものじゃない」
 尚、さすがに敷島もばつが悪かったのか、バージョン包囲網に突っ込んで全損させたバスにあっては、後にバス会社に弁償している。

 
(東京決戦時における前期型のシンディとバージョン3.0軍団。シンディの周辺にいた個体達は活動を続けたが、ボカロ達が電気信号の歌を歌った為、実際にテロ活動を行った数は激減したという)

「アルバート常務は、ボカロ達のそんな機能を何かに使おうとしたのか?」
「恐らく、そうだろうね。でも本人は死んだし、アルバート所長が口を割るかどうか……」
 アリスは首を傾げて、自分はミディアムに焼いてもらったステーキ肉を頬張った。

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