日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

私の『靖国神社』問題 ― 『A級戦犯』を『犯罪人』とは思えないが・・・

2005-07-02 12:26:19 | 社会・政治
さる太平洋戦争で日本からいかなる形であれ被害を被った国の国民にとって、憎っくきは『日本人』すべてであったはずだ。それを『被害国』が日本人を区分けして、悪いのは戦争指導者で善良な日本国民はただ指導者の指示に唯々諾々と従って攻めてきただけだから罪に問わないなんて云いだしたら『軍国少年』であった私はキョトンとしてしまう。

さきほど中国で『反日暴動』が一時猖獗したが、あの暴徒を『裏で糸を引いたもの』に操られただけ、と誰がすんなり免罪できるであろう。

戦争中、模範的な『軍国少年』であった私は「一億一心火の玉だ」を合い言葉に、勝利を目指して子供なりに頑張った。やがて時がくれば「命令されたからやる」のではなくて「命令されずとも国を守るために命を捧げる」ことを自分の意思としたのである。その心意気は自ら志願した特攻隊員を例にあげるまでもなかろう。それを『被害国』から「物わかりがいいでしょう」と云わんばかりに、悪かったのは命令する側で国民はそれに従っただけだから・・・・、なんて云われると私は馬鹿にされたような気になってしまう。

戦争という国の一大事に国論を統一するのが為政者で、それに従う国民ともどもそれぞれの役割を果たしているのである。勝利を共に喜ぶのと同じく、敗北も等しく責めを負わねばならない。彼らが『侵略者』と責められるのであれば国民等しくその責めを負うべきである。罰するのであるなら国民等しく罰したらいい。

A級戦犯7名が絞首刑に処せられたとき、国の進むべき道を誤らせた憎き国賊にようやく鉄槌が下された、と拍手喝采した日本人がいたのだろうか。私は気の毒に見せしめのために犠牲になられたと素直に思った。その思いは今でも変わらないし、だからこそ無理矢理に詰め腹を切らせた『戦勝国』の野蛮さを唾棄する。

戦時において敵国の指導者(層)と国民を分断することに成功したらもう戦争に勝ったようなものである。平時においても相手国を攪乱して国力を削ぐことに大いに力を発揮する。中国のまさに得意とする人心攪乱術である。だてに王朝を取っ替え引っ替えて来たわけではない。だからその中国がA級戦犯を日本国民から乖離させるような態度になにかいかがわしさを感じるのは私だけではあるまい。『被害国』に対しては日本国民が『加害者』であったのであって、その一部が勝手に免罪される謂われはなにもない。だからその意味において私はA級戦犯だけが『犯罪人』であったとは思えないのである。

しかし、である。
聖戦貫徹をスローガンに日本国民を戦争に駆り立てたものの、とどのつまりボロ負けに終わって国民に塗炭の苦しみをなめさせたかっての『戦争指導者』は日本国民に対してどのような態度を取るべきであったのだろう。

潰れかかった会社を建て直すために社員にろくな給料も払わずに、やがては食べ物もほとんど与えず、住む場所も奪い去って遮二無二働かせた上結局会社を倒産させた経営者の責任を考えればよい。今のご時世ならテレビカメラの放列の前に経営陣一同深々と頭を下げるセレモニーがあるが、戦争に負けた当時の『戦争指導者』が国民にどのように詫びたのだろうか。テレビの無かったことをよいことにして『謝罪』もうやむやにどこかに身を潜めてしまったのではなかろうか。

「欲しがりません勝つまでは」と呪文をかけられた私たちかっての『軍国少年』は、勝つことなく負けてしまったのに、誰も呪文を解いてくれなかったばかりに未だに「欲しがりません」の日々を送っているではないか。人生幸朗師匠じゃないが「責任者出てこ~い」である。

戦争終結の詔書にこのようなくだりがある。

《帝國臣民にして戰陣に死し、職域に殉じ、非命に 斃(たお)れたる者、及(および)、其の遺族に想(おもい)を致せば、五内(ごない)為に裂く。且(かつ)、戰傷を負ひ、災禍を蒙(こうむ)り、家業を失ひたる者の厚生に至りては、朕の深く軫念(しんねん)する所なり。》

たったこれだけなのである。

『戦争指導者』の範囲をどのように定めたらいいのだろう。
私の思い浮かべるままに記すと帝国議会の議員たち、国務大臣に枢密顧問、陸海軍統率者、元老に重臣等々・・・となるであろう。

この『戦争指導者』の一部が『戦勝国』によりA級戦犯にあげられた。そのことに関しては私はものを申し上げた。しかしこの人たちを日本国民の立場にたって『戦争指導者』と眺めた場合に、私は彼らの日本国民に対する責任の取り方が不十分であるように思う。

たとえば靖国神社への祀られ方である。
私は現在合祀されているかってのA級戦犯のかたがたが、生前に靖国神社との関わりで何らかの意思表示をされたかどうかにその『責任』と取り方が反映されているのでは、と想像する。そこまで考えを巡らしていなかったのなら、そのこと自体がすでに無責任と断ぜざるを得ない。

『戦争指導者』の多くは帝国憲法においては天皇を輔弼する責にあった。輔弼とは口を挟むだけのことではあるまい。国家の大計を全うすることを前提にしての輔弼である。その国家の大計とは『聖戦の貫徹』であり、それを失ったのであるから輔弼の責を果たし得なかったことになる。帝国憲法上では国民にはともかく天皇に対してその罪を謝すべき立場にある。その『御霊』が靖国神社に祀られると、謝すべき相手である天皇の拝礼を受けることになる、と思いが及ばなかったのであろうか。そこまで考えの及ばない人がまがりなりにも大日本帝国の指導者であり得たはずがない、と私は思うのだか・・。

現実にはかってのA級戦犯の御霊が靖国神社に合祀されている。
これは『御霊』の意思にかなったことなのだろうか。

つづく

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