空き家になったお宅の庭から、「凌霄花・のうぜんかずら」の蔓が柵を越えて垂れ下がり、この一株だけが、家主に代って空き家と庭を懸命に守っているかに見えた。
黄昏に、「のうぜんかずら」の花が雑草に紛れて咲く姿には「もののあわれ」が感じられるが、街ゆく人々は凌霄花には目も遣らず、厳しい残暑に汗を拭いつつ、疲れた足取りで通り過ぎて行った。
海岸の椰子並木のプロムナードが虚庵夫妻の散歩コースだが、時には隣町の建売住宅街にも足を延ばすこともある。昨今はそんな住宅街にも、空き家が目立つようになった。働き盛りの世代に無理して購入した建売住宅も、リタイヤした老夫妻や、更には伴侶を無くした独居老人には、重荷になって手放す向きも多く見られるようだ。
住宅も庭園も、手入れが途絶えたお住まいは瞬く間に荒れて、うら寂しい情景を晒すことになる。ご近所との濃密なお付き合いを重ねたお宅では、隣人が手を貸して雑草を引抜いてあげた等の、奇特なお話も耳にしたこともあるが、昨今ではそんなご近所付き合いは絶えつつあるようだ。
夕闇迫る帰路は、凌霄花を長歌に詠もうかしらむ、反歌も添えようか等とあれこれ思いを巡らせつつ、凌霄花に思ひを寄せる虚庵居士であった。
黄昏に
のうぜんかずらは朧かな
空き家の庭の柵越えに
垂れにし蔓に君みるや
姿に滲む もののあわれを
暮れゆくに
草ぐさ庭木も供なれど
頼りにならぬと覚ゆるか
ただ一株は柑子色に
のうぜんかずらは 揺れて咲くかな
夕闇に
主に代わる心なれや
空き家と庭を目にしつつ
守るこころを誰ぞ知る
のうぜんかずらは ゆれてやまずも
住み人の去りにし庭はうら哀し
凌霄花は独り咲くかも