日々是好日

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金大中氏を悼む

2009-08-19 23:13:23 | 在朝日本人
金大中元韓国大統領が逝去された。韓国の民主化と北朝鮮との融和に大きな足跡を残されたことが記憶に残る。私が朝鮮に住んでいた1940年から1945年まで、金氏は同じ朝鮮半島のどこかで多感な青年時代を送っておられたはずだ。日本の敗戦の日には打ち拉がれたわれわれとは対照的に、祖国独立の予感に欣喜雀躍されたころであろう。

政治家を志してからは苦難の道が続いた。1971年の大統領選挙では軍事政権の担い手朴正煕氏に肉薄したものの敗れたうえ、偽装交通事故による暗殺計画で股関節に障害を受けた。また日本に滞在中の1973年には韓国中央情報部 (KCIA) によって拉致、ソウルに連れ戻され政治活動の道を閉ざされてしまった。さらには1980年には光州事件の首謀者として死刑判決を受ける。その後紆余曲折があり、米国での亡命生活を経て1997年の大統領選挙で不死鳥のように甦り、第15代大統領に就任したのである。

私が最近見るようになった韓国の歴史ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」や「朱蒙(チュモン)」の主人公にも匹敵する波瀾万丈の一生といえば不謹慎のようであるが、私はここに韓国人の不屈の巨大なエネルギーを感じ取った。日本人は一度落ちたらおしまいである。死刑判決から這い上がって最高の政治権力者の座を獲得するような人物かっていただろうか。そのこと一つだけでも金大中氏は非凡な方であった。朝鮮半島の多くの人々に敬慕されるのもむべなるかなである。韓国国民は国葬で金氏を送り、また北朝鮮も弔問団を派遣することになった。日本による朝鮮の植民地化と日本の敗戦こそが南北の分断をもたらしたものであることを思うと、元在朝日本人の一人である私は、南北の和解と統一の悲願にかける朝鮮半島の人々の思いの深さの前にただ立ちすくむのみである。

心からご冥福をお祈りする。

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