
三宮センター街のジュンク堂に入って「文学界」六月号を探した。このたび文学界新人賞を受賞したイラン人女性シリン・ネザマフィさんの受賞作「白い紙」を立ち読みしてやろうと思ったからだ。いろんな月刊誌が平積みされているが「文学界」だけが見あたらない。店員さんに聞いたところ、上の本棚に一冊だけ陳列されていたので、これは希少価値がありそうと思ってつい買ってしまった。物好きなことである。
一口に言えば「イラン・イラク戦争下の田舎町を舞台に、若い男女の恋と別れを描いた青春小説」であろう。イランと言えばその昔はペルシャ、ペルシャと言えば「千夜一夜物語」で、私が読んだ唯一のイラン産の物語である。バートン版であれマルドリュス版であれ、アラビア語原典の英語訳もしくは仏語訳からさらに日本語に重訳されたものだから、手間暇がかかっている。しかるこの受賞作はイラン人がイランにおける生活を日本語で書いているのだから、つくづく世の中が変わったものだと思ってしまう。ところが舞台がイランである上に登場人物がすべてイラン人で、日本語で書かれたこと以外は日本とは無縁であったせいか、まるで翻訳を読んでいるかのように感じた。非漢字圏出身者による初めての文学賞受賞作品という話題性がなければ、多分接することがなかっただろうにと思うだけに、この作品の伝えてくれるイランという国の生活実態がけっこう面白かった。
主人公である女子学生の父親は戦争医師として、最前線に近い病院に派遣されているが、週末には女子学生とその母親が首都テヘランから疎開してきた田舎町に戻ってきて、町医者よろしく住民を診察する。そして患者をなんと紅茶などでもてなすのである。所変われば品変わるで、随所に出てくるイランの生活風習が面白い。しかし男女の引かれ合う心の動きとか、男子学生が田舎町からただ一人の医学生として、夢に描いていた道がこれから開かれようとするその瞬間に、戦士として戦場に赴くことを決意するが、その心の葛藤などはいわば万国共通のテーマであって、エキゾチックな味わいを別にすると、類型的な小説仕立てに終わっているように感じた。
日本語で読む作品である以上、新人賞とはいえ文学賞が対象とする作品は、日本人と日本文化を描くものであるべきではないかと思う。そうでないと万国共通のテーマの小説仕立てに過ぎないのに、外国人が日本語を操るといういわば際物的な側面で他の候補作を抜きんでたのでは、とついげすの勘ぐりをしてしまう。
しかしそれにしてもシリン・ネザマフィさんは華麗な方である。システムエンジニアとして身を立てながら小説をも書くという何とも優美な生き方が羨ましい。ぜひ日本人と日本文化を描いてわれわれ日本人の心をがっちりと掴んでいただきたいものである。