報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“私立探偵 愛原学” 「中央線一人旅」

2021-02-24 20:02:40 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[2月24日13:50.天候:晴 神奈川県相模原市緑区 JR藤野駅]

 私を乗せた中型路線バスが最後のバス停を通過し、相模川に架かる日連大橋を渡る。
 そして甲州街道に入った。
 この辺りの甲州街道は国道20号線でも、狭くて走りにくい区間と言える。
 何とかオレンジ色のセンターラインが引かれている二車線を確保してはいるものの、大型車だとそのセンターラインを踏んでしまうほどに狭い。
 例え中型バスとはいえ、対向車線に大型トラックが来たりすると徐行したり、一旦停車しなければならないほどだ。
 この辺りはそれでも旧甲州街道が残っていたり、或いは廃道になっていたりする箇所だ。
 何が言いたいかというと、こんな低規格な道路でも、江戸時代から存在する旧道と比べれば高規格なのである。
 駅前通りに入る丁字路交差点を右折すると、もう藤野駅前である。
 駅前広場にはタクシー乗り場も存在する。

〔「ご乗車ありがとうございました。終点、藤野駅前、藤野駅前です。お忘れ物の無いよう、ご注意ください」〕

 駅前の広場の中でバスが止まる。
 ここで乗客を降ろし、転回してバス停に着けるのだろう。
 私は手持ちのPasmoで運賃を支払った。
 バスを降りると、冷たい風が私の素肌に当たる。
 日に当たれば温かいかと思っていたのだが、風が冷たいので、体感温度は低い。
 それとも、山間だからだろうか。
 私は急いで駅構内に入っていった。
 藤野駅は特急の通過する小さな駅だが、それでも改札口は自動化され、駅員もいる。
 再びPasmoを取り出して、コンコースに入った。
 ホームは限られた平場に通された線路と線路の間にあるせいか幅は狭い。
 その代わり、有効長は長めに確保されている。

〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の2番線の列車は、14時4分発、普通、高尾行きです。この列車は3つドア、6両です。次は、相模湖に止まります〕

 列車を待っている間、私はリサにLINEを送った。
 この時間はまだ学校だろう。
 午後の授業の最中かもしれない。

 リサ:「先生、これから帰るの!?」

 意外にも早くリサから既読が付き、すぐに返信が返って来た。
 私は今、藤野駅のホームにいて、電車を待っている最中だと答えた。

 リサ:「東京駅にはいつ着くの!?迎えに行く!」

 有り難くも予想通りの答えが返って来た。
 しかし、行き先が高尾止まりでは、東京駅にいつ着くのか分からない。
 多分ちゃんと高尾駅で東京行きの電車に接続は取られているとは思うが、それがただの快速なのか特快なのか分からないからだ。
 高尾から先は電車の本数も両数も多くなるので、その辺りは心配していない。

 リサ:「分かったらすぐ教えて!なるべく早い電車に乗ってね!」

 とのこと。
 ということは、高尾で中央特快に乗ればいいわけだ。

 愛原:「分かったから、高橋と一緒に来い。高橋にも伝えてあるから」

 と、返した。

〔まもなく2番線に、普通、高尾行きが参ります。危ないですから、黄色い点字ブロックの内側までお下がりください。この列車は3つドア、6両です。次は、相模湖に止まります〕

 そんなやり取りをしているうちに、接近放送が流れて来た。
 下り方向から中距離電車タイプの6両編成がやってくる。
 塗装が違うだけで、かつては宇都宮線や高崎線を走行していた電車だ。

〔ふじの~、藤野~。ご乗車、ありがとうございます。次は、相模湖に止まります〕

 前に電車で行った時は、押釦式の半自動ドアだったと思うが、今度は自動でドアが開いた。
 ああ、そうか。
 前に宮城に行った時もそうだったが、今は新型コロナウィルス対策で、車内の保温よりも換気が優先され、普段から半自動ドアでやっていた線区や区間も、自動ドアでやっているのだった。

〔2番線、ドアが閉まります。ご注意ください〕

 車内は全てロングシートだった。
 空いているいる青緑色の座席に腰かける。
 確か長野県から来た電車だったと思うが、長野からずっとロングシートでは、『18きっぱー』も大変だろう。
 私みたいに2区間しか乗らない者は良いが。
 ドアが閉まり、ガクンという揺れで電車が走り出した。
 アナログチックな走り出し方だが、この211系も元は旧国鉄の車両であることを思い出した。

〔「次は相模湖、相模湖です」〕

 ここまで特に体調に変化は無い。
 別に熱っぽい感じはしないし、咳が出るということもない。
 もちろん、周囲に合わせてマスクはしているが……。

[同日14:17.天候:晴 東京都八王子市高尾町 JR高尾駅]

 中央快速線と違い、高尾から西の中央本線はトンネルが断続的に続いた。
 そのトンネルの1つに湯の花トンネルというものがあり、これは第二次世界大戦中に米軍戦闘機による機銃掃射が行われたトンネルだという。
 米軍の狙いはトンネルそのものではなく、トンネルに逃げ込んだ列車。
 トンネルそのものは短く、列車は『頭隠して尻隠さず』の状態となってしまった。
 そうなってしまったのは、機関士が『せめて機関車だけでも守らねば』とそこで止まった説と、機銃掃射により架線が断線され、停電でたまたま停車した場所がそこだったという説がある(列車はSLではなく、EL牽引だった)。
 トンネルに入り切れなかった客車は集中砲火を浴びて、多くの乗員乗客が死傷し、トンネル付近には慰霊碑が建てられているという。
 米軍側の言い分としては、『その列車は多くの軍人達を乗せた軍用列車だと聞いていて、敵の兵士を殺す為に攻撃した』とのことであるが、実際には兵士達が乗った車両は機関車に近い所に連結されていた2等車1両だけであり(つまり、トンネルの中に隠れることができた車両だった)、実際には多く乗っていたのは長野県に疎開する一般人達であった。
 とまあ、こんな話を私は思い出していた。
 しかし、東京中央学園旧校舎の防空壕の話といい、何だかここ最近は第二次世界大戦の話がまとわりつく。

〔「まもなく終点、高尾、高尾です。到着ホームは3番線。お出口は、右側です。お乗り換えの御案内を申し上げます。中央快速線、八王子、立川、国分寺、三鷹、新宿方面、快速の東京行きは4番線から14時20分の発車です。尚、中野から先へお急ぎのお客様は、その後の中央特快、東京行きをご利用ください。14時31分発、中央特快、東京行きは1番線から発車致します。京王電鉄高尾線ご利用のお客様は、一旦改札口を出てからのお乗り換えとなります。……」〕

 フムフム。
 すぐに乗り換えできるのはただの快速だが、やっぱり速いのは特快か。
 リサの強い要望もあるし、特快に乗り換えるか。
 ポイントを渡って、右に左に車体が大きく揺れる。
 そして、電車は長旅を終えて高尾駅のホームにゆっくりと入線した。
 もっとも、私はほんの一部分を利用させてもらったに過ぎない。

〔たかお~、高尾~。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました。お忘れ物の無いよう、ご注意ください〕

 列車がホームに着いてドアが開くと、一斉に乗客達が降り出した。
 半分くらいは向かい側に止まっている快速に乗り換えて行く。
 地域輸送の普通列車の乗客達だから、せいぜい八王子辺りまで行くのだろう。
 私みたいに東京都の東側まで行こうとする人間は、半分以下の人数でしかないのかもしれないし、京王線に乗り換える客もいるだろう。
 私はそんなことを考えながら、特快の発車するという1番線に向かった。
 尚、その1番線は2番線と同じ島にあるが、2番線側には米軍機から機銃掃射された弾痕が未だに残っているのだという。
 別にその2番線が、かつての軍用列車専用ホームだったというわけでもあるまいに……。
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“私立探偵 愛原学” 「孤独な探偵」

2021-02-24 15:47:00 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[2月24日13:00.天候:晴 神奈川県相模原市緑区 国家公務員特別研修センター地下医療施設]

 私の名前は愛原学。
 都内で小さな探偵事務所を経営している。
 ようやく私が退所できる日がやってきた。
 午前中は最後の検査と医師の診察。
 その後で退所の為の書類手続きなどだ。
 最後に食堂で昼食を頂いてから帰ることになる。
 予定では善場主任が迎えに来てくれることになっていたが、急な捜査会議で行けなくなったという。
 リサは学校だし、高橋にも私の退院日を知らせていないということだった。
 後者に関しては、本来ここは国家機密的な場所であり、一般人がホイホイと来る場所ではないかららしい。
 私の場合は特殊な体質(Tウィルスへの抗体を持っていて、しかも中途半端ながら変異型Tウィルスへの抗体も持っていたこと)を調べる為、ここへは特別に収容されたということだ。
 Tアビスと同様、抗体があったとしても、別の化け物に変化するだけということで、本来なら私もその目に遭うはずであった。
 しかし、リサと1つ屋根の下で暮らしていたおかげか、彼女のGウィルスが僅かながらに私の体内に入っており、それが変異型Tウィルスが私の体の中で悪さをするのを抑えてくれていたらしい。
 それでも私を体調不良にし、最終的には人工呼吸器まで付けなくてはならぬほどにまでなったが……。
 さて、困ったのは帰りの足だ。
 ようやっと地上に戻れて、本来の研修センターの正門で、守衛達による手荷物検査を受けていた時だった。

 守衛:「ここからお1人で帰られるんですか?」
 愛原:「そうなんですよ。ここから電車で東京に行くには、どうしたらいいですかね……」
 守衛:「この門を出ると、坂道があるのは覚えてますか?」

 守衛は私がここに来たことがあることを知っている人だった。

 愛原:「あ、はい」
 守衛:「坂道を登ると、県道に出ます」
 愛原:「確かそうでしたね」
 守衛:「県道に出たら、右に曲がってしばらく歩いてください。そしたら、バス停が見えてきます。そのバス停から藤野駅に行けるので、あとはそこから中央線ですね」
 愛原:「なるほど。分かりました。ありがとうございます」

 私は御礼を言って検査を終えた荷物を手に、研修センターをあとにした。
 センター内では地下でも地上でも、個人的な連絡は禁止されていた。
 しかし、公道に出ればそんな禁止事項も無効だろう。
 それでも一応、そのバス停とやらに着いてから高橋に電話しようと思った。
 県道はセンターラインがオレンジ色の二車線。
 車通りは多くはないが少ないわけでもない。
 夜は寂しく、もしかしたら目撃情報が無さそうなのを良いことに、誘拐事件とか発生しそうな感じではある。
 だが、今は昼だからな。
 県道に出て教えられた通り道をしばらく進むと、ようやく『名倉』というバス停に着いた。
 そこでハッと気づく。
 そういえばここは、市街地からも遠く離れた山間の場所なのだ。
 そういう所って、バスの本数って少ないだろうな。
 実際、バス停には他にバスを待っている利用者がいない。
 時刻表を見ると、やはりお世辞にも本数が多いとは言えなかった。
 どうも、地域の学校の通学の利便性を念頭に置いたダイヤらしく、平日は何とか両手で数えるほどの本数があり、土曜日は片手で数えるほどの本数、休日は全便運休という有り様だった。
 幸い今日は平日だ。
 まあ、だからリサは迎えに来れないのだろうが。
 幸い時刻表には13時台の便があり、しかもあと10分ちょっとでバスが来るタイミングだった。
 ホッとした私はバス停の前にある商店の自動販売機で缶コーヒーを買うと、それを開けながら高橋に電話した。

 高橋:「先生!?大丈夫っスか!?」

 思った通りの反応で電話に出てくれる高橋。

 愛原:「ああ。大丈夫だよ」
 高橋:「今、どこにいるんスか!?」

 どうやら高橋は何も知らないようだ。
 いやもちろん、私がどこかの医療施設に入っていたことくらいは知っているだろうが……。

 愛原:「藤野の医療施設だよ。ほら、前に行ったことあるだろ?リサのウィルスで、もしかしたら新型コロナウィルスのワクチンが造れるかもしれないって行った所」

 結局はリサのGウィルスは強力過ぎてその力を調節することが難しく、一般人には使えないことが判明して頓挫している。
 私に使用されたGウィルスもリサのものではなく、善場主任の物が使われたそうだ。
 現役BOWたるリサと、元BOWの善場主任とではGウィルスの強さにも差があるだろうからな。

 高橋:「あそこっスか!」
 愛原:「ようやく完治して退院できたよ。本当は善場主任が迎えに来てくれるはずだったんだけど、急用ができて自力で帰らなくてはならなくなった」
 高橋:「ああ。善場の姉ちゃんなんスけど、『何とか東京中央学園上野高校にガサ入れする準備中』とか言ってるんスよ」
 愛原:「ああ、そう……」

 善場主任、私の治療先は伝えずに、もっと極秘な捜査情報は伝えてるんだな。
 てか、いよいよ学校法人に乗り込むってか!?
 いや、よくよく考えてみると、そこまで行き着くのも無理はないと思う。

 高橋:「あっと……!で、先生、どうします?俺、迎えに行きましょうか?」
 愛原:「そうだな……」

 手持ちの金で東京には帰れる。
 それに、あと少しでバスが来る。
 しかも藤野駅周辺には何も無いから、そこで高橋の迎えを待つのもどうかと思う。

 愛原:「取りあえず、自力で帰るわ。一応、東京駅には迎えに来て欲しいかな」
 高橋:「分かりました!車、準備しときます!」

 高尾から西の中央本線は本数が少なくなる。
 しかしそこから電車に乗ってしまえばこっちの物だ。
 上手い事東京行きに乗れればベストだし、そうでなくても接続は上手くされているだろうから、そこまで不便でもないだろう。
 高橋としては、しばらく会えなかった私と話をしたいのか、色々と話し掛けてきたが、タイムリミットだ。
 バスが来てしまった。
 行き先表示には『名倉循環』と書かれている。

 愛原:「ああ、バスが来た。取りあえず切るぞ」

 私は電話を切った。
 それから運転席の方を見て、運転手と目が合うと、バスの左ウィンカーが点滅してバスが停車した。
 開いた中扉の横にある経路表示板を見ると、藤野駅の文字が見えた。
 うん、やはりこのバスで藤野駅に行けるようだ。
 しかも富士急行のバスとあってか、SuicaやPasmoが使えた。
 これなら、現金を使わずに東京まで帰れそうだ。
 バスに乗り込んで、1番後ろの席に座る。

〔発車します。ご注意ください〕

 乗り込んだ客は私1人だけ。
 バスの中扉が閉まり、走り出す。
 乗客は他に、2~3人ほどだった。

〔次は園芸ランド事務所前、園芸ランド事務所前でございます〕

 午後の日差しが差し込み、開いた窓から冷たい風が入って来る中、私は東京中央学園のことについて考えていた。
 白井のことといい、黒木のことといい、学校法人東京中央学園にその責任追及の手が及んでもおかしくはない。
 善場主任はそこを狙うつもりなのだろう。
 そして、もっと思う。
 リサが東京中央学園に入学させたのは、前々から善場主任達はそこが怪しいと睨んでいて、捜査の糸口を掴む為にそうしたのではないかと。
 後で善場主任に聞いてみよう。
 面と向かって聞いてみても、否定されるかはぐらかされるかだけだとは思うが。
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“私立探偵 愛原学” 「復活の探偵」

2021-02-24 10:40:12 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[2月20日18:32.天候:晴 神奈川県相模原市緑区 国家公務員特別研修センター地下医療施設]

 愛原:「……!」

 光に包まれた私が目が覚めた時、そこがどこだかさっぱり分からなかった。
 思考がしばらく停止し、もしかしたらまだ夢の続きではないかと思った時、誰かが話し掛けて来た。

 医療技官:「具合はどうですか?」
 愛原:「私は……どうなったんだ……?」
 医療技官:「危険なウィルスに感染していましたので、ワクチンを投与しました。それであなたは眠っていたんですよ」
 愛原:「重篤なウィルス?それじゃあ、あれは……」
 医療技官:「次の投与時間です。段階的に投与する必要がありますので」

 医療技官は私の前に注射を取り出した。

 愛原:「また……眠ることになるのですか」
 医療技官:「ええ。また少し……眠くなるかもしれませんよ」

 それからまた私は夢を見た。
 今度は具体的なものではなく、断片的なもの。
 ある時は、外国の刑務所的な所の見学者になっていた。
 死刑執行の見学までできた。

 愛原:「あの名無しの囚人は、自分の犯した罪を知らされずに処刑されるのですか?」
 トチロ~看守長:「教えてやる必要は無いでしょう。何しろ、これから自分の体に刻み込まれるのですから」

 フランツ・カフカの“流刑地にて”か。
 ある時はお伽話の主人公になっていたり、はたまた傍観者になっていたりした。
 薬で眠っているとはいえ、夢を見ているのだから、けして深い眠りではなかったということだ。
 しかし、最後に見た夢は恐ろしく不気味だった。
 いや、最初の刑務所とか、途中の『本当は恐ろしいグリム童話』とか、『本当は恐ろしいイソップ物語』とか、そういうのもアレなのだが……。
 最後に見たのは、またあの東京中央学園だった。
 “トイレの花子さん”が旧校舎の中を歩いている。
 しかも今度は、リニューアル後の教育資料館としての旧校舎の中だ。
 私はその後ろをついていくが、“花子さん”はある教室の中に入って消えた。
 その教室は展示室になっていたが、どうしてここで消えたのだろうか?
 この元教室は“花子さん”が最後にいた教室なのだろうか?

[2月22日06:05.天候:晴 国家公務員特別研修センター地下医療施設]

 愛原:「……!」

 色んな目を見て目が覚めた。
 今度は気分がいい。

 看護師:「おはようございます。御気分は如何ですか?」
 愛原:「だいぶいいです」

 どうやら私の意識が戻ったから来たのではなく、元々起床時刻らしい。
 気がつけば、前回目が覚めた時には人工呼吸器を着けて集中治療室のような所にいたのに、今は個室ながら普通の病室にいて、人工呼吸器も着けていなかった。

 看護師:「体温図りますね」
 愛原:「はい」

 赤外線式の体温計を額に近づけられる。
 ピッという音がして、私の体温は平熱であることが分かった。

 看護師:「36度ちょうどですね」
 愛原:「そうですか……。今日は何日ですか?」
 看護師:「2月の22日です」
 愛原:「あれから、1週間が経ったのか……」

 それから朝食が出た。
 それは流動食であった。
 胃的には1週間も休まされたので(私の意識が無い時は栄養分を点滴されていた)、いきなり固形物を入れないようにする為だという。
 その後で抗体検査やら、色々とまた検査を受けさせられた。
 だいぶ体調は良くなったので、検査室へは自力で歩けるほどであったが、やっぱり1週間もずっと寝ていたからか、時々足がもつれてしまうことがあった。
 もっと長い期間入院した者が、どうしてリハビリを行うのかよく分かるものである。
 昼食は麺類が出た。
 流動食で何も異常が無かったので、今度は固形物で消化の良い物ということだろう。

 看護師:「愛原さん。デイライトの善場さんが面会に来ております」
 愛原:「あ、本当ですか。今、行きます」

 昼食を食べ終わると、私は病室を出て面会室に行った。
 ああ、これは……。
 ガラス越しに電話で面会するタイプである。
 なるほど。私は変異型Tウィルスを発症したので、こういうことになるのか。

 善場:「愛原所長、体調は如何ですか?」
 愛原:「おかげさまで、良好ですよ。今すぐにでも退院したいくらいですよ」
 善場:「ここはただの医療施設ではないんですよ」
 愛原:「高橋やリサは元気にしていますか?」
 善場:「ええ。リサは寂しがっています。何しろ、高橋助手も入院しましたからね」
 愛原:「ええっ!?」
 善場:「所長とは濃厚接触者になりますし、助手もTウィルス感染者ですから、検査入院の対象ですから」
 愛原:「ああ、そういうことですか」
 善場:「幸い高橋助手は新型コロナウィルスに感染してはいなかったので、体内のTウィルス抗体に影響はしていません」
 愛原:「すると私は感染していたと。今は何とも無いですが……」
 善場:「リサや私がどうして『絶対に感染しない』のか、ですよ。Gウィルスが基本的に他のウィルスを食べてしまうからです。私やリサから取り出したGウィルスでワクチンを造りましたので、それで所長は治ったのですよ」
 愛原:「私も化け物に……?」
 善場:「検査の結果次第ですが、少なくともワクチンを投与した人よりは治癒力が高かったりするかもしれません。私やリサほどではないでしょうが……」
 愛原:「なるほど……」
 善場:「かつてのアンブレラが造ったウィルスで治すというのは、何とも皮肉な話ですが……」
 愛原:「まあ、しょうがないです。使える物は何でも使うということですね」
 善場:「退院は、何も無ければ明後日になるとのことです」
 愛原:「明後日ですか。本当は明日でもいいんだけど、明日は祝日だからってことですかね」
 善場:「それもあると思います。明後日、お迎えに伺いますから」
 愛原:「あ、はい。よろしくお願いします。それと主任、ちょっと気になることがあるのですが……」
 善場:「何でしょう?」
 愛原:「あくまでも意識が無い時に見た夢なので、笑わないでくださいよ」

 私は夢の話をした。

 善場:「……かなり信憑性がありますね。詳しくお聞かせください」

 意外にも善場主任は神妙な顔になった。

 愛原:「信じてくれるんですか?」
 善場:「ええ。これは後で所長にお話ししようと思っていたのですが、黒木先生こと、黒木源三は死亡していることが分かりました」
 愛原:「ええっ!?」
 善場:「しかもチェーンソーによる自殺です。所長の見た夢の内容は半分以上フィクションですが、黒木源三が自宅アパート内で自殺していたことが分かりました」
 愛原:「すると、白井に繋がる情報は断たれてしまったということですね」
 善場:「少なくとも、黒木からは。でも所長が、『黒木がチェーンソーで自殺した』という夢を見たこと自体は凄いと思います。実際その通りなのですから」
 愛原:「そ、そうですか」
 善場:「あの旧校舎の壁の向こうには、何かあるということですね。分かりました。私が何とかしましょう」
 愛原:「ええっ?」

 善場主任、国家権力を使ってくれるのだろうか。
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