《オール・モーツアルト・プログラム》の幕開け、モテット「踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ」を歌い出した彼女の容姿にロココの匂いを感じて一挙にその世界に引きずり込まれた。磁器を弾いたような透明な歌声がこの曲の曲想をしっかりと引き出す。とても心地よかった。
「ドン・ジョヴァンニ」のツェルリーナのアリア『恋人よ、さあこの薬で』、『ぶってよマゼット』では一転純朴可憐な村娘になりきってしまう。ドン・ジョヴァンニではないが「手をとりあって、うちへ行こう」と彼女に誘いかけるデュエットを一緒に歌えたら、う~ん、幸せ、と空想も膨らむ。
あっという間に時間が過ぎてアンコール。
第一曲がプッチーニ「ジャンニ・スキッツ」から『私の好きなお父さん』。力強い歌い方が新鮮、意志のはっきりした芯の強い女性を演じる。
二曲目が山田耕筰の”からたちの花”。
話は逸れるが最高音がハイGであるこの曲を素人が気安く歌えるものではない。山田耕筰の時代にそのような高音を美しく出せる人がそれほどいたのかな、どのような歌い手を頭に描きながらこの曲を作曲したのかな、と私が思うことがあった。
その思いをよそにそこがプロの聴かせどころ、彼女は実に美しく高音をたっぷり響かせてくれた。
森 麻季の伸びやかな歌声に連想したのがキャスリーン・バトルである。透明感も共通している。ただ森 麻季はやや華奢のように見受けられる。身体に丸みを帯びるようになれば声もそれだけまろやかになるのでは、と思った。
三曲目が「こうもり」からアデーレの『侯爵さま、あなたのようなお方は』。彼女は役になりきったコケティッシュで表情豊かな歌いぶりがとても魅力的。オペレッタの舞台にぜひ立って欲しいなと思っている間に終わってしまった。
アンコールでいいなと思ったのは、この三曲目に「最後に」と彼女が断って歌ったこと。聴衆もそれで納得する。そして花束贈呈とか余計なことのなかったのも良かった。そういえばグラスでつぶさに彼女を観察していた妻によると「指輪も光り物も何も無し」とのこと。清々しさが心地よかった。余計なことだけれど彼女も外国の男性に掠われそうな気がしてならなかった。そうでないことを願うのみである。
このリサイタルは1月23日夜いずみホールで催されたが何だか落ち着く。800席ほどの中規模のホールだが後方では座席の段差がはっきりしていて、近頃珍しくなくなった大柄の女性が前の席に座っても頭が邪魔にならない。前の人の頭の振りと反対側に自分の頭を振らなくて済むのが落ち着く理由の一つのようである。