浅草から上野へ
友人が『日本書鏡院展』で会長賞を貰ったそうなので、その鑑賞がてら、浅草から上野へ散歩しました。
歩いたコースは下の地図の通りです。
散歩のメインは浅草の朝顔市と “かっぱ橋道り” の徘徊です。
距離は約6Kmと短いのですが、暑かったです。
さて、例のごとく、都営地下鉄浅草駅からか雷門へ出ました。
何時ものように、人が混んでいました。
仲見世通りの西側の裏通りを通り、浅草寺正面から、戦後朝鮮人のあった辺りを徘徊して、
浅草神社に行きました。
今日は、朝顔市には早すぎたようで、未だそれらしい店は出ていませんでしたが、
代わりに、浅草神社の 『夏詣』 (なつもうで)が賑わっていました。
小さい子供たちが、引率の先生たちに守られながら、行儀よくお参りしていました。
微笑ましい風景です。
そこの庭園に次の掲示が出ていました。
「夏詣でとは・・・
日本各地の神社では、毎年6月末に、半年間で溜まった罪汚れを祓い清める神事として
『夏越しの大祓(なごしのおおはらい)』 が行われています。
そもそも大祓とは、祓い(はらい)や禊(みそぎ)にその源を発した神代以来の行事で、
大宝元年(701)の頃には6月、12月の晦日に行うことが定められました。・・・ 」
とありました。
あまり意識にありませんが、いいことです。
さて、そこから浅草寺正面に出て、
次の目的地 “かっぱ橋通り” へ向かいました。
ここは、上野駅に向かう本通りと道具街通りがあり、かっぱ橋で交差しています。
街は飾りつけもあり活気づいていました。しかし、暑かったです。
先ず、“かっぱ河太郎像の碑” にお詣りしました。
碑文(東京合羽橋商店街振興組合)には、
「古来合羽橋は商売とは深い縁で結ばれていた。
今から約二百年前の文化年間、商人として財を成した合羽屋喜八は、
このあたりの水はけが悪く、僅かな雨で度重なる洪水に人々が難儀をしていることを見かね、
私財を投げだし、治水のための掘削工事を始めた。
ところが工事は困難を極めなかなか捗らない。
その様を見ていた隅田川の河童達が喜八の侠気に感じ、夜な夜な現われては人知れず工事を進め、
さしもの難工事も遂に完成した。
そして、その河童を見た人は、なぜかそれから運が開け、商売が繁盛したという。・・・」
商店街も “かくあるべし” と感じた次第です。
上野駅近くまで行って、後を振り返ると、大変長い本通りでした。
それから、上野公園をぶらぶらしながら、友人たちのいる東京都美術館に行き、
“書” を愛でて、新橋まで足を伸ばして一杯やりました。
総勢6人なり 甘露 甘露!。
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